NTT技術ジャーナル記事

   

「NTT技術ジャーナル」編集部が注目した
最新トピックや特集インタビュー記事などをご覧いただけます。

PDFダウンロード

2025年1月号

特集1

NTT R&D FORUM 2024 ― IOWN INTEGRAL(前編)

インダストリーAIクラウドによる社会課題の解決 powered by IOWN

本記事は、2024年11月25~29日に開催された「NTT R&D FORUM 2024 - IOWN INTEGRAL」における、島田明NTT代表取締役社長の基調講演を基に構成したもので、インダストリーAIクラウドによる社会課題の解決に取り組み続けるNTTのR&Dについて紹介します。

NTT代表取締役社長
社長執行役員
島田 明

AIの利活用の急増

生成AI(人工知能)の出現により、AIはかつてない勢いで利用が増加しています。例えばChatGPTは、2カ月で1億ユーザを獲得しました。これはFacebookがリリースされてから1億ユーザを獲得するのに54カ月かかっていることと比べると、これまでにないスピードでAI化が進んでいるということが分かります。
またAI市場は、2030年には2021年実績比で20倍に成長し、1.8兆ドルに達すると予測されています(1)。私たち企業へのAI導入の進展状況は、生産性の向上を目的に、汎用的な業務には浸透してきていると思います。
2024年の総務省の調査によれば、米国では90%以上の企業がすでにAIを導入しており、日本でも60%程度の企業が導入しています(1)。AIはDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めるために非常に重要なツールですが、新たなサービスの創出やビジネスモデルの根本的な変革には、まだまだAIを使ったDXの成果が出ていないのが現状です。

専門的な業務へのAI適用の必要性

既存サービスの価値の高度化や新たなサービスの創出には、企業が行う、より専門性の高い業務にAIを活用していくことが必要です。しかし、専門性の高い業務は、業界によりデータの種類や規格、法令など関連する要素が多様となっています。
例えば製造業ではCAD、ヘルスケア業界であれば電子カルテや遺伝子情報というように異なります。また、これらのデータは機密性が高く、企業が流出したくないデータとなります。そのため、流通や保護に関して厳格に取り扱いが定められていることが多いです。
医療の世界では個人や医療機関、企業がそれぞれ持つ、センシティブなデータを、セキュアな環境を構築して収集・分析しています。例えばNTTグループでは、NTTプレシジョンメディシンで遺伝子検査サービスを実施し、遺伝子情報を収集、疾患のリスクの分析などに役立てています(図1)。
また、PRiME-Rでは、リアルワールドデータの収集・蓄積や、AIを使って電子カルテデータの構造化を行い、それらのデータを分析し、医薬品など研究開発の支援をしています。さらに、NTTデータでは、Health Data Bankに従業員の健康診断情報を蓄積、さらには歩数や睡眠時間などのパーソナルなヘルスレコードを活用して、社員の健康に役立つアドバイスを行っています。
しかし、これらの取り組みはそれぞれの分野ごとにとどまっており、オーダーメイドの医療の提供や、創薬の早期化など、新たな価値を創出していくためには、個別に収集したデータや分析結果を共通のプラットフォームに蓄積し、応用していくことが必要となってきます(図2)。
例えば、希少な症例に対して創薬をしようとしたとき、その病歴を持つ治験対象の患者を効果的に特定し、製薬会社に提供する必要があります。これまでは製薬会社、もしくはそれを代行する機関が個別に医療機関に確認していました。
個別にデータを持っているだけではできなかったことが、複数のデータを組み合わせて解析することで、業界全体の生産性の向上や、プロセスの改革につながるような価値を新たに生み出していくことができるようになります。

インダストリーAIクラウド共創

汎用的な業務はすでにAIが活用されており、効率化が進んでいますが、専門性が高い業務にもAIが活用されることで付加価値を上げていくことができるようになります。さらには企業横断で共通のプラットフォームにデータを蓄積し、AIを使っていくことで、業界としての社会課題の解決にも貢献することができるようになります。
これを「インダストリーAIクラウド」と呼び、NTTはさまざまな業界のパートナーと共創する取り組みを進めていきます。次にインダストリーAIクラウド共創の事例を紹介します。

■交通事故ゼロ社会実現に向けた“モビリティAI基盤”の共創

2024年10月31日にトヨタ自動車との協業を発表し、「交通事故ゼロ社会に向けた取り組み」を開始しました。交通事故ゼロに近づけていくには「ヒト・モビリティ・インフラ、三位一体型の協調」の取り組みが重要となり、それを支えるモビリティAI基盤を共につくっていくことをめざします。
車がヒト・インフラ・ほかの車の情報を絶えず収集することができれば、死角がどんどん減っていきます。またその情報をAIが学習することで、ヒトや車の動きを精度高く予測した運転支援も可能となっていきます。
これらにより、例えば市街地では「出会い頭の事故の防止」、高速道路では「スムーズな合流」、郊外では「移動課題にこたえる自動運転サービス」など、さまざまなシーンで安全・安心をより高度に実現していくことができるようになると考えています。
これを「モビリティAI基盤」と呼び、全国に展開していくことをめざしています。
モビリティAI基盤には、3つの構成要素があります。
(1) AI基盤:業界特有のデータを学習したモビリティAI
1つはAI基盤です。収集するデータを基にAIモデルをつくり、自動運転やAIエージェントなど、さまざまなサービスの実装、新たな価値創造につなげていきます。
(2) 分散型計算基盤:データセンタに分散型計算基盤を構築
次に分散型計算基盤です。私たちの試算では2030年に必要となる通信量は、今と比べて約22倍、計算量は約150倍になるだろうと想定しています。NTTのIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)技術を活用してこの膨大な計算量を支えるデータセンタを日本中に分散して設置していきたいと考えています。
NTTは現在「tsuzumi」などのLLM(Large Language Models)を駆動するGPU(Graphics Processing Unit)の開発基盤を所有し、拡大していますが、このインダストリーAIクラウドの拡大によって、モビリティをはじめとした各産業に対応したGPUの開発基盤を拡張していきます。
(3) インテリジェント通信基盤:インテリジェントで高信頼な通信の実現
最後がインテリジェント通信基盤です。NTTが提供する、低遅延・大容量・低消費電力のAPN(All-Photonics Network)などを活用し、AIにより最適な通信を選択、切れ目のない通信でヒト・モビリティ・インフラを連携させて、さまざまなデータを収集できるようにします。
インテリジェント通信基盤を支えるためには多くのテクノロジが必要になります。例えば、快適につながり続ける無線環境を実現するCradio®(クレイディオ)という技術があります。
ネットワークの品質を予測して、適切な環境制御することで、自動運転車が多数走行する環境下でも常に最適でナチュラルな通信環境を実現します。

■農産物取引の最適化による需給事前マッチングの実現

NTTでは農産物取引の最適化による需給のマッチング実現にも取り組んでいます。
卸売市場での取引情報などは全国的にデジタル化されておらず、多くの卸売市場において対面取引が行われています。そのため、現状は需要と供給のミスマッチが起こりやすく、輸送コストの増加や、農産物の品質低下やフードロスにもつながっています。
AIの連携により需給や配送計画をシミュレーションする仮想の卸売市場づくり、そこに集められた情報であらかじめ需要と供給が釣り合うように取引を行うことで最適化が図れるよう、現在、実証実験を行っています。
2024年8月にNTTはAIを活用し、産業全体の効率化と最適化を図り、産業変革の実現をめざす新会社、NTT AI-CIX(AI-Cross Industry Transformation)をつくりました。
その新会社を中心に、今、スーパーマーケットなどを手掛けているトライアルと協議を始めています。まずAIを活用して棚割りの最適化、発注の自動化から始め、個別のAIを連鎖させることによって小売流通業界のサプライチェーンの全体の最適化をめざしていきたいと考えています。

サステナブルな未来社会の実現に向けて

一方、AIがさまざまな場所で活用されると、電力の消費量の問題が生じてしまいます。AIの計算基盤は大規模なデータセンタに構築されます。AI対応サーバは従来のサーバに比べて大量の電力を消費します。
日本の国内のデータセンタの電力消費量は、2030年にはデータセンタだけで2022年度の東京全体の電力需要量を超えていくといわれています(図3)。
さらに、2050年には、2022年度の日本全体の電力需要量を超えていくことになり、これに対応していくためにNTTはAI社会をサステナブルに支えるための研究開発も進めています。具体的には低消費電力で軽量のAIモデルtsuzumiと、低消費電力なコンピューティング基盤を実現する「IOWN2.0」になります。
2023年度、軽量で日本語に強い独自の言語モデルtsuzumiをリリースし、2024年3月にお客さまへの提供を開始しました。業界で扱うデータにもよりますが、tsuzumiのような軽量のLLMのほうが適した用途もあると考えています。
tsuzumiは商用化以降、進化をどんどん遂げています。多様なニーズにおこたえするために、写真やグラフなどの情報を視覚情報として認識し、読解を行えるように準備を進めています。ただ読解力を向上するだけではなく、Webサイトや画面を理解し、人と協働して業務を代行してくれるような研究も実施しています。
例えばtsuzumiにECサイトで商品を注文するように依頼すれば、Webサイトを理解して、必要な商品を探して注文し、その後、今度は自分の社内システムにアクセスして、その支払伝票を作成することもできます(図4)。
tsuzumiの性能改善はまだまだ続いていきます。皆様からのご要望にも対応していきたいと思いますので、ぜひご期待ください。
さらに直近の情報ですが、Microsoftのモデラーサービスのラインアップに日本のLLMとしては初めてtsuzumiが採用されました。先日、米国・シカゴで開催されたMicrosoft主催のITの専門家向けカンファレンスであるIgniteで発表され、2024年 11月20日より提供を開始しました。

IOWNによる低消費電力なコンピューティングの進化

2025年にはいよいよIOWN2.0が始動します。IOWN2.0以降はコンピューティングの領域に光電融合デバイスを導入してサーバやAPNの伝送装置などの電力消費を下げていきます。
IOWN時代のコンピューティングインフラをDCI(Data Centric Infrastructure)と呼びます。DCIは2つのアプローチで電力消費を下げることができます。1つはディスアグリゲーテッドコンピューティングです。
サーバは1つの箱でできています。その中には部品がたくさん入っていますが、このコンピュータの中の構成部品を細分化して共用する仕組みになります。これによってCPUやメモリといった部品を必要なだけ組み合わせて利用することができるようになります。また、使わない部品の電源はオフにして消費電力を下げることもできます。一度、分解して、その部品ごとに整理をし直すような考え方となります。
もう1つは光電融合です。つまり、電気信号を扱う電子回路を光の導波路に置き換えていくことで、電気配線で消費していた電力を削減することができます(図5)。

IOWN 構想から現実へ さらにその先へ

最後にIOWN2.0において、2026年ごろの商用化をめざし開発を進めている、DCI-2を紹介します。DCI-2は計算機リソースをボード単位に細分化したCDIサーバを、光電融合デバイスを用いて光スイッチで接続し、DCIコントローラによって最適に制御することで、消費電力8分の1の実現をめざしています。
この光電融合デバイスを用いて、消費電力8分の1をめざしたサーバを、2025年4月から開幕する大阪・関西万博のNTTパビリオンにおいて実装していきたいと思います。IOWN構想の実現への大きな一歩を踏み出し、大阪・関西万博では実際に動くサーバをご覧になっていただきたいです。そして、2026年には商用化していきたいと思います。
また、2028年にはチップ間の通信の光化を実現し、そして2032年以降はチップ内の通信の光化に挑戦し、最終的には消費電力100分の1をめざしていきます(図6)。
NTTはIOWNの技術をベースに、インダストリーAIクラウドを用いて、社会課題をサステナブルに解決していきます。

■参考文献
(1) 総務省:“令和6年版 情報通信白書,” 第9節,2024.

DOI
クリップボードにコピーしました