from NTTファシリティーズ
雷対策導入を推進する雷サージシミュレーションとSPDの安全を向上するSPD分離器用ヒューズの開発
NTTファシリティーズでは、雷害低減のため、各種雷対策の導入推進に必要な定量的評価技術や電気安全技術の向上に取り組んでいます。ここでは、NTTファシリティーズで開発している、雷対策の有効性を定量的に評価する「雷サージシミュレーション」と、電源用SPDの安全な運用を実現する「SPD分離器用ヒューズ」について紹介します。
増える雷害
地球温暖化に伴い、日本は少しずつ亜熱帯気候に変化しつつあります。降雨日数の増加やゲリラ豪雨、迷走台風、暖冬、連日の猛暑日に加え、雷の増加もその1つで、こうした雷の増加により、電気電子機器の雷害が増えています。家電機器の被害発生率の推移を図1に示します(1)。昨今ではIoT(Internet of Things)技術により、あらゆる装置がネットワークにつながるようになりました。より便利になっていく一方、接続される配線の数だけ、雷サージの侵入ルートが増加しています。回路の集積化や動作電圧の低電圧化で電気電子機器が雷サージに対して脆弱化していることも、雷害の増加に拍車をかけています。
雷対策の課題
雷対策には、接地の等電位化や雷対策品の設置があります。接地の等電位化とは、複数の接地極(A種、D種接地等)を連接することで、接地極間で発生している電位差を解消するという考え方です。さらに1つのボンディングバーに対して装置それぞれに接地線を配線する方法などがあり、通信局舎における接地方法についてはITU-T(International Telecommunication Union-Telecommunication Standardization Sector)で規格化されています。雷対策品の設置では主にSPD等*1があげられます。装置の通信線、電源線と接地線の接続部に設置し、雷サージを放流することで過渡的な過電圧を抑制します。
しかし、雷対策には次の課題があります。まず、雷対策の有効性を定量的に示すのが困難なことです。雷対策を提案しても定性的な雷害リスク評価および効果では、費用対効果を得にくく、雷対策の導入には至りません。雷対策の導入推進には、定量的に示すことが重要です。次に電源用SPDは劣化による漏れ電流で温度上昇を続け、熱暴走を起こし、短絡故障に伴う火災リスクがあることです。電源用SPDは電源インピーダンスが低く、高い電圧のかかる電源線に設置することや、温度が上昇すると抵抗値が低下する負の温度特性を持つMOV(Metal Oxide Varistor:金属酸化物バリスタ)(2)をSPDに使用するためです。
*1 SPD(低圧サージ防護デバイス)の適用電圧範囲は、交流1000 V以下、直流1500 V以下です。高電圧用には、適用範囲3.3 kV〜1000 kVの酸化亜鉛型避雷器が適用されます。
雷サージシミュレーション
■雷サージシミュレーションの概要
近年、建物に落雷があったときに、構造物を伝って大地に放電される雷サージによって、各所にどれだけの電流、電圧、電磁界を発生させるのかをシミュレーションによって再現し、雷害リスクを把握しようという動きが高まっています。
雷サージシミュレーションには3次元解析としてFDTD(Finite Difference Time Domain:時間領域差分)法や有限要素法*2などがあります。しかし、装置に発生する過渡的な過電圧を3次元解析で追うには膨大な計算負荷を要します。そこで、NTTファシリティーズでは、実用的なレベルまで計算負荷を低減すべく、3次元解析ではなく等価回路解析での雷サージシミュレーション技術開発をしています。
この方法では、建物、ケーブル等の導体をインダクタンスや抵抗による回路素子として扱います。さらにそれらの間にある電磁結合や静電結合を電磁結合係数やキャパシタンスとして、3次元空間を再現します。これらを組み合わせて1つの回路とすることで、建物の落雷に対する電気的特性をモデル化します(図2)。この方法の利点は、現象の考察から影響が少ないと考えられる結合係数を等価回路から排除することで、計算負荷を低減できることです。そのため、この回路に装置の内部回路まで組み込むことができ、装置内部で発生する過渡的な過電圧を導くことができます。装置で発生する過渡的な過電圧の大きさが推定できれば、装置の過電圧耐力から雷害リスクを定量的に評価できます。さらにSPD等の雷対策品を等価回路へ組み込めば、雷対策効果を定量的に推定できます。
*2 有限要素法:物体を要素に分割し、連立方程式により解析する計算手法のこと。
■落雷で装置に発生する過渡的な過電圧の導出
建物に落雷があったときに、建物内の装置に発生する過渡的な過電圧を導くため、まず、建物の等価回路を作成します。次に建物内に敷設されているケーブルと構造物間の結合係数を導きます。さらに評価対象となる電源装置について、電源入力側から雷サージの影響のある範囲までの等価回路を導きます。これらを合体したものを図3に示します。
このように作成した等価回路で行った雷サージシミュレーションで、装置に発生する過渡的な過電圧を導きます。結果例を図4(a)に示します。装置に発生する過渡的な過電圧が、電源装置の過電圧耐力を上回るため、電源装置の故障が推定されます。そこで、雷対策としてSPDを電源装置の入力部に設置した場合の雷サージシミュレーション結果例を図4(b)に示します。SPDにより装置に発生する過渡的な過電圧は、電源装置の過電圧耐力を下回るため、電源装置を雷害から守れることが分かります。
このように、雷害リスクと雷対策の効果の定量化で、雷対策の導入を推進したいと考えています。
SPD分離器用ヒューズ
■SPD分離器の概要
SPDは、雷サージによる過渡的な過電圧から電気電子機器を保護する装置であり、SPD分離器は、SPD故障時の短絡電流を安全に遮断する装置です。SPDとSPD分離器の設置形態を図5に示します。電源用SPDに使用されるMOVは、加わる電圧により、漏れ電流が変化する電子材料で、高い電圧が加わるほど漏れ電流が増加する特性があります。時間応答性が高いため、雷サージなどのマイクロ秒単位の過渡的なサージをバイパスできる特性があります。MOVは、経年劣化や雷サージの繰り返しの侵入により、絶縁性能が低下し、通常時の漏れ電流増加によるMOVの発熱や、熱暴走によるショート(短絡)を引き起こす場合があります(2)。このMOVの劣化による短絡電流を安全に遮断するのがSPD分離器で、従来では配線用遮断器や、電流ヒューズなど市販技術が適用されていました。しかし、配線用遮断器は電力ケーブルを火災から保護する目的で設計されているため、SPDがショートしても短時間で安全に遮断できずSPDが発火する場合があります。電流ヒューズは電子回路を保護する目的で設計されているため、サージ電流耐量が小さすぎて、雷サージの侵入のたびに、サージにより流れる電流で溶断し、SPDの性能を十分に発揮できないなどの問題がありました。SPD分離器が不適切な場合の設備焼損例を図6に示します。
■SPD分離器の開発
これらの問題解決のためにSPD分離器用ヒューズを開発しました。SPD分離器用ヒューズの主要特性を図7に示します。このSPD分離器用ヒューズは、定格電流が小さい(30 A)が、大きなサージ電流(20 kA:8/20 µs)が流れても溶断しないのが特徴です。同等のサージ電流耐量を、市販技術の電流ヒューズで実現するには、定格電流が125 A必要です(3)。これにより、SPD故障時の電気火災や、部分停電を未然防止し、電源系統から安全に故障したSPDを分離することが可能となりました。
■SPD分離器用ヒューズの国内規格化の取り組み
SPD分離器用ヒューズの開発では、タイムディレイ型の電流ヒューズをベースに製品開発を行ってきました。しかし、電流ヒューズには、従来のJISやIECの規格類で、定格電流と遮断特性に対する要求性能があるため、開発したSPD分離器用ヒューズは、規格適合や安全認証への適合性の観点から、当初はなかなか市場に受け入れられませんでした。そこで、当社ならびに複数のSPDメーカが所属する、低圧サージ防護デバイスの標準化委員会であるSC37A/B*3国内委員会のメンバーで構成されるワーキンググループを結成し、国内でのSPD分離器用ヒューズの業界規格化の活動取り組みを行い、電子情報技術産業協会(JEITA)により、SPD分離器用ヒューズの業界規格化(JEITA RC-4501、RC-4502 2013/12発行)が実現しました。
*3 IEC(国際電気標準会議)のSC37A(サージ防護デバイス)およびSC37B(SPDサージ防護部品)。
今後の展開
雷サージシミュレーションとSPD分離器用ヒューズ等の推進には、標準化が鍵となります。すでに製品化したSPD分離器用ヒューズは、国内外での学会発表活動を通して、その普及活動を行ってきました。現在、その成果として、官庁施設の設計の拠りどころとなっている国土交通省発行の「建築設備設計基準」の電力設備の雷対策へ反映されています。当社のSPD分離器用ヒューズは国内の複数のSPDメーカに採用され、多数の設備への導入が進んでいます。今後は、IECにおいてもSPD分離器用ヒューズの規格化が進むよう標準化活動を行い、安全性の高い雷対策技術の普及を図っていきます。
一方、現在開発中の雷サージシミュレーションは、現在の市場はまだ大きくはありませんが、将来的には標準的に実施されることをめざしています。雷対策の有効性を定量的に示すことによる雷対策の導入推進で、雷害の発生を削減することをめざします。
■参考文献
(1) 日本雷保護システム工業会:“5.1.1 設備・機器の雷被害,”雷保護システム技術解説書 第8版,pp.5-6,2021.
(2) 日本雷保護システム工業会:“5.4.3 避雷器,SPDの適用について,”雷保護システム技術解説書 第8版,pp.5-36,2021.
(3) 日本工業規格“短絡バックアップ保護及びサージ耐量,” JIS C 5381-12 低圧サージ防護デバイス第12部 附属書P,p.125,2014.
問い合わせ先
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