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2025年6月号

特集

NTTグループの一次産業分野の取り組み

スマート畜産に向けたNTTコミュニケーションズの取り組み

NTTコミュニケーションズでは、IoT(Internet of Things)ソリューションを用いた畜産業の活性化に取り組んでいます。「牛の状態」と「現場環境」の一元的な見える化による畜産農家の負担軽減と収益アップをめざし、多様な畜産ソリューションを束ねるマルチGW(Gateway)・プラットフォームの開発を行っています。また、ソリューション拡大に向けたサーモカメラによる子牛の体温管理実証も進めています。本稿では、スマート畜産に向けた上記の取り組みを紹介します。

吉岡 凜香(よしおか りんか)/加納 佳代(かのう かよ)
寺崎 元治(てらさき もとはる)
NTTコミュニケーションズ

畜産・酪農を取り巻く現状

近年、日本の畜産・酪農農家は厳しい状況に置かれています。ウクライナ情勢や円安の影響を受けて飼料や生産資材の価格が高騰し、高止まりの状態が続いています。一方で、消費動向等の変化により、和牛枝肉価格が下落し、それに伴い和牛子牛価格も下落しています。酪農においても、乳用牛生産額の低下や、生乳需給緩和の長期化により、先行きが見通しづらい状況が続いています(1)。労働面での負担も大きく、特に酪農では産業全体の中でも労働時間が突出して長く、全産業従事者平均の1.3倍に達するとのデータもあり(1)(2)、労働負担の軽減は喫緊の課題となっています。以上のように、畜産・酪農においては収益の改善と、労働負荷の軽減が求められています。
NTTコミュニケーションズでは2014年より「モバイル牛温恵」という分娩のタイミングを通知するソリューション、2017年より「Farmnote Color」という発情や病気を発見できるソリューションの導入を推進してきました。その知見を基に、畜産・酪農業界を取り巻く状況を少しでも明るくするため、「マルチGW(Gateway)とデータ活用プラットフォームによる畜産・酪農の一元的な見える化サービス」の開発に取り組んでいます。

畜産・酪農の一元的な見える化サービスの開発

■構想

畜産・酪農家の収益改善、労働負荷の軽減には、「モバイル牛温恵」や「Farmnote Color」をはじめとするIoT(Internet of Things)ソリューションの活用が有効です。IoTソリューションを活用することにより、見回り稼働や牛舎内での稼働が大幅に削減されるとともに、分娩の際の子牛死亡事故率削減や発情兆候・病気の早期発見等から生産性向上にもつながります。現在、IoTソリューションを導入するにあたっては、ソリューションごとにGWを購入する必要があり、購入費用や通信量含む月額費用が各々のソリューションで発生する状況にあります。複数ソリューション導入時は、それぞれのアプリケーションごとにGWの動作確認する必要があり手間がかかります。またベンダの立場からは、新たにIoTソリューションを開発する際にはGWの開発が負担となり、新規ソリューションの開発に要する時間や開発費用が加算されている現状があります。
上記の問題を解消するため、図1に示す「マルチGWとデータ活用プラットフォームによる一元的な見える化サービス」を開発しています。マルチGWにより牛舎内のIoTセンサの情報を一元的に収集できるようにすることで、GWに対する購入費用や月額費用が大幅に削減されるとともに、新規IoTソリューションの参入が促されることが期待されます。データ活用プラットフォームにより、IoTセンサの情報を一元的に集約し、統合型サービスで「牛の状態」と「現場環境」をまとめて可視化することにより、離れた場所からも効率的にチェックすることが可能となります。また、これまでIoTソリューションによるサービスは農家だけが利用していましたが、統合型サービスを自治体やJA、獣医といった地域・畜産関係者にも利用してもらうことにより、現場データに基づいた診断・指導・支援が可能となります。地域一体となった農家の見守り体制により、農家の負担減、ひいては新規就農者数の増加や離農防止が見込まれます。

■別海町での実証

「マルチGWとデータ活用プラットフォームによる一元的な見える化サービス」の実現に向け、2024年度に北海道の別海町にて実証を行いました。実際に牛舎にマルチGWを設置、データ活用プラットフォームを構築し、それらをとおしてセンサデータの収集可否に関する技術検証、通信量の測定を基にランニング費用を算定し、農家負担の低減見込みを確認する運用検証、地域・畜産関係者へのヒアリングによる効果検証を行いました。
本実証では、Wi-Fi HaLowという通信技術を用いました。Wi-Fi HaLowは920MHz帯を利用したLPWA (Low Power Wide Area:低消費電力広域無線通信) の1つで、IoT向けの長距離通信と高速伝送を実現するための技術として、2016年にIEEE 802.11ahとして標準化されました。Wi-Fi HaLowは、画像・映像も扱えるデータ転送速度でありながら、ある程度の通信距離・低消費電力を確保する、これまでにない通信規格です。Wi-Fi HaLowを活用することで、通信環境の悪い牛舎内に設置したセンサデータの集約も可能となり、カメラを含めたセンサデータの収集が期待でき、従来よりも機器コストおよび通信費用の削減が可能となります。
本実証におけるネットワーク・システム構成を図2に示します。図2に示すとおり、センサはモバイル牛温恵、Farmnote Color、カメラ、温湿度センサの4種類を用い、分娩房とタイストール牛舎の2カ所で測定を行いました。各センサまたはそのGWにWi-Fi HaLowの子機を接続し、子機からの電波をWi-Fi HaLowの親機すなわちマルチGWに集約し、モバイルルーターを経由してクラウドに送ります。1カ月半の期間データ収集を行いました。実証の様子を図3に示します。
マルチGWとデータ活用プラットフォームをとおしたセンサデータ収集の技術検証として、各センサのデータ取得率とモバイル牛温恵等のソリューションによるイベント検知件数を算出しました。実証期間全体のデータ取得率は98%であり、本実証でのWi-Fi HaLowを利用したネットワーク・機器構成においてカメラ2台の映像を含めておおむねデータが取得できているといえます。データ取得率が100%を達成していない原因の1つは、マルチGWへの通信負荷により機器の停止が発生したことです。これはファームウェアのアップデートにより改善しました。Wi-Fi HaLowは新しい通信方法であり、現在はこのような不具合が発生することがありますが、徐々に安定してくると考えられます。また、図2に示すようにマルチGWをセンサから150mほどの研修棟と数10 mほどのタイストール牛舎の2カ所に設置し、GWを切り替えてデータ取得を行ったところ、GWによるデータ取得率の違いはなく、どちらのGWでも問題なくデータが取得できました。イベント検知については、モバイル牛温恵により5件の分娩を、Farmnote Color(FNC)により3件の発情兆候を検知することができ、問題なく動作することが確認できました。カメラ映像については、1台は解像度1024×768、1fpsで、もう1台は解像度800×600、5fpsで常時監視できることが確認できました。
ランニング費用算定による運用検証について、マルチGWにおける通信量を測定したところ、1日当りの平均データ量は約4.0GBでした。GWにかかるランニング費用の目標値は5000円/月以下としており、NTTドコモのIoT向け料金プラン「ImoT」を参考に試算すると、ランニング費用目標を達成するには、1日当りのデータ量を0.77GB以内に抑える必要があります。これを達成するには、解像度、FPS、データ取得タイミングをユースケースに合わせて最適に設計することが不可欠です。例えば、アプリケーション側のイベントを起点として映像データを取得する仕様にするなど、検討の余地があります。
本サービスの効果検証として、自治体、JA、酪農家など計13名に図4に示す本サービスのシミュレーションを提示し、ヒアリングを実施しました。5段階評価でアンケートを行い、本サービスをとても利用したい(5点)~利用したい(4点)と答えた人数は8名でした。特にJAの方からは積極的に活用したいという声をいただくことができました。一方で、プラットフォームの機能をもう少し充実できるのであればより利用しやすくなると思う、という声もいただきました。今回は実際のアプリケーションを提供することはできず、机上でのシミュレーションにとどまったため、プラットフォーム機能の深堀りが足りていなかった点が課題だと考えられます。一方で、実際にサービス化したのちに、JA経由で組合員に紹介していただくことには前向きであることが分かったため、今後の実装・横展開の計画に活かしていきたいと考えています。また、自治体や酪農家からは価格や費用対効果次第というコメントを複数いただき、酪農家の方が使いやすい価格設定や、費用対効果を数値で示していくことが重要だと認識しました。加えて、集約したデータの活用方法は飼養管理にとどまらず、その先の「経営の見える化」が求められていることも分かりました。データから自動的に経営にかかわる要素(平均受精回数、空胎日数、出荷頭数、搾乳売上予測等)を計算してグラフで表示し、牧場の売上と費用が一目で分かり、どうすれば経営状況が向上するのか考えやすくなるようなプラットフォームをつくりたいと考えています。

■今後の取り組み

別海町での実証をとおして、本サービスが技術的に実現可能なこと、費用面では仕様の検討の余地があることが確認でき、地域・畜産関係者の方からも前向きな反応をいただくことができました。今後はさらに農家の方や関係者の方へのヒアリングを行いニーズの理解を深め、農家の方の省力化と収益向上に直結するサービスの実現をめざします。
本サービスでは、近隣の複数農家で1つのGWを共有することでコスト削減をねらう地域共有モデルも検討しています。別海町では各農場間の距離が遠いため、地域共有モデルの実現は難しかった一方で、九州など農場が数キロ圏内に複数あるようなエリアは多数存在します。「畜産団地」と呼ばれるような密集したエリアもあり、現場の営業担当は以前より農家からマルチGWの実現を求められている状況でした。そこで、2025年度は九州にて地域共有モデルの実証を実施することを検討しています。その中で、ソリューション拡大や経営の見える化、地域での見守りモデルの検証にも取り組む予定です。

サーモカメラを用いた子牛の体温管理実証

ソリューション拡大の一環として、子牛の体温管理ソリューションの実証に取り組んでいます。栃木県の敷島ファーム様という畜産農家の方から、現状は子牛の体調不良を目視で確認しているものの、管理者が感知できるころには症状が進行し手遅れになる場合があるため、子牛の発熱を早期発見できないかというご要望をいただきました。また、敷島ファーム様はアニマルウェルフェアへの意識が高く、子牛にセンサを装着することによる負担はできるだけ避けたいと考えていました。現在、子牛の健康状態を監視するソリューションは限られており、特にセンサの装着を必要としないものはまだ実用化されていません。そこで、牛舎にサーモカメラを設置し、子牛の表面温度を非接触で監視し、深部体温に変化のある子牛を検知することをめざし実証を行っています。
サーモカメラは、物体が放射する赤外線(熱放射)を検出、電気信号に変換し、温度分布を可視化する装置です。サーモカメラは対象に直接触れる必要がなく、夜間も含めて24時間リアルタイムで監視できるため、動物の健康管理にも適用しやすいという利点があります。一方で、サーモカメラによる動物の体温測定では、動物の深部体温以外にもさまざまな影響を受けることが知られています。例えば、気温や直射日光といった外部環境による動物の表面温度の変化や、動物とサーモカメラの距離に依存する電磁波の減衰などです。サーモカメラを牛の健康管理に適用するには、これらの影響を取り除く必要があります。
サーモカメラによる子牛の体調管理の可能性を検討するため、2024年7月に第一回実証を行いました。目的は以下の3点です。
① サーモカメラによる子牛の体温変化の検出可否確認:子牛の平熱は38.5℃程度で、39.0℃を超えると発熱の疑いがあります。この0.5 ℃の差をサーモカメラにより検出できるのかを検証しました。
② サーモカメラ画像とBLE(Bluetooth Low Energy)位置情報の組合せによる距離補正:サーモカメラによる表面温度測定は対象物までの距離の影響を受けます。そのため、子牛にビーコンを取り付けて位置測位を行い、距離の補正を行えないか検証しました。
③ 外部環境の影響把握:サーモカメラによる表面温度測定では対象物までの距離以外にもさまざまな影響を受けることが予測されます。その中で無視できないものは何であるか検証しました。
牛舎にサーモカメラ、参考用の可視カメラ、気温計を取り付け、子牛の位置測位のために子牛の首にベルトでビーコンを取り付けました。測定対象は子牛10頭としました。実証の様子を図5に示します。
実証の結果、ビーコンによる位置測位は電波受信機からビーコンが見える状態では精度良く取ることができました。ビーコンの重みでベルトが回ってしまいビーコンが体に隠れるようになると測位結果にずれが生じました。ビーコンが体に隠れるのは避けられないため、ビーコンによる位置測位には限界があることが分かりました。外部環境の影響については、距離以外にも気温や直射日光などの影響を受け、それらの影響が無視できないことが分かりました。さらに、子牛が重なっている場合や、気温が高い場合には画面内で子牛の切り分けができないという課題があることも分かりました。測定したサーモカメラデータには外部環境によるノイズが乗っているため、サーモカメラによる子牛の深部体温変化の検出可否は、さらにデータを集めて判断する必要があります。実証で分かった課題を図6にまとめます。
本実証では、サーモカメラによる子牛の体温異常検知のサービス化に向けて多くの課題を明確にすることができました。課題を解決するため、図6に示すようにサービス提供案を改善しました。現在は追加検証により、深部体温とサーモカメラ体温の相関の強さ、可視カメラによる子牛の位置測位と距離補正の適用可否、気温による補正係数の明確化をめざしています。また、個体それぞれの温度を正確に追跡するのではなく、子牛群の中で温度が高い個体を検知する方針も検討しています。子牛の発熱を早期発見し、体温を管理する仕組みについては、敷島ファーム様だけでなく、他の複数の農家の方からも「こうした技術があればぜひ導入したい」という声をいただいています。サービス化にはまだ多くの課題が残っていますが、一歩ずつ着実に進めることで、農家の皆様の困りごとの解決につなげたいと考えています。

今後の展開

農家の方や地域関係者の方へのヒアリングと検証を繰り返し、「マルチGWとデータ活用プラットフォームによる一元的な見える化サービス」の実現をめざします。このサービスにモバイル牛温恵、Farmnote Color、そして現在開発中の子牛の体温管理ソリューションをはじめとして、広く他社のさまざまなソリューションをつなぎ、農家の方の労働負担軽減と生産性向上に取り組んでいきます。

■参考文献
(1) https://www.maff.go.jp/j/chikusan/kikaku/lin/l_hosin/
(2) https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/monthly/r04/22fr/mk04fr.html

(左から)寺崎 元治/吉岡 凜香/加納 佳代

畜産・酪農家の労働負担軽減と収益アップをめざし、取り組みを推進していきます。畜産・酪農のICTや一元的な見える化サービスに興味のある方はぜひご連絡ください。

NTTコミュニケーションズ
ソリューション&マーケティング本部
ソリューションコンサルティング部
地域協創推進部門第ニグループ第一チーム

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