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グローバルスタンダード最前線

ITU-T SG12 標準化動向

通信サービスを適切な品質で提供するためには、ネットワークおよびサービスの設計・管理は極めて重要です。ネットワークおよびサービス品質を設計・管理するためには、定量的に測定・評価する技術が必要となります。ITU-T SG12では、ユーザがサービスに対し、体感する品質(QoE: Quality of Experience)とその目標値を達成するために要求されるネットワーク品質(QoS: Quality of Service)の評価法、測定法、規定値等に関する研究を行っています。ここでは、音声・映像メディアの品質評価・管理技術に関する最新の標準化動向を中心に紹介します。

山岸 和久(やまぎし かずひさ) /松尾 洋一(まつお よういち)
NTTネットワーク基盤技術研究所

ITU-T SG12

SG(Study Group) 12はITU-TにおけるQoS/QoE検討に関するリードSGです。2017年1月からは、SG9における映像品質関連課題を統合し、QoS/QoEに関する研究を一元的に行っています。欧州のETSI(European Telecommunications Standards Institute)や北米のATIS(Alliance for Telecommunications Industry Solutions)においてもメディア品質評価法の標準化は行われていますが、ITU-T SG12がこれら地域標準を考慮しつつグローバルにリーダシップをとっています。ネットワークQoS規定についても、IETF(Internet Engineering Task Force) や3GPP(Third Generation Partnership Project)等さまざまな標準化機関で行われており、それぞれSG12との整合性を確保することが確認されています。

音声通話品質推定技術(G.107.2)

IP電話サービスを対象とした品質設計ツールとして勧告G.107(E-model)が標準化されており、世界中で広く用いられています。日本国内でも、IP電話サービスの品質がE-modelに基づいて算出されるR値によって規定されています。これまで、SG12においてはこのE-modelを広帯域(100~7000 Hz)音声の評価に拡張する検討を進め、その基本アルゴリズムを勧告G.107.1として制定しています。さらなる広帯域化をした超広帯域(50~14000 Hz)およびフルバンド(20~20000 Hz)拡張を用いた音声通話サービスが普及しており、E-modelのフルバンド版が検討され、新勧告G.107.2を制定しています。これより、EVS(Enhanced Voice Services)コーデック等の超広帯域およびフルバンドの品質推定が可能となりました。

アダプティブビットレートストリーミングに対する品質推定技術(P.1203、P.1204)

昨今のアダプティブビットレートストリーミングの急速な普及に対応するため、H.264/AVC(Advanced Video Coding)で符号化されたHD解像度のアダプティブビットレートストリーミングの品質監視技術を規定する勧告P.1203が規定されました。この技術を4K映像およびH.265/HEVC(High Efficiency Video Coding)やVP9に対応する検討(P.1204)が進められています。勧告P.1203は、秒単位の映像品質を推定する映像品質推定部(P.1203.1)、秒単位の音声品質を推定する音声品質推定部(P.1203.2)、それらを統合する品質統合部(P.1203.3)から構成されています。また、映像品質推定部は、解像度、フレームレート、ビットレート、再生停止に関するメタデータのみから品質を推定するモード0、モード0の入力情報にフレームレベルの情報を付加したモード1、映像のビットストリーム情報を2%のみ用いたモード2、ビットストリーム情報をすべて用いたモード3が標準化されています。P.1204の検討では、映像品質推定部を4K映像およびH.265/HEVCやVP9に対応することを進めています。具体的には、P.1204では、メタデータのみを用いたモード(P.1204.1)、P.1204.1の入力情報にフレームレベルの情報を付加したモード(P.1204.2)、ビットストリーム情報すべてを用いたモード(P.1204.3)、映像信号を用いたモード(P.1204.4)、メタデータおよび映像信号を用いたモード(P.1204.5)の5つのモードを検討しています。技術コンペを経て、P.1204.3、P.1204.4、P.1204.5については、最終的な技術が制定されたものの、P.1204.1およびP.1204.2については、技術統合検討を引き続き実施しています。今後、技術統合され、勧告として制定される予定です。これより、アダプティブビットレートストリーミングの品質が適切に監視可能となります。

360度映像に対する品質要因および主観評価法(G.1035、P.360-VR)

5Gのサービス展開により、より超高速、低遅延化された映像配信が期待されています。その中でもVR(Virtual Reality)の普及が期待され、従来の映像品質評価のVR対応が進められています。VRにおいては通常の映像配信と異なり、映像酔いを引き起こしやすいなどの観点から、VRに関連する品質要因を詳細に規定する勧告G.1035が制定されています。これより、VRの品質劣化を導きやすい品質要因が理解できます。また、通常の映像配信とは異なり、ヘッドマウントディスプレイを被り、映像を視聴するため、新たな主観評価法についても検討が進められています。主観評価法を制定するためには、評価の安定性、実施方法などを詳細に規定する必要があり、多数の試験結果を基に決めていく必要があります。そのような検討は、VQEG(Video Quality Experts Group:映像品質専門家グループ)にて検討されているため、VQEGで実施した試験結果に基づき勧告を制定していくことが合意されています。VQEGにおける試験は完了しているため、今後、試験結果の統計分析を重ね、2020年内の標準化をめざしています。これより、VR映像配信の適切な品質設計が期待できます。

ゲームに対する品質要因、主観評価法、品質推定技術(G.1032、P.809、G.1072)

昨今のゲーム市場の急速な拡大に合わせ、ゲームに対する品質要因(G.1032)、主観評価法(P.809)、品質推定技術(G.1072)の検討が進められています。VR同様、ゲームに対する品質要因も多岐にわたるため、映像、音響、遅延などに関する品質要因が勧告G.1032に詳細に規定されています。また、通常の映像配信の品質評価法同様に、ゲームに対する主観評価法が勧告P.809に規定されています。一般の映像配信では、5段階ACR(Absolute Category Rating)法が用いられます。一方で、ゲームアプリケーションでは多くのQoE要因から構成されることから、音声品質評価の主観評価法の1つである勧告P.851に示される7段階の連続尺度を用いられることが推奨されています。これより、音声通話や映像配信同様に、ゲームに対する品質評価が可能となります。また、本主観評価法を用い、映像、音響、遅延の条件を各種変化させた実験を実施し、ゲームに対する品質をモデル化した結果を勧告G.1072として制定しています。本手法は、前述の勧告G.107、TV電話の品質推定技術である勧告G.1070、IPTVの品質推定技術である勧告G.1071同様に、ビットレートなどの入力パラメータから簡易に品質を評価可能な技術であり、ネットワークやアプリケーションの設計ツールとして利用可能です。

クラウドソーシングを用いた主観評価法(P.808、P.CROWDV、P.CROWDG)

従来、SG12では、特殊な専門設備を用いた主観評価法の検討をしてきました。しかし、実際のフィールドで用いられるサービスの評価や簡易に多数の評価データを得るために、クラウドソーシングを用いた主観評価法が提案されています。音声品質評価に関するクラウドソーシング法は勧告P.808に、映像配信やゲームに対する検討はP.CROWDV、P.CROWDGとして検討が開始されています。これより、各種サービスに対する主観評価結果が得やすくなることが期待されています。

2021-2024年会期の課題構成案

2020年に今会期が終了することに伴い、次会期(2021-2024年)の課題構成について審議されています。基本的には、現状の課題構成を維持することで検討されていますが、課題3(固定回線交換網、移動網およびパケット交換IP網の通信端末の音声伝送と音響特性)のWork itemを課題5(ハンドセットおよびヘッドセット端末の特性測定方法)および6(音声および音響強調技術への適用を考慮した複合測定信号による分析方法)に割り当てること、課題13で検討するDFS(Digital Financial Service)について新規課題として立ち上げること、課題18(提供網、一次および二次分配網における画像取得から生成までの先進テレビジョン技術のためのエンド-エンドQoSの測定と制御)については寄書提案がなかったため、課題19(マルチメディアサービスのオーディオビジュアル知覚品質の客観評価および主観評価法)に統合することが合意されています。

今後の展開

SG12におけるメディア品質評価法の標準化においては、音声通話や映像配信への対応がおおむね整備されてきました。一方で、VR映像配信などの新しいサービスに対する評価法やクラウドソーシングに対する評価法の確立は検討段階にあります。また、昨今注目を集めるAI(人工知能)技術に関する検討も進んでいます。例えば、映像配信の劣化要因を推定する技術の検討や、品質推定技術を機械学習型で構築していくことなども検討されています。今後も、5Gの展開に合わせ多様なサービスが展開されることが期待されますので、各種サービスに対するQoS/QoEの設計・管理がますます重要になってくると考えられます。そのため、今後もSG12の検討状況を把握していくことが重要になると考えられます。