2025年3月号
特集
固体からのトポロジカル高次高調波発生
- トポロジカル光波
- 高次高調波発生
- 超短パルスレーザ
トポロジカル光波はレーザ光のビーム断面方向に特異な幾何学空間形状を持った光であり、既存技術によって赤外から可視光領域では光通信をはじめとして分光、レーザ加工、光ピンセット(光操作)など多様な応用が期待されています。このような特異な光を高次高調波発生によりつくり出すことで、これまでにない極端紫外領域の波長やアト秒といった時間精度と組み合わせた極限光計測技術が可能になると期待できます。本稿では、高次高調波発生によるトポロジカル光波の生成にかかわる物理現象、およびその背後にある物理法則の世界初の実証について解説します。
永井 恒平(ながい こうへい)†1/岡本 拓也(おかもと たくや)†1
篠原 康(しのはら やすし)†1、2/眞田 治樹(さなだ はるき)†1
小栗 克弥(おぐり かつや)†1
NTT物性科学基礎研究所†1
NTT理論量子情報研究センタ†2
光のトポロジカルな波面の制御を高次高調波で実現する
レーザ光の持つ色(波長・周波数)、強度、位相、偏光、波面形状といった重要なパラメータの制御は、光通信をはじめとして科学、産業、医療の非常に広い分野への応用を生んできました。近年は強いレーザ光を照射した際の物質の光応答の研究が進み、レーザ加工や波長変換の技術につながっています。波長変換は目的に応じた波長のレーザ光をつくり出すために重要な技術です。NTT物性科学基礎研究所(物性研)で研究を行っている「高次高調波発生」は波長変換現象の一種です。高次高調波発生は高強度フェムト秒レーザ光*1を媒質に照射することによって、2次、3次といったよく行われている光高調波変換のみならずさらに高い次数(整数倍の周波数)まで高調波が発生する過程です。2023年にノーベル賞を受賞したアト秒光パルス発生(1)の原理にもなっています。
ノーベル賞を受賞した技術といえども、まだその周辺技術は発展途上の段階にあります。物性研では高次高調波発生の研究に長年取り組み、これまで高調波の短パルス化、短波長化、高出力化により、光の周波数、強度、位相といった光の基礎的なパラメータの制御を実現してきましたが、さらに残りの重要な光のパラメータである偏光や波面形状を制御することで高次高調波のすべてのパラメータの制御をめざしています。
物性研ではレーザ光の偏光や波面形状を特徴付ける方法として、それぞれ円偏光や光渦と呼ばれる光の状態に着目しました(図1)。円偏光は偏光の回転方向の自由度として左右の2種類(ヘリシティs=-1または+1)を持ち、偏光状態を記述するベースとなる量です。一方で、光のトポロジカルチャージは空間モードを記述するためのベースとなる量で光の軌道角運動量(OAM:Orbital Angular Momentum)とも呼ばれます。通常のレーザ光は波面形状が平坦でガウシアンビーム*2とも呼ばれる状態ですが、螺旋状の波面を持った光もビームとして直進することが知られています。このビームは中心に位相特異点を持つことからトポロジカル光波と呼ばれます。螺旋の回転数や回転の向きを決めているのがトポロジカルチャージという量であり、無限通りの整数の値(l=…-2,-1,01,2,…)をとります。これまで、可視や赤外光、電波などの領域においてこの波面をつくり出すことで、例えば光通信の多重化、顕微分光、微小物質の光ピンセット(光操作)、レーザ加工などさまざまな応用が期待されています(2)〜(5)。高次高調波においてこのような波面形状の制御が可能ならば、高次高調波発生がレーザでは直接発生することが難しい真空、極端紫外領域にわたる広い波長領域の光まで同時に波長変換によって発生できるため、例えばナノメートルスケール顕微分光や露光などの極限計測、加工技術等への応用を可能にすると期待できます。
高次高調波発生で到達できる極端紫外領域の光の制御は、波長の短さに起因して対応する光学部品の作成が困難なことからも難しい課題です。1つのアプローチが高次高調波として発生した後の光を制御するのではなく、もともと光の偏光や波面が制御された光を高調波として発生する方法です。しかし、高次高調波発生においてレーザ光の偏光、波面形状がどのように変換されるのかということについて、その過程の物理的な難しさもあって統一的な指針となる理解はなく、それらの制御が課題でした。
これに対して私たちは、固体結晶の対称性*3をうまく利用して円偏光から光渦を作成することで、高次高調波発生で変換される偏光と波面形状の同時制御に成功しました(6)(図2)。そして、それらの変換ルールが固体の対称性を反映して決まる汎用的な法則のうえに成り立っていることを明らかにしました。今回見出した法則は、固体結晶を用いてレーザ光の波長を変換するときにどのような偏光や波面形状の特徴を持つ光が発生するのかを決められる汎用的な法則であり、基礎的な光技術の発展に重要な発見です。
*1 高強度フェムト秒レーザ光:レーザ光が定常的でなく時間的にパルス状に光るもので、光っている持続時間がフェムト秒(1000兆分の1)単位の時間であるレーザ光。2018年にノーベル物理学賞を受賞したチャープパルス増幅法の発明により、卓上のレーザを用いて高次高調波発生に必要なレーザの光のピーク強度である1cm2当り1014W程度が達成できるようになりました。
*2 ガウシアンビーム:波面形状が平面状であり(光渦でない)、ビームの中心から外側に向かって強度が徐々に(ガウス関数に従って)小さくなる断面構造を持つビームが通常のレーザビームであり、ガウシアンビームと呼ばれます。
*3 対称性:ある物理的または数学的な系が特定の変換を行ってもその性質や形状が変わらないことを指します。これは、自然界の法則や物理現象において非常に重要な概念です。例えば、図形を60度、90度、120度、180度など回転させても同じかたちに見える場合、その図形は回転対称性を持つといえます。
対称性を利用した固体高次高調波発生技術
波長変換によって発生する光を望みの特徴を持った偏光や波面形状に制御したい場合、「対称性」に注目することが良い手段です。対称性とは、ある物理的な系に特定の変換を行ってもその性質や形状が変わらないことを指します。特にレーザ光をかたちづくっている電磁波と固体結晶の時間・空間的なかたちを特徴付ける「動的対称性*4」に着目すると、波長の変換前後で偏光や波面形状の規則性を保ったまま高調波発生を行うことが可能です。これにより自由自在な制御とはいかなくとも、“素性の良い”光の状態である円偏光や光渦の状態を選択的に発生させるといった制御が可能になります。
2次や3次よりさらに高次の高調波発生を起こすために従来主要な媒質として利用されてきたのが気体です。ただし、気体中では球状の原子がばらばらの状態で空間に浮かんでいるだけであり、気体の種類を変えても高調波の偏光や波面形状を定性的に変化させるような制御は不可能でした。これに対して近年注目を集めている固体結晶を用いることで、固体中の規則的な原子配列に起因する対称性を利用した光の制御を行いました(図3)。それぞれの固体が持つ分類された規則性は、単純な法則で決まる“素性の良い”光の状態を選択的につくり出すことを可能にします。これまで固体の対称性の利用の範囲は偏光に対してのみにとどまっていました。例えば円偏光の基本波を固体結晶に照射すると、結晶が対称性を持っていた場合には2次、3次、4次など各次数の高調波で左周り、右回りの円偏光が次数ごとに選択的に放出されることが知られており、それが結晶の回転対称性に起因することが分かっていました(7)。今回の研究では、これを偏光だけでなく波面形状の自由度まで適用できる原理を発見しました。
*4 動的対称性:非常に強い光を物質に照射した際に有用な考え方です。強い光が照射されると物質は元の状態から大きく変化し、光と物質が渾然一体となった状態を形成します。その際に、物質に対して光の電磁波が時間周期的な外力として働くため、光が持つ時間周期性と光、物質の両方が持つ空間対称性を同時に含んだ対称性である動的対称性が物質の光応答を決めます。
円偏光との相互変換によるトポロジカル光波発生
固体高次高調波発生において比較的制御が簡単な円偏光だけでなく、光渦状態まで同時制御できる光学実験系を考案しました。円偏光のガウシアンビームを厚い一軸性結晶*5に短い焦点距離のレンズで集光(タイトフォーカス)すると光渦の光成分を発生し、特殊な偏光状態の空間分布を物質内で実現できることに着目しました(図4)。この光渦成分の発生はタイトフォーカスによって結晶の厚み方向に対して斜め入射するビームの成分が複屈折*6を起こすことに起因します。これにより通常は特殊な光学素子を必要とする光渦の生成を簡便に行いつつ、同じ固体結晶中で高次高調波発生を起こすことができます。ここで重要なのは結果としてできる電磁場のプロファイルが良い対称性を持つことです。特に偏光、波面形状と固体結晶を合わせた対称性が存在することによって、発生する高調波の偏光と波面形状の同時制御を実現し、偏光、波面形状と次数の関係性を決める単純な変換法則(等式)を導くことができます。
*5 1軸性結晶:1軸方向にだけ異なる光の屈折率を持つ結晶。その1軸方向を光学軸と呼びます。
*6 複屈折:屈折率が光の進行方向に垂直な2方向の間で異なることで光の2つの偏光間で光の進む速さおよび進む向きが物質内で異なること。今回の実験において光学軸は結晶の厚み方向に向いており、結晶の厚み方向とそれと垂直な面内方向の間で複屈折が起こります。
固体の対称性を用いたトポロジカル高次高調波発生と光の変換法則
固体の対称性によるトポロジカル高次高調波の制御を実験的に実証し、光の変換法則の検証を世界で初めて行いました。高次高調波発生で変換されるさまざまな波長の光の円偏光や光渦の状態の制御が実現していることを観測により明らかにしました。波長2500nmの強い赤外フェムト秒レーザ光の円偏光ガウシアンビームを発生し、1軸性結晶である2mm厚のセレン化ガリウム(GaSe)結晶に6mmの焦点距離のレンズを用いて集光することで高次高調波発生を起こしました(図5)。集光したレーザ光の周波数の何倍も高い周波数に対応する、赤や橙や青の光を偏光成分ごとに分解した後、発生した光をカメラで撮影することで高調波のビームの空間形状を確認しました。その結果、赤、橙、青などのさまざまな波長の高調波が得られ、その波長、偏光成分に依存したビームの空間形状が観測されました(図6)。タイトフォーカスをするとき、しないときを比較すると固体結晶と相互作用する赤外光の偏光の空間分布に違いがあるために、現れる高調波の空間形状が大きく異なります。タイトフォーカスしない際には次数と偏光に対する従来から知られた法則に従って高調波が発生しており、そこには通常のガウシアン状のビームの断面形状しか現れません。一方でタイトフォーカスした際にはドーナツ状や風車状のビームの断面形状が観測されました。ドーナツ状(3次)は1つの光渦の状態、風車状(4次)は異なる複数の光渦が同時に発生していることを示しています。これらの観測結果はタイトフォーカスによって、円偏光から光渦への光の成分の変換が起こり、0でないトポロジカルチャージを持った複数の成分の光が現れていることを示しています。今回の実験状況では対称性を考えることで、Jm=mJ1+nQ(mは高調波の次数、nは結晶の回転対称性を表す指数、Qは整数、Jm=sm+lmは全角運動量)という非常に単純な数式を導くことができます。これは物理的には光の全角運動量保存則とも呼べるもので、波長変換の前後で光の持っている角運動量*7と呼ばれる物理量が保存することを示します。例えば今回の実験条件においては右回り円偏光(s1=1)、ガウシアンビーム(l1=0)を入射光として用い、ビーム断面方向に結晶が3回回転対称(n=3)を持ちます。この条件の下でQが整数の範囲内でm次高調波に関して全角運動量のJmのとることができる値を決められます。すなわち入射光と高調波変換に用いる媒質の対称性によって高調波の円偏光の向き(sm)とトポロジカルチャージ(lm)を決めることができます。実際に得られた空間プロファイルはこの法則から予測されるものと完全に一致していることが分かり、円偏光、光渦状態の同時制御の実現が実証されました。この実験においてはGaSeを用いていますが、この結晶を他の固体結晶に置き換えたり入射する光の波面形状を操作したりすれば、数式上のnやJ1の値を変えることで高調波の円偏光の向きやトポロジカルチャージを選択することができます。よって、この法則は高調波の偏光や波面形状を制御するうえでそのベースとなる一般法則を与えている重要なものであるといえます。
*7 角運動量:物理学において物体または粒子等の回転運動の大きさを示す量。光の円偏光の回転方向は「スピン角運動量(粒子の自転運動を表す量)」、光渦の渦度が「軌道角運動量(粒子の公転運動を表す量)」に対応します。これらを足し合わせた量を全角運動量と呼びます。
まとめと今後の展望
本稿では、高次高調波発生によってトポロジカル光波を発生する試みについて、その根本原理となる法則の世界初実証や関連技術である固体高次高調波発生について紹介しました。対称性から導かれたこの法則の適用範囲は広く、条件さえそろえば世の中のどこでも非線形光学現象が普遍的に従うべきものです。例えばエネルギー保存則も対称性から導かれる法則ですが、これが私たちの生活の奥底で常に働いている重要な原理であることは疑いようがありません。今回発見した法則は近年発展している強いレーザ光を用いた光の変換過程について、その根底にある一般法則を見つけたものといえます。今後、今回明らかにした法則を高次の紫外線領域の高調波の空間モードの制御にまで適用できれば顕微分光や露光技術など超高速、紫外光領域での新しい計測技術への展開が見込まれます。
本研究の一部は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成金(20H05670)の支援を受けました。
■参考文献
(1) https://www.nobelprize.org/prizes/physics/2023/summary/
(2) J. Wang, J. -Y. Yang, I. M. Fazal, N. Ahmed, Y. Yan, H. Huang, Y. Ren, Y. Yue, S. Dolinar, M. Tur, and A. E. Willner: “Terabit free-space data transmission employing orbital angular momentum multiplexing,” Nature Photonics, Vol.6, pp.488-496, 2012.
(3) K. I. Willig, S. O. Rizzoli, V. Westphal, R. Jahn, and S. W. Hell: “STED microscopy reveals that synaptotagmin remains clustered after synaptic vesicle exocytosis,” Nature, Vol.440, No.7086, pp.935-939, 2006.
(4) M. Padgett and B. Richard: “Tweezers with a twist,” Nature photonics, Vol.5, pp.343-348, 2011.
(5) K. Toyoda, K. Miyamoto, N. Aoki, R. Morita, and T. Omatsu: “Using optical vortex to control the chirality of twisted metal nanostructures,” Nano Letters Journal, Vol.12, No.7, pp.3645-3649, 2012.
(6) K. Nagai, T. Okamoto, Y. Shinohara, H. Sanada, and K. Oguri: “High-harmonic spin-orbit angular momentum generation in crystalline solids preserving multiscale dynamical symmetry,” Science Advances, Vol.10, No.31, 2024.
doi: 10.1126/sciadv.ado7315
(7) N. Saito, P. Xia, F. Lu, T. Kanai, J. Itatani, and N. Ishii: “Observation of selection rules for circularly polarized fields in high-harmonic generation from a crystalline solid,” Optica, Vol.4, No.11, p.1333, 2017.
(上段左から)永井 恒平/岡本 拓也/篠原 康
(下段左から)眞田 治樹/小栗 克弥
問い合わせ先
NTT物性科学基礎研究所
フロンティア機能物性研究部
量子光デバイス研究グループ
TEL 046-240-3299
E-mail kouhei.nagai@ntt.com

超高速光物理の研究では、近年の目覚ましいレーザ技術の発展の下で光のまだ見ぬ利用可能性が明らかになり続けています。そこには物理の原理に立脚してボトムアップで明らかにしていくべき現象が多く残っています。その発展の先にある将来の世の中の可能性を一緒に想像いただければ嬉しいです。