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グローバルスタンダード最前線

ITU-T SG16参加報告

2024年4月にITU-T(International Telecommunication Union Telecommunication Standardization Sector) SG(Study Group)16会合がレンヌ(フランス)を物理会場としてハイブリッド形式で開催されました。NTTグループからはQ(Question)8においてイベント実施者本人(例えば音楽コンサートの演奏者)の感覚を遠隔地で共有できる一人称ILE(Immersive Live Experience)に関する新規勧告草案開始の提案がなされました。ここでは、Q8での議論模様および結果を中心に報告します。

長尾 慈郎(ながお じろう)
NTT研究企画部門

2024年4月SG16会合(レンヌ)

2024年4月15日~26日の日程で、ITU-T(International Telecommunication Union Telecommunication Standardization Sector) SG(Study Group)16の会合がレンヌ(フランス)でオンラインとのハイブリッド形式で開催されました。筆者はWP(Working Party)3 Q(Question)8に、アソシエイトラポータ(Associate Rapporteur:副座長)としてオンラインで参加しました。表1にQ8の執行体制を、表2にQ8への寄書一覧を示します。11件の寄書のうち、6件が既存勧告草案への追記・修正提案、5件が新規勧告草案提案でした。ここではNTTグループからの寄書内容(新規勧告草案H.ILE-FT提案)を中心に、Q8での議論内容を報告します。

ITU-T SG16 Q8会合における議論概要および結果

■H.ILE-FTの提案(SG16-C400)

NTTドコモのフィールテック技術(1)の国際標準化をめざし、NTTドコモを中心に新規勧告草案(H.ILE-FT:An architectural framework for first-person transfer immersive live experience)の開始を提案する寄書が提出されました。本寄書では新規勧告草案において一人称ILE(Immersive Live Experience:超高臨場ライブ体験)に関する要求条件、機能的コンポーネント、アーキテクチャフレームワーク等を記述することが提案されました。一人称ILE(first-person ILE)は本寄書にて初めて提案された用語であり、例えば音楽コンサートの場合、視聴側のユーザがイベント現地側の演奏者の視野や聴覚、触覚などを共有できる、つまりは一人称の体験を共有できるILEの新しいかたちを指します。これに対して従来のH.430シリーズで規定されているILEは、遠隔地にいながらあたかも観客席にいるかのようにコンサートを体験するかたちですので、第三者の視点から体験するという意味で三人称ILEと呼ぶことができます。図1、2にそれぞれ従来のILE(三人称ILE)と今回提案のILE(一人称ILE)の概念図を示します。
一人称ILEにおけるピアニストの触覚伝送を例にとると、視聴側のユーザはピアニストの指先の触覚を共有することができます。触覚は、ピアニストとユーザの触覚刺激に対する感度の違いや手の大きさの違い等の影響を受けるため、そうした違いに適応するデータや処理の仕組みが必要になります。このように一人称ILEは従来の三人称ILEに比べてよりピアニストやユーザに密接に関連するデータを使用する必要があり、またそのために従来とは異なるアーキテクチャが必要となるとの理由から、新規勧告草案が提案されました。
本提案は会合にて議論され、一人称ILEは遠隔地のユーザにあたかもイベント現地側の演奏者になったかのような経験を提供する新しいタイプのILEであるので、これを説明するために提案文書内に掲載されている図を勧告草案にも載せるべき、といった意見等いくつかの修正提案がなされました。これらの修正等を経て勧告草案の開始が合意(*)されました。
なお本提案は寄書の提出者であるNTTドコモのほか、事前および会合中にNTT、KT、NICT(国立研究開発法人情報通信研究機構)、China Telecomから支持が表明されました。また勧告草案のエディタにはNTTドコモから西尾美哉氏が就任したほか、会合中にChina Telecomからもエディタのオファーがあり、Xiaozhi Yuan氏の就任が合意されました。勧告草案のエディタは複数名就任可能であり、新規提案を行った組織から少なくとも1名参加することが一般的です。また、サポートする組織から参加することもしばしばあります。エディタの役割は会合等での議論結果を正確に草案に反映することですが、自組織の意図するニュアンスを勧告草案で適切に表現するために、エディタという役職を確保することは大切です。

* 合意:ITUの会合は合意(consent)ベースで進められます。反対意見がある場合は解決されて合意(consent)が得られるまで議論が続けられるため、全会一致ベースと呼ばれることもあります。ここではconsentを合意と表記しています。

■H.ILE-3DITの提案(SG16-C419)

NICTから、新規勧告草案(H.ILE-3DIT:Functional requirements and frameworks of 3D model-based immersive telepresence system)が提案されました。本提案では、3Dモデルベースの没入型テレプレゼンスシステムの要求条件と機能的フレームワークを規定する新規勧告草案の開始を提案しています。ITU-T勧告H.430.3(Service scenario of immersive live experience)にはILEのサービスシナリオの1つとして、リモート会議においてあたかも遠隔地の参加者が同じ会議室で参加しているかのような体験を提供する没入型ライブ会議が記載されており、本提案はこのシナリオに対応するものです。
本システムは遠隔地の会議参加者の画像取得に単一カメラを使用し、その画像から参加者の基本3Dモデルを構築します。会議中は、画像からリアルタイムで遠隔地の参加者の表情や姿勢を推定し、3Dモデルが更新されます。この3Dモデルを用いて遠隔参加者を再現することで、あたかも同じ会議室に参加しているかのような体験を実現します。

■その他の提案および議論模様

その他日本からは、OKIおよびNICTからいずれも既存勧告草案のH.IIS-FA、H.ILE-AMRの追記および修正提案(SG16-C401-R1、SG16-C609)がなされ、議論の結果合意されました。
また、China Telecom他から3件の新規勧告草案提案がありました。このうち2件(SG16-C587-R1、SG16-C592-R1)は会合での議論においてILEとしての活用方法に焦点を絞って記述すべきなどの意見が出され、タイトルおよび勧告草案名も修正(H.ILE-AR、H.ILE-3DINR)されたうえで開始が合意されました。1件(SG16-C477)は高齢者(the elderly)をはじめとする用語の使用の是非や、アクセシビリティを検討しているSG16 Q26との連携の必要性について意見が出されました。Q26へ照会の結果、Q26と連携して検討を継続することとなり、本会合での新規勧告草案開始は見送られました。
H.IIS-FAについては勧告完成の提案(SG16-C610)がなされ、合意されました。その他既存勧告草案への追記修正提案が議論され、合意されました。

今後の展開

NTTドコモのフィールテック技術の国際標準化を進めるためのITU-T勧告草案H.ILE-FTが開始されました。今後NTTとしても本草案の充実に協力していきます。また、ITU-Tは4年ごとに研究会期(Study Period)が設定されており、2024年は最終年にあたります。それを受けてITU-Tの最高意思決定機関であるWTSA(世界電気通信標準化総会)が2024年10月にインドで開催されます。NTTグループ出身の尾上誠蔵氏がITU-TのトップであるTSB局長に就任されてから初めてのWTSAであり、NTTとしても成功に向けて積極的に協力していく所存です。

■参考文献
(1) https://www.docomo.ne.jp/corporate/anatatodocomo/changesociety/07/