2026年10月号
特集
多様な価値観がつなぐAIと人の協働社会
- ウェルビーイング
- Human-AI Interaction
- 協働
AI(人工知能)が社会のさまざまな場面で活用される中、多様な人々がAIを交えながら協力して社会的価値を創出できるAI技術の実現に取り組んでいます。その実現には、個々の価値観や個性を尊重しつつ、互いの違いを活かして協働できる仕組みが重要であると考えます。本稿では、価値観や考え方を押し付けたり同質化を促したりするのではなく、多様な個性を尊重しながら、人とAIが協働して社会的価値を創出する世界をめざす研究開発のビジョンを紹介します。さらに、人々とAIとの協働を支援する対話技術、AI依存を防ぎ主体性を支えるコミュニケーション技術、人のウェルビーイング価値観を引き出す情報生成技術を通じて、自律と調和が両立する未来社会の実現を展望します。
片桐 有理佳(かたぎり ゆりか)/佐藤 妙(さとう たえ)
熊川 瑛至(くまかわ えいじ)/増田 葉月(ますだ はづき)
有賀 玲子(あるが れいこ)
NTT社会情報研究所
社会的な背景とビジョン
AI(人工知能)の高度化に伴い、その活用は、情報検索や作業効率化のための道具にとどまらず、日常の相談や意思決定、創造的な活動を共に担うパートナーやエージェントへと広がりつつあります。今後、AIが生活や仕事、地域社会のさまざまな場面にさらに浸透することで、人と人との協働に加わり、多様な知識や視点を結び付けながら、新たな社会的価値を生み出す機会が広がる未来も現実のものとなりつつあります。
一方で、AIの提案に判断をゆだねすぎることや、特定の考え方に無意識に誘導されることにより、個人の主体性や人々の多様性が損なわれる懸念もあります。そこで、AIを人の判断を代替する存在ではなく、1人ひとりの主体性と多様な個性を尊重しながら、人々の相互理解や協働といった関係性を支える存在として位置付け、人と人、人とAIが調和的に共存・協働し、社会的価値を生み出せる未来の実現をめざします。
このような未来を実現するためには、1人ひとりの関心や充実感を尊重しながら、他者や地域、社会にも目を向け、主体的な協働を支援することが重要です。その際、社会的に望ましい価値観を一方的に与えて考え方を同質化するのではなく、それぞれの興味や大切にしていることを起点として、他者や社会とのつながりの中での気付きと行動を促す必要があります。また、AIへの過度な依存や無意識の誘導を防ぎ、人が主体性を保ちながらAIを活用できる関係を築くことも欠かせません。
本稿ではまず、人と人、人とAIの関係性にかかわる技術として、人と人との相互理解や協働を促す「協働を支援するAI技術」、人とAIの適切な関係を築く「AIとの健全なコミュニケーション技術」を紹介します。次に、人の主体的な協働を促す技術として、好きなことや興味・関心を起点として、他者や社会との協働に向けたウェルビーイング価値観への気付きと行動を促す「個人のウェルビーイング価値観を引き出す情報生成技術」を紹介します。
協働を支援するAI技術
NTT社会情報研究所では、人と人が互いの意見や価値観を尊重しながら協働できるよう、価値観、考え、知識の異なる人どうしのコミュニケーションを支援する技術を研究しています(1)。対立の緩和や共通理解の形成を促し、AIを含めた人々の創造的な協働の実現をめざします。
これらの実現に向けて、価値観を尊重する協働の1つとして、保健指導やカウンセリングなどの専門的な対話に着目しています。保健指導は、生活習慣の改善という意図を持った対話であり、支援する専門家と支援を受けるクライアントの立場や役割が明確です。一方で、専門家が一方的に行動を指示するのではなく、両者が知識や価値観を共有し、クライアント自身が納得できる行動を主体的に選択することをゴールとしています。このため、人と人の協働においてAIが果たす役割と、その関与による行動や関係性の変化を検証するのに適しています。こうした特徴を踏まえ、AIを介した行動の変化を起点として、専門家とクライアントの役割や関係性を協働的なものへ更新する3つの観点から、協働支援のAI技術に取り組んでいます(図左)。
第1の観点は、専門家の対話スキル向上を支援するAIです。面談を時間軸に沿って分割し、面談において重視される発話(保健指導の場合は、「関係構築」「アセスメント」「動機付け」「行動計画」)が、対話のどの段階に現れたかをタイムライン上に可視化します。さらに、発話比率、区間ごとの要約、キーワード、クライアントが行動目標を実行する可能性を示す推定スコアを提示し、短時間での振り返りを可能にします。これにより、専門家は自身の対話を客観的にとらえ、クライアントの自律的な意思決定を引き出す実践力を継続的に高められます。
第2の観点は、専門家とクライアント間の対話をリアルタイムに支援するAIです。AIが対話の流れや双方の発話を分析し、認識のずれ、十分に共有されていない関心事、確認すべき論点をとらえ、適切な問いかけや説明の観点を提示します。AIは結論を代行するのではなく、互いの価値観や考えを言語化し、共通理解を形成する媒介者として機能します。
第3の観点は、クライアントの意思決定を直接支援するAIです。AIとの対話を通じて、クライアントが自らの価値観、懸念、理解できていない点を整理し、選択肢を生活や将来と結び付けて主体的に判断できるよう支援します。これら3つのAI技術を連携させ、専門家を「答えを与える人」から「考える過程を支える人」へ、クライアントを「支援される人」から「意思決定の主体」へと変え、両者が知識と価値観を持ち寄る創造的な協働関係の形成をめざします。
第1の観点の専門家の対話スキル向上を支援するAIについては、保健指導面談をユースケースとして、専門家へのインタビューにより技術要件を抽出し、実際の保健指導や研修でのロールプレイなどで活用できるシステムを構築しており、今後、効果検証を実施する予定です。

AIとの健全なコミュニケーション技術
私たちは、AIエージェントが人の悩みや苦しみを相談するパートナーとして浸透しつつある今、人の判断力低下、個人や社会にとって有害な固定観念に陥ること、社会的な孤立などをもたらさないよう、AIとの健全なコミュニケーションを支えるAIコミュニケーション技術を研究しています(図中央)。
AIエージェントは、24時間365日相談できるという利便性があります。その一方で、AIエージェントによるコミュニケーションのあり方によっては、利用者の判断力や感情調整力が低下したり、自分の不調に気付けず専門家への支援が遅れたりするといった悪影響が出る可能性が指摘されています。また、AIエージェントに頼りすぎることによって家族や周囲の人とのコミュニケーション機会が妨げられることで、知らぬ間に社会的孤立に陥り心身の不調につながる可能性もあります。したがって、AIエージェントは、これまでの人と人とのコミュニケーションを代替してAIとの閉じた関係に個人を囲い込むのではなく、人の社会集団の一員として、社会の中で適切なコミュニケーションを通じて自らの役割を果たせるようにすることが重要です。
現在、私たちは、人がAIエージェントへ過剰に依存することを抑制しつつ、心の支えとなり得るコミュニケーション方法について研究しています。特にAIエージェントの発話スタイルに着目しています。昨今のAIエージェントは、励ましや共感を積極的に行ったり、利用者の興味に合った情報を選択したりしますが、長期的な利用の視点に立ったとき、それらの発言が利用者や社会集団にとってより良いかたちであるのか、まだ明らかになっていないことが多いと考えています。私たちは、依存の抑制の観点から、訓練された専門家の対話スタイルを参考に、より良いAIコミュニケーションについて探索しています。この研究を通じ、人とAIエージェントが相互にかかわりながら、人が個人または社会の価値観のうえで主体的に意思決定し、行動できるようになることをめざしています。
個人のウェルビーイング価値観を引き出す情報生成技術
私たちは、1人ひとりの興味・関心を起点にして、人々が主体的に他者や社会との協働へと向かう自らの利他的な価値観に気付けるような情報生成技術を研究しています(図右)。
地域社会への貢献や他者とのつながりなど、個人と社会の双方にとって望ましい行動を広げるには、社会的に望ましい価値観を一方的に提示するだけでは十分ではありません。本人が大切にしていることとかけ離れた働きかけは、押し付けとして受け取られ、抵抗感や一時的な行動につながる可能性があります。また、利他的な行動を促す場合であっても、個人の考えを特定の方向へ誘導するのではなく、本人が納得し、自ら選択できることが重要です。
そのためのアプローチの1つが、内発的な動機付けを促進するメッセージ生成に関する技術(2)です。利他的な行動に限らず、例えば生活習慣改善など、取り組んだほうがいいと理解はしていてもなかなか気が進まないということは、日常生活の中で数多くあります。行動や価値観の押しつけではなく、人の主体性を引き出すため、人がモチベーションを感じたときに分泌される神経伝達物質であるドーパミンに着目し、これらの感情が湧き起こる活動(代表して「好きな活動」とします)と気が進まない活動を組み合わせて提案する技術を研究しています。例えば、好きな活動が「コーヒーを飲むこと」、気が進まない活動が「ウォーキング」である場合、「昼休みにコーヒーを買いに出掛けてみませんか?」といった提案が可能です。技術検証の結果、気が進まない活動に強い抵抗がある人に高い有効性が示されるとともに、「わくわくする」といった内発的な動機付けを示す反応も確認されました。
この技術をさらに進め、ユーザの興味や関心を起点として、他者や社会とのつながりを大切にし利他的な行動に主体的に向かう原動力となる「Well-being価値観」(3)に気付くための情報を生成する技術の研究に取り組んでいます。本人にとって身近な楽しみや達成感と、他者とのつながり、地域への愛着、社会への貢献といった価値を自然に結び付けることで、他者や社会とのつながりの中で自分自身のウェルビーイングをとらえる価値観に気付く機会を醸成します。
例えば、珍しいものを見つけることが好きな人に対して、地域を巡って設備や風景を撮影し、その発見を人々と共有する体験を提案します。ユーザは自分の興味を満たしながら、地域の魅力の発見や設備の維持にもかかわることができます。こうした体験を通じて、「自分が楽しむ」ことと「地域の役に立つ」ことが結び付き、地域への関心や貢献意識が本人の中から育まれることをめざします。
さらに、提案に対するユーザの受け止め方や行動の結果を踏まえ、その人の状態に合った情報を継続的に提供します。行動を強制したり、特定の価値観を正解として示したりするのではなく、複数の選択肢から本人が納得できる行動を選べるよう支援します。これにより、一過性の参加ではなく、自らの価値観に基づく継続的な行動と、個人の充実感と社会への貢献が両立する関係の形成をめざしています。
今後の展望
本稿では、協働を支援するAI技術として、専門家とクライアントの協働を支援するAIについて述べました。今後は、職場、学校、地域社会で暮らす人々の関係へと広げていきます。人々が互いの意見や価値観の違いを認め合いながら、地域活動に参加し、協力できる支援技術をめざします。また、AIエージェントとのコミュニケーションが、利用者の自律性や人間関係に与える影響について、今後は、AIと人との対話のあり方を検討するだけでなく、利用者が必要に応じて周囲の人や専門家を適切に頼ることを支援するAIについても検討したいと思います。さらに、頼る側と頼られる側のいずれかに過度な負担が偏ることなく、双方が無理なく支え合える関係を築くためのコミュニケーション支援AIについても研究を進めていきます。AIエージェントには、人間関係を代替するのではなく、人と人とのつながりを支え、適切な助け合いを促す社会の一員としての役割が期待されます。
さらに、利用者の興味や関心を起点として、本人がウェルビーイングにかかわる新たな価値観に気付き、自律的な行動を選択できるようにする情報生成技術について、今後は、1人ひとりの尊厳や価値観、自律性を守りながら、個人の充実、他者とのつながり、地域社会への貢献、さらには社会・環境の持続可能性を同時に高める仕組みへと研究の視野を広げていきます。
なお、本稿で示した研究の方向性については、NTTグループのAI関連施策や事業部門とも連携し、人とAIの適切な分担、安全性、社会受容性等を考慮しながら、事業・サービスへの適用可能性を検討していきます。
■参考文献
(1) E. Kumakawa and M. Takahashi: "Role-Play Training in Health Guidance: Survey Findings and Implications for System Design," International Conference on Human-Computer Interaction, Cham: Springer Nature Switzerland, 2026.
(2) 有賀・片桐・渡邊:“ChatGPTを用いたドーパミン分泌促進型動機付けメッセージ生成に関する予備検討,” 情報処理学会インタラクション, 2024.
(3) https://socialwellbeing.ilab.ntt.co.jp/tool_measure_wellbeingcard.html

(上段左から)片桐 有理佳/佐藤 妙
(下段左から)熊川 瑛至/増田 葉月/有賀 玲子

AIが身近な存在になる中で、人の主体性や多様な価値観、人と人とのつながりを大切にすることがますます重要になります。本稿が、人とAIのより良いかかわり方について考えるきっかけになれば幸いです。