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特別企画

2021世界的スポーツイベントとNTT R&D:カテゴリ 大会を『包摂的にした』NTT R&Dの技術

バリアフリールート案内×MaPiece®

NTTは、車いす利用者等の移動制約者のためのバリアフリールート案内アプリ「Japan Walk Guide」を開発しました。Japan Walk Guideは、ボランティアが収集したバリアフリー情報を中心に、公共交通から徒歩ルートまでワンストップでのバリアフリールート情報の提供を行うものです。本稿では、2021年に行われた世界最大のスポーツイベント期間中のアプリ公開を通じて、実際に車いす利用者に評価していただいた実証について紹介します。

市川 裕介(いちかわ ゆうすけ)†1/阿部 裕文(あべ ひろふみ)†1
伊藤 達明(いとう たつあき)†1/小長井 俊介(こながい しゅんすけ)†1
佐久間 聡(さくま さとし)†1/深田 聡(ふかだ さとし)†2
木下 真吾(きのした しんご)†3
NTT人間情報研究所†1
NTT研究企画部門†2
NTT人間情報研究所 所長†3

概要

車いす利用者の方々に、安心して移動し、気軽にスポーツ観戦を楽しんでいただきたい。誰もがバリアを感じない暮らしやすい社会の実現に向けて、オリンピック・パラリンピック等経済界協議会(経済界協議会)のかけ声のもと集まった約1900名のボランティアが、バリアフリー情報の収集を行いました。それは、札幌から伊豆まで、オリンピックスタジアムをはじめとした全国41のスポーツ大会競技場(図1)とその最寄り駅98駅周辺まで広範囲にわたって収集されました。NTTは、バリアフリー情報の収集ボランティアとしてだけでなく、NTT研究所が開発したバリアフリー情報通信技術「MaPiece®(まっぴーす)」を提供し、バリアフリー情報の収集を技術面でも支援してきました。
2021年に開催された世界最大のスポーツイベントにおいては、バリアフリーに関する取り組みへの注目が世界中から高まりました。NTTは、このイベントを通じて、ボランティアによるバリアフリー情報収集の取り組みをアピールすることで、市民参加型の共生社会の文化をさらに広げていくことをめざしました。取り組みのアピールに向けて、経済界協議会と国土交通省が収集したバリアフリー情報を活用し、オリンピックスタジアムなどのスポーツ競技場を対象とした、車いす利用者向けのバリアフリールート案内サービス「Japan Walk Guide」を開発しました。本アプリは、経済界協議会から、スポーツ観戦をする観客および関係者向けのサービスとして、2021年7月13日から、世界最大のスポーツイベントが終了する9月5日まで公開されました。アプリ利用のイメージを図2に示します。

システム

■Japan Walk Guideの特徴

Japan Walk Guideのサービスデザインにあたり、車いす利用者へのインタビューを行ったところ、共通して、イベント会場まで公共交通機関で行けるか不安を感じており、出かける前に非常に多くの情報を詳しく調べていることが分かりました。「利用する駅にエレベータはあるのか」「駅から会場までの道は平坦なのか」「駅や徒歩ルートの途中に車いす対応のトイレはあるか」などの不安に対して、イベント主催者や交通事業者のWebサイト、地図アプリ、街路の写真提供サイトなど、さまざまなサービスで詳細に調べてチェックしなければいけないことが、車いす利用者が出かけることへの障壁となっていました。
そこで、本アプリは、出発地の最寄りの駅から会場最寄り駅までの公共交通の乗換情報、会場最寄り駅から会場までのバリアフリー徒歩ルートの情報、多機能トイレや休憩所など車いすで利用できる周辺施設の情報など、必要な情報をワンストップで提供することを特徴としてサービスを設計しました。また、画面デザインも「不安なく楽しく外出してほしい」というコンセプトに基づき、楽しさを演出するグラフィカルデザインも採用し、色使いやイラストデザインにも工夫しました(キーデザインのイメージは図3の①スタートページをご参照ください)。
また、新型コロナウイルス感染症のパンデミックに伴う大会延期を受け、車いす利用者へのインタビューを再度実施し、コロナ禍での車いす利用者の移動に対する価値観の変化についての調査も行いました。調査を通じて、車いす利用者はもともと混雑を避けるよう行動していましたが、混雑を避けたいというニーズがより一層強まっていることが分かりました。この結果を受けて、少しでも混雑の少ない時間帯の駅を利用していただくなど、車いす利用者の方々が安心して移動できるよう、駅の混雑情報を提供する機能を加えました。

■Japan Walk Guideのサービス詳細

Japan Walk Guideは、Webアプリとして実装しており、ネイティブアプリをインストールしなくても、QRコードなどで読み込むURLリンクをたどってすぐに利用できます。これは、スポーツ大会などへの参加者が、一過性のイベントのためだけに専用アプリをインストールすることは心理的障壁が高く、利用を諦めてしまうことが予想されるためです。サービスはレスポンシブ対応とし、自宅のデスクトップPCにて事前の情報収集においても、移動中にスマートフォンでの情報確認においても利用可能となっています。
以下、本アプリ利用の画面遷移に沿って、各機能の詳細について述べます。
(1) バリアフリー徒歩ルートを考慮した全体経路検索
スタート画面から「始める」ボタンをクリックすると、公共交通を含む全体経路の検索画面に遷移します。公共交通の乗り換え検索は、公益財団法人交通エコロジー・モビリティ財団(エコモ財団)が提供する「らくらくおでかけネット(Supported by 日本財団)」と連携しています。らくらくおでかけネットは、高齢者や障がい者向けに、駅構内のバリアフリー施設、乗り換え案内等に関するバリアフリー情報を一元的に提供するサービスです。全国の交通事業者、交通施設管理者などの方々からのバリアフリーに関する情報を基に、エコモ財団が運営を行っているものです(1)。
(2) 徒歩ルート案内
上記(1)の公共交通機関のルート検索に加え、本アプリでは、駅から競技場までの、徒歩区間のバリアフリールート情報も表示します。この機能により、競技場を目的地・出発地に指定して、徒歩ルートのバリアフリー情報を考慮した全体経路を検索可能となります(図3②)。バリアフリールートは、東京都オリンピック・パラリンピック準備局が公開した「輸送計画V2(2)」に基づいて、経済界協議会ボランティアが収集したバリアフリー情報と組み合わせて設定しています。単にバリアフリールートが示されるだけではなく、そのルートについて傾斜や段差の有無などの情報を、同じく経済界協議会のボランティアが収集した現地の写真と共に参照できます。利用者は、それらの情報によって、自分の障がいの度合いに応じた通れるルートかどうか、事前に確認することが可能です(図3③)。
(3) 周辺情報
徒歩ルート案内画面にて「周辺地図」ボタンをクリックすると、周辺情報の画面に切り替わります。会場~最寄り駅間のルート情報だけでなく、周辺の多機能トイレや案内所、休憩所など、車いす利用者が移動の際に役に立つ施設情報が参照できます。併せて、周辺の歩道について、バリアの度合いに応じた緑、黄色、赤の3段階で色分けして表示を行い、また、それをクリックするとその道の傾斜や幅が写真とともに確認できます。会場~最寄り駅間のルートを外れた周辺の施設に行きたい場合に、利用者の特性に応じた最適なルートを確認することが可能です。
また、本アプリに、利用者側でバリアフリー情報に正誤投稿を行う機能も備えました。アプリの利用者が、バリアフリー情報の間違いを見つけた場合は、○×ボタンで報告を行い、ボランティアに情報修正を依頼することが可能となります(図3④)。利用者やボランティアの協力により、サービス提供期間中も情報更新が可能となり、さらに精度の高いバリアフリー地図を残すことが可能となりました。
(4) 駅混雑情報
車いす利用者は、駅の混雑時には駅構内の移動や電車へ乗ることが難しくなります。前述のとおり、コロナ禍によって、感染症回避のため混雑を避けたいというニーズがさらに強まりました。本アプリでは、車いす利用者が「不安なく楽しく外出してほしい」というコンセプト実現に向けて、会場の最寄り駅の混雑予測情報を表示する機能を加え、混雑するエリアの回避に活用いただけるようにしました(図3⑤)。
駅混雑情報は、鉄道会社(東京地下鉄株式会社、東日本旅客鉄道株式会社、東京臨海高速鉄道株式会社)の協力のもと、NTTドコモが開発した、携帯電話基地局の運用情報を用いた人口統計情報とAIによる「駅混雑状況予測技術」と連携することで提供しています。本技術は、過去のイベントにおける駅乗降者数推定情報と、その際の人口分布データや気象データとの関係性をモデル化することにより、直近の人口分布データ・気象データ・イベント日程データから、将来の駅乗降者数を最長90分後まで10分間隔で予測します。人口分布データは、「モバイル空間統計®国内人口分布統計(リアルタイム版)(3)」によって推計された値で、最短1時間前までの人口分布データを取得できるため、直近の混雑状況を反映することができ、高い精度で混雑を予測することができます(4)。

■システム構成

Japan Walk Guideのシステム構成を図4に示します。Japan Walk Guideは、公共交通機関の乗り換え案内機能を提供する「全体経路」部と、徒歩ルートのバリアフリー情報を提供する「徒歩地図」部で構成されます。
乗り換え案内は、エコモ財団が提供する、公共交通のバリアフリー情報を提供するサービス「らくらくおでかけネット(5)」のAPIを利用することで実現しました。らくらくおでかけネットのセキュリティ要件から、Amazon VPCピアリング接続にてつなぐ必要があるため、「全体経路」部はAWS上に構築しました。
徒歩ルートの案内は、東京都オリンピック・パラリンピック準備局が公開した「輸送計画V2」に記載の会場までの公式アクセシブルルート(移動に制約のある方向けの公式案内ルート)と、経済界協議会が収集したバリアフリー情報を組み合わせて提供しました。バリアフリー情報は「みんなでMaPiece」を基盤エンジンとして利用し、地図サービス上に重畳表示することで実現しました。地図サービスとしては、ゼンリンデータコムの「いつもNAVI API/SDK(5)」を利用しました。「徒歩地図」部は、研究所クラウド環境であるXFARM上に構築しました。

バリアフリー情報通信技術「MaPiece®(まっぴーす)」

障がい者や高齢者など移動に制約のある方の移動を支援するため、バリアフリー施設の充実などハード面の整備と併せて、確実に通ることのできるルートをユーザに提示する、ナビゲーション用のバリアフリー情報の整備が重要となります。これまでは、自治体などが測量技術を持つ専門家に依頼を行い、独自の基準によって作成しており、その調査費用の大きさから作成や更新が頻繁に行えないことや、自治体によって作成基準が異なるため横断的な利活用ができないことが課題となっていました。MaPiece®はこのような課題に対応するため、地図製作の専門知識を持たないボランティアでも、簡単に精度の高いナビゲーション用バリアフリー情報を、国土交通省の策定した「歩行空間ネットワークデータ等整備仕様」に準拠し、統一した作成基準で収集するための技術として開発されました(6)。
MaPiece®は、初期情報の収集を支援する現地調査ツール「測ってMaPiece」に加えて、サービス利用時に利用者から正誤情報や更新情報の投稿を集め、ソーシャル型で情報更新を実現する「みんなでMaPiece」、クラウドセンシング技術により歩行者の持つスマートフォンのセンサデータから路面情報を自動収集する「歩いてMaPiece」の3つの技術によって、持続的なバリアフリー情報の収集更新を実現します(図5)。
Japan Walk Guideでは、測ってMaPieceや歩いてMaPieceを使用してボランティアが収集したバリアフリー情報を、みんなでMaPieceに取り込み、みんなでMaPieceのAPIを通じて、利用者からの情報の取得、正誤投稿の反映を実現しました。更新したデータは歩行空間ネットワークデータ等整備仕様に準拠した情報として、サービス終了後もバリアフリー情報の他サービスへの活用が可能となっています。

結果

2021年7月13日〜9月5日の期間のサービス利用者数の統計を表に示します。2021年に行われた世界最大のスポーツイベントは、無観客での開催となりましたが、本アプリは移動が困難なボランティアスタッフのかたなどに利用いただきました。
また、スポーツ大会期間中の行動体験を踏まえ、車いす利用者に5名にアンケート、およびインタビューを行いました。既存の他サービスと比較しての評価では、イベント会場への行き方を調べるという目的では、5名全員がJapan Walk Guideを利用すると回答しました。理由は人それぞれであり、「会場までの道路状況とその表示の精度」「電車の部分が便利」「歩道の傾斜をはじめさまざまなバリア情報が掲載されている」「車いす対応のトイレの情報」など、前述の国土交通省の基準で傾斜や段差の情報が示されることに加えて、ワンストップで情報提供することの有用性が示されました。
混雑情報に対しては、必要性を感じるものが多く、5名中4名が「必要」、または「ある方が良い」と答えており、総じて役に立つ情報であるとの評価が得られました。機能別の利用割合の比較でも、徒歩ルート案内画面を参照したユーザのうち、駅混雑情報の利用率がもっとも多くなりました(表)。一方で、無観客開催の影響で、混雑が発生したケースがないため、実際の効果の体験には至りませんでした。

まとめ

残念ながら、多くの会場で無観客開催となったことで、大会関係者のみの利用にとどまり、一般の方に広くご体験いただくことはかないませんでした。しかしながら、バリアフリーに関する取り組みについて世界中から注目が集まるスポーツイベントにおいてJapan Walk Guideを公開したことで、台湾のWebメディアにおいてインクルージョンの精神でアスリートをサポートした10のフレンドリーアクションの1つとして取り上げられる等、国内外の報道に取り上げられました。自分たちでもバリアフリー情報収集・バリアフリー地図がつくれるという意識改革、およびその後も更新し続ける文化の醸成など、レガシーとして今後定着に向けた意義があったと考えます。
また、経済界協議会の収集したバリアフリー情報は、G空間情報センタ(一般社団法人 社会基盤情報流通推進協議会が運営)よりオープンデータとして公開される予定です。今回の認知を契機として、ボランティアの皆様でつくり上げたバリアフリー情報がさまざまなアプリケーション・サービスに活用されることが期待されます。
今後は、今回のチャレンジを第一歩として、アプリ提供を通じた評価結果などに基づき、新たなインクルーシブサービスの研究開発を進め、障がい者が安心して自立的に生活できるインクルーシブな社会の創造に貢献していきます。

謝辞

本アプリの実現に向け、多大なるご協力、ご助言をいただいた公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会広報局、輸送局、テクノロジーサービス局、パラリンピック統括室、および国土交通省の皆様、らくらくおでかけネット連携に関するさまざまなご調整をいただいた公益財団法人交通エコロジー・モビリティ財団バリアフリー推進部の皆様、そして、バリアフリー情報の収集、アプリの提供を共に実施くださったオリンピック・パラリンピック等経済界協議会、およびその参画企業、ボランティアの皆様に感謝申し上げます。

■参考文献
(1) https://www.ecomo-rakuraku.jp/
(2) https://www.2020games.metro.tokyo.lg.jp/taikaijyunbi/torikumi/yusou/yusou_v2_koushin/
(3) https://mobaku.jp/service/rt_distribution/
(4) https://www.nttdocomo.co.jp/binary/pdf/info/news_release/topics_210819_01.pdf
(5) https://www.zenrin-datacom.net/solution/api
(6) 山本・船越・小西・落合・川野辺:“バリアフリーマップをソーシャルにつくる技術の開発,”NTT技術ジャーナル,Vol.28, No.5, pp.21-24, 2016.

(上段左から)市川 裕介/阿部 裕文/伊藤 達明/小長井 俊介
(下段左から)佐久間 聡/深田 聡/木下 真吾

問い合わせ先

NTTサービスイノベーション総合研究所
E-mail svkoho-ml@hco.ntt.co.jp