グローバルスタンダード最前線
AI for Good Global Summit 2019 参加報告
ITU主催、国連関係機関が共催するAI(人工知能)の国際的なイベントであるAI for Good Global Summit 2019(AIサミット)が、2019年5月28~31日までスイスのジュネーブで開催されました。2017年から開催しているイベントで、AIの実用化をめざし、150以上ものプロジェクトを発足させています。ここでは、日本ではほとんど知られていないAIサミットの概要と、2019年のテーマの1つであるAI for Healthで議論されたことを紹介します。
金子 麻衣(かねこ まい)※
NTT東日本
※ 現、一般社団法人情報通信技術委員会
AI for Good Global Summitとは
AI for Good Global Summit(AIサミット)は、政府、産業界、学術界、メディア、37の国連関係機関、そしてACM(米国コンピュータ情報学会)、XPRIZE財団*をパートナーとして結集したAI(人工知能)に関する国際的なイベントです(1)。2017年から年1回開催され、今年で3回目となります。今年度は、120カ国2000名以上の来場者、7000名以上のWeb参加、300名を超える講演者を迎え、過去最大の規模となりました(図1、表1)。
開催の背景は、ITUや国連が、近年急速な進歩を遂げるAIが社会的課題を解決し、国連の持続可能な開発目標(SDGs: Sustainable Development Goals)の進展を加速させる大きな可能性を秘めているととらえているからです。世界中で生活を向上させるためにAIの力をどのように活用するか、教育、医療、健康福祉、商業、農業、宇宙など幅広い分野における活発な議論や、産官学連携によるプロジェクトの生成を通じて、SDGs実現を加速させるAIの実用化をめざしています。
2017年にAIの可能性について言及するグローバルな対話を開始し、2018年はさらに踏み込んで、SDGsの達成を支援するAIソリューションの開発を実現するプロジェクトの発足に取り組みました。2019年は、AIイノベーターと課題を抱える政府、公共、民間等とを結び付け、実用化に向けたコラボレーションを加速することを目標に掲げました。今後、具体的なプロジェクトが発足するものと思われます。2018年にはAIリポジトリが設定され、すでに150以上のプロジェクトが登録されています(表2)。
* XPRIZE財団:世界中のイノベーターを支援する非営利団体の財団、賞金レースを運営。
図1 会場の様子
表1 AI for Good Global Summitの概要
表2 AI for Good Global Summit 3年間の比較
AI for Good Global Summit 2019のトピック
プログラム構成
メインのプログラムは、Breakthrough Sessionsと呼ばれるプロジェクトの発足を目的としたテーマ別のセッションです。毎年テーマが4~5つ設定されています。2019年度は、①AI and Health、②AI and Education、③AI and Human Dignity and Equality、④Scaling AI、⑤AI for Space、の5つが同時進行で開催されました。
主なオープニング講演
(1) ITU事務総局長 Houlin Zhao氏
AIは私たちの生活を変えます。安全で信頼された包括的なAIへの道は、政府、産業界、学界、市民社会の間の前例のない共同作業を必要とします。AIサミットはAIに関する対話のための主要な国連プラットフォームであり、世界中のパートナーとの協力により、AI技術の信頼性、安全性、包括的な開発、その恩恵への公平なアクセスを確保しています。
(2) 世界気象機関(WMO)事務総長 Petteri Taalas氏
WMOは毎日ビッグデータを扱い、世界中で収集された膨大な量のデータに基づいて24時間365日の運用予測システムを運用しています。AIサミットで新しいプロジェクトを生み出し、すべての人々がシステム等に安全にアクセスできるようにすることが目標です。
(3) XPRIZE財団CEO Amir Ansari氏
AIとデータは、人類が直面している最大の課題を解決する基本的なツールです。私たちは、AI革命の予期せぬ結果についても議論し、実現可能性の高いソリューションのために取るべき行動を提案します。
(4) ACMのCEO Vicki Hanson氏
AI技術者と、政府・産業界のリーダー等を結集させることで、差し迫った世界の課題にAIを適用する新しい方法が提案され実現することができます。こういったコンピューティング技術が、明日の問題解決に役立ち、職業を発展させ、良い影響を与えることを望みます。
基調講演等
(1) マイクロソフトEVP Jean Philipe Courtois氏
「今後すべての企業がソフトウェア企業になるでしょう。AIはその変革の中心として、人・モノ・活動の検出を可能にするのと同時に、新世代のビジネスエージェント・専門家となります」
事例として、AI、IoT(Internet of Things)、クラウドをベースに、ドローンやセンサで収集したデータを駆使して農業分野の改善を図るプロジェクト「Farm Beats」が紹介されました。
(2) AIを活用して3つの社会課題を解決
①AI for Earth(環境対策)、②AI for Accessibility(障がい者支援)、③AI for Humanitarian Action(AIビジネススクールを通じたリーダー向け育成)、に取り組むプログラムを紹介し、1億1500万ドルを拠出したことを発表するとともに、自社独自のAI principlesを提案し、AIに対する革新的な取り組みをアピールしました。
(3) 米国の発明家・実業家 Ray Kurzweil氏
技術的進歩の予測を的中させる、著書「The Singularity Is Near」で知られる同氏が遠隔から初日のクロージング講演を行いました。オリジナルの統計データを示し、「AIの進歩によって将来は改善されます。科学技術の進歩は直線的ではなく指数関数的に進歩します。人間はクラウドに接続することで拡大した脳を持ち、知性は100倍になるでしょう」と予測しました。
Breakthrough Session「AI for Health」
同時進行で5つのセッションが行われており、日本でも関心が高い健康福祉関連の「AI for Health」に参加しました。2018年のAIサミットの成果として、ITUのICTのノウハウと、世界保健機構(WHO)の健康のノウハウを融合させるべく、Focus Group on AI for Health(FG-AI4H)を発足させています。乳がん、アルツハイマー病、目や皮膚病などの健康問題に対処するために、AIを活用した健康手法の評価と国際標準化に向けたフレームワークの開発をめざしています。
(1) ウェルカムセッション
ITU電気通信標準化局長のChaesub Lee氏は、FG-AI4Hの重要なミッションは保健データのアクセスと適切な利用におけるベストプラクティスを確立することだと語り、オープンなプラットフォームへの参加を呼び掛けました。
WHOのCIO Bernardo Mariano氏は、健康管理におけるデータの流れを、ドイツ連邦保健省医薬品研究所責任者のWolfgang Lauer氏は、メディカルアプリや医療機器のサイバーセキュリティ対策のガイドラインを公表し、価値創造とデータ保護のバランスの重要性について述べました。
FG-AI4Hの議長で、フラウンホーファー研究所のエグゼクティブディレクター Thomas Wiegand氏は、FG-AI4Hには11のトピックグループがあり、活動の5つのステップ〔①コミュニティの形成(専門家の収集)、②提案、③評価(参照データおよび評価基準の設定)、④レポートの発行、⑤普及・展開(AIを活用したヘルスケアソリューションの実用化)〕を踏み活動を行っているとし、AIソリューションの品質管理で網羅すべき5つのポイント(①パフォーマンス測定、②堅ろう性、③不確定性、④説明可能性、⑤一般化可能性)を示しました。
(2) パーソナルヘルスケアとAI
マイクロソフトイスラエルヘルスケアのHadas Bitran氏は、AIを活用したヘルスケアbotや診断チャットの事例を、YourMDのJonathon Carrbrown氏は、適切なプライマリ・ケアを提供する健康管理ソリューションを紹介し、低コストで診断をサポートするAIの可能性を示しました。Ada Health常務取締役のHila Azadzoy氏は、世界の4億人がプライマリ・ケアサービスにアクセスできておらず、中国では診察時間が2分という現状を示し、それらを解決するために開発した130カ国、5言語に対応した健康管理アプリを紹介しました。BaiduのAIヘルスケア部門シニアディレクターYan Huang氏は、ハイスペックな病院に患者が偏る不均衡に直面し、医師を支援する臨床意思決定支援システム(DISS)を開発し95%の精度を実現したと発表しました。
(3) AIにおける研究と政策
3Derm SystemsのCEO Liz Asai氏は、AIを活用することで皮膚科に匹敵するレベルで皮膚がんを分類することができる独自のスキンイメージングシステムを示し、異なる民族をカバーするには、データセットの多様性が欠かせないと締めくくりました。診療行為や患者データを収集したレポートを公開するFDAのKhair ElZarrad氏は、ヘルスケア分野のデータ活用の重要性を提示し、データの品質を担保するために開発の初期段階から組み込み、規制当局とのコミュニケーションの重要性を訴えました。前述のマイクロソフトのBitran氏は、医療現場で医師をサポートするAI搭載システム「Project EmpowerMD」を紹介し、システムを改善するために臨床文書の自動化を促進していると述べ、関係部門との連携が必須であると強調しました。
(4) 「AI for Health」セッションのまとめ
AIとデータ活用は切り離せないものであり、特に高品質データの重要性は議論全体を通じて共通の認識でした。AIとデータ活用は医療現場の人材不足を補完し、クラウドベースの健康管理やオンライン相談・診断などの提供に役立つ一方で、患者の安全を担保するためには、複数機関をまたがって大量のデータを連携させ、それらを適切に管理運営するベンチマークの必要性が改めて浮き彫りとなりました。企業事例の中で診断支援アプリが多数出ていましたが、FG-AI4Hは、AIを活用したヘルスケア系のアプリの提供に中心的な役割を果たし、健康問題や治療のためのAIアルゴリズムやフレームワークの標準化に取り組むと改めて発表しました。
(5) 他のBreakthrough Session概要
「AI for Health」セッションと同時に開催された他のセンションの概要を表3に示します。
表3 2019年のBreakthrough Sessionsの概要
クロージング
ITU電気通信標準化局長のChaesub Lee氏、ITU電気通信開発局のDoreen Bogdan-Martin 氏、XPRIZE財団宇宙大使のCEO Anousheh Ansari氏は、「The Other 50%」と題して、発展途上国を中心に世界の半分の人々がICTの恩恵を被っていないと問題提起し、ITUとXPRIZE財団がコラボレーションして、これからの20年、30年でそれらを解消すると宣言しました。そのためにアイデアや意見が必要だと参加者に呼び掛けました。
ITU事務総局長 Houlin Zhao氏は、「AIサミットはほかにはないイベントで、世界中の複数の分野から利害関係者を招集して、AIがどのように適用され、幅広い問題をどのようにサポートできるか真剣に検討する場です。SDGsと整合することはAIが人類の健康に積極的に影響を及ぼし、すべての学生に質の高い教育を提供することを意味します」と締めくくりました。
まとめ
AIサミット参加のメリットは、①AIイノベーターとAIを活用したい企業・自治体の両方と接点を持つことができる、②参加型で積極的に課題を共有できる、③周囲の賛同を得られればプロジェクトを発足することができる(ITUが推奨)、④スポンサーからのさまざまな援助が期待できる、の4点が挙げられます。主催者(ITU・国連・XPRIZE財団)のパワーもさることながら、スポンサーの存在が大きなメリットと考えられます。表4のパートナー一覧を見て分かるように、豊富な資金力を持つ財団や、オープンイノベーションやコラボレーションをミッションとする団体やコンサル企業が半数を占めていて、効果的にアピールすることで資金を獲得できる可能性があります。
マイクロソフトは唯一のプラチナスポンサーということもあって基調講演にインパクトがあり、会場内に企業専用ブースを設置したり、複数のプレゼンテーションに参加するなど大きな存在感を放っていました。しかし、すべての企業や団体の取り組みが先進的であるわけではなく、日本が優れていると思われるソリューションも多数存在しました。来年の4回目は、2020年5月4~8日の開催が決定されています。今年は日本企業の出展や講演がなく、来場者にも日本人はほとんど見られませんでした。来年はグローバル市場をねらう日本企業や、先進事例を有する日本の自治体がAIサミットで存在感を発揮できるように、TTCの専門委員会や研究会活動などを通じてバックアップしていきたいと思います。
表4 スポンサーとパートナー
■参考文献
(1) https://aiforgood.itu.int/