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グローバルスタンダード最前線

ITU-R SG3での電波伝搬技術の標準化動向

無線通信システムを実用化する際、通信方式の決定や周波数の獲得は無線通信システムの基本性能に大きな影響を与える重要なステップです。新規周波数割当てや伝送技術の優劣を評価する際に、各団体が異なる伝搬条件で評価を実施した場合、伝送特性や周波数共用検討において正当な判断を実施することが困難となるため、共通の土台となる電波伝搬モデルの標準化が必要不可欠となります。ここでは、筆者らがNTTグループ代表として主導している電波伝搬モデルの国際標準化組織であるITU-R(International Telecommunication Union Radiocommunication Sector) SG(Study Group)3の最新動向を紹介します。

山田 渉(やまだ わたる)
NTTアクセスサービスシステム研究所

ITU-R SG3の構成と役割

ITU-R (International Telecommunication Union Radiocommunication Sector)の各SG(Study Group)で議論が行われる新たな無線システムの検討の際に、周波数共用検討を行うための干渉評価モデルが策定されます。電波伝搬の専門家集団であるSG3(1)はリエゾンのかたちで関係する他のSGから伝搬モデルの問い合わせがかかり、これに回答することで各SGの議論を前進させる役割を担っています。したがって、SG3の活動は他SGの支援が主な目的といえます。この支援を迅速に行うためには、システム検討に先んじてあらゆる伝搬特性をモデル化しておくことが重要な活動となり、これら伝搬モデルはITU-R Pシリーズとして勧告・レポート化されています。これらPシリーズの勧告・レポートはITU-Rの活用にとどまらず日本を含む各国の制度化にも活用されています。2021年6月会合では表1の体制にてWRC (World Radiocommunication Conference)-19において決定されたWRC-23議題を中心に審議が行われ、結果としてPシリーズ勧告・レポートの改訂が全24件行われました。
ここでは2021年6月会合でのホットトピックであった、「IMT(International Mobile Telecommunications)への新規周波数割当て」と「高高度プラットフォームステーションのための伝搬モデル」に関する最新動向について解説します。

IMTへの新規周波数割当て

WRC-23の議題1.2として「3300-3400MHz、3600-3800MHz、6425-7025MHz、7025-7125MHzおよび10.0-10.5GHz帯における移動業務への一次分配を含むIMT特定の検討」が決定されています。なお、アジア地域の対象周波数はこの中では7025-7125MHzのみとなっています。この決定を受けてSG3において、関連する勧告の改訂作業が進められています。この議題に関連するSG3関連勧告は表2のとおりとなります。
本議題1.2の主担当であるIMTシステムを所掌とするWP (Working Party)5DからSG3に対して、図1に示される①地上局間、②上空と地上局間、③衛星と地上局間、④同一建物内の局間の4つのシナリオに対する周波数共用やシステム互換性評価に用いるための電波伝搬モデルの問い合わせが発出されています。
SG3ではこの問い合わせに回答するために、既存の勧告で対応できる範囲はその活用方法の紹介、既存の勧告で対応できない範囲は対応技術を新規に盛り込むかたちで勧告を改訂する検討を進めています。各勧告には対象とする環境や周波数などの違いがあるため、図1の4つのシナリオに対応するためにはさまざまな勧告を組み合わせて評価を行うことが必要となります。以下に、それぞれの勧告の周波数共用やシステム互換性評価への活用方法について解説します。

■地上局間

(1) 陸上局間の干渉評価推定手順に関する勧告P.452
本勧告は、約0.1〜50GHzの周波数での地上局間の干渉の計算を目的としています。本勧告のクラッタ補正を干渉評価にする場合には、無線局と近くの障害物との間の距離とそれらの障害物の高さに関する情報が必須となります。近くの障害物に関する情報がない場合は、勧告P.2108の方法を使用して、付加損失を計算する必要があります。本勧告は、2021年6月会合でこれまで使用されてきた大圏距離*1から実際の距離が使用されるように自由空間の基本伝搬損失計算が修正されました。
(2) 一般用途向け広範囲陸上伝搬モデルに関する勧告P.2001
本勧告は、30MHz~50GHzの範囲の基本伝搬損失の時間率計算方法を提供します。本計算方法は、0〜100%の全時間率範囲を提供することができるため、モンテカルロシミュレーションを使用する場合に役立ちます。この勧告は、2021年6月会合で更新され、大圏距離ではなく実際の距離が使用されるように、自由空間の基本伝搬損失の計算が修正されました。
(3) 陸上サービスのサイトスペシフィック推定法*2に関する勧告P.1812
本勧告は、30MHzから6GHzの周波数範囲、0.25km~約300kmの距離、かつ地上高約3km以内にある無線通信システムの予測に適しています。電力変動は、1〜50%の範囲の時間率、および1〜99%の範囲の場所率を予測可能です。この方法では、伝搬経路にクラッタが含まれている地形プロファイルに基づいて詳細な推定を行うことが可能です。この勧告は、2021年6月会合で、上限周波数が3GHzから6GHzに拡張されるとともに、クラッタ損失の二重カウントに対処するように改訂が行われました。
(4) 陸上サービスのサイトジェネラル推定法*3に関する勧告P.1546
本勧告は、30MHzから4 GHzの周波数範囲の陸上サービス予測方法であり、長さ1000kmまでの陸路、海路、および陸海混合路上の使用を目的としており、有効な送信アンテナの高さは3000mまでです。この方法は、距離、アンテナの高さ、周波数、および時間の割合の関数として、実際の測定から導き出された電界強度曲線からの内挿・外挿に基づいて推定式が構築されています。なお、本方法は、受信端末のクラッタ補正がありますが、勧告P.2108と組み合わせることはできません。
(5) 屋外短距離伝搬特性推定法に関する勧告P.1411
本勧告は、屋外の1km未満の経路での損失を予測する方法を提供します。この勧告で扱われる環境は、非常に高層・高層・低層都市、郊外、住宅、および田園地帯です。予測方法の多くは、対象範囲内の特定の周波数での測定に基づいていますが、サイトジェネラル予測方法は、周波数、環境、および距離を任意に指定して計算することが可能です。クラッタの影響が本質的に含まれているため、クラッタの計算を個別に追加することは不適切ですが、建物侵入損失は個別に検討する必要があり、勧告P.2109を使用することができます。

*1 大圏距離:地球の2点間を地上に沿って弧で結んだルートの距離のこと。
*2 サイトスペシフィック推定法:地形や建物の配置状況などが加味されたその場所固有の特性を推定可能なモデルのこと。
*3  サイトジェネラル推定法:代表的な特性を推定するモデルのこと。

■上空と地上局間

(1) 航空と無線航法サービスのための伝搬特性推定法に関する勧告P.528
この勧告には、空対空、地上対空、および空対地上の伝搬経路について、100MHzから30GHzの周波数範囲で基本的な伝送損失を予測する方法が記載されています。計算に必要なパラメータは、アンテナ間の距離、平均海抜からのアンテナの高さ、周波数、偏波、および時間の割合です。本勧告には、大気水象*4、シンチレーション*5、不規則な地形による回折などの影響は含まれていません。ただし、干渉分析に役立つ可能性のある水平線を超える伝搬経路をモデル化する機能が含まれています。

*4 大気水象:雨滴や氷粒が大気中を落下・浮遊している現象のこと。
*5 シンチレーション:電波が大気中や電離層を通過する際に振幅に短周期の変動をもたらす現象のこと。

■衛星と地上局間

(1) 衛星と地上局間の干渉評価に必要となる伝搬データに関する勧告P.619
この勧告は、対流圏の屈折やビーム拡散損失などの伝搬効果を計算する方法と、単一エントリまたは複数エントリの干渉分析のために計算を組み合わせる方法を提供し100GHzまで有効です。地上無線局にローカルなパス上の地形または散乱障害物の位置と寸法が明示的に分かっている場合、関連する損失を計算する方法が記載されています。本勧告は、クラッタ損失に関する勧告P.2108も参照しています。建物の侵入損失を用いる場合には、地上端末の環境に応じて勧告P.2109を使用して計算する必要があります。2021年6月会合では、より正確な理解を助けるための説明追加などが行われました。

■同一建物内の局間

(1) 屋内短距離伝搬特性推定法に関する勧告P.1238
この勧告は300MHzか450GHzの周波数範囲に対応し、単一建物に含まれる伝搬経路の各種推定方法を提供しています。このため、同一建物内に端末が存在する干渉シナリオの検討に役に立ちます。2021年6月会合では310GHzと410GHzの伝搬損失推定に必要となる係数の追加や、オフィス・工場・廊下環境に対する100GHz以下の周波数範囲を網羅する新たな基本伝搬損失推定モデルが確立されました。

■すべてのシナリオに関連する伝搬モデル

(1) クラッタ損失に関する勧告P.2108
この勧告は無線局周囲に存在する建物などのクラッタを由来とする伝搬損失の付加損失を計算するためのものです。本勧告の3.1節に記載されている高さに対する損失の補正を行うハイトゲインモデルは、無線局周囲のクラッタによって発生する付加損失の30MHzから3GHzまでの周波数範囲を導出可能です。森林地帯と都市環境では回折を主な現象として仮定されており、それ以外の水上・田園地帯・郊外地・大都市では反射と散乱を主な現象として仮定されています。また、このモデルによって付加損失の導出を行う際は代表的なクラッタ高を定義する必要があります。2021年6月会合では、より幅広い周波数に対応するため推定可能な周波数が測定データをもとに拡張されました。干渉評価の観点で重要となる都市と郊外地の付加損失は、伝搬経路の傾斜角度に対応していますが、周波数は10GHzから100GHzが現在の勧告の推定範囲です。このため、本推定法を10GHz以下に拡張する検討が次回会合に向けて進められています。
(2) 建物侵入損失に関する勧告P.2109
本勧告は一方の無線局が屋外、もう一方の無線局が建物内に存在するときの付加損失を導出するためのものです。一般的な建物と熱効率の良い2つのタイプについて付加損失を計算するための係数が与えられています。本勧告で計算される建物侵入損失は他の伝搬現象とは独立して検討が行われたため、無線局周囲にクラッタが存在するときの推定では、勧告P.2108で導出される付加損失に本勧告で導出される建物侵入損失をデシベル単位で足し合わせることが可能になっていますが、損失について特定の確率を求める際には結合された確率分布を求めるために数学的な畳み込み演算が必要となります。

高高度プラットフォームステーションのための伝搬モデル

WRC-23の議題1.4として「2.7GHz以下のIMT特定された周波数帯におけるIMT基地局としての高高度プラットフォームステーション(HIBS: high-altitude platform stations as IMT base stations)(2) 利用の検討」が決定されています。この決定を受けてSG3において、関連する勧告の改訂作業が進められています。本議題の主担当はWP5Dですが、SG3に対してHIBSと地上・航空・衛星サービス間の周波数共用や互換性評価に活用できる電波伝搬モデルの問い合わせを行っています。
勧告P.1409は高高度プラットフォームステーションにかかわる伝搬モデルの勧告でありますが、これまでは上空から市街地や郊外地を対象とした10GHz以下の電波伝搬モデルが定義されていないなど、議題1.4で掲げられるHIBSの影響評価を行うための電波伝搬モデルの整備が完全な状態ではありませんでした。そこで、近年、HIBSの各種評価が可能となる電波伝搬モデルの開発が進められています。従来の勧告P.1409では「自由空間損失」「大気による減衰」「雲による減衰」「雨滴などの後方散乱」「降雨減衰」「対流圏シンチレーション」の6つの要素からモデルが形成されていましたが、2021年6月会合では、「雲による減衰」が「降雨減衰」の要素にマージされつつ、新たに、「対流圏散乱」「地球による回折」「地形や障害物による回折」「クラッタ減衰」「植生による減衰」「屋内侵入損失」の要素が追加され、11要素からなるモデル(図2)が勧告化されました。
しかし、周波数共用や互換性評価に必要となる電波伝搬モデルが会合内では整備できなかったため、次会合での決着をめざしてオフライン会合であるCG (Correspondence Group)3J-3K-3M-14において次会合まで継続して議論が行われることとなりました。

今後の展開

ITU-R SG3の活動は世界共有の希少な資源である周波数を有効活用するために必要な活動です。無線システムは技術の進展が早い領域であるため、ITU-R SG3の活動はこれまでよりも他SGとの連携を深めながらより短期間で結果を出すことが求められるようになってきています。また、WRC-23を皮切りにBeyond 5G(第5世代移動通信システム)や6G(第6世代移動通信システム)に関連した議論も進められることが想定されます。こうした最新動向を見極めながら、NTTグループはもちろん日本、そして世界の周波数有効活用に貢献するために、これからも積極的に標準化活動を進めていきます。

■参考文献
(1) https://www.itu.int/en/ITU-R/study-groups/rsg3/Pages/default.aspx
(2) https://www.nttdocomo.co.jp/binary/pdf/info/news_release/topics_211115_00.pdf