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グローバルスタンダード最前線

ITU-Tにおける空間分割多重光ファイバおよび屋外光設備の保守・運用に関する標準化動向

光ファイバや屋外光設備の保守運用にかかわる標準はITU-T(International Telecommunication Union Telecommunication Standardization Sector)勧告として制定されており、その内容についてはSG(Study Group)15 にて議論され、光通信システムの進展に合わせて改訂されています。ここでは、既存シングルモード光ファイバ(SMF:Single Mode Fiber)の通信容量限界を超える超大容量伝送媒体として期待されている空間分割多重(SDM:Space Division Multiplexing)光ファイバ、および光通信の普及によりますますの効率化が要求されている屋外光設備の保守・運用に関する標準化動向を紹介します。

鬼頭 千尋(きとう ちひろ)/松井 隆(まつい たかし)
中島 和秀(なかじま かずひで)
NTTアクセスサービスシステム研究所

はじめに

ITU-T(International Telecommunication Union Telecommunication Standardization Sector)では、通信ネットワークのシステム要求条件と機能、ならびに伝送特性の試験法、ネットワークインフラの運用方法を規定する標準文書(勧告)を制定しており、通信キャリアにとっての相互接続性とサービス品質の担保に大きく寄与しています。2022年9月、光ファイバに関する新規勧告の制定、および既存勧告の改訂作業を担うITU-TのSG(Study Group)15(1) WP(Working Party)2 Question 5にて、SDM光ファイバの技術レポートが合意されました。本技術レポートは、SDM(Space Division Multiplexing)光ファイバ技術の成熟度と課題を網羅的に記述し、将来の国際標準化と実用展開に向けたロードマップを示す大きなステップとなるドキュメントです。また、世界的な光通信サービスの普及に伴い、屋外光設備を適切に運用することが求められていることを背景に、屋外光設備の保守・運用方法に関する標準化作業が、同SGのQuestion 7にて活発になされています。
以降では、SDM光ファイバ技術レポートの内容、および屋外光設備の保守運用の標準化動向を概説します。

空間分割多重光ファイバに関する標準化動向

現在、商用光通信システムの光ファイバ1心当りの伝送容量は毎秒数10テラビットを超え、2020年代後半には毎秒100テラビットを上回る大容量化が必要になると考えられています。しかし、既存SMF(Single Mode Fiber)の容量限界もおよそ100テラビットで顕在化すると考えられており、新たな光伝送媒体としてSDM光ファイバケーブルが関心を集めています。このためITU-Tでは、SDM光ファイバケーブル技術の現状、各種光ネットワークへの適用性、将来の標準化に向けた課題について取りまとめた、新規技術レポート「TR.sdm(仮称)」を作成・発行しました。
TR.sdmで考慮されているSDM光ファイバの種類を図に示します。TR.sdmでは、既存SMFと同等のコア、クラッド、および被覆構造を有し、被覆直径もしくはクラッド直径のみを縮小した細径被覆SMFおよび細径クラッドSMFもSDM光ファイバの一種として考慮しています。これらの光ファイバは、既存技術との整合性を確保しつつ、ケーブル内の実装心線数を最大化するのに効果的と考えられています。同一クラッド内で複数のコアを独立して動作するように多重した弱結合型マルチコアファイバ(WC-MCF:Weakly Coupled Multicore Fiber)では、多重コア数分の容量拡大が期待されます。WC-MCFではコア間の信号光の混信を抑制するため、コア間隔をある程度広く保つ必要があります。しかし、コア間隔とコア数の増大はクラッド直径の拡大を招き、光ファイバの製造性が低下してしまいます。このため、既存SMFと同等の標準クラッド径と伝送特性とを有するWC-MCFの実現に期待が寄せられます。さらに、同一光ファイバ内で複数種類の光(モード)を多重する数モードファイバ(FMF: Few-mode Fiber)は、単位断面積当りの信号光多重度を最大化可能な技術で、さらにマルチコア(FM-MCF: Few Mode Multicore Fiber)化することにより、コア数×モード数の多重度が実現できます。ランダム結合型MCF(RC-MCF: Randomly Coupled Multicore Fiber)は、見た目はWC-MCFと同様ですが、隣接するコア間の信号光が積極的に混ざり合うようにコア間隔を設定することで、コア数分のモード数を伝搬することができます。しかし、これらのマルチモードファイバでは、出力端の信号を復調するために複雑な信号処理が必要となるため、伝送技術の進展を勘案して実用展開を検討する必要があります。TR.sdmでは、初期のSDM伝送システムでは、細径被覆SMFや標準クラッド径WC-MCFの適用が先行すると想定しています。前者は特にデータセンタ間など、複数のユーザを多重するために、ケーブル内心線数を極限まで最大化するアプリケーションで、後者は長距離海底および陸上システムなど、ケーブル外径、ケーブル内心線数、あるいは地下管路内径などの線路設備に制約を有し、かつ持続的なアップグレードが重要なアプリケーションでの適用が先行すると考えられています。一方、新たなSDM光ファイバの適用では、敷設・施工あるいは接続・光増幅などの周辺技術の確立も必要になるため、システム全体としてのコストメリットに留意する必要があると考えられています。

屋外光設備の保守・運用に関する標準化動向

OECD加盟国のFTTH(Fiber To The Home)加入者数の伸び率は、2020年6月からの1年間で15%を記録したように、コロナ禍における在宅時間の長時間化やリモートワークの拡がりにより、世界的なブロードバンド普及率は伸びています(2)。今後も、5G(第5世代移動通信システム)の普及が進められることで、世界的に基地局までの光回線の展開が進むことが想定されます。そのため、通信サービスを支える膨大な屋外光設備の効率的な保守・運用の実現は世界的ニーズとなっています。
2020年、屋外光設備を適切に運用するための設備マネジメントに関する一般事項を定義するため、ITU-T勧告L.330(屋外設備マネジメント)が制定されました。経年劣化を避けられない屋外光設備を長期間にわたって安全に運用し続けるためには、適切な周期と確認項目および業務フローに基づく点検業務が不可欠です。ITU-T勧告L.330では、基本的な点検業務の要件とフローのほか、点検対象とすべき17の屋外光設備を定義し、各設備種別に対して目安となる点検周期や確認項目、および精密点検時に要求される劣化事象の測定精度を網羅的に示しています。本勧告の制定により点検業務に対する推奨事項が明らかになったことで、通信事業者の点検意識の高まりが促されるだけでなく、点検業務要件に適合した点検器具の製品開発の加速が期待されます。また、ITU-T勧告にて点検対象設備が定義されたことを契機として、屋外光設備種別ごとに異なる詳細な点検手段や関連技術および作業安全にかかわる事項を記載する保守関連勧告の制定作業が開始されました。具体的には、既存ITU-T勧告L.340(とう道の保守)の対象設備を点検手段が近しいマンホール(MH:Manhole)等の地下光設備全般に拡張する改訂作業が進んでいます。本改訂では、効率的な点検手段を盛り込むことも目的とし、カメラドローンや全天球カメラを用いたMH未入孔点検技術等、最新技術の活用事例についても付録文書に記載することとして、2023年の作業完了に向けた議論が進捗しています。
L.340改訂作業と同様に、昨今、先進技術の適用による屋外設備保守・運用の効率化に関する研究開発成果をITU-T勧告に反映する動きがあります。その一例として、2022年に制定されたITU-T勧告L.316(光ファイバセンシングを利用した光ケーブル対照法)があります。ITU-T勧告L.316は、保守現場にいる作業者が光ケーブルに意図的に加えた振動を、通信ビル内に設置した光ファイバ振動測定装置によりモニタすることで、輻輳する光ケーブルの中から保守作業対象とする光ケーブルを対照する方法を記述しています。本勧告に関連して、NTT東日本は、2022年5月、光ファイバ振動センシング技術を利用した通信設備保守の運用開始を報道発表しました(3)。同発表によれば、MHの鉄蓋を打撃した振動を通信ビルに設置した光ファイバ振動測定装置により検知することで、MH未入孔で故障を有する光ケーブルが当該MHに収容されているか否かを判定できるため、故障点の探索稼働が削減することができます。設備管理を含めたさらなる保守・運用の効率化技術の進展とタイムリーな国際標準化が期待されます。

今後の展開

ITU-T SG15にて2022年9月に合意されたSDM光ファイバの技術レポートをベースに、SDM光ファイバ技術の国際標準化に向けた具体的な議論が展開されると考えられます。SDM伝送システムの構築に不可欠なコネクタや光増幅技術の標準に関する議論はIEC(International Electrotechnical Commission)でも進捗しており、両標準化団体の連携により、次世代の大容量伝送システム実現に向けた標準化活動の進展が期待されます。また、屋外光設備の保守・運用関連勧告群は、保守・運用業務の均質性やデジタル化を考慮した制定・改訂作業が継続展開されると考えられます。

■参考文献
(1) https://www.itu.int/en/ITU-T/studygroups/2022-2024/15/Pages/default.aspx
(2) https://www.oecd.org/sti/broadband/broadband-statistics-update.htm
(3) https://www.ntt-east.co.jp/release/detail/20220516_01.html