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特集2

サステナブルでしなやかな社会を実現する環境エネルギー分野での取り組み

NTT宇宙環境エネルギー研究所の取り組み最前線

NTT宇宙環境エネルギー研究所では、地球環境の再生と包摂的かつサステナブルな社会の実現をめざし、これまでのNTT研究所にはあまりなかった型破りな研究テーマを設定し、宇宙視点から地球を見つめ直し、地球環境の未来を変えるさまざまな挑戦を行っています。本稿では、設立から3年半が経過した当研究所の最新の取り組み状況と将来展望を紹介します。

前田 裕二(まえだ ゆうじ)
NTT宇宙環境エネルギー研究所 所長

はじめに

NTT宇宙環境エネルギー研究所は、従来の環境エネルギーの枠にとらわれることなく、宇宙という高い視点、広い視野で私たちの住む地球や社会環境を見つめ直し、地球環境の再生と革新に貢献することをめざし、2020年7月に新設されました。設立から3年半を経て、新たに見直した私たちのビジョンは次のとおりです。
「地球環境の再生と包摂的かつサステナブルな社会の実現に向け、革新的な次世代エネルギー技術としなやかな環境適応技術の創出をめざすとともに、環境負荷ゼロに貢献する」。
このビジョンをとおして実現したい具体的な社会像は、本特集のタイトルにも記した「サステナブルでしなやかな社会」です。これは、私たちの住む社会が地球環境に与える影響をプラスマイナスゼロにするとともに、地球環境の変化が社会に及ぼすさまざまな影響をしなやかに受け流すことができるような社会のことです。具体的には、核融合や宇宙発電などの次世代エネルギー技術、クリーンエネルギーの地産地消や自律分散協調型のエネルギーネットワークによる停電ゼロ、循環型農林水産業の中での大気・海洋中CO2削減、高精度な未来予測により自然災害による被害を未然に防ぐだけでなく、台風や雷からエネルギーを取り出す(災害グリーンエネルギー)というようなことを実現する社会です。
これまで研究体制の立上げ、研究員の増強、多くの研究機関との連携、研究成果の早期創出に奔走してきました。特に、外部人材獲得強化に向けて展開しているオウンドメディア“Beyond Our Planet”(1)については、コンテンツ更新を頻繁に行い研究所の認知度向上に努めてきました。特に線状降水帯に関する記事は、ゲリラ豪雨や台風襲来と連動してページ閲覧数が月間約1万8000件(2023年6月、オウンドメディア全体では月間約8万1500件)と大幅に増加したり、検索サイトで上位に表示されたりするなど、私たちの組織や活動が社会に認知されてきたことを実感しています。
また、地球環境のデジタルツイン化と高精度な未来予測技術の確立を加速するために、2023年10月に環境社会循環予測技術グループを創設しました。所員数は発足当初の1.8倍に増え、スタートアップをはじめ外部機関・大学と40件以上のコラボレーションを行っており、さまざまな成果も出始めています。
現在取り組んでいる研究テーマの一覧を図1に示します。研究所には2つのプロジェクトがあり、1つは同図上部の「環境負荷ゼロ研究プロジェクト」、もう1つは同図下部の「レジリエント環境適応研究プロジェクト」です。また、環境負荷ゼロ研究プロジェクトには3つの研究グループ、レジリエント環境適応研究プロジェクトには新設した環境社会循環予測技術グループを含め4つのグループがあり、それぞれのグループが連携しながら研究を進めています。図1の中央に示したように、気候変動が影響を及ぼす8つの領域での研究成果適用をめざし、地球環境、社会、そして人がバランスを保ちながら地球環境の再生と気候変動の影響を減らしていくことで、サステナブルでしなやかな社会が実現されることを目標としています。以降、各プロジェクトの概略と最新の取り組み状況を説明します。

環境負荷ゼロ研究プロジェクトの取り組み最前線

このプロジェクトでは、NTTグループの環境エネルギービジョンである「環境負荷ゼロ」への貢献をめざした研究を行っており、圧倒的にクリーンで革新的な次世代のエネルギー技術、再生可能エネルギーを効率良く需給させるエネルギーネットワーク技術、そして循環型農林水産業をとおして大気・海中のCO2を削減するサステナブルシステム技術の研究を行っています。
次世代エネルギー技術については、現在2つのテーマに取り組んでいます。1つは、夢のエネルギーといわれている核融合発電の実現をめざした核融合最適オペレーション技術です。核融合発電は、太陽で起きている現象を地上で再現する安全でクリーンなエネルギー源であり、2050年ごろの商用化をめざして世界各国で研究が進んでいます。私たちは、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構とITER国際核融合エネルギー機構と連携し、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)を駆使した核融合炉中のプラズマ安定制御に関する研究を進めています。現在、この分野ではベンチャー企業の活躍が目立ってきていますが、私たちも世界の動向を探りながら私たちの技術を活かすことができるベンチャー企業・機関との新たな連携を模索しているところです。なお、ITER国際核融合エネルギー機構とは、連携第一弾として異常予測に関する共同実験を始めました(2)
もう1つは宇宙空間で得られたエネルギーを地上へ大量かつ効率的に無線伝送する宇宙太陽光発電技術です。宇宙太陽光発電は、約3万6000km上空の静止衛星で太陽光から得たエネルギーを昼夜問わず地上にレーザ光やマイクロ波で無線送電するという壮大な研究です。このテーマについては、本特集記事『宇宙太陽光発電実現に向けた長距離レーザエネルギー伝送技術と地上での利用(3)にて詳細に説明します。
エネルギーネットワーク技術では、再生可能エネルギーを最大限に活用するため、NTTビルのICT装置の情報処理量や蓄電池・電気自動車の統合制御により再生可能エネルギーの出力変動を吸収する仮想エネルギー需給制御技術と、安全で高信頼な直流給電を活用し再生可能エネルギーの地産地消や超レジリエントな給電を実現させる次世代エネルギー供給技術の研究を行っています。仮想エネルギー需給制御技術は、「Power to Data」という新たな概念として注目を集め始めており、いわゆる再生可能エネルギーの余剰電力をデータ(情報処理)に置き換えて効率良く消費するという考え方です。私たちはすでに事業会社と連携した実証実験を開始しており、現在は実験室と実際のデータセンタをつなぎさまざまな実験を行っています。今年度内には接続拠点を増やし、実用化に向けた検証を進めていく予定です。
サステナブルシステム技術では、循環型農林水産業をとおして大気・海洋中のCO2を削減するCO2変換技術の研究を進めています。一般的にカーボンニュートラルとは、人間活動から排出される主にエネルギー由来のCO2を削減することと考えられる場合が多いですが、地球全体でみるとそのCO2量はわずか4.9%しかありません。図2に最新の地球全体の二酸化炭素循環量のデータを示します。これまではIPCC(気候変動に関する政府間パネル)第6次評価報告書Draft版の数字を参照していましたが、最終版を参照して作成したものが図2となります。もっとも多くCO2を排出しているのは陸地(生物含む)で60.3%、海洋からも34.2%が排出されています。吸収量に関しては、62.7%が陸地(生物含む)で吸収され、海洋でも35.1%が吸収されています。つまり、人間活動による排出量を減らして実質ゼロにしていくことはもちろん重要ですが、地球全体のバランスと循環を考えると、人間活動による排出削減と同時に土壌や海洋へのアプローチが重要になります。人間活動によるCO2排出を削減しながら、森林破壊、土壌汚染、海洋破壊・汚染の中止・改善を同時に進めていく必要があるのです。このため、私たちは循環型農林水産業をとおしてCO2を削減する技術を研究しています。
具体的には、ゲノム編集を植物、藻類に適応し、光合成に伴うCO2吸収量を増大させるとともに、これらを食料として魚介類や家畜に食べさせ、食物連鎖・循環の中で大気・海洋中のCO2量を減らし、地中や生物・有機物への長期固定量を増やす研究を行っています。ゲノム編集といっても、私たちが行っているのは遺伝子組換えではなく、いわゆる品種改良であり安全なものです。成果としては、藻類のCO2吸収量を飛躍的に向上させる遺伝子の特定に成功しました(4)。また、私たちの成果であるCO2を多く吸収した藻類を餌として活用し、陸上養殖を契機とした地域活性化ビジネスを行うNTTグリーン&フードも2023年7月に事業を開始(5)しており、私たちの新たな成果創出とビジネス拡大が急務となってきています。将来的には、CO2吸収量を格段に増加させた海洋・陸上植物を普及させ、カーボンクレジットにも展開していきます。

レジリエント環境適応研究プロジェクトの取り組み最前線

本プロジェクトの全体像を図3に示します。このプロジェクトでは、人間活動と地球環境の相互影響を加味して未来を予測し、予測結果に基づくプロアクティブな経営判断を支援したり、自然現象による被害を回避あるいは活用したりする環境適応に向けた研究を行っています。具体的には、広範な公開情報から企業経営に影響を与える気候変動などの未来シナリオを予測するESG経営科学技術、地球規模の環境観測と物理過程や生物・化学的過程のモデル化により地球環境の未来予測を行う地球環境未来予測技術、乱立する異分野のモデル統合と新たな循環評価指標の創出により社会と環境の循環を予測する環境社会循環予測技術、そしてこれらの3つの技術を連成させ未来予測結果を活用し先回りして社会環境に適応するプロアクティブ環境適応技術という4つの技術の確立に取り組んでいます。
ESG経営科学技術では、ESGインテリジェンス科学手法とESG未来予測手法と名付けた2つの手法を組み合わせ、経営戦略策定に資する未来予測技術の確立をめざしています。ESGインテリジェンス科学手法では、世界各国の政府資料、学会、ニュースなどのグローバルな公開情報をAI(人工知能)、テキストマイニング技術等を用いて収集・分析します。情報の分析には、まず人の思考バイアスを取り除き、事象や計画の因果関係を抽出することで起こり得る複数のシナリオを生成します。ESG未来予測手法では、複数のシナリオを基に、社会や環境の変化を定量的に予測します。この定量的な予測には、マクロ経済モデルの1つである応用一般均衡モデル=CGE(Computable General Equilibrium)モデルを活用します。CGEモデルは産業ごとの生産や消費、また産業間の相互影響から市場全体の変化を数学的に予測する手法です。例えば、エネルギー価格に変動が生じた場合、エネルギーを多く使う鉄鋼業、運送業などに売上規模やCO2排出量に影響が生じます。こうした影響についてCGEモデルを用いて計算することで、産業間の相互影響を加味した未来の経済や環境への影響を定量的に予測します。これらの手法を用いて、環境や社会変化による経営への複合的な影響を、短期から長期にわたって連続的に予測します。後者については2020年より国立環境研究所などの研究組織との連携を進め、ICTの発展による社会への影響評価を実施して国際会議などで発信してきました*。今後は、前者を中心に、より実践的な成果創出をめざして事業会社の経営部門との連携を進めています。
地球環境未来予測技術では、地球環境の再生の道筋を明らかにし、環境の変化に適応するしなやかな社会の実現に向けて、超広域で大気・海洋を観測することで地球の物理過程による気象・気候のモデル化を実現するとともに、地球の生物・化学的過程による生態系のモデル化を行い、地球環境の未来を予測する技術の確立をめざしています。詳細は本特集記事『クリーンでサステナブルな社会を実現する環境負荷ゼロ技術(6)でも紹介しますが、現在の気象・環境観測は陸域および近海に限られており、陸地から離れた遠洋ではリアルタイムにほとんど観測されていません。このため人工衛星での観測がメインとなりますが、人工衛星では台風や線状降水帯などの極端気象のエネルギー源である水蒸気や海中の環境情報を測定することが困難です。このため私たちは衛星IoT(Internet of Things)(7)を活用して、この未踏領域でのリアルタイム観測にチャレンジしており、合わせて気象・気候モデルの高度化を行っています。また、このような海洋観測とモデルの高度化は、私たちだけでの実現は困難なので、さまざまな機関と連携しながら検討を進めています。成果も少しずつ出始めており、沖縄科学技術大学院大学と共同で、北西太平洋でカテゴリ5の猛烈な台風直下の大気・海洋の同時観測に世界で初めて成功(8)したり、東京大学と共同で気象観測の高度化に向けてドローンの航法精度を向上するミリ波RFIDタグを世界初で開発(9)したりするなど実績を積んでいます。
環境社会循環予測技術は前述の新設グループで取り組んでおり、包摂的サステナビリティ実現に向けて、地球規模の水循環に関する環境と経済活動の相互影響を再現する地球規模シミュレーション環境を構築しているほか、専門領域ごとのシミュレーションシステムどうしをつなぐための大規模連成シミュレーション技術の研究などを行っています。詳細は本特集記事『包摂的サステナビリティの実現に向けた環境社会循環予測技術(10)にて紹介します。
プロアクティブ環境適応技術は、上記3つの技術を連成させて未来を予測し、その結果を基に先回りして環境に適応するという技術ですが、3つの技術の確立にはまだ時間が掛かります。このため、現状でもある程度予測可能な雷と宇宙線を対象に研究をスタートしています。雷に関しては、避雷針を付けたドローンなどで落雷を捕捉し所望の場所に誘導することで重要設備への落雷被害を防止したり、雷のエネルギーを利活用したりする技術について研究しています。具体的には、耐雷ドローン技術、誘雷技術、発雷予測技術、そして雷充電技術について研究を進めています。
耐雷ドローンについては、人工雷での検証を終え、自然雷での実証を日本でもっとも冬季雷の多い地域である石川県内灘町の海岸にて2022年と2023年の冬に行いましたが、残念ながら自然雷を捕捉することはできませんでした。しかし、かなりの危険を伴う極寒かつ冬の嵐の中での実証(図4)では、多くのノウハウを獲得することができました。例えば、雷雲・落雷情報と自前観測情報を組み合わせた誘雷エリア予測技術、そして超悪天候下でのドローン飛行運用技術などです。私たちの挑戦はまだ終わっておらず、この冬もさらに技術を磨いたうえで世界初となる耐雷ドローンでの自然雷の捕捉実現をめざします。
宇宙線に関しては、宇宙線によって通信装置内の半導体が誤動作するソフトエラーの評価技術の高度化を以前より行っていましたが、これをさらに発展させ、宇宙線による宇宙機器・人体への影響の評価、および強力な電磁界による影響の低減に向けた宇宙放射線電磁バリア技術の研究を行っています。このテーマに関しては、本特集記事『環境変化への適応力を高めるレジリエント環境適応研究の最前線(11)で詳細に説明します。

* 本研究は(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費JPMEERF20201002により実施。

おわりに

本稿では、NTT宇宙環境エネルギー研究所の取り組みの最新情報を説明しました。引き続く特集記事では、成果が出ているいくつかのテーマについて解説します。宇宙視点で環境エネルギー分野の革新的技術創出に挑戦する研究所の成長に、ぜひ期待してください。

■参考文献
(1) https://www.rd.ntt/se/media/
(2) https://group.ntt/jp/newsrelease/2023/11/21/231121b.html
(3) 落合・鈴木・柏倉・鳥海:“宇宙太陽光発電実現に向けた長距離レーザエネルギー伝送技術と地上での利用,”NTT技術ジャーナル,Vol.36,No.1,pp.42-46,2024.
(4) https://group.ntt/jp/newsrelease/2023/02/09/230209c.html
(5) https://group.ntt/jp/newsrelease/2023/06/27/230627a.html
(6) 香西・花岡・長谷川・武部・今村・田中:“クリーンでサステナブルな社会を実現する環境負荷ゼロ技術,”NTT技術ジャーナル,Vol.36,No.1,pp.38-41,2024.
(7) https://group.ntt/jp/newsrelease/2020/05/29/200529a.html
(8) https://group.ntt/jp/newsrelease/2023/05/23/230523a.html
(9) https://group.ntt/jp/newsrelease/2023/10/02/231002a.html
(10) 河田・徳永・六藤:“包摂的サステナビリティの実現に向けた環境社会循環予測技術,”NTT技術ジャーナル,Vol.36,No.1,pp.51-53,2024.
(11) 岩下・久田・髙橋・宮島:“環境変化への適応力を高めるレジリエント環境適応研究の最前線,”NTT技術ジャーナル,Vol.36,No.1,pp.47-50,2024.

前田 裕二

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