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特集

デジタルツインコンピューティング構想実現に向けた技術開発

IOWN デジタルツインコンピューティングで実現する世界

NTTがめざすIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想における大きな柱の1つとして、実世界とデジタル世界の掛け合わせによる未来予測や最適化を実現する「デジタルツインコンピューティング(DTC)」の研究開発を進めています。本稿では、IOWNにおいてDTCが担う世界と、4つのグランドチャレンジについて紹介します。

内藤 一兵衛(ないとう いちべえ)†1/稲家 克郎(いなや かつお)†1
藤村 滋(ふじむら しげる)†1/中村 高雄(なかむら たかお)†2
北原 亮(きたはら りょう)†2/森 航哉(もり こうや)†2
NTT研究企画部門†1
NTTデジタルツインコンピューティング研究センタ†2

IOWN デジタルツインコンピューティング(DTC)

IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)で実現される超大容量・超低遅延・超低消費電力を特徴とした革新的なネットワーク・情報処理基盤上で実現するのが「デジタルツインコンピューティング(DTC)構想」です。この構想は、実世界におけるモノ・ヒト・社会に関する高精度なデジタル情報を掛け合わせることにより、従来のICTの限界を超えた大規模かつ高精度な未来の予測や新たな価値を持った高度なコミュニケーションの実現をめざすものです(図1)。

DTC構想のめざす世界

DTC構想には以下の3つの特長があります。
① 多様なデジタルツインを自由に掛け合わせて分析・試行・予測などを可能とするために、デジタルツイン間の大規模かつ複雑な相互作用を解析するための共通的な手段を提供すること。
② デジタルの利点を活かし、複製や加工された派生デジタルツインを組み合わせることで、仮想社会を構築し、実世界の機能や相互作用を拡張することが可能となること。
③ ヒトの内面を再現することで、例えば個々人の思考や判断をデジタル空間上で再現・表現することにより、ヒトの行動やコミュニケーションなどの社会的側面について、統計的に丸められた無個性な個体間の相互作用ではなく、個性を踏まえた多様性に基づく相互作用が可能となること。
今後、データ流通量の爆発的な増加が予想され、「Society 5.0」 と呼ばれる新たな産業革命においては、実世界で人と機械との協働が増えることはもちろん、デジタルツインのようにサイバー空間においても、人と機械がリアルタイムで情報をやり取りしていくことになるはずです。現在、多くの産業で導入されているデジタルツインは、現実世界に存在するモノや空間のコピーとシミュレーションを目的としていますが、IOWNで実現するDTC構想は、さまざまなデジタルツインを自在に掛け合わせて多様な演算を行うことにより、これまでにない大規模かつ高精度な実世界の再現、さらには実世界の物理的な再現を超えた、ヒトの内面をも含む相互作用をデジタル空間上で実現することを可能とする新たな計算パラダイムです。これにより、さまざまな社会的課題を分析、検証できる環境の実現をめざしています。さらに、この検証結果からより良い未来を選択し、現在へフィードバックするサイクルを回していくことで、変化し続ける現実世界に対応し、人々が自分なりの豊かさを選択可能な世界をめざしています。

DTC構想と密接に関連する取り組み

DTC構想は、精緻な時空間把握による未来予測・最適化を行い社会課題の解決や新たな価値創造をめざす「4Dデジタル基盤®」や、メディカル分野のスマート化でより幸福に生きるために将来を豊かに導く「ウェルビーイング」という新たな価値実現にも貢献するものです。
「4Dデジタル基盤®」は「緯度・経度・高度・時刻」の4次元の情報を高い精度で一致・統合させ、多様な産業基盤とのデータ融合や未来予測を可能とする基盤であり、実用化に向け、さまざまな取り組みをNTTグループ、各産業分野のパートナーとともに推進しています。センサ情報の位置・時刻を高精度化する技術を適用したうえで、高精度かつ豊富な意味情報を持つ高度地理空間情報データベース上にリアルタイムに統合し、多様な社会活動の現状分析や未来予測を通して、より良い未来に向けた行動変容に貢献することを志向しています。こうした未来予測により、道路交通の整流化や、エネルギー・物流・緊急車両等都市アセットの活用、社会インフラの協調保全、環境・防災に向けた地球理解などの領域で新たな価値の提供をめざしています。
また、「ウェルビーイング」に貢献するものの1つとして、バイオデジタルツイン(BDT)があります。さまざまな生体にかかわる情報と、体内の情報ネットワークの仕組みに基づく数理モデル化技術により、未知なる生体の機能を推定する技術です。これらの技術を基に構築したBDTによって、予防、治療、ケアの複数の選択肢を導き、それらの効果の精密なシミュレーションが実現されると考えています。人間が健康で将来に希望を持ち続けられる医療の未来への貢献をめざしています(図2)。

DTC構想実現に向けた未来への挑戦

先のDTC構想はめざすべき姿を描いたものであり、その実現に向けては、さまざまな技術領域において現在の技術水準から大きな飛躍が必要となります。これまで培ってきた技術をさらに伸ばすことや新たな着想を追加していく「フォアキャスティング」による研究開発を通じて着実に技術を進歩させるアプローチも取りながら、一方でこれまでのアプローチにとらわれない、大きな技術革新をめざしたチャレンジも並行して取り組む必要があると考えます。
そこで私たちは、一見達成困難にもみえる大胆な未来構想を先に掲げることで高い目標を設定し、その未来から「バックキャスティング」することで、目標を定めて最短距離で解くべき課題を見出しそれにトライすることでゴールをめざす、ビジョンドリブンなアプローチも採用して研究開発に取り組むこととしました(図3)。
研究開発の目標の設定にあたっては、人の多様性や機会・可能性の拡大、社会構造の複雑化、地球規模の不確実性が増す未来において、個人の生きがいや心の豊かさを増進しながら、地球・社会・個人の間で調和的な関係が築かれる社会を実現するという価値観の下、多くの人にとって魅力的な未来と映るものになるよう何度も議論を重ねてきました。最終的に、広範なDTC構想をよりシャープな方向性に先鋭化させて、以下の4つを達成すべき大きな研究開発目標、「グランドチャレンジ」として設定するに至りました。
① 言語や文化の違いだけでなく、経験や感性などの個々人の特性の違いを超えて、心の中のとらえ方や感じ方を直接的に理解し合える新たなコミュニケーションを実現する「感性コミュニケーション」
② 配偶者でも子どもでも親友でもない、新たなかけがえのないパートナーとして、人生における機会を10倍に拡張し、自らと共存し共に成長するデジタルの分身の実現をめざす「Another Me」
③ 未来の社会の姿を探索し、そこから個人が望む行動を選択できる「未来社会探索エンジン」
④ 地球環境が備える自律性とその一部としての社会・経済システムの自律性を調和させた包摂的な平衡性と、そこへ導く社会システム変容の複数の選択肢を示す「地球規模の包摂的循環シミュレーション」
本特集では、各グランドチャレンジのめざす世界、現在の取り組み状況、検討中の技術などについて紹介します。

パートナー戦略

グランドチャレンジはどれも大きなビジョンを掲げたものであり、実現するうえではさまざまな知識、技術、実行力を持った数多くのステークホルダで力を合わせていく必要があります。つまり4つのグランドチャレンジは、1つの画期的な技術の開発によって実現され得るテクノロジドリブンな目標ではなく、社会や人間の意識の変容も必要とするファンダメンタルな社会課題の解決策として掲げられた目標ととらえることができます。
このため、必要とされるパートナーとの連携の仕方も従来とは異なる戦略が求められます。従来は技術要素の観点からの類似性や補完性などを中心にパートナーを選定し、特定の技術に関して共同開発するというかたちが多くのケースを占めていました。しかし、DTCのグランドチャレンジの目標達成のためには、ビジョンの実現という観点から共に解決に向けて協力できるパートナーを探し出し、力を合わせていく必要があります。このため、私たちとは全く異なる技術を持つパートナー、技術ではなく社会問題解決の知恵を持つパートナー、行政やNGOなど社会を変容する実行力を持つパートナーなど、共通のビジョンを共有できる異分野のパートナーと目標達成のために手を組み、それぞれが持つ強みを組み合わせながらビジョンの実現を成し遂げていく必要があります。
この具体的な一例がグランドチャレンジ4の「地球規模の包摂的循環シミュレーション」です。地球環境が備える自律性とその一部としての社会・経済システムの自律性を調和させた包摂的な平衡性と、そこへ導く社会システム変容の複数の選択肢を示すという大きなビジョンを掲げ、それに賛同する気候モデルの専門家の方々、経済モデルを含む循環モデルの専門家の方々、そしてそれらをつなぎ合わせシステムとして構築する私たちの研究所が一体となって、ビジョンの実現に向けた研究開発を進めています。個々の技術開発に止まることなく、ビジョン全体の実現に必要な技術や知識をいかに組み合わせていくかという、新しいかたちのパートナー連携を模索しています。
標準化活動についても同じことがいえます。従来は業界内で同じ技術領域に強みのあるメンバで共通的な仕様を策定してきました。しかし、DTCにおいては、その適用範囲もいくつもの業界を含む広大な領域があり、またヒトデジタルツインなど社会における受容性が重要な部分もあります。このため、標準化活動においても、技術面の議論だけではなく、社会実装も見据えたうえで多様なステークホルダとの議論を進める必要があります。

おわりに

このように、DTC構想は10年後、20年後の社会のあり方を大きく変えていく可能性を秘めています。このためには従来とは異なるアプローチでの研究開発も必要であり、グランドチャレンジに代表されるような未来構想を掲げて研究開発に臨んでいます。そしてDTC構想を含むIOWNの実現には、社会科学、人文科学、自然科学、応用科学、学際領域等、さまざまな研究・技術分野の集結が必要不可欠です。NTT研究所では、このような幅広い研究・技術分野の専門家やグローバルパートナーと連携しながら、IOWN構想の実現をめざしていきます。

(上段左から)内藤 一兵衛/稲家 克郎/藤村 滋
(下段左から)中村 高雄/北原 亮/森 航哉

DTC構想は10年後、20年後の社会のあり方を大きく変えていく可能性を秘めています。このためには従来とは異なるアプローチでの研究開発も必要であり、グランドチャレンジに代表されるような未来構想を掲げて研究開発に臨んでいます。

問い合わせ先

NTT研究企画部門
R&Dビジョン担当
TEL 03-6838-5667
FAX 03-6838-5349
E-mail ichibe.naito.fs@hco.ntt.co.jp