2026年9月号
from NTTドコモソリューションズ
IOWNを“見せる技術”から“使う技術”へ――現場実装を通じて見えてきた価値
IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)は単なる高速・低遅延通信基盤ではなく、AI(人工知能)やGPUと連携することでリアル空間とサイバー空間をつなぐ価値創出基盤へと進化しつつあります。本稿では、NTTドコモソリューションズが推進するイマーシブ体験や化学プラントにおけるスマートメンテナンスの取り組みを通じて、IOWNによる新たな体験価値・産業価値の創出と、その先に見据えるAI、3D処理技術、フィジカルAIを活用した将来像について紹介します。
はじめに
IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)は、APN(All-Photonics Network)*1を中核とする次世代情報通信基盤として提唱されています。その特長として、大容量・低遅延・低消費電力という優れた通信性能が知られており、これまで数多くのデモンストレーションや実証実験が行われてきました。一方で、企業や社会を取り巻く環境は大きく変化しています。労働人口の減少に伴う人手不足、設備の経年化、デジタル技術を活用した新たな顧客体験など、さまざまな課題や期待が顕在化しています。こうした課題の解決に向けては、単に高速な通信環境を提供するだけでなく、ネットワークとコンピューティング、AI(人工知能)を組み合わせた新たな価値の創出が求められています。
NTTドコモソリューションズでは、IOWNを単なる通信技術ではなく、リアル空間とサイバー空間をリアルタイムにつなぐ価値創出基盤ととらえ、さまざまなユースケースの検討やPoC(Proof of Concept)を推進してきました。本稿では、イマーシブ体験*2と化学プラントでのスマートメンテナンスという、エンタテインメントと産業の2分野の事例を取り上げます。これらのユースケースを通じて、当社が推進するIOWNがリアル空間とサイバー空間をリアルタイムに連携させ、従来の体験や業務をどのように変革し、新たな価値創出へつなげていくのかを紹介するとともに、実装を通じて見えてきた課題や今後の可能性について述べていきます。
*1 APN(All-Photonics Network):ネットワークから端末まで、すべてにフォトニクス(光)ベースの技術を導入することで、圧倒的な低消費電力、高品質・大容量、低遅延の伝送を実現。
*2 イマーシブ体験:観客が物語や空間に完全に没入し、あたかもその世界に入り込んだような体験ができるエンタテインメント。
NTTドコモソリューションズのIOWNへの取り組み
当社では2021年よりAPNテストベッドの整備を進め、APNコントローラをはじめとするIOWNのオペレーション開発と、IOWNを活用したユースケース創出の双方に取り組んできました。IOWNの実現には、基盤技術の高度化と価値創出の両輪が不可欠ではありますが、本稿では後者のユースケース創出に焦点を当て、実証活動を通じて見えてきたIOWNの可能性を紹介します。
当社のユースケース創出について、当初は「IOWNの特徴を体感する」ことを目的としたデモが中心でした。例えば、APNを活用したXR(Extended Reality)卓球や遠隔ロボット制御などは、従来の低遅延通信では実現が難しかった体験を可能とし、IOWNの性能を分かりやすく示すユースケースとして高い注目を集めました。しかし、活動を進める中で見えてきたのは、「高速であること」そのものではなく、その特長を活用することで実現される新たな体験価値や業務変革にこそ本質的な価値があるということでした。APNにより遠隔地にあるGPUやAI基盤をリアルタイムに利用できるようになりました。これにより、これまで現場内で行っていた処理を柔軟に配置できるだけでなく、現場で取得した情報を遠隔地で高度に解析し、その結果を即座に現場へフィードバックすることも可能になりました。こうした仕組みはエンタテインメントだけでなく、製造業、インフラ、都市運営などさまざまな分野で活用できる可能性を持ちます。当社は、IOWNを「新たな体験や業務変革を実現する基盤」と位置付け、その実用化に向けた取り組みを進めています。
体験価値を創出するイマーシブ体験への挑戦
その代表例の1つが、イマーシブ体験の実現です(図1、2)。スポーツ観戦や音楽ライブなどのエンタテインメント領域では、現地でしか味わえない臨場感や一体感が大きな価値です。一方で、地理的制約や収容数の制約により、すべての人が現地で体験することはできません。当社では、この課題に対して、IOWNとAIの活用で「どこでも、現地にいるかのような体験」を実現できないかと考えました。取り組みの中では、複数のカメラから取得した映像をAPNにより遠隔のデータセンタへ伝送し、GPUでリアルタイムに処理することで、3D映像や自由視点映像を生成します。また、AIによる映像解析とAR(Augmented Reality)技術を組み合わせ、視聴者ごとに異なる情報や演出を提供することもできます。従来の映像配信では、「撮影された映像を見る」という受動的な体験が中心でしたが、イマーシブ体験では、利用者自身が視点を選択し、空間の中に入り込むような体験ができます。これは単に映像品質の向上ではなく、エンタテインメントの視聴体験そのものを再定義する取り組みです。さらに、このような仕組みはビジネスモデルにも変化をもたらします。物理的な収容数に依存しない新たな観戦体験や、自由視点映像を活用したプレミアム視聴サービスなど、新しい収益機会の創出につながる可能性があります。
当社では、このイマーシブ体験を実現するため、映像伝送、GPU活用、AI処理、表示技術を組み合わせたユースケースの検討を進めています。特に、大容量・低遅延というAPNの特長を活用することで、スポーツの試合や音楽イベントなどの映像を撮影する会場と、その映像をAIにより解析等行う計算資源の配置場所を分離できる点に着目しています。従来であれば、映像処理に必要な高性能GPUをイベント会場ごとに設置する必要がありましたが、IOWNを活用することで遠隔地のデータセンタに設置したGPUをリアルタイムに利用できます。これにより、計算資源の集約による効率化と、より高度な映像処理の両立が期待できます。また、生成AIや映像解析AIを組み合わせることで、映像配信にとどまらない新たなサービスの可能性も見えてきました。例えば、観客が注目する選手や演者を自動追尾した映像生成、競技データや解説情報のリアルタイム重畳表示*3、利用者ごとの嗜好に応じた映像演出など、従来の一方向型の映像提供では難しかった体験を創出できる可能性があります。これらは、AIによる高度な処理結果をリアルタイムに利用者へ届けることで初めて成立するものであり、IOWNが持つ伝送性能が重要な役割を果たしています。さらに、こうした取り組みを進める中で見えてきたのは、イマーシブ体験の価値が単なる映像の高精細化にあるのではなく、「その場にいる感覚」や「利用者ごとに最適化された体験」の提供にあるという点です。リアル空間とサイバー空間をシームレスに連携させ、会場に来場できない人に対しても新たな参加機会を提供し、イベント主催者にとっても新しい顧客接点や収益機会の創出につながる可能性があります。
当社では、このような取り組みを通じて、IOWNがエンタテインメントの未来を支える基盤となる可能性を検証しています。さらに、その成果をエンタテインメント領域に限定せず、遠隔教育、観光、地域活性化など幅広い分野へ応用していくことで、より多くの人々が距離の制約を超えて価値ある体験を共有できる社会の実現をめざしています。
*3 リアルタイム重畳表示:カメラなどの映像に、別のデータや情報をその場で遅延なく重ね合わせて表示すること。情報を視覚的に分かりやすく伝える際に効果的。


社会課題の解決に挑むスマートメンテナンス
一方、当社は、IOWNの価値はエンタテインメント領域だけではないと考えています。社会インフラや製造業の現場では、労働人口減少や設備の経年化に伴う課題が深刻化しています。特に化学プラントやコンビナートのような大規模設備では、広大な敷地内の設備を定期的に点検し、安全な運転を維持することが求められます。こうした背景のもと、当社はNTTグループ各社とともに三菱ケミカルグループをはじめとするさまざまな企業と連携し、化学プラントにおけるスマートメンテナンスのPoCを実施しました(図3、4)。本取り組みでは、IOWNを中核としながら、ロボット、AI、デジタルツインを組み合わせることで、従来の点検業務の高度化と効率化をめざしました。PoCでは、実際に稼働しているプラント設備を対象に、自律型ロボットが巡回しながら映像や音声、設備の状態に関するデータを取得します。取得したデータは、APNと無線ネットワークを組み合わせ遠隔地へ送信されます。遠隔側では、AIを用いて設備の異常兆候を分析するとともに、その結果をデジタルツイン環境へ反映し、遠隔地から設備状況を把握できる仕組みを構築しました。
当社がこの取り組みで重視したのは、設備データを収集するだけではなく、現場で発生している事象をリアルタイムに遠隔地へ届け、即座に判断や対応につなげることです。例えば、ロボットが取得した映像を遠隔地でAI解析し、設備表面の異常や劣化の兆候を検知した場合、その結果をデジタルツイン上へ反映することで、設備管理者は現場へ移動することなく状況を把握できます。これは、従来の「点検結果を後から確認する」運用から、「リアルタイムに状況を把握し判断する」運用への転換を意味します。また、プラント設備の保全業務では、映像だけでなく、音や振動など複数の情報を組み合わせて設備状態を判断するケースも多く、今後はマルチモーダル(言語、画像、音声、系列データなど、異なる種類のデータを同時に理解する)AI技術との連携で、こうした多様なデータを統合的に分析し、異常の予兆検知や保全計画の高度化へ発展していくと期待されます。IOWNは、そのような大量かつリアルタイム性の高いデータ流通を支える基盤として重要な役割を担います。
本実証を通じて、遠隔AI解析やデジタルツインとの連携が実用的なレベルで実現可能なことが確認されました。また、人による点検業務の一部をロボットで代替できる可能性も示され、危険な場所への立ち入りを回避したり業務負荷を軽減したりする効果が期待できます。これらは効率化だけではなく、安全性の向上、人手不足への対応、熟練技術者の知見の継承といった社会課題の解決にもつながる可能性があります。さらに、今回の取り組みは化学プラントに限らず、発電所や上下水道施設、物流拠点など、広域かつ高い安全性が求められるさまざまな産業分野へ展開できる可能性があります。当社では、このPoCを通じて、IOWNが単なる通信基盤ではなく、社会インフラや産業現場のDXを支える基盤となり得ることを確認しました。今後も実証で得られた知見を活かしながら、現場課題の解決と新たな価値創出に向けた取り組みを進めていきます。


NTTドコモソリューションズが考えるIOWNの価値
イマーシブ体験とスマートメンテナンスは一見、異なる分野に見えますが、その本質は共通しています。どちらも、現場で取得したデータをAPNによりリアルタイムで伝送し、遠隔のAIやGPUで処理し、その結果を即座に現場へ反映する構造を持っています。すなわち、IOWNの本質は高速通信そのものではなく、リアル空間で発生する情報をサイバー空間で即座に処理し、その結果を現実世界へ反映することで、新たな体験や業務変革を実現することにあります。これまで距離や帯域、遅延の制約によって実現できなかった仕組みが、IOWNによって実現可能になりつつあります。さらに近年では、AI技術の急速な進展により、IOWNの活用可能性は一層広がっています。映像や音声、各種センサデータなどの多様な情報をリアルタイムに収集・伝送し、AIによって解析・理解することで、現実世界の状況をサイバー空間上でより精緻に再現できつつあります。こうした技術は、データ活用にとどまらず、現実空間そのものをデジタル化し、新たな価値創出につなげる基盤となります。
当社では、特に空間認識や空間再構成などの3D処理技術に注目しています。人や設備、物体の位置や状態をリアルタイムに把握し、サイバー空間上へ再現することで、現場の状況をより直感的で高精度に理解できます。これにより、イマーシブ体験における高度な空間表現や自由視点体験だけでなく、産業分野での設備監視や遠隔作業支援、デジタルツインの高度化など、さまざまなユースケースへの展開が期待できます。さらに今後は、こうした空間認識技術とAIを組み合わせ、現実世界を認識・可視化するだけではなく、実空間へ働きかけるフィジカルAIの実現も期待されています。AIが空間や設備の状況を理解し、自律的に判断を行い、その結果をロボットや機械設備へフィードバックすることで、より高度な自動化や自律運用が可能です。化学プラントにおける点検ロボットや設備監視だけでなく、物流、製造、建設、モビリティなどの分野においても、人が介在しないマシンどうしのリアルタイムな連携や協調制御が実現される可能性があります。その実現に向けては、現実世界の情報を高精度かつ低遅延で収集し、AIによる処理結果を即座にフィジカル空間へ反映することが求められます。IOWNは、そのために必要となるリアルタイムなデータ流通基盤として重要な役割を担うと考えています。当社は、この仕組みを特定業界向けの個別ソリューションではなく、さまざまな分野へ展開可能な共通基盤として発展させたいと考えています。そして、IOWNとAI、3D処理技術、さらにはフィジカルAIを組み合わせながら、新たなユースケースを創出し続けることで、リアル空間とサイバー空間が自然に融合した社会の実現をめざします。
おわりに
NTTドコモソリューションズでは、APNテストベッドの構築以来、多様なPoCやユースケース創出活動を通じて、IOWNの可能性を検証してきました。その結果、IOWNが単なる高速・低遅延ネットワークではなく、人・設備・システム・空間をリアルタイムにつなぎ、新たな体験価値や産業価値を生み出す基盤になり得るという手ごたえを得ています。今後も当社は、イマーシブ体験やスマートメンテナンスをはじめとするさまざまな分野で実践を積み重ねながら、IOWNを「見せる技術」から「使う技術」へと発展させ、お客さまや社会の課題解決、新たな価値創出に貢献していきます。
■参考文献
(1)https://www.nttcom.co.jp/news/pr26060101.html
(2)https://www.nttcom.co.jp/news/pr26030201.html
