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特集

将来の情報処理基盤実現に向けた取り組み

将来の情報処理基盤実現に向けた取り組み

実世界のデータからさまざまな価値を生み出す「データ中心社会」が到来しようとしています。また情報化社会の進展に伴い、システム基盤やソフトウェア開発手法への要求はより一層高まっていくと考えられます。本稿では、データ中心社会を支え、社会・技術の進化に対応できる将来の情報処理基盤の実現に向けたさまざまな技術課題と、NTT研究所の取り組みについて紹介します。

木原 誠司(きはら せいじ)†1/田中 裕之(たなか ひろゆき)†2
荒川 豊(あらかわ ゆたか)†2
NTTソフトウェアイノベーションセンタ 所長†1
NTTソフトウェアイノベーションセンタ†2

情報処理基盤を取り巻く環境

実世界の問題を、実世界のさまざまなデータを用いて解決していくプロセスはますます重要となりつつあります。製造業においては工場稼働データに基づく予実管理や設備の故障予測、小売業においては気象データに基づく需給予測や顧客行動データに基づくマーケティングや動線設計など、そのようなプロセスの事例は枚挙に暇がありません。データから価値を生み出すという意味で、このようなプロセスを私たちは「データ価値化」と呼んでいます。企業間競争の激化や環境問題・社会問題の深刻化に加え、新型コロナウイルス感染症の流行により加速されたリモート型社会への移行等により、社会全体にデジタルトランスフォーメーションが求められ、データ価値化への期待は高まる一方です。このような背景から、私たちは、意思決定や最適化、未来予測など、あらゆる場面でデータに基づき価値を生み出す「データ中心社会」が到来すると考えています。データ中心社会においては、多種大量のデータの流通や分析の礎となる情報処理基盤の役割がより重要になると考えられます。
一方、これまでの技術的歴史を振り返ると、情報処理基盤は弛まぬ進化を遂げてきました。システム基盤の観点では、まずプロセッサの性能向上が、微細化によるシングルコアCPUの高速化、そしてマルチコア化により実現されてきました。またサーバ単体によるプロセッシングから、分散・並列化による高速化・スケール化へと進化したように、システム全体の高速化・高度化も進められてきました。ソフトウェア開発手法の観点では、基幹システム等の大規模・高品質なソフトウェアが求められる場合に適したウォーターフォール型開発が旧来より用いられてきましたが、近年ではユーザビリティや開発の迅速性が求められるWebアプリケーション等の開発に適したアジャイル型開発も広く取り入れられるようになってきました。情報化社会の進展に伴い、このような技術の進化は今後も求められ、継続していくと考えられます。
このような背景から、NTTソフトウェアイノベーションセンタ(SIC)では、将来の情報処理基盤の実現に向けて、データ中心社会を支える研究開発と社会・技術の進化に対応できるシステム基盤・ソフトウェア開発手法の研究開発について、ハードウェアやセキュリティなど関連する技術を専門とする各NTT研究所とも連携して取り組んでいます。

データ中心社会を支える研究開発

データ中心社会におけるデータ価値化の大まかな流れを図に示します。まず実世界の各所において、センシングデータやログデータ等として実世界のモノやコトに関するデータが生成・収集され、蓄積されます。次に、このデータを分析・変換し、これに基づき問題を解決すべく実世界へ働きかける活動を行います。多くの場合、この活動により変化した実世界について、またデータ収集していく、という循環を繰り返すことで、漸次的に改善したり、実世界の変化に継続的に追従したりします。データをエビデンスとして、実世界へフィードバックをかけていくこのようなプロセスにより、堅実に実世界を良い方向へ動かし、さまざまなドメインの顧客に価値を提供していくことが可能となります。
このようなデータ中心社会のバリューチェーンを支えるべく、以下のような情報処理基盤技術の研究開発に取り組んでいます。
(1) データ分析・価値化技術
データ価値化の適用範囲は幅広いと考えられますが、それだけに画一的なやり方でうまくいくものではありません。どのようなデータを、どのように用いて、どのような価値を創出するのか。真に役に立つデータ価値化の方法を見つけるには、各ドメインにおいて具体的な問題と向き合い、入手できる多様なデータと多様な分析方法から、適切な組み合わせを見つけるための試行錯誤を行う必要があると私たちは考えています。さまざまなシーンでデータ価値化を実現していくためには、そうした試行錯誤の効率化や高度化が必要不可欠となるでしょう。私たちは、試行錯誤の効率化や高度化、そしてそれらの自動化までをめざし、研究開発に取り組んでいます。
また、データ価値化の方法を見つけたとしても、必要となるデータの処理量が膨大で、期待される時間内に価値を創出できなかったり、創出する価値よりも大きなコストが発生したりするようでは、現実的な問題の解法とはなり得ません。例えばデータ解析手法として期待が高まるAI(人工知能)技術は、高度化により適用範囲が広がる一方で、処理量の増大が問題となっています。本特集記事『IOWN時代のAIサービスを支える高効率イベント駆動型推論』では、IOWN時代の「ヒトの能力を超える」AIサービスの実現に向け、大量の映像データに対するAI推論処理を効率化する技術について紹介します。
(2) データ流通技術
分析対象となるデータを効率良く収集できる技術も必要です。実世界のデータは容易に入手できるものばかりではありません。センサの故障や計測タイミング等の影響で必要なデータすべてが得られない場合もあれば、プライバシやビジネス上の理由からデータを入手できない場合もあります。また、データが実世界のあちこちで発生ないし蓄積していて、データ収集・複製によるネットワークやストレージの性能・容量圧迫や、複製データに対してデータ所有者の権限やライフサイクル管理が及ばなくなるなどの問題も発生します。このような問題に対する取り組みの1つとして、本特集記事『高品質・高信頼なデータ流通でデータ中心社会を実現する次世代データハブ技術』では、NTTセキュアプラットフォーム研究所などと取り組む次世代データハブ技術について紹介します。本技術により、世界中で生み出される膨大なデータが、企業などの閉ざされた組織内で利用されるだけにとどまらず流通し、従来は出会うことのなかったデータやノウハウを掛け合わせることで新たな価値を生み出せるデータ中心社会の実現をめざしています。

図 データ中心社会のバリューチェーン

社会・技術の進化に対応できるシステム基盤・ソフトウェア開発手法

情報化社会の進展に伴い、データの流通量・分析量は爆発的に増大し、データ流通・分析を担うシステム基盤にはより一層の性能向上が求められると考えられます。また、多種多様なデータを活用した新たなサービスが出現するとともに、その個別化・カスタマイズ化が加速し、より効率的・高速なソフトウェア開発手法が求められるようになるでしょう。
このような進化に応じ、システム基盤やソフトウェア開発手法の進化を継続・加速させるため、以下のような研究開発に取り組んでいます。
(1) システム基盤技術
「ムーアの法則」は限界にきている、あるいは終焉した、と言われていますが、これはCPUの処理性能だけに依存して発展した時代の終わりを意味します。このような時代を迎えた今、GPU(Graphics Processing Unit)やFPGA(Field Programmable Gate Array)に代表される特定用途に特化したハードウェアの効果的な活用は、高速・高効率なデータ処理を実現するための大きな技術課題であると考えられます。このような課題の解決に向け、市中ハードウェアを活用するだけでなく、各種演算資源を高速接続する光インターコネクト技術の研究開発に取り組むNTT先端集積デバイス研究所や、光を用いて問題を高速に解くイジング型計算機の研究開発に取り組むNTT物性科学基礎研究所とも連携しつつ、研究開発を進めています。本特集記事『ディスアグリゲーテッドコンピューティングの実現に向けて』では、ムーア則の限界を超えた高速高効率データ処理を可能とするシステム基盤の実現に向けた、特定用途に特化したハードウェアを活用した処理の分業化や、多数のコアを持つCPUの並列処理によって性能を引き出す取り組みについて紹介します。
(2) ソフトウェア開発技術
多様化・曖昧化するビジネスの要件とビジネスの進化スピードに対応するため、ソフトウェア開発における人の作業の一部をAIが代替・超越する技術の研究開発に取り組んでいます。これにより、AIと人が協働できる新たな高速開発手法の実現をめざしています。こうしたAI開発技術の1つとして、本特集記事『テスト活動データを分析してバグを狙い撃つテスト自動化技術』では、ソフトウェア開発のテスト工程において、実際のテスト活動データを逐次収集・分析することにより、品質の疑わしい個所を的確かつ集中的にテストすることでテスト工程を大幅に効率化するとともに、確実な品質確保を行うテスト自動化技術について紹介します。

今後の展開

データ中心社会を支え、社会・技術の進化に対応できる将来の情報処理基盤の実現に向けては、本稿で述べたようにさまざまな課題を解決していく必要があります。さまざまな産業分野のパートナーの方々、学術分野・技術分野の専門家の方々とのコラボレーションを通じて、各技術の早期確立をめざしていきます。

(左から)木原 誠司/田中 裕之/荒川 豊

ソフトウェアに関するエンジニアの力と研究者の力、SICが持つこれら2つの力に加え、各NTT研究所の力、そしてOSS(オープンソースソフトウェア)活動を含む世界中のさまざまな方とのコラボレーションにより、将来の情報処理基盤の実現をめざしていきます。

問い合わせ先

NTTソフトウェアイノベーションセンタ
企画担当
TEL 0422-59-2207
FAX 0422-59-2072
E-mail sic@hco.ntt.co.jp