特集
「IOWN構想の実現に向けた技術開発」の進捗について──Progress of IOWN Technology Development
- 光通信
- ディスアグリゲーテッドコンピューティング
- クラウドネイティブデータベース
サイバーフィジカル社会に向け、より大容量、低遅延、低電力消費なインフラを実現するには、ネットワークとコンピューティングといったレイヤ個別の高度化から脱却し、フルスタックで技術を再設計する必要があります。NTTでは、この革新に向けたロードマップを2020年4月に策定し、IOWN Global Forum(IOWN GF)にて世界のプレイヤと共同で進めてきました。その成果である6つの文書がIOWN GFより2022年はじめに公開されました。
川島 正久(かわしま まさひさ)/荒金 陽助(あらがね ようすけ)
NTT研究企画部門
なぜIOWNが必要なのか
より豊かでサステイナブルな社会の実現に向け、サイバーフィジカルシステム(CPS)への期待が高まる一方で、既存のネットワーク、コンピューティングインフラの限界が顕在化しています。例えば、交差点のカーブミラーにネットワークカメラを追加しAI(人工知能)分析により出合い頭事故を防止するユースケースを題材にして、課題を説明します(図1)。
第1の課題はサーバ処理能力です。街には多数の交差点があるため、1台でなるべく多数のカメラを収容できるようにサーバを高性能化する必要があります。このため、GPU等のアクセラレータが開発されAI演算はどんどん高効率になっていますが、データを受信しアクセラレータへ送る仕組みはあまり効率化されずボトルネックとなっています。
第2の課題は遅延です。カメラが危険な状況をとらえてから自動車や人間に回避コマンドが届くまでの時間を数10ミリ秒におさえる必要があります。しかし、従来のTCP/IP通信では画像データを転送するのにフロー制御により数往復分の遅延が発生してしまい
ます。
第3の課題は信頼性です。ドローンや自律走行車の制御のような産業用途のユースケースでは通信断の発生をできる限り回避する必要があります。しかし、5G(第5世代移動通信システム)等の大容量モバイル通信は高い周波数帯を使うので、遮蔽物による通信断がより頻繁になります。
第4の課題は電力消費です。電灯のLED化等、省電力化が推進されている状況ですので、新システムの電力消費は極力抑えたいです。しかし、私たちの実験によれば、映像AI分析のコンピュータインフラは、1映像ストリーム当り10W以上(1)、つまり白熱電球並みの電力を消費します。このため、カメラに何かが映っているときのみAI分析するようにしたいところですが、低遅延化のためにエッジコンピューティングを行えば、データセンタ(DC)分割損が生じ、ITリソースの使用量を必要なとき、必要な分だけにとどめることが困難となります。
前述の課題は数年前から通信、IT業界で認識され、5G等の高速モバイル網やエッジコンピューティングが検討されてきています。しかし、ネットワークサービスはベストエフォートのパケット転送という点は見直そうとせずに、通信、ITといった個別の分野に改善を図るだけでした。どれほどネットワークが高速になってもベストエフォートである限り、フロー制御に起因する遅延はなくなりませんし、エッジコンピューティングをすれば分割損によりITリソースの利用効率は悪くなります。つまり、分野ごとのエンジニアリングでは限界があり、フルスタックの革新が必要です。
この革新をオープンなコミュニティで進めるためにIOWN Global Forum(IOWN GF)を2020年1月にインテル、ソニーとともに設立しました。そして発起人3社でめざす革新をホワイトペーパーにまとめ2020年4月に発表しました。これに続いて、NTTは、革新に寄与する自社の技術開発ロードマップを「IOWN構想の実現に向けた技術開発ロードマップ」として発表しました(図2)。
IOWNロードマップとIOWN Global Forum
世界の多くの組織が加わりながらIOWN GFでの検討が加速し、NTTが技術開発ロードマップに定めた取り組みも多くのメンバと共同で進めることとなりました。そして、取り組みの成果として6つの技術文書がIOWN GFより公開されました(1)。ここでは、技術開発ロードマップで定めたアウトカムとの関係にも触れながら、6つの文書の概要を紹介します。これら文書は、本誌特集『IOWN構想実現に向けた取り組み(2)』で紹介したIOWNの機能構成イメージともリンクしています(図3)。
まず、技術開発ロードマップの「光・無線の大容量化のための新たな概念」について、「OpenAPN」「IOWN for Mobile Network(IMN)」という2つの文書をまとめました(図3①、④)。前者は、確定的な転送レート、遅延での通信を可能とするAll Photonics Network(APN)をマルチベンダで構築するためのオープンアーキテクチャを定めたものです。後者は、大容量性と高信頼性を両立させる無線ネットワークをIOWN上に構築する方法を示すもので、具体的にはO-RANアーキテクチャにおけるAPNや後述のディスアグリゲーテッドコンピューティングの適用個所を示しています。
また、光信号を遠くへ伝搬させるという光ファイバの能力はデータ通信だけでなくセンシングにも応用できます。APNのためにファイバインフラに投資する事業者、公共機関は、一部のファイバをセンシングにも活用したいと考えるでしょう。また、センシングにより得られた信号を収集するのにAPNの大容量通信インフラが役に立ちます。そこで、APNにセンシングの機能を付加するためのアーキテクチャを「Fiber Sensing with Open APN」という文書にまとめました(図3②)。
次に、ロードマップの「光データ伝送路をベースとしたディスアグリゲーテッドコンピューティング」について、「Data Centric Infrastructure(DCI)」というアーキテクチャを策定しました(図3③)。DCIは、アクセラレータ等の各ITモジュールにネットワークI/Oを備えさせることにより、前述のデータをアクセラレータへ送る仕組みが効率的でないという課題を解消します。
また、DCI文書中の「Data Plane Acceleration(DPA)」では、遠隔に離れた2つのDCIインフラがAPNを活用して高速低遅延にデータを転送するためのプロトコルスタック、設計事項を提示しています。これは技術開発ロードマップの「非TCP/IPベースLayer4/Layer3高速化リファレンス方式」に対応するものです。DPAにより、隣接するDCに配備された複数のDCIインフラがITリソースを共有することが可能となり、前述のエッジコンピューティングのDC分割損が緩和されます。このようにしてIOWNは、複数のDCをAPNで結合し、仮想的に1つの大きなデータセンタ(クラスタ型データセンタ)を実現します。
また、クラスタ型データセンタを活用すれば、分散アーキテクチャのデータベース/ストレージをクラスタ内で分散させながら、スケーラブルで高可用なデータベース/ストレージを実現できます。このようなクラウドネイティブデータベース/ストレージのアーキテクチャを「IOWN Data Hub(IDH)」として策定しました(図3⑤)。これは技術開発ロードマップの「低遅延データ交換・共有向けデータハブ」に対応するものです。IDHはサイバーフィジカル社会において多数のデータ発信者とデータ利用者とをつなぐインフラとなります。すなわち「The network is the database」サイバーフィジカル社会のネットワークインフラは、データ転送機能にとどまらず、データベース機能も提供すべきです。
また、ロードマップの「高速低遅延なWAN回線による高速分散コンピューティング」については、有望なユースケースごとにリファレンス実装モデル(Reference Implementation Model:RIM)を策定することとしました(図3⑥)。これは、ユースケースごとの特性に配慮しながらフルスタックでエンジニアリングすることが肝要だからです。今回の版では、エリアマネジメントの空間観察についてのRIMを提供しています。
IOWN Global Forumの組織と活動
■技術とユースケース
IOWNはコミュニケーションとコンピューティングという非常に広い分野において革新的なインフラをつくっていこう、という野心的な取り組みです。そこでIOWN GFでは、IOWNを実現する技術を開発するだけではなく、それを使ってどのような価値を出していくのか、というユースケースの観点での議論も併せた両輪での活動を行う必要がある、と考えました。
TechnologyとUse Caseの2つのWorking Groupを設置し、それらを統括してそれらの間の相互議論を加速させるSteering Committeeを設置することで、革新かつ価値を感じることのできる成果を出していこうとしています(図4)。本特集の各稿で説明されている革新的な技術の議論と合わせて、ユースケースの議論が活動のもう一方の柱としてしっかりと位置付けられているところがIOWN GFの特徴の1つです。メンバ一覧のWebサイト(3)を見ていただくと分かるように、IOWNの技術開発を行う企業・組織だけでなく、IOWNの技術を自社のビジネスに活用することでその拡大・飛躍を図ろうとする多くの企業が参画しています。彼らはユースケースの議論の中で、自社が直面しているビジネス課題や将来的なリスクを示して、それらがIOWN GFの活動によって解決されるのか、魅力的なユースケースとして解決に向けて皆で議論すべき内容なのか、メンバに問いかけます。それに対して、Use Case Working Groupに集まったメンバが議論をして重要性を認識し、要件に落とし込むとともに、解決すべき課題・実現すべきユースケースとしてTechnology Working Groupにバトンタッチをしていく、このような活動の流れが始まっています。
■オンラインネイティブな活動
ところで、IOWN GF設立準備時には、メンバ全員によるメンバ会合やWorking Groupの議論を行うWG会合なども検討されていました。会員どうしが年数回は同じ場所に集まり、対面で議論をすることで、信頼関係を醸成してフォーラムの活動を加速させていこう、という取り組みです。しかし、まさにIOWN GFが設立され、活動を推進していこうというときに新型コロナウイルスの感染・被害が急速に全世界に広がり、海外渡航はもとより各国の国内の移動もままならない状況となりました。IOWN GFは、オンラインでの活動を余儀なくされました。
他の国際団体も同様にオンラインへの移行をしていますが、IOWN GFはその設立当初からオンライン化、逆にいえば一度も対面での会合をできていない、という状況に置かれました。一度も会っていない状況でメンバどうしの信頼関係を創れるのか、成果物作成に向けての建設的な議論ができるのか、など、悩みを抱えながら試行錯誤を重ねてきました。米州、欧州、アジアからさまざまなメンバが集っているフォーラムですので、メンバもさまざまなタイムゾーンに居住しています。通常の国際会合のように6時間にもわたるオンライン会合を開催しては、どこかの地域が深夜、早朝の時間帯となってしまいます。そこでIOWN GFでは、可能な限り、これらの地域のメンバが深夜0時から早朝6時の時間帯にかからないようにオンライン会合の時間を選ぶようにしました。会議の長さは最大でも2時間程度しか取れませんが、参加への障壁を下げるということを優先した結果の判断でした。また、このような短時間のオンライン会議とすることで、会議開催の頻度を上げることができました。テーマごとのタスクフォースがそれぞれ隔週、場合によっては毎週開催されています。短時間の会議で進捗を共有して次回までのアクションアイテムを合意し、短期間でアクションアイテムに対するメンバそれぞれの活動の結果をフィードバックし合う、という高頻度のコミュニケーションを繰り返しとることができるようになりました。
一方で、「短期間で次回の会議の準備をし、最大でも2時間程度の会議においてメンバ間で議論をして合意をする」という進め方は、従来の国際団体での「寄書をベースに議論を進めて成果物を創る」という進め方に沿うことが難しい、ということを意味します。各メンバが練りに練った寄書を提出し、それぞれの寄書に対して多くの時間をとって議論をして合意をする、という進め方を隔週、または毎週の頻度で実施することは困難です。そこで、オンライン上にて共同で文書を作成する環境であるオンラインワークスペースを設置し、そのうえでの共同作業も併用することで成果物創出作業を効率的に進めるようにしました。
このような工夫によって、すべての会議がオンラインで開催される環境下であるにもかかわらず、わずか2年という短い期間において、ホワイトペーパーやユースケース文書、技術文書など複数の成果を頻繁に創出、公表することができました(図5)。また、WG会合やタスクフォース会合だけでなく、メンバが集まるメンバ会合についてもオンラインで定期的に開催しており、その参加者は500名を超えるようになってきています。これらの成果・実績はオンラインであることを積極的に活用したオンラインネイティブの団体だからこその結果といえるかもしれません。
■活動の輪の拡大
発起人3社(インテル、NTT、ソニー)で設立されたIOWN GFですが、前述のような活発な活動や成果創出によって、より多くの企業や団体が活動の輪に加わり、2021年末時点で80社を大きく超えたメンバ数となっています(図6)。ほぼ毎月、新しいメンバが加入してくれている状況です。2020年12月には、新たに学術・研究機関(非営利)向けのメンバシップを設置し、IOWN技術の開発に向けてより多くの組織に参加いただけるようにしました。なお、オンラインツールを活用していたり、さまざまなタスクフォースが活動していたりしますので、各メンバ会合の直前には、主に新規メンバを対象とした活動説明を行うオンボードセッションを開催し、メンバがスムーズに活動に参画できるようなサポートも行っています。また、メンバ数の増加に合わせてIOWN GFの意思決定機関であるBoard of Directorsを構成するDirectorも増えてきています。2021年4月の年次会合では、新たにOrangeのGilles Bourdon氏と富士通の水野晋吾氏がDirectorに選出され、両氏も含めた計9名のDirectorがIOWN GFの意思決定を担っています。
2022年の取り組み
発足から2年足らずで技術文書を公開しましたが、公開されたのはあくまでも「ラフコンセンサス」です。時間をかけて文書を完成させるよりも、ラフコンセンサスを短期にまとめてPoC(Proof of Concept)・技術評価を早期に開始して、アーキテクチャや方式をアップデートするほうが実践的です。この「アジャイル思考」を大事にしながら、2022年からは発行された文書に基づくPoC・技術評価にIOWN GFメンバと取り組みます。
また、先日発表した「NTT Green Innovation toward 2040(4)」で示したとおり、IOWNはNTTインフラの消費電力の大幅削減に不可欠な取り組みです。大幅な電力削減を達成するには、単純にインフラをIOWNベースなものに入れ替えればよいわけではなく、IOWNを効果的に活用するようにアプリケーションを再設計し、運用をインテリジェント化していく必要があります。前述したPoCと並行して、アプリケーションの再設計、運用のインテリジェント化を進めていきます。
■参考文献
(1) https://iowngf.org/technology/
(2) 岩科・荒金・南端・進藤・藤原:“IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想実現に向けた取り組み,” NTT技術ジャーナル,Vol.32,No.1,pp.34-37,2020.
(3) https://iowngf.org/members/
(4) https://group.ntt/jp/newsrelease/2021/09/28/210928a.html
(左から)川島 正久/荒金 陽助
問い合わせ先
NTT研究企画部門
IOWN推進室
TEL 03-6838-5317
FAX 03-6838-5349
E-mail iowngf-info@ml.ntt.com
Let’s start an IOWN evolution journey now! 「IOWNは2030年の技術だ!」と思われている人が多いかもしれませんが、今から早期版を試して、アジャイルに技術をアップデートしながら2030に向かって進化するものです。皆様とこの進化に取り組んでいきたいです。