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from NTTコミュニケーションズ

教育現場のDX推進に寄り添う「まなびポケット」 “虎の巻”を産んだデザインの力

NTTコミュニケーションズが提供するクラウド型教育プラットフォーム「まなびポケット」。教育へのICT導入の関心が高まり、まなびポケットが多くの学校で導入される中、教育現場ではうまく活用できない場面があるという課題に突き当たっていました。ここではデザインスタジオ・KOELが教育現場を直接リサーチし、まなびポケット導入をサポートするための“虎の巻”を制作した経緯を紹介します。

教育現場をサポートするクラウド型教育プラットフォーム「まなびポケット」

2019年に文部科学省から発表された「GIGAスクール構想」では、生徒1人にタブレット端末と高速大容量の通信ネットワークを整備することを目標としていました。さらに、コロナ禍での学校教育の環境変化など、学びを止めないための教育現場でのICT導入が急速に求められていました。学校教育の課題をサポートするべく開発された「まなびポケット」はNTTコミュニケーションズ(NTT Com)が提供しているクラウド型教育プラットフォームです。デジタル教材の提供からシングルサインオンによる簡単なアクセスと強固なセキュリティの両立、生徒情報の管理の一元化やコミュニケーションツールなど、教育現場に求められる機能を備えたサービスとなっています(図1)。
2021年6月現在、まなびポケットの申し込みID数は200万IDを突破しました。今後も「まなびポケット学力調査(CBT)」や、定額制コンテンツサービス「まなホーダイ」など教育現場のニーズを満たす新たなサービスも展開される予定です。

便利なのに利用されない……教育現場で何が起こっているのか?

2020年春、NTT Comのデザインスタジオ・KOELに、社内のまなびポケットチームから、とある相談が届きました。その内容は「着実にまなびポケットを導入する教育委員会が増えているが、教育現場の先生が毎日使い続けてくれないケースが見受けられるので、これを解決する方法はないか」というものでした。しかし、社内で話を詳しく聞いていると、主にコミュニケーションをとっている教育委員会視点での課題はクリアにとらえられていますが、実際の教育現場での課題を、実感を持ってとらえられていないことがみえてきました。
NTT Comのビジネスは導入して終わりではなく、それが正しく使われ続けることで成立するモデルです。そのためにもKOELがまず行ったのは、サービスが利用されない原因を突き止めるために現場の先生方へのデザインリサーチでした。

みえてきた現場の先生方の「苦悩と現実」

まず、実際にまなびポケットを導入していたいくつかの小学校に赴き、先生方から直接ヒアリングを行いました。聞こえてきたのは、確かにコロナ禍に伴うデジタル教育の推進によって一時的にまなびポケットが利用はされたものの、峠を越え、生徒が通常どおり登校できるようになると途端に使わなくなった、という声です。つまり、教育現場では一時的に利用はできていた、しかし利用のハードルが上がっていったことが考えられます。
では、もしかすると、そもそも現場の先生方はまなびポケットのようなICTに興味がなかったのでしょうか。実際に聞いたところそうではなく、現場にはデジタルを教育に導入しようという意志が確実にあり、中には学校内での利用を普及させるコミュニティに自主的に参加する先生も見受けられました。そうしていくつかの学校で詳しく話を聞くうちに、まなびポケットの浸透を阻害している大きな2つの課題がみえてきました。
1番目はまなびポケット導入にあたり、ICTスキルが高い先生にしわ寄せがいってしまう構造です。デジタルツールのリテラシーが高い一部の先生に対して、学校内でのサポートが一極集中してしまい、優先的にタスクが集中し機能不全が発生することです。結果、キーパーソンとなる先生が疲弊し、学校内での普及活動がストップしてしまうのです。
2番目の課題は、そもそも先生方があまりにも忙しすぎるということでした。昨今では日本全体の教員の長時間労働が問題視されていますが、働き方改革を推進するためのリソースすらも捻出できない、というのが現場の実情です(図2)。必要なツールの選定などを行う時間もなければ、レクチャーを受ける時間もないなど、先に紹介した普及コミュニティに自主参加していた先生も自分の活動が広まっていくとも思えず、半ば諦めの表情がみえていました。
結論からいえば、2つの課題を短期間で正面から解決することが難しいのは明らかです。先生方のリテラシーを向上させることも、労働量を削減することも、どちらも容易なことではありません。ならば「先生方のリソースを考慮しながらも、リテラシーの高い先生を中心に、その他の先生方をICT導入のサイクルに巻き込む手法をみつける」ことこそが、まなびポケット利用推進のために私たちがやるべきことだと考えました。

現場の声と経験値の結晶「虎の巻」制作過程

ここでKOELのメンバーは、プロジェクトのゴールを、手法をまとめて1つの共有可能な資料「虎の巻」を制作する方針を決定しました。「虎の巻」とは学校内にICTを取り入れるためのTIPS集です。「虎の巻」を通じて校長先生や管理職にあたる先生にまなびポケット導入に対する理解を醸成し、現場の先生に直接「虎の巻」を利用してもらう戦略です。
方向性が固まった段階でまず着手したのが「虎の巻」のプロトタイピングです。この段階で得られた情報を基にスライドを起こし、プリントして現場の先生が利用できる状態をつくり、実際に先生方にヒアリングを行いました。特にICTに対するスキルが高い先生に対して、周囲の先生にどのような流れが教えやすいか、具体的な内容を探っていきました。
プロトタイピングと同時期に「虎の巻」利用者のペルソナづくりも並行して行っています。リテラシーや考え方、態度など、先生によってタイプが異なります。また、ICTに対する学校自体の方針や空気感にもタイプが存在しています。先生や学校によって異なる細かい課題を整理し、「虎の巻」があらゆる課題に回答できるよう、対応するキーアクションを設定する必要がありました。学校ごとのICTの浸透具合を大きく4つの分類、「得意な先生が複数いる」「数人の得意な先生が先陣を切ってくれる」「苦手な先生を手厚くサポートする必要がある」「あまり浸透していない」に分け、各段階の課題と対策を検討しました(図3)。
プロトタイピングとペルソナづくりという検証を経た後、最終的な「虎の巻」をKOEL内で制作します。冊子をつくるにあたって、どのような利用環境で資料に触れるのか(紙、タブレットなど)、どのような文章の書き方が良いのか、文字の適切なサイズなど、検証で確認しながら最終的なデザインを制作しました(図4)。
実際の先生方からのフィードバック内容は誌面にも反映されています。「キャッチーなイラストがあることで資料を読み進めたくなる」という声にこたえて、全体のイラストの分量を厚くし、心理的なハードルを下げるよう心掛けました。また「具体的な効果が知りたい」という意見に対しても、実際にあった過去の事例やICT採用による現場の変化を盛り込むことで、まなびポケット導入に対する障壁を下げています。

現場の喜びの声とさらなるKOELの支援

「虎の巻」完成後は教育委員会を経由して各学校に配布されました。一部の校長先生からは「冊子があることで先生に情報を直接渡しやすくなり、資料ベースでコミュニケーションが取れるようになった」との喜びの声をいただきました。また、ほかにも「こういう資料が必要な先生こそPCを触らないケースが多く、紙資料として渡せる設計なのが良い」と評価をいただきました。白黒印刷を推奨する学校も多いため、白黒印刷しても見分けられるカラー展開を採用したデザインが効果を発揮した例です。
「虎の巻」に続き、別のプロジェクトも立ち上がりました。KOELでは具体的にICTをどう活かすか定番の使い方をまとめた「毎日のICT活用お助けレシピ」を制作しました(図5)。朝礼での気軽な交流を習慣づける「朝ノート」や、授業の感想や振り返りを共有する「グループリフレクション(ぐるり)」など、具体的なツールの利用方法から期待される効果をまとめた内容になっています。
この「毎日のICT活用お助けレシピ」を活用するためには、先生と学校全体で教え合う文化の醸成が不可欠です。そのために検討したものが「教え合いプログラム」です。こちらは日報の配布など毎日の校務を通じた状況づくりや教え方の型化、相談可能な関係性づくりなどを2日間の研修と、追加の実践強化期間によって定着させることを目的としたプログラムとなっています。このプログラムの実施の結果、ある学校の2週間のツール利用が0件から42件に伸びたという成果もありました。
「虎の巻」「お助けレシピ」「教え合いプログラム」施策実施の後、まなびポケットユーザ全体の活用率が昨年度比較で倍以上になるという大きな変化を生み出すことができました。

デザインの力がSmart Educationを支えていく

KOELが本プロジェクトで行ったのは「現場の先生方に寄り添う」ことです。先生方が現場で培った暗黙知を解き明かし、誰しもが使える形式知に変えることで、多くの先生方がまなびポケットを活用するための「虎の巻」をデザインすることができました。
現在は、今回の気付きを活かしながら「まなホーダイ」という先生や生徒が自分でデジタル教材を選択できるようになる新サービスのコンセプト・それを体現するUI(ユーザインタフェース)づくりに携わっています。今後も先生や生徒から愛されるプロダクトデザインに貢献していきたいと考えています。
これからもKOELは「虎の巻」のような“伝わりやすいデザイン”を通じてSmart EducationをはじめとしたSmart World実現に向けた課題を解決し、KOELのビジョン「新しい時代の社会インフラをデザインする」ことの実現をめざします。

まなびポケット「虎の巻」はこちらでご覧になれます。
https://manabipocket.ed-cl.com/support/toranomaki/

問い合わせ先

NTTコミュニケーションズ
イノベーションセンター デザイン部門
E-mail koel@ntt.com