特集
IOWN/6G時代の社会基盤価値を創造する波動伝搬技術の研究開発
- 5G Evolution & 6G powered by IOWN
- サブテラヘルツ帯OAM多重伝送技術
- 海中音響通信技術
現在、NTTとNTTドコモが密接に連携し、6G(第6世代移動通信システム)の移動通信ネットワークとIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)の革新的なネットワーク・情報処理技術が融合する「5G Evolution & 6G powered by IOWN」の実現に向けて研究開発に取り組んでいます。本稿では、このIOWN/6G時代に向けたNTT未来ねっと研究所の取り組みとして、超高速・大容量通信を実現する「サブテラヘルツ帯OAM多重伝送技術」と超カバレッジ拡張を実現する「海中音響通信技術」について紹介します。
笹木 裕文(ささき ひろふみ)/大森 誓治(おおもり せいじ)
NTT未来ねっと研究所
はじめに
5G(第5世代移動通信システム)の商用サービスが2020年より開始され4年近く経過し、少しずつではありますが、サービス普及が進みつつあります。2023年には全国の5G人口カバー率は96%に達する(1)とともに、スマートフォン総出荷に占める5Gスマートフォン比率も95%に拡大し(2)、日常的に5Gを利用できる環境整備が着実に伸展しているといえるでしょう。情報通信インフラとして欠かせない移動通信システムは、およそ10年周期で世代交代が行われており、現在は2030年代の実現をめざした6G(第6世代移動通信システム)に向けて各国・各機関においてさまざまな取り組み・研究開発が進展しています。NTTグループが推進するIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)は、6Gと同様に2030年ごろの実用化をめざした次世代コミュニケーション基盤の構想であり、6G時代における重要な通信インフラ基盤になると考えられます。6Gの移動通信ネットワークとIOWNの革新的なネットワーク・情報処理技術が融合することで、さまざまな社会問題の解決と多様な価値提供が可能な社会インフラへと進化することが期待されており、6GとIOWNのこの技術融合は「5G Evolution & 6G powered by IOWN」と称し、NTTとNTTドコモが密接に連携して取り組んでいます(3)。6Gでめざす技術要求条件は6Gホワイトペーパー(4)に詳細記述されていますが、「超高速・大容量通信」「超低遅延」「超カバレッジ拡張」「超高信頼通信」「超低消費電力・低コスト化」「超多接続&センシング」と多岐にわたっており、従来の無線における研究開発領域の枠を超えてチャレンジングな研究開発も推進していく必要があります。
本稿では、このIOWN/6G時代に向けた研究開発の取り組みとして、超高速・大容量通信を実現する「サブテラヘルツ帯OAM多重伝送技術」と超カバレッジ拡張を実現する「海中音響通信技術」について紹介します。
サブテラヘルツ帯OAM多重伝送技術
無線通信需要は年々指数的に増大しており、現在移動通信サービスを提供する5G以降も継続してさらなる大容量化が求められています。このような無線需要に対応するため、5Gでは移動通信向けとして初めてミリ波帯と呼ばれる高周波数帯が導入され、無線信号の広帯域化による高速無線通信サービスが提供されています。
しかし、このような高周波数帯では、電波の直進性が高く、遮蔽や減衰の影響を強く受けることから、従来よりも高密度に基地局設備やアンテナを配置する必要があり、基地局間やコアネットワークをつなぐxHaul*1には、これまでよりさらに柔軟かつ導入の容易なネットワーク構成が求められることになります。無線伝送技術はこのような需要に対して相性が良く、固定光配線が困難な環境等における基地局の高密度設置や、臨時基地局設備の増強などさまざまなシナリオにおいて、無線であることの柔軟かつ導入の容易な特徴を活かすことができます。一方で、基地局設備間の機能分担や複数設備の従属接続等を考慮すると、xHaulには1Tbit/s級(テラビット級)の極めて高い伝送能力が求められます。NTTは、このような将来のIOWN/6G時代における大容量ネットワーク・情報処理基盤を支え、増大する将来の無線通信需要に備えるため、テラビット級無線伝送技術の研究開発に取り組んでいます。
無線通信容量を増大させるためには、空間多重*2数の増加、伝送帯域幅の拡大、変調多値数の増加の3つの方向性があります。NTTでは、OAM(Orbital Angular Momentum:軌道角運動量)を持つ電波を用いた新しい原理により空間多重数を増加させるとともに、サブテラヘルツ帯*3を用いて伝送帯域幅を拡大することで、無線伝送の飛躍的な大容量化を図っています。
OAMとは、電波の性質を表す物理量の1つであり、OAMを持つ電波(OAM波)は、波面の軌跡が進行方向に対して螺旋状になります(図1)。これは電波の位相が伝搬軸対称に回転しながら進んでいくことを示しており、この位相の回転数が異なる整数値となるOAM波は互いに直交しています。そのため、受信側で送信側と逆の位相回転を与えることにより、複数のOAM波を重ねて送信しても、互いに干渉することなく分離することができます。
NTTは、Butler Matrixと呼ばれるアナログ回路(Butler回路)を用いて複数のOAM波を生成・分離する処理を行うことにより、空間多重数を増加させるアプローチをとっています。このアプローチでは、1Tbit/sを超える大容量通信において、異なるOAM波を同時に生成・分離するための膨大なデジタル信号処理を低減しながら多重数を飛躍的に増大することが可能です。このアプローチにおいて、潤沢な周波数資源を利用する余地のあるサブテラヘルツ帯と呼ばれる高周波数帯で数10GHzにわたる広帯域化を実現するため、NTTではサブテラヘルツ帯導波路技術の研究開発を推進し、広帯域かつ低損失で動作するアンテナ一体型Butler回路を開発しました(図2)。このアンテナ一体型Butler回路は、135~170GHzの非常に広い帯域で、8個の異なるOAM波を同時に生成および分離できるように設計されており、これを用いることで8個のデータ信号を多重して伝送することができます。また、異なる2つの偏波でそれぞれOAM多重伝送を行うことで、互いに干渉することなく2倍の16個のデータ信号を同時に多重して伝送できます。
Butler回路によって8つのOAM波を同時に伝送するためには、電波の位相を極めて高い精度で制御する必要があります。電波の位相の進み方は周波数によって異なるため、アナログ回路によって広帯域にわたり位相を均一に制御することは非常に困難です。そこでまず本研究では、自由空間とは異なる導波路内の特有の電波伝搬を解析し、理論的に広帯域にわたって位相の進み方を均一にそろえることが可能な位相回路を考案しました。性能劣化要因である回路の平面交差をなくし、すべての経路が電気的に等しい長さになるように、先述の位相回路を含む多層立体経路(図3)を設計することにより、35GHz幅以上にわたって各OAM波の生成・分離に必要な位相状態を与えることができるButler回路の試作に成功しました。Butler回路は中空導波回路として設計されており、一般的な誘電体基盤回路などと比較して誘電損失や電波の漏洩を防ぐことができるため、高周波回路であるにもかかわらず低損失を実現したことも特徴の1つです。
2023年3月には、このアンテナ一体型Butler回路を用いて伝送試験を実施し、135.5~151.5GHzと152.5~168.5GHzのサブテラヘルツ帯を用いて合計1.44Tbit/sの大容量無線伝送に世界で初めて成功(5)、現在さらなる低損失化により、合計1.58Tbit/sを実現しています(6)(図4)。
今後は、実社会におけるxHaulのさまざまな利用シナリオを想定し、100mを超える長距離におけるテラビット級無線伝送の技術確立と実証実験に取り組んでいきます。
*1 xHaul:基地局設備間やコアネットワークを接続するフロントホール、ミッドホール、バックホール等の伝送ネットワークの総称。
*2 空間多重:複数のデータ系列を、空間的に独立な複数の電波を用いて、同時刻・同周波数帯において並列に伝送する伝送方法。
*3 サブテラヘルツ帯:おおむね100GHz~1THzにある周波数帯のことで、波長が数100マイクロメートルから数ミリメートルと非常に短く、強い直進性を持つことが特徴。
海中音響通信技術
■これまでの取り組み
2030年代の実現をめざして研究開発が進む6Gでは、陸上における移動通信システムの高度化のみならず、これまで移動通信システムとして未踏領域であった空・海・宇宙も含めた通信エリアを展開する、超カバレッジ拡張の実現が期待されています(4)。中でも海中は、海底資源開発や港湾設備工事といった産業分野において通信を利活用した効率化が望まれる一方で、これまで無線通信の利用が難しい領域でした。
NTTでは海中エリアでの無線通信の実現に向けて、海中音響通信技術の研究開発に取り組んでおり、2022年11月に世界初となる、海中音響通信技術活用による1Mbit/s・300m伝送を達成し完全遠隔無線制御型水中ドローンを実現しています(7)(8)。
■完全遠隔無線制御型水中ドローンを活用した海底通信ケーブル点検作業の効率化実現に向けた実証実験
海底通信ケーブルは大陸間の情報伝送の要であり、現代のインターネット国際通信の大部分はこのケーブルを介して行われています。この重要通信インフラである海底通信ケーブルの保守点検は重要ミッションであり、NTTグループではNTTワールドエンジニアリングマリン(NTT-WEマリン)がその役目を担っています。海底通信ケーブルの保守点検において、故障を未然に防ぐ「予防保全工事」*4は海底通信ケーブル切断などの大規模通信障害の発生を防ぐうえで重要な作業となります。特に水深30m以内の浅海部は故障リスクが高く、外装や防護管の損傷、さらにはケーブルの切断といった危険にさらされ、点検作業が欠かせません。しかし、その作業はダイバーによる手作業のため危険が伴い、効率も良いとはいえないのが現状です。そこで、NTT-WEマリンをはじめとする多数の企業が水中ドローンを代表とする水中ロボットを活用した海底通信ケーブル点検作業のスマート化に取り組んでいます。
しかしながら、水中ドローンは海中では無線での通信が難しいことから、現状では有線接続で制御されています。海底通信ケーブルの点検では、その点検範囲が数10mからときには数100mにわたる場合も多く、予防保全工事が多数実施される水深30m以内の浅海部は船やブイなどの海上の構造物だけでなく、海底に存在する岩やサンゴが障害となり、有線制御型の水中ドローンではその制御ケーブルの運用が大きな課題となります。
そこで、NTTとNTT-WEマリンは、NTTの海中音響通信技術により実現された完全遠隔無線制御型水中ドローンを使って実際の海底通信ケーブルの点検作業を行う実証実験を2023年9月に実施しました。図5にNTTとNTT-WEマリンが実施した実証実験の全体図を示します。ケーブル敷設船に無線水中ドローンを制御するためのコントローラと海中音響通信装置を設置し、船上より無線水中ドローンを海中音響通信にて無線制御します。無線水中ドローンで撮影した海中映像は海中音響通信にて無線伝送し、船上での海底通信ケーブルの状況確認を実現しました。実証実験にて確認できた通信品質と撮影映像を図6に示しています。無線水中ドローンでの海底通信ケーブル点検作業を約1時間程度実施しましたが、その間の映像フレーム伝送成功率は約96%を達成し、海底通信ケーブルの状況を視認可能な画質で映像伝送を行えることが確認できました。
今後は海中音響通信技術のさらなる性能向上に加え、GPSが届かない海中において点検個所が海底のどの場所なのかを判別する海中測位技術などに取り組み、海底通信ケーブル点検作業効率化の実現をめざしていきます。
*4 予防保全工事:定期的に、海底通信ケーブルに磨耗や異常がないかを点検し、必要に応じて補修工事を行うことで、故障を未然に防ぎます。
■参考文献
(1) https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban14_02000612.html
(2) https://www.m2ri.jp/release/detail.html?id=571
(3) https://group.ntt/jp/newsrelease/2022/06/06/220606a.html
(4) https://www.docomo.ne.jp/corporate/technology/whitepaper_6g/
(5) https://group.ntt/jp/newsrelease/2023/03/30/230330a.html
(6) H. Sasaki, Y. Yagi, R. Kudo, and D. Lee:“1.58 Tbps OAM Multiplexing Wireless Transmission with Wideband Butler Matrix for Sub-THz Band,”IEEE JSAC, ESIT.
(7) https://group.ntt/jp/newsrelease/2022/11/01/221101a.html
(8) 奥村・福本・藤野・大森・伊藤: “完全遠隔無線制御型水中ドローンを実現する海中音響通信技術,”NTT技術ジャーナル,Vol. 35, No. 6, pp.10-13, 2023.
(左から)笹木 裕文/大森 誓治
問い合わせ先
NTT未来ねっと研究所
波動伝搬研究部
TEL 046-859-3261
FAX 046-859-3351
E-mail wp-hosa-mirai-p@ntt.com
次世代の社会インフラとして期待される6G/IOWN実現に向け、パートナーの皆様とともに先端無線技術の検討、実証を進めていきます。