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グローバルスタンダード最前線

ITU-Tインダストリーエンゲージメントワークショップ参加報告

ITU-T(International Telecommunication Union Telecommunication Standardization Sector)と産業界の関係強化はITU-T尾上誠蔵 電気通信標準化局長が掲げる重点分野の1つです。本分野に関する議論を深めるため、2024年4月19日に各業界・団体の有識者を集めたインダストリーエンゲージメントワークショップが開催されました。ここでは、ワークショップ当日の模様について報告します。ワークショップに向け各地域から2名のステアリングコミッティ委員が指名され、筆者はアジア太平洋地域選出の委員としても活動しましたので、準備の舞台裏についても報告します。

山本 浩司(やまもと ひろし)
NTT研究企画部門

ワークショップ開催の経緯

ITU-T(International Telecommunication Union Telecommunication Standardization Sector)と産業界の関係強化はITU-T尾上誠蔵 電気通信標準化局長の選挙公約の柱の1つでもあり、実現に向けた具体的な取り組みが模索されていました。2023年6月に開催されたTSAG(Telecommunication Standardization Advisory Group:電気通信標準化諮問委員会)*において、具体的な活動としてワークショップを開催することが決議されるとともに、リーダーのDidier Berthomieux氏(Nokia、フィンランド)と各地域から各2名ずつ指名された委員からなるステアリングコミッティが組織され、ワークショップの目標設定や具体的なプログラム検討が開始されました。アジア太平洋地域からは筆者とDao Tian氏(ZTE、中国)が選ばれ議論に参画しました。
ステアリングコミッティでは、今回のワークショップの目的を達成するための講演テーマ検討と、それぞれのテーマ分野で各業界の有識者をリストアップする作業を進め、最終的には表に示す講演プログラムが確定しました。最大の難関となったのは講演者の選定で、各業界や団体の有識者を集める目標を立てつつ、地域・性別・年齢などのバランスに配慮したうえで当日ジュネーブに来ていただける方である必要があり、ワークショップ全体で当初想定した15名程度の講演枠に対して50名近い講演候補者をリストアップするなどの準備を行いました。当初は講演の承諾を得られない可能性を懸念していましたが、実際に打診を始めると大半の候補者から快諾の反応があり、嬉しい誤算でした。公的標準化機関としてのITU-Tが持つ力を改めて認識しました。

* TSAG:ITU-Tの標準化活動を監督し重要事項を審議する上位の意思決定機関。

ワークショップ当日の模様

ここでは、キーノートスピーチと筆者が議長を務めたSession2(インダストリーエンゲージメントの指標)について紹介します。

■ITU-T尾上局長によるキーノートスピーチ

過去40年間の電気通信業界の標準化においてもっとも大きな成功の1つはモバイル分野の標準化において6つの異なる地理的標準に分かれてしまっていた状態から統一された1つの世界標準に移行した成功例を引き合いに、下記に示す信念とそこに向けた本ワークショップへの期待が述べられました(図1)。
・標準化の価値は標準の実装と広範な普及によって得られる。
・業界は標準の実装において重要な役割を果たす。
・標準化は、ビジネスが市場で成功するための強力なツールである。
・標準化は、手頃な価格で自分の要求を満たす世界を構築するための強力なツールである。

■Ulrich Dropmann氏によるキーノートスピーチ

Dropmann氏(Nokia、フィンランド)は、地政学的な緊張の中で世界標準を定めることの重要性を強調し、国連機関としてITUは国際標準化の最適な場の1つであると強調しました。しかしながらITU-Tは多くの標準化団体の1つに過ぎず、この状況におけるITU-Tの役割をより適切に定義する必要があるとの考えも示しました。市場は伝送系とアクセス系、および映像符号化の分野においてはITU-T優位性を認めている一方、クラウド、プロトコル、およびセキュリティに関しては、ほとんど採用されていないことも懸念材料として示しました。
今後ITU-Tの関与が期待される領域として環境、量子ネットワーキング、メタバースを挙げ、またイノベーションの好循環を促進するための鍵として知財ポリシー整備の重要性についても触れました。今後に向けて、ITUは他の標準化団体(フォーラム等)での技術的成果を活用して優良研究課題における地位の維持向上を図りつつ、課題の残る研究課題については効率性を評価するための意思決定プロセスと指標を改善する必要があると述べました。

■Session2(インダストリーエンゲージメントの指標)の模様

Session2は議長(筆者)の進行で3名の有識者が登壇し、その後パネルディスカッションが行われました。各発表のポイントと、パネルディスカッションのポイントを紹介します(図2)。
(1)講演1
・講演者:Christopher Clark, Head, Marketing and Partner Relations Division, ITU
・講演題目:“Industry Participation Trends and Internal Tracking”
この講演では、ITU-Tが内部で使用しているエンゲージメント指標とその活用状況、ならびに最近のメンバ参加傾向の概要が紹介されました。前半では、ITU-Tによる会員のエンゲージメントの定量化とその追跡に関する取り組みが紹介されました。所属会員の属性情報や直近のイベントへの参加状況などの情報を基にエンゲージメント指数を算出し、ダッシュボードを作成することで追跡を可能にしているなどの取り組みが紹介されました。後半では、以下のようなメンバの参加傾向が紹介されました。
・ITU-T産業界の参加は過去最高に増加している。
・中小企業、地域バランス、発展途上・先進国など、会員構成が多様化している。
・参加と寄書も全体的に増加しており、特にアジア太平洋地域の増加がもっとも顕著である。
(2)講演2
・講演者:Hideyuki Iwata, President, Telecommunication Technology Committee(TTC), Japan
・講演題目:“Proposing Metrics and Industry Engagement through standardization activities at TTC.”
この講演では、日本国内の標準化団体であるTTCにおけるITU標準化の取り組みとその活用状況について紹介されました。国内標準のダウンロード数と、ITU-Tへの提案に関する定量的な値が紹介され、これらの分析を通じて、国内組織においてローカライズが進められる技術分野の傾向とダウンロード数が業界の関心を把握する有効な尺度となり得ることが示されました。また、TTCではさまざまなワークショップも開催しており、ワークショップの参加者の動向は業界の関心を知る有効な手段となることも紹介されました。
(3)講演3
・講演者:David Law, Chair, Standards Board, IEEE Standards Association, United States;Distinguished Technologist, Hewlett Packard Enterprise, United States
・講演題目:“Industry Metrics”
この講演では、IEEEにおける標準化活動の最新の傾向と、産業界エンゲージメント指標に関するケーススタディに基づく考慮事項が紹介されました。最近の活動の例として、人工知能(AI)シリーズであるIEEE 7000シリーズがAIシステムにおける個人データと安全性を保護する方法に取り組んでいること、医療機器とコンピュータシステム間の通信を可能にしてバイタルサイン情報の自動キャプチャを可能にするIEEE 11073などの取り組みや、その他の最先端の取り組みが紹介されました。後半では、IEEE SAボードの視点から産業界エンゲージメントとその指標に関する議論が紹介され、勧告ダウンロード数だけでは産業のニーズや真の価値、重要性や難易度を誤って判断する可能性があるとの指摘や、業界への関与を測定する方法論についての課題意識などが紹介されました。

ワークショップのまとめと今後に向けて

本ワークショップを所管するTSAGラポータグループリーダーのGlenn Parsons氏(エリクソンカナダ、カナダ)より下記の総括がありました。
・ITU-Tには、国際標準を作成するための安定で成熟したプロセスがあるものの、これは一部のアジャイルソフトウェアアプリケーションにとっては遅すぎる可能性があり、これが次世代を引き付ける際の障害となる可能性がある。
・ITU-Tは加盟国と良好な関係を築いているものの、ITU-Tが対象としている分野の専門家や能力は、焦点を絞ったソリューションに特化したフォーラム等に取り込まれているのが現状である。
・産業界がソリューションを特定できるよう、ITU-Tのエンド・ツー・エンドの性質をさらに活用する必要がある。ただし、作業項目は顧客の要件に基づく必要があり、ITU-Tは業界の製品管理担当者がこれらの要件を話し合う場を提供する必要がある。
・ITU-Tには、国際標準を作成する方法がいくつか用意されているものの、地域ごとの多様な要件や世界的な互換性の評価がなければならず、また新規検討着手のハードルが低すぎる等の課題もある。
・ITU-Tの製品と価値に対する認識がほとんどないため、産業界は能力のある他のフォーラム等に引き寄せられている現状。ITU-Tの内容をマーケティングおよび宣伝することで、これを変えることができると期待。
・指標(参加数、寄書数、ダウンロード数)は定量的な指標になり得るものの、ITU-Tの産業界への影響は定性的な評価にとどまらざるを得ず、これらをどう客観的にとらえるかも課題。
全体総括として、産業界から有益な情報が提供され、多くの参加者からこのワークショップは成功であったとの声が聞かれました。また、このようなワークショップを今後も開催すべきとの提案がなされ、満場一致で合意されました。