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特別企画

東京2020オリンピック・パラリンピックとNTT R&D

はじめに

木下 真吾(きのした しんご)
NTT人間情報研究所

はじまり、未来提案に向けて

2013年9月7日、東京2020オリンピック・パラリンピックの招致が決まったとき、私は、当時常務取締役 研究企画部門長の篠原弘道さんとニューヨークに出張中でした。空港へ向かうタクシーの中で「東京2020で世界が驚く未来提案を行いたいですね」と話したのを昨日のことのように覚えてます。これが私の中での研究所の東京2020プロジェクト開始のきっかけとなりました。
過去、NTTは、オリンピックをはじめとする世界的イベントにおいて、さまざまな通信技術の未来提案を行ってきました。東京1964オリンピックでは、静止衛星を用いた世界初の生中継に通信技術協力し、テレビ中継の未来を提案しました。1970年に大阪で行われた世界的な博覧会は、世界初のワイヤレス通話システム電話を実験提供し(図1)、パーソナルコミュニケーションの未来提案を行いました。長野1998冬季オリンピックでは、PHSマルチメディア通信システムを提供し、世界初の腕時計型PHSの実験も行いウェラブルコミュニケーションの未来を提案しました(図2)。そして、ロンドン2012オリンピック、2014年にブラジルで行われたサッカーの世界大会では、8KのIP伝送によるライブビューイングに技術協力し、パブリックビューイングの未来を描きました。2020年、こうした過去のレガシーを超えるものを未来提案する。それが私たちのミッションとなりました。

挑戦

帰国後すぐに各研究所から総勢13名の研究員を集め検討チームをつくりました。このときのアイデアは、夢があり多様でワクワクするものばかりでした。そして、東京2020オリンピックが終了した今、このときの検討資料を見返してみると、数多くのアイデアが実装されていることに驚いています。
こうしたアイデアを東京2020大会へ本格適用し未来提案につなげることをミッションとする「2020エポックメイキングプロジェクト」が、当時のNTTサービスエボリューション研究所内に立ち上がりました。私は2015年からそのプロジェクトリーダを担当しています。そして、この年、当時サービスエボリューション研究所長だった川添雄彦さんがビジョンを創り、阿久津明人さんが研究推進した「超高臨場感通信技術Kirari!」がNTT R&Dフォーラムで紹介されると、一気に東京2020における研究所への期待感が高まっていきました。
その後、国内外の歌舞伎のイベント、米国オースティン開催の世界的テクノロジイベント、女性3人組テクノポップユニットによる世界三都市同期パフォーマンス、新国立競技場柿落としイベント、日本のプロサッカーリーグ・米国プロ野球リーグのライブビューイングなどのさまざまな実証実験を積み重ねながら、東京2020大会本番への提案を続けました。

東京2020オリンピック・パラリンピックに取り組む意義

NTTにとっての東京2020オリンピック・パラリンピックは、スポーツと平和の祭典であると同時に、テクノロジをはじめとするイノベーションの祭典でもあります。NTTの研究所が、オリンピック・パラリンピックに取り組む意義やメリットは3つあると考えます。
① 世界最大のイベントであり、世界中から注目が集まる
② 要求条件や制約が厳しく、技術力だけでなく、企画力・推進力の向上・実証につながる
③ 大胆なチャレンジができる
まず、①については、オリンピック・パラリンピックは、世界で40億もの人々が視聴するといわれており、東京2020オリンピックの開会式だけでも、約6億人が視聴したとされています。また、オリンピックで採用された最新技術は、世間からも注目され、その後のレガシーとして他のスポーツイベントなどに展開されることも多くなってます。
次に、②は、これまであまり指摘されてきていませんが、私たちが実体験を通じて一番感じていることです。①の裏返しにもなりますが、注目される分、要求されるレベルも高くなります。技術の性能、品質、安全性だけでなく、表現やデザインなど、すべてにおいて世界最高レベルが求められます。さらに、技術だけでなく、企画力、提案力、調整力などすべて高い能力が必要となります。特に、調整範囲は非常に広く、例えば、企画提案では、東京2020組織委員会や国際オリンピック委員会(IOC)、国際競技連盟との調整が必要となり、また、Kirari!のような競技映像のライブビューイングを行う場合には放映権者との調整が必要となります。さらに、撮影機器の設置に関してはオリンピック放送機構(OBS)との調整が必須で、システム構築・運用に関しては、東京2020組織委員会のテクノロジ担当やベニュー担当、セキュリティ担当、東京都や自治体、警察などとの調整が必要となります。それぞれの役割や責任があるため、最終的には針の穴を通すような解決策の発見が、突破の鍵となります。また、こうした活動を自社のWebサイトに紹介したり、ニュースリリースを出したりする場合には、スポンサーとしての権利内であるかが厳しくチェックされ、その表現方法などにも工夫が必要となります。NTTの場合、通信サービスがスポンサーカテゴリーですが、研究所の技術は、いわゆる通信回線など狭義の通信サービスにとどまらず、広義のコミュニケーションサービスに及ぶことも多く、その差異について、他のスポンサー権利を侵害しないよう丁寧に説明していく必要があります。
最後に③の「大胆なチャレンジができる」は、研究所にとってもっとも重要な意義だと思います。通常、研究所のテーマ選定では、技術の先進性、ビジネス性、世間からの受容性など、多くの観点から合理的に納得性のあるものが選定されることが多くなります。観点が多ければ多いほど、成功確率が高く、チャレンジ性も低い、平凡な研究テーマに落ち着くようになります。しかし、オリンピック・パラリンピックでは、世間も会社も、ポジティブかつオープンマインドになり、チャレンジを推奨する空気が強くなってきます。その結果、通常ではチャレンジしないような取り組みが積極的に行われ、思いも寄らない結果や価値を創造することがあります。
このような3つの意義を大切にしつつ、私たちは、さまざまな提案活動を2年以上続け、ようやくKirari!のライブビューイングをはじめ、合計10以上の技術適用を獲得することができました。

延期、無観客、そして最後まで諦めずに迎えた本番

しかし、その安堵も束の間、2020年始から拡がりはじめていた新型コロナウイルスにより、東京2020オリンピック聖火リレー開始直前の2020年3月24日に、東京2020大会の1年延期が決定しました。この延期によって、それまでの東京2020大会ビジョンである「史上もっともイノベーティブで、世界にポジティブな改革をもたらす大会」から、簡素化の方向へ大きく見直しが行われました。私たちが提案していたプロジェクトも含めすべてが見直し候補となりました。幸い、技術がもたらすイノベーションの重要性を理解いただき提案プロジェクトはすべて継続することとなりました。
次の懸念は、観客の有無となりました。私たちのプロジェクトは、有観客を前提とするものが多かったためです。そして、大会開幕の約1カ月前の2021年6月21日に、収容定員の50%以内で1万人以下を原則にするという方針が示されました。この段階で、私たちのプロジェクトは大きな影響を受けることなく推進できると安堵したのですが、その約2週間後の7月8日には、一部を除き無観客へ変更となりました。さらに、6月ごろ代々木公園で予定されていたパブリックビューイングに対する反対が大きくなり、最終的には、全国のパブリックビューイングに対する風当たりも強くなり、中止を決断するところが大半となりました。私たちは、準備は完了していますし、観客だけでなく、選手や関係者、メディアを通じた世界への発信を期待し、無観客でも実施しやり遂げることを決めました。
また、3月25日にスタートした、聖火リレーも開始当初は公道での実施が多かったのですが、次第に、公道を中止し点火セレモニーのみとなるケースも多くなりました。また、NTTは、4月13日大阪と、6月30日横浜で、当初5000人の参加者を招待する拡大型セレブレーションイベントを予定していました。こちらも一般の方の招待は中止し、オンライン配信のみとなりました。

新型コロナウイルスが与えた影響

前述の東京2020オリンピック・パラリンピックに取り組む3つの意義は、コロナによって大きく変化しました。それが研究所の活動にどう影響したのか振り返ってみたいと思います。
① 世界最大のイベントであり、世界中から注目が集まる:世界からの注目が高い分、コロナ禍におけるオリンピック・パラリンピックの開催への反対など、ネガティブな注目が大きくなっていきました。その結果、開催の是非、観客の有無が注目のポイントとなり、テクノロジによる未来提案やスポーツエンタテイメントへの期待は非常に低くなっていきました。
② 要求条件や制約が厳しく、技術力だけでなく、企画力・推進力の向上・実証につながる:通常でも厳しい要求条件や制約は、コロナによってさらに厳しくなりました。例えば、観客や関係者のコロナウイルス感染対策の徹底はもちろん、イベントを開催する際、あらゆるバリエーションを想定した準備も必要となりました。例えば、100%観客ありの場合、50%の場合、無観客の場合では、企画内容も大きく変更せざるを得ません。それをいつどのように決定するかは大きな課題となりました。また、世論が激しく変化する中、ニュースリリースなど対外的な発表内容やタイミングについても、関係各社で意見が別れることも多く調整が大変でした。
③ 大胆なチャレンジができる:東京2020オリンピックに対する世間の批判的な意見の高まりや、大会直前の無観客への変更などによる多忙さなどにより、新しいことにチャレンジする機運は非常に低下しました。本来であれば、VR(Virtual Reality)観戦やリモート応援など、無観客を前提としたもっとチャレンジングな取り組みなどあっても良かったかもしれません。そうした雰囲気の中でも、私たちは、通信を活用したリアルタイムかつインタラクティブなリモート応援の重要性を訴え、マラソンとセーリングでの実施を提案しました。関係者には余力がない中、提案を受け入れてくれてなんとか実施にこぎつけましたが、選手に応援が届く瞬間を見たときに、関係者も含めチャレンジして良かったと実感しました。

NTT研究所の未来提案と本特別企画の構成

前述のような紆余曲折を経て、最終的に東京2020大会において実施したNTT研究所の取り組みを紹介します。表に示すとおり、3つのカテゴリに分類されます。
① カテゴリ1の「東京2020を観せたNTT R&Dの技術」は、Kirari!などを用いたスポーツ観戦の未来を提案するもので、セーリンング競技、バドミントン競技、マラソンへ技術適用しています。
② カテゴリ2の「東京2020を彩ったNTT R&Dの技術」は、Kirari!やSwarm通信制御技術などを用いたイベントの演出の未来を提案するもので、聖火リレーのセレブレーションイベントなどに技術適用しています。
③ カテゴリ3の「東京2020を支えたNTT R&Dの技術」は、高効率Wi-Fiやネットワークセキュリティ、選手を支える技術、スタッフを支える技術、観客を支える技術について紹介していきます。
本特別企画では、カテゴリ1を10月号、カテゴリ2を11月号、カテゴリ3を12月号に掲載予定です。

木下 真吾

問い合わせ先

NTTサービスイノベーション総合研究所
E-mail svkoho-ml@hco.ntt.co.jp