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特集

6G/IOWN時代の融合・協調ネットワーク:インクルーシブコア

6G/IOWN時代のネットワークアーキテクチャ:インクルーシブコア

6G(第6世代移動通信システム)やIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)の時代においては、「サイバー空間」と「物理空間」、「コンピューティング」と「ネットワーク」、「アナログ」と「デジタル」、「移動通信」と「固定通信」など、通信サービスそのものまたは環境変化として4つの多面的な「融合と協調」が進むことが想定されます。この多面的な融合と協調の進行により、端末・デバイス・ネットワーク・アプリケーションの情報処理や情報流通をエンド・ツー・エンドかつシームレスに連携させる必要性が高まります。本稿では、この融合と協調を実現するための基幹となる6G/IOWN時代のネットワークアーキテクチャ「インクルーシブコア」の研究開発の取り組みについて紹介します。

古川 聖(ふるかわ さとる)/武田 知典(たけだ とものり)
松本 存史(まつもと ありふみ)
NTTネットワークサービスシステム研究所

6Gに向けたネットワークの進化

移動通信サービスは、音声通話から始まりデータ通信サービス、マルチメディア通信サービスなど世代を経るごとに発展を続け、生活や産業の基幹を担い続けてきました。5G(第5世代移動通信システム)でも高速大容量、低遅延、多接続といった技術的特徴を持ち、それ以前のマルチメディア通信サービスを高度化するだけでなく、AI(人工知能)やIoT(Internet of Things)とともに、これからの産業や社会を支える基盤として新たな価値を提供することが期待されています。
6G(第6世代移動通信システム)では、サイバー空間と物理空間が相互作用するサイバーフィジカルシステム(CPS: Cyber Physical Systems)として、実世界の映像やセンシング情報などの大容量かつ低遅延に送受信することを可能にするとともに、高信頼かつ確定的な遅延で制御信号を受信側へ伝達することによる実世界へのフィードバック(アクチュエイト)を実現することが期待されています。またAIが通信サービスに統合され、実世界の人間の行動や事象をサイバー空間上で認知し、AIが人間に代わってコミュニケーションをとることでさまざまな問題を解決することも想定されています(1)(2)。これらのサービスでは、CPSにおけるサイバー空間と物理空間の間の通信が、人間で例えると頭脳と各器官との間で情報伝達する神経に相当します。人間の頭脳を使ったコミュニケーションがAI化され膨大な情報(知覚情報や動作指示)を、通信を介して収集し意思決定を行うことになるため、膨大な情報の交換に加え、大量の情報を高速・低遅延に伝達することが必要となります。
6G/IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)のネットワークを利用するサービスは、このようなサービスの進化と社会的要請に継続的にこたえるために、ネットワーク内外の多面的な融合・協調の進行に対応する必要があります(図1)。まずサイバー空間などデジタル化された空間・世界と物理的な空間・世界を結びつけCPSに代表されるサービスを実現する、「サイバー空間と物理空間の融合・協調」があります。また、ネットワークが1つの機能として「情報処理(コンピューティング)」を備え、端末やサーバでの情報処理を仲介・支援することで、エンド・ツー・エンドのサービスを効率的に実現することが期待されます。このために必要な情報処理と情報交流が効率化・加速する「コンピューティングとネットワークの融合」を進めていく必要があります。さらに、6Gでは衛星・海中・自営無線など、従来のセルラ無線だけではない無線アクセスの多様化が想定され、さらにIOWNの光通信基盤を使った固定アクセスなども広がることが予想されます。こういった多様な移動・固定アクセスを適応的に使い分け、それらの回線種別や品質によらず一定の機能や品質を担保し共通的なサービスを利用する「移動と固定の融合」の本格的な実現も求められます。最後に、すべての物理空間情報を正確・迅速にサイバー空間にマッピングするには、パケット化されていないデジタル信号やアナログ信号を、ネットワークを介して通信し、多様なデータ・通信形式による情報交流を実現する「デジタルとアナログの融合・協調」も想定されます。
このような融合と協調の実現に向けて、NTT研究所では6G/IOWN世代のネットワークアーキテクチャとして「インクルーシブコア」の研究開発を推進しています。

インクルーシブコアのアーキテクチャ

4G(第4世代移動通信システム)のサービス開始以降、NFV(Network Function Virtualization)*1によるネットワークの仮想化・ソフトウェア化が進み、汎用サーバ化や共用化によるコスト削減や保守業務の効率化が図られています。代表的な事例としては、vEPC(virtualized Evolved Packet Core)やvIMS(virtualized IP Multimedia Subsystem)などの導入が挙げられます。さらに、5Gではクラウド技術をベースとするアーキテクチャが採用され、5Gコアネットワークではクラウドネイティブ化されたネットワーク機能であるCNF (Cloud-native Network Function) *2が導入されています。加えて、MEC (Multi-access Edge Computing) *3の導入により、情報処理を行うサーバアプリケーションがインターネットを介さずに、通信ネットワークの入り口であるエッジ近傍に配備可能となることで、主に低遅延化を必要とするアプリケーションを用いたサービスの提供が可能となっています。
仮想化・クラウド技術はNFVとMECの基盤として共通的に採用されており、技術の共通性から今後は仕様や技術の共通化が進み、コンピューティング基盤をNFVとMECで共用して展開・構築されていくことが予想されます。さらに、RAN(Radio Access Network)の仮想化であるvRAN(virtualized RAN)の展開が今後進むことで、より端末の近傍に設置される装置にも仮想化・クラウド技術が適用されることが予想されます。これにより、技術的な共通性からアプリケーションがネットワークのエッジだけでなくRANも含め広域に展開され、コンピューティング基盤のリソースを共用することが予想されます。そして最終的に、ネットワーク全体にコンピューティングリソースが遍在する環境へと進化していくことが期待されます(3)(4)(図2)。
インクルーシブコアは、このようなネットワーク上に遍在するコンピューティング基盤上に、ネットワーク機能とアプリケーション機能を混在させ密に連携することで、コンピューティングサービスを実現します。このコンピューティングサービスは、端末のコンピューティング機能だけでなく、クラウドのコンピューティング機能とネットワーク内のコンピューティング機能など分散しているコンピューティングリソースを複合的に組み合わせ、ユーザのサービスに必要な情報処理と通信機能を一体で構成します(図3)。これにより、ネットワーク内のコンピューティング機能も含めた分散型アプリケーションを構成し、サービス(サーバ)側機能、ユーザ(端末)側の機能や処理と協調して高度な通信機能を要する高機能なサービスを場所や利用形態(端末)を問わず利用可能とします。
例えば、従来は端末とクラウド上のサーバとの通信や、通信のための情報変換処理などが発生し遅延を生じさせていました。これに対して、端末とクラウド上のサービスのサーバアプリケーションをネットワーク内の特定コンピューティング基盤に集約すると、端末とクラウド上のサーバとの通信や通信のための情報処理は不要となり、リアルタイムな連携が可能となります。また、従来は移動、固定などアクセス回線を終端する機能は個別に設けられていました。これに対して、移動だけでなく固定アクセスなど多様なアクセス回線を終端する複数の機能と情報処理アプリケーションを、同一のコンピューティング基盤上に一体で構成することで、通信回線を問わずシームレスにサービスを継続することが可能となります。

*1 NFV:従来専用のハードウェアを用いて実現されるネットワーク機能をソフトウェア化し、汎用サーバ上で動作させる技術。
*2 CNF:コンテナ上でネットワーク機能を動作させる技術。
*3 MEC:通信ネットワークの入り口であるエッジ近傍にコンピューティング機能を配備する仕組み。

インクルーシブコアの技術要素

■ネットワーク融合サービス高速処理基盤(ISAP)

ネットワーク内に散在した情報処理アプリケーションの高度な演算機能を協調して動作させ、さらに高性能・低遅延処理を実現します。端末やクラウドのアプリケーション機能を一部肩代わりし、ネットワークの通信機能と密に連携・接続することで、現状ネットワークを介することで分断されている端末とサービスの情報や処理が、直接連携し処理内容の最適化、アクセラレータを含む計算リソースの最適な割り当てが可能となります。これによりエンド・ツー・エンドで情報交流の超高速化・低遅延化を実現します。

■システム強靭化のための障害検知・見える化

通信ネットワークサービスにおいて、昨今、大規模な障害が発生しており、通信サービスの停止や各種サービス利用への影響が社会的な問題となっています。今後は、移動・固定ネットワークにおいてミッションクリティカルなサービスの提供がますます増加していくことが想定されるため、通信ネットワークのロバスト化は極めて重要です。大規模・長時間の障害は、制御プレーンの動作に起因しているケースが多く、これに対応するためには6Gに向けた制御プレーンの強化や問題発生の早期検知・回復手段が重要となることから、①障害の発生や複雑化を回避するために制御プレーン自体をロバスト化する方式、②障害個所や原因のさらなる見える化・故障の予兆検知を実現する仕組み、を実現します。
ネットワーク融合サービス高速処理基盤(ISAP)、およびシステム強靭化のための障害検知・見える化の詳細については、本特集記事『6G/IOWN時代の高速なエンドエンド情報同期・連携技術「In-Network Service Acceleration Platform」(5)で紹介します。

■自己主権型アイデンティティ情報流通(SSI基盤)

6G時代にはサイバー空間と物理空間の融合により、従来よりも多様なサービスがサイバー空間上で提供されるようになり、機微なプライバシー情報を含むユーザデータ(アイデンティティ情報)がサイバー空間上で扱われるようになります。そこでは、ユーザのアイデンティティ情報を守り、アイデンティティ情報を受け渡す際には信頼できる相手に必要最低限の情報だけを受け渡す、強固なアイデンティティ情報流通の仕組みが必要となります。また、やり取りするデータや、そのデータをやり取りする相手についても、暗黙に受け入れるのではなく、データや相手の真正性を検証することが必要となります。自己主権型のアイデンティティ情報流通の仕組みを用いてユーザプライバシの確保と、ユーザの機微情報を用いたサービスの提供を実現します。
自己主権型アイデンティティ情報流通(SSI基盤)の詳細については、本特集記事『6G/IOWN時代の信頼できるアイデンティティデータ流通を実現するSSI基盤(6)で紹介します。

■協調型インフラ基盤

インクルーシブコアの早期実現形態として、協調型インフラ基盤の研究開発に取り組んでいます。協調型インフラ基盤はサイバー空間と物理空間の融合・協調により実現される、ミッションクリティカルなCPSサービスの社会実装の促進を目的とした基盤です。従来のWebアプリケーションなどとは大きく異なる要件を持つCPSサービスの実現に必要な、多種多様なコンポーネント(センサ、アクチュエータなど)の収容、サイバー空間と物理空間の間の安定的な情報流通や、ユースケースに応じた柔軟な制御を実現するための各種機能を提供します。協調型インフラ基盤および関連する要素技術の詳細については、本特集記事『ミッションクリティカルなCPSサービス収容に向けた協調型インフラ基盤(7)で紹介します。
インクルーシブコアによるサービス実現イメージの一例を図4に示します。ユーザごとの仮想的な端末に対して、ネットワーク融合サービス高速処理基盤(ISAP)上のGPU(Graphics Processing Unit)を含んだコンピュートリソースを割り当て、仮想端末上で高解像度3D映像のレンダリングを行い、その結果を非圧縮映像で伝送します。端末は映像表示だけを行うことで、GPUなどの演算能力のない低機能な端末であっても送信された映像の表示と操作UI(User Interface)さえあれば、高解像な3D映像の表示や編集を実現するユースケースの実現などが期待できることを示しています。

今後の展開

6G/IOWNネットワーク上でさまざまな融合・協調による新たなサービスを実現するインクルーシブコアのコンセプト、アーキテクチャ、技術要素について紹介しました。多種多様な産業分野において5Gの活用が進む中で、6Gに向けても世界各地の団体・企業で検討が進んでおり、3GPP(3rd Generation Partnership Project)など国際標準化団体において6Gの定義も含め仕様化が計画されています。インクルーシブコアのアーキテクチャについて、業界の幅広いコンセンサスを得るべく多くのステークホルダの方々との議論を通じて研究開発を推進していきます。また、紹介した技術の一部は、実証の取り組みを進めており、社会実装に向けて研究開発を推進していきます。

■参考文献
(1) https://www.nextgalliance.org/white_papers/digital-world-experiences/
(2) https://hexa-x.eu/wp-content/uploads/2021/02/Hexa-X_D1.1.pdf
(3) https://b5g.jp/doc/whitepaper_jp_2-0.pdf
(4) https://www.docomo.ne.jp/corporate/technology/whitepaper_6g/
(5) 林・平井・松川・馬場:“6G/IOWN時代の高速なエンドエンド情報同期・連携技術「In-Network Service Acceleration Platform」,”NTT技術ジャーナル,Vol.36,No.10,pp.14-18,2024.
(6) 松本・肥後:“6G/IOWN時代の信頼できるアイデンティティデータ流通を実現するSSI基盤,”NTT技術ジャーナル,Vol.36,No.10,pp.19-23,2024.
(7) 東・小野・鍔木・河野・東條・桑原:“ミッションクリティカルなCPSサービス収容に向けた協調型インフラ基盤,”NTT技術ジャーナル,Vol.36,No.10,pp.24-27,2024.

(左から)古川 聖/武田 知典/松本 存史

NTT研究所では、6G/IOWN時代のネットワークアーキテクチャの社会実装に向け、引き続き、研究開発を推進していきます。インクルーシブコアの詳細は、以下のホームぺージに掲載しています。
https://www.rd.ntt/ns/inclusivecore.html

問い合わせ先

NTTネットワークサービスシステム研究所
ネットワークアーキテクチャプロジェクト
E-mail nea-mgr@ntt.com

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