グローバルスタンダード最前線
ITU-T SG5の新体制と審議状況
NTTグループは、電磁妨害波や雷サージから通信設備を防護するとともに、ICTによる気候変動への影響評価や持続的な発展が可能な循環型経済の問題に取り組み、通信サービスの信頼性向上ならびに事業活動に伴う環境負荷の低減に貢献するため、ITU-T(International Telecommunication Union-Telecommunication Standardization Sector)において国際標準の作成に参画しています。ここでは、新型コロナウイルス感染症の影響により、ようやくスタートした新会期(2022-2024)の検討体制を紹介するとともに、2022年6月に開催された第1回SG(Study Group)5会合における最新の審議動向を紹介します。
奧川 雄一郎(おくがわ ゆういちろう)/原 美永子(はら みなこ)
高谷 和宏(たかや かずひろ)
NTT宇宙環境エネルギー研究所
新会期(2022-2024)の検討体制と第1回会合の概要
新型コロナウイルス感染症の影響で当初より1年遅れで新会期(2022-2024)がスタートし、新しい検討体制が構築されました(図)。前会期と比較してEMC(Electromagnetic Compatibility)や電磁ばく露を主に検討する旧WP(Working Party)1はそのまま課題を圧縮して新WP1として継続された一方、旧WP2は環境効率、電子廃棄物、サーキュラーエコノミー、持続可能なICTネットワークを主に検討する新WP2と気候変動の適応・緩和、ネットゼロエミッションを主に検討する新WP3に分かれ、Plenary配下の課題も含めて3つのWPと11の課題に分かれて検討をすることになりました。
第1回会合は2022年6月21日~7月1日の日程で、スイス・ジュネーブとオンラインのハイブリッド形式で開催されました。参加者は164名で、うち日本からは12名が参加(全員オンライン)し、寄書は全部で97件(うち日本から6件)でした。まず、Opening Plenaryでは、新会期のWP議長、ラポータが指名・承認され、その後各課題で審議が行われました。会合の審議結果については次節以降で紹介しますが、審議結果の要約はITU-Tのホームページ(https://www.itu.int/en/ITU-T/studygroups/2022-2024/05/Pages/exec-sum-202207.aspx)にも掲載されていますので、合わせてご参照ください。
WP1の審議結果
■課題1
課題1では、雷撃や接地、電力システムの妨害波に対する通信システムの防護要件や、粒子放射線による通信装置のソフトエラー対策、高出力電磁波による攻撃に対する防護方法について検討を行っています。今会合では、K.87「電磁セキュリティ規定の適用ガイド-概要」草案第2版をNTTから提案し、会合中に表明されたIECの専門家の意見を取り入れた最終草案で改定が合意されました。また、K.lp「ネットワークのための雷測位システムのデータ利用」は草案第1版が中国から提案され、審議の結果、章構成を一部見直すことやエディタとしてNTTが加わり、次回も審議が継続することになりました。
■課題2
課題2では、過電圧や過電流に対する通信システムの防護要件と防護素子の検討を行っています。今会合では、K.21「宅内に設置される通信装置の過電圧・過電流に対する耐力」の試験適用でのいくつかの例外規定の見直しをNTTから提案し、議論の結果改定が合意されました。また、K.Supple.24「通信センタ内に設置される通信装置の過電圧耐力規定での雷サージへの耐力要求の根拠」に、2021年5月会合でK.20「通信センタ内の通信装置の過電圧耐力規定」に追加された試験項目等を追加することをNTTから提案し、審議の結果改定が同意されました。
■課題3
課題3では、電磁界の人体ばく露防護のため、携帯電話、無線システムのアンテナ周辺における電磁界強度の推定手順、計算方法、測定方法について検討を行っています。今会合では、K.Suppl.WPT「無線電力伝送(WPT)技術を用いた電気自動車の内外のEMF強度」について、無線電力伝送(WPT)技術を用いた動的および電気自動車の内外のEMF測定および数値解析結果に基づく草案第2版が韓国から提案され、審議の結果、K.Suppl.29として発行が同意されました。また、K.Suppl.16「5G無線ネットワークのための電磁界適合性評価」について、GSMAからは5G基地局からの電波ばく露量測定結果を示した地図の追加、日本からは5Gに関連する国際規格の記載の更新が提案され、審議の結果同意されました。
■課題4
課題4では、新たな通信装置、通信サービスや無線システムに対応したEMC規格の検討を行っています。今会合では、K.123「通信施設内の電気機器からのEMC規定」のスコープから電力装置を削除した改定勧告草案、およびK.power_emc「通信施設内の電力装置のEMC規定」がNTTからそれぞれ提案され、審議が行われました。両草案とも、150kHz以下の妨害波規定についての意見の相違により継続審議となっていましたが、新たな寄書による審議の結果、改定および新規勧告制定が合意されました。また、K.76「通信ネットワーク機器のEMC規定(9kHz~150kHz)」についてはCISPR(国際無線障害特別委員会)で審議されているPLC(電力線通信)保護を考慮したエミッション規定を暫定許容値として追加するとともに、勧告タイトルを「通信ネットワーク装置のDC電源ポートにおける150kHz以下のEMC規定」と変更することで、改定が合意されました。
WP2の審議結果
■課題6
課題6では、デジタル技術や新規先端技術に対する環境効率と要求条件の明確化、ならびに技術的なソリューション、指標、KPI、関連する測定法に関する勧告を策定しています。
今会合では、L.1318、L.1333、ならびにL.1390が合意されました。L.1318は、ICTの集積回路のエネルギー効率の測定・改善に適用可能な指標であるQファクタを定義するものです。L.1333は、ネットワークにおけるエネルギー使用量によるGHG(Greenhouse Gas:温室効果ガス)排出量の評価、および排出削減方法の検討に役立てるためネットワーク炭素強度エネルギー(NCIe)と呼ばれるKPIを定義するほか、炭素強度指標とエネルギー効率指標の相関に関する考察を行うものです。L.1390は、5G RAN機器の省電力化の原則、AI(人工知能)を活用した省電力技術の使用・制御に関するベストプラクティスを提供するものです。このほか新規ワークアイテム2件の検討開始が了承されました。
■課題7
課題7では、循環型経済(サーキュラーエコノミー)の考え方、サプライチェーン管理の改善をベースとしたデジタル技術に対する環境要件、ならびに製品、ネットワーク、サービスに関するeco-ratingプログラムにかかわる勧告を策定しています。
今会合では、L.1034、L.1040が合意、L.Suppl.47が同意されました。L.1034は、特に発展途上国で顕著である偽造ICT製品による健康と環境への影響に関する認識を高めるためのガイダンスを提供、L.1040は、自動運転車の電子廃棄物などにかかわる持続可能性指標を分析し、自動運転車に使われるICT機器の製造者に向けた廃棄物削減を目的としたガイドラインと要件を定義するものです。L.Suppl.47はNTTおよびNECから提案されたものであり、1対の撚線ケーブルによるイーサネット技術(SPE)を用いたインターネットサービスの提供事例、およびOrangeから紹介されたCPU/GPUの製造で導入されるチップレット(chiplet)デザインによるリソース節約事例を取り上げ、工場、ビル、およびホームにおけるリソース節約の促進事例を紹介するものです。このほか新規ワークアイテム3件の検討開始が了承されました。
■課題13
課題13では、シティおよびコミュニティにおけるデジタル技術〔AI、5G(第5世代移動通信システム)ほか〕の使用・運用および循環型社会の考え方を応用するための要件、技術的な仕様、効果的なフレームワーク、シティにおける資産に対して循環型社会の考え方を応用するうえでのガイダンス、ならびに循環型シティ・コミュニティに向けたベースラインシナリオを確立するために必要となる指標およびKPIに関する勧告を策定しています。
今会合では、L.1604、L.1610、L.1620が合意、L.Suppl.51、L.Suppl.50が同意されました。L.1604は、持続可能性と循環性の両方をカバーするバイオエコノミーに焦点を当て、都市におけるバイオエコノミーの定義・役割、バイオエコノミーに影響を与える要因・KPI、バイオエコノミーの実装フレームワークを提供、L.1610は、都市の持続可能性の問題を分析・解決するために都市科学的な手法を提供、L.1620は、都市の循環性を改善する行動を支援するための改善行動の評価・優先順位付け、および改善行動を促進させるための循環型都市に向けた実装フレームワークを提供するものです。L.Suppl.51は、L.1610に準拠した都市科学的な手法の導入成功例を紹介、L.Suppl.50は、L.1620に準拠した循環型都市の展開に関する17件のケーススタディを提供するものです。
WP3の審議結果
■課題9
課題9では、ICT、AI、5Gほかを含むデジタル技術に対する持続性影響の評価手法およびガイダンス、気候変動と生物多様性課題の重要性の考慮、ならびにESG観点での評価を含む環境影響評価手法の使い方に関する勧告を策定しています。
今会合では、L.1480とL.1481が合意されました。L.1480は、ICTソリューションの2次効果の定量的な評価を含め、ICTソリューションを使用することによるGHG排出量への影響を評価する手法を提供、L.1481は、SDG13(気候変動)、パリ協定、およびグラスゴー気候合意を考慮してITUが進めるConnect2030ターゲットに向けた取り組みを促進するため、GHG排出削減に関連するICTソリューション例を提供するものです。このほか、新規ワークアイテムとして7件の検討開始が了承されました。
■課題11
課題11では、ICTとデジタル技術を使ったより効果的・効率的なエネルギー管理に向けたリアルタイムなエネルギーサービス・制御ソリューション、ならびにエネルギー効率向上およびCO2排出量削減をめざしたエネルギー管理改善を容易にする標準、フレームワーク、要求条件に関する勧告を策定しています。
今会合では、L.1230とL.1240が合意、L.Suppl.48が同意されました。L.1230は、10kVAC入力および最大400VDCを持つ給電システム構成、出力電圧、安全性、ならびにEMCに関する一般要件と電源監視システムのアーキテクチャを規定、L.1240は、通信ビルの給電系統、安全なシステム運用、および省エネ評価に適用できる給電システムの評価フレームワーク、通信センタビルの分類、信頼性の評価方法などを規定するものです。L.Suppl.48は、通信センタビルおよびデータセンタインフラにおけるAIやデジタルツインを活用した電力管理方法を規定するものです。このほか新規ワークアイテムとして4件の検討開始が了承されました。
■課題12
課題12では、電力・空調システムの効率改善、400VDCまでの給電システムを使ったエネルギー効率の良いICTアーキテクチャの開発支援、ならびに気候変動に起因する事象に対する早期警報システム、スマート農業への応用、マイクロスマートグリッド、ビル最適化に関する勧告を策定しています。
今会合では、L.Suppl.49が同意されました。L.Suppl.49は、ICTが他のセクタにおける気候変動適応に及ぼす影響、ならびに自然災害に対するICT網自体の強靭性強化に関する推奨事項と技術基準の概要を紹介するものです。このほか新規ワークアイテムとして4件の検討開始が了承されました。
今後の展開
ここでは、ITU-T SG5における最新の審議動向を紹介しました。今後も、通信インフラやサービスを取り巻く環境の変化に応じたタイムリーな標準化活動を推進し、通信サービスの品質・信頼性向上や環境負荷の低減に貢献していきます。