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特集

Creativity and Technology ――designing for an unknown future

まなざしに宿る運動の巧みさ

人に寄り添うICTの実現において鍵を握るのが、人の「ふるまい」や「行為」を紐解くこと、つまり「運動」の本質的理解です。人はいとも簡単に運動を実現しているようにみえますが、その背後には、目を動かして目標物をとらえ、視覚情報から運動を生成する複雑な脳内メカニズムが存在します。本稿では、「なぜ運動にとって目が重要なのか」という問いに対して、従来の考え方に加えて、NTT コミュニケーション科学基礎研究所の最新の知見を紹介します。

安部川 直稔(あべかわ なおとし)
NTT コミュニケーション科学基礎研究所

人の運動を支える「目と腕の協調関係」

歩行や車の運転といった日常生活から、テニスや野球などのスポーツに至るまで、私たちの巧みな身体動作の実現には、腕や足の動きに加えて、目の動かし方が重要な要素になります。例えばテニスのレッスン時、「ボールを良く見て」と言われた経験はないでしょうか。また、一流のアスリートが、自身の目にかかわる話をしていることを耳にしたことはないでしょうか。これらの例に代表されるように、脳は目と腕を協調させて動かす仕組みを持っています。本稿では、これらの仕組みについて従来知見を概説した後に、私たちの最近の取り組みによって明らかになってきた「目・腕協調関係の重要性」に関する新たな考え方について解説します。

目と腕が協調して動く仕組み

運動の一例として、「コップに手を伸ばす」ことを考えてみます。まず、位置を確認するためにコップに目を向けますが、同時に、コップの大きさ、水の量、掴みやすさなど、必要な情報を視覚的に取得します。人を含めた霊長類の視解像度は、目の中心でもっとも高く、周辺に向かうほど低くなることが知られています。脳は、これから行う腕運動にとって必要な情報をより正確に得るために目を先行的に動かし、適切な腕運動出力へとつなげています。
このような目と腕の協調機構を探る研究が、人やサルの行動実験、脳活動計測などさまざまな手法を通じて数多く行われてきました。例えば、腕に先行して目が動くことは前述のとおりですが、その時間関係は常に一定の範囲内で保たれることが知られています。また、腕と目(視線)の最終到達地点も、相互に関連します。このような関係から、脳内の目と腕の運動生成システムは相互に情報をやり取りし、時空間的に協調した運動出力を行うメカニズムが存在すると考えられています。協調機構を実現する脳メカニズムの全容はまだ明らかになっていませんが、大脳、小脳、脳幹を含むさまざまなネットワークの関与が示唆されています。ただし、これら従来研究の根底には、「視解像度のもっとも高い視野中心で目標をとらえて腕運動を行う“中心視運動”の重要性」を常に強調する考え方がありました。

従来の考え方(中心視運動を重要視)に対する疑問

先行研究では主に「静止目標への腕運動」が実験課題として用いられてきましたが、実環境では、目標物は複雑かつ予測できない動きをする可能性があります。テニスや野球を例にとれば、数百ミリ秒以内の厳しい時間制約の中で、即座に判断し、複雑な運動(運動スキル)を生成する必要があります。これらの環境においても、「目標物を常に目の中心でとらえ、その目の動きに協調して腕運動が生成される」という従来研究の考え方は成り立つのでしょうか。さらには、新規の運動スキルを獲得・発揮する過程では、目と腕の協調関係はどのような重要性があるのでしょうか。これらの疑問点が、私たちが研究を始めた出発点となっています。
NTTコミュニケーション科学基礎研究所では、突然動く目標物を追いかける腕運動課題(1)や、プロ野球選手のバッティング計測(2)など一連の研究を推し進め、その結果、複雑な運動スキルが求められる課題下でも、目・腕の間に一定の協調関係が成り立つことが分かってきました。一方、その時間関係や、目の向かう先など詳細な解析結果は、「目標を目の中心でとらえる」という従来の考え方とは必ずしも一致しません。例えば、プロ野球選手のバッティング実験の結果では、バットがボールに当たる瞬間のわずか100ミリ秒前に、ボールに向かう高速な眼球運動(サッカード)が頻繁に観察されます。バットを振る行為は100ミリ秒以上かかりますので、目が動くタイミングにおいて、腕はすでに動き出しています。また、視覚から運動出力に至る脳内の処理時間を考慮すると、ボールを打つ瞬間にボールを目の中心でとらえたとしても、その視覚情報をバッティングに利用することはできません。それでもなぜ、一流選手は、ヒッティングの直前に目を動かすのでしょうか。

腕運動学習と密接に関連する「目と腕の位置関係」

私たちは、これまでの研究結果や実世界の伝承を整理した結果、中心視であっても、周辺視であっても、目と腕の位置関係自体が、腕運動スキルの獲得・発揮にとって、重要な要素になっていると考えました(3)。この仮説を検証するためには、目と腕の関係性を、運動学習の過程から観察・議論する必要があります。
そこでまず、運動学習を実験的に計測する方法を説明します。実験参加者はペンタブレット上でペンを操作し、モニタに提示される「手の位置を示すカーソル」を視覚目標へと動かします(図1左)。この際、「実際の腕」と「視覚カーソル」の動きの間に、30°程度の回転変換を加えます(図1右)。すると、参加者の腕は正しく目標に向かっていても、視覚カーソルはずれた方向に向かうため、運動エラーが生じます。この状況を数百回と繰り返すうちに、運動エラーが減少するように、腕運動自体が次第に変化していきます。この変化を運動学習として評価します。
さて、このような学習パラダイムを用いて、中心視運動と周辺視運動が運動学習とどのように関連しているか、実験1で調べました(図2左上)。条件1では、参加者は中心視運動で回転変換に対する運動学習を行います。その後、その学習効果をどの程度発揮できるかについて、学習時と同じ中心視運動と、学習時とは異なる周辺視運動で比較しました(図2右上、条件1)。その結果、学習効果の発揮率は、中心視運動に対して周辺視運動では低くなることが明らかになりました(図2左下、条件1)。次の条件2では、参加者は周辺視運動で学習を行います(図2右上、条件2)。その後の発揮率の結果は、条件1とは異なり、周辺視運動に比較して、中心視運動の方が低くなりました(図2左下、条件2)。この結果は、「中心視運動が周辺視運動に対して常に優れている」という従来の考え方では説明できません。中心視運動であっても、周辺視運動であっても、学習効果を効率良く発揮するためには、学習時に用いた目と腕の位置関係を保つ必要があることが明らかになりました。
この結果は、中心視運動と周辺視運動が、脳内で異なる領域(あるいは表現)で処理されることを仮定するとうまく説明することができます(図2中下)。運動学習の結果、つまり運動メモリも、学習時に用いた目と腕の関係性に関連する表現に紐付けられています。このため、学習時とは異なる目と腕の関係性を用いると、この運動メモリを100%利用できないことになります。この考え方が正しければ、分離表現をうまく利用することで、異なる運動スキルを同時に獲得することができるかもしれません。この可能性を検証するために、実験2を行いました。
異なる運動スキルの同時獲得とは、例えばテニスのフォアハンドとバックハンドを同時に練習することに相当します。初中級者の方が、これらのショットを練習する際、ある試行はフォアハンド、次の試行はバックハンドと順不同に学ぶことは非効率であり、学習が難しくなることは想像しやすいかと思います。実際、異なる運動スキルの同時獲得は難しいことが実験的にも確かめられており、これは異なる運動メモリが試行ごとに上書きし合う、つまり干渉することに起因すると考えられています。
実験2では、異なるスキルとして、回転変換の右回りと左回りを導入し、これらを順不同に提示します。目と腕の関係性についても、中心視運動と周辺視運動のどちらを行うか、試行ごとに指示します。ただし、中心視運動の試行では、必ず右回り変換が、周辺視運動の試行では左回り変換が提示されるようデザインしておきます。中心視運動と周辺視運動に関連する脳内の分離表現に、異なる運動スキルが干渉することなく、うまく獲得されるという仮定です。実験結果は、私たちの考えを支持するもので、右回りと左回りの双方の試行(つまり中心視運動と周辺視運動の試行)に対してエラーが減少し、異なる運動スキルの同時獲得が可能になることが明らかになりました(図2右下)。また、エラーの減少のみならず、学習後の後効果*も顕著に観察されます。このことは、学習後にある試行を中心視運動で行うのか、周辺視運動で行うのかに応じて、適切に運動メモリを切り替えていることを示唆します。

*後効果:回転変換に対する学習後に、回転変換を取り除いた状態で腕運動を評価します。 大きい負値ほど、学習した運動パターンを適切に発揮します。

今後の展望

私たちの研究成果により、視線と運動目標が「一致している・離れている」という位置関係自体が、腕運動・腕運動学習で利用される重要な要素になっていることが明らかになってきました。このことは、運動スキルの獲得と生成には、「運動目標を常に見ること」以上に、「目と腕の位置関係を一定に保つ」ことが重要であることを示しています。
このような知見は、目の重要性に着目した新たなトレーニング法やリハビリテーションプログラムに応用できる可能性を示しています。例えば、何かしらのトレーニングを行う場合、学習の初期はとにかく効率を高め、早く学習を進めることが有用かと思われます(図3青塗部分)。この場合、視線方向を1カ所に止め、脳内の1つの表現を用いて学習することで、学習を速めることができます。一方、学習後期は、速さ以上に、忘れにくさなど学習のロバストさが必要とされます(図3赤塗部分)。この場合、積極的に視線を動かして、脳内の複数の表現を用いて学習することで、ロバストな学習が可能になるかもしれません。
また、目と腕の関係性は、脳が常に計算・処理・制御していることから、腕運動学習のみならず、人のさまざまな動き・ふるまいと関連していると考えられます。私たちは今後も、目と腕の関係性を足掛かりとして、人の運動メカニズムを本質的に理解し、人の自然なふるまいを引き出すインタフェースの設計や、人とロボットの効果的なコミュニケーション設計など、ICTに新しい価値を幅広く提案していきます。

本研究の一部は、平成28年〜令和2 年度文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究 人工知能と脳科学の対照と融合 潜在的運動における学習適応メカニズムの解明と計算モデル構築(JP16H06566)の助成を受けて行われました。

■参考文献
(1)N. Abekawa, T. Inui, and H. Gomi:“Eye-hand coordination in on-line visuomotor adjust­ments,”Neuroreport, Vol. 25, No. 7, pp. 441–445, May 2014.
(2)Y. Kishita, H. Ueda, and M. Kashino:“Eye and head movements of elite baseball players in real batting,”Front. Sports Act. Living, Vol. 2, p. 3, Jan. 2020.
(3)N. Abekawa, S. Ito, and H. Gomi:“Different learning and generalization for reaching move­ments in foveal and peripheral vision,”Proc. of Adv. Mot. Learn. Mot. Control, 2019.

安部川 直稔

人の本質を理解することは、想像以上に奥が深く、自分も含めてこれまで常識だと思ってきたことが、違う観点から整理されることがよくあります。多くの方との意見交換、共同研究をぜひ進めたいと考えています。

問い合わせ先

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