2025年4月号
特集
非地上系ネットワークを用いたモバイル通信のサービス品質向上技術
- 非地上系ネットワーク
- 衛星通信
- モバイル通信
NTTでは、Beyond 5G(第5世代移動通信システム)/6G(第6世代移動通信システム)時代に向けてNTN(Non-Terrestrial Network:非地上系ネットワーク)を活用したモバイル通信サービスの超カバレッジ化をめざしています。本稿では、NTNを用いた場合でもスループットや遅延などの要求条件を満たした高品質なモバイル通信サービスをお客さまに提供するための取り組みについて紹介します。
加納 寿美(かのう ひさよし)/松井 宗大(まつい むねひろ)
徳安 朋浩(とくやす ともひろ)/山下 史洋(やました ふみひろ)
NTTアクセスサービスシステム研究所
はじめに
NTTが将来的なコミュニケーション基盤として提案するIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想では、宇宙通信の拡張を柱の1つに位置付けています(1)。NTTとスカパーJSAT株式会社が共同で提案している宇宙統合コンピューティング・ネットワーク構想を図1に示します。本構想では、統合インフラをRF(Radio Frequency)無線や光無線で接続し、究極的には複数の衛星や、無人の飛行機や飛行船などをプラットフォームとして通信するHAPS(High Altitude Platform Station:高高度プラットフォーム)で処理を分担する分散コンピューティングにより宇宙で発生するデータを宇宙で処理・分析を完結させることで、地上の災害などの影響を受けず、宇宙で自立して接続可能なインフラをめざしています。
宇宙統合コンピューティング・ネットワークは3つの機能に対応し、NTTでは各機能の実用化に向けた研究開発を推進しています(2)。1番目は宇宙センシングで、地上ネットワークが届かないエリアでのIoT(Internet of Things)通信と衛星からの観測による地球規模の包括的なセンシングの実現をめざしています。2番目は宇宙データセンタで、光電融合による衛星搭載機器の低消費電力化を実現することで大容量の光無線通信とコンピューティング処理を備えたインフラを整備し、より即応性のあるさまざまなアプリケーションを開発可能にすることをめざしています。3番目は宇宙RAN(Radio Access Network)で、Beyond 5G(第5世代移動通信システム)/6G(第6世代移動通信システム)時代に向けてモバイルネットワークなど地上の通信インフラとGEO(Geostationary Earth Orbit:静止軌道)衛星、LEO(Low Earth Orbit:低軌道)衛星、HAPSといった上空の通信インフラを統合することにより、超カバレッジ化・超対災害性などを実現することをめざしています。
本稿では、私たちの研究開発グループが注力して取り組んでいる宇宙RANに関する研究開発について紹介します。
宇宙RAN
■提案コンセプト
現在、Beyond 5G/6G時代のモバイル通信サービスに関する研究開発が各国で取り組まれています。その中では、これまでモバイル通信のサービスエリアとすることが困難であった離島や山間部といった地上のルーラルエリアや、海・上空・宇宙といったエリアに対するサービス提供(モバイル通信の超カバレッジ化)が研究の柱の1つとして位置付けられ、HAPSや衛星といった一般にNTN(Non-Terrestrial Network:非地上系ネットワーク)と呼称される上空ネットワークの活用が検討されています(3)。宇宙RANでは、モバイル通信の超カバレッジ化をNTNの活用により実現することをめざしています。通信ネットワークとしては、地上ネットワークを利用可能なエリアは地上ネットワークを利用して、地上ネットワークの通信エリア外ではNTNを利用する、地上ネットワークのトラフィック量が多い場合に一部トラフィックをNTNへオフロードするなど、地上と上空のハイブリットなものを想定しています。これまでの衛星通信は、プロトコルがモバイル通信と独立したものとなっており、インタフェースの仕様も別々となっていました。これに対し、今後は超カバレッジ化を見据えてモバイル通信の一部仕様をNTN向けにカスタマイズした汎用チップをスマートフォンなどの汎用端末や基地局に実装することで、汎用のスマートフォンを用いた、地上と上空のシームレスな通信接続が可能になると期待されます。超カバレッジ化の実現により、災害対策だけでなく、離島や僻地の通信エリア化、飛行機や船舶などの通信環境の飛躍的な改善など、お客さまに対して利便性の向上や新たな付加価値を提供することが可能となります。
■HAPS単機型NTN
サービス開始初期のNTN構成としてNTTが検討しているイメージを図2(a)に示します。これまでの衛星通信サービスで利用されてきたGEO衛星(高度36000km程度)やLEO衛星(高度500-2000km程度)は地上通信と比較して伝搬距離が非常に長く、通信サービスを利用するためには専用のUE(User Equipment:ユーザ端末)を用いる必要がありました。これに対し、成層圏(高度20-50km程度)において周回飛行するHAPSは高度がGEO衛星やLEO衛星よりも低く、HAPSとUE間の通信リンクであるSL(Service Link)は、UEとして汎用のスマートフォンを用いたとしても直接通信することが可能です。そのため、宇宙RANではHAPSから通信エリアを形成することによるモバイル通信のサービス提供をめざしています。
HAPSは、動力を自然エネルギー(太陽光)に依存しています。そのため、地上で運用されているシステムと比べて使用可能な電力量が少ないです。航行に必要な電力を低減するため機体の総重量を軽くする必要があり、機体に搭載可能な機器重量にも制約があります。サービス開始初期のHAPSは機体性能が不十分でこれらの制約が厳しいことが予想されます。そのため、非再生中継方式でトラフィックを中継するHAPS単機での運用を想定しています。非再生中継は、受信したトラフィックを復調せず、周波数変換と電力増幅のみ実施して送信する簡易なトラフィック中継方式なため、高度な制御はできませんが、HAPSに搭載する機器数と消費電力を抑制することができます。UEは、利用するサービスごとにインターネット等のDN(Data Network)との間で通信セッションを構築します。例えばアップリンク通信の場合、UEから送信されたトラフィックは、HAPSを経由して地上のgNB(gNodeB:5Gモバイル通信の基地局)に送られ、5GCN(5G Core Network)を介してDNに接続します。
なお、サービス開始当初のNTN構成では、HAPSが地上GW(Gate Way)局と直接通信可能である必要があります。そのため、サービス提供エリアが山間部などGW局を設置可能なエリアに限定され、海上などGW局を設置できないエリアにサービス提供することは困難です。
■複数HAPSと衛星が連携した多層型NTN
多層型NTNの構成イメージを図2(b)に示します。NTTでは、将来的にHAPS機体性能が向上すること想定し、複数のHAPSと衛星間をISL(Inter Satellite/HAPS Link)と呼称する通信リンクで接続した多層型NTNの活用により、海上など初期NTNではサービス提供が困難であったエリアに対してモバイル通信サービスの提供エリアを拡大することをめざしています(4)。多層型NTNは、通信エリア・費用・伝搬遅延などの観点で一長一短がある3種類のプラットフォーム(HAPS、LEO衛星、GEO衛星)を連携させることを検討しています。GEO衛星は1機当りの通信エリアが3つのプラットフォームの中でもっとも広域ですが、地上との伝搬遅延はもっとも長くなります。GEO衛星よりも低高度なLEO衛星は、伝搬遅延がGEO衛星と比較して100分の1程度と短くなっています。一方、GEO衛星とHAPSが地上の1点から常時接続可能なのに対し、LEO衛星は上空を時々刻々と移動するため常時接続性を維持するためには多数のLEO衛星を打ち上げる必要があります。HAPSは、伝搬遅延が3つのプラットフォームの中で最短ですが、1機当りの通信エリアがもっとも狭域です。そのため、広域を通信エリア化するためには多数の機体を用意する必要があります。以上のことから、将来的には各国の地域特性や通信事情も勘案してこれらをベストミックスし、柔軟に接続する世界になると想定しています。上記世界の実現に向け、NTTでは実現すれば世界初となる多層型NTNの実用化に向けた研究開発を推進しています。
多層型NTNでは、HAPSと衛星はいずれも再生中継方式でトラフィックを中継します。再生中継は、受信したトラフィックを一度復調した後に再度変調して送信する中継方式であり、非再生中継方式よりも必要な機器数と消費電力は増加しますが高度な制御が可能となります。gNBは、HAPSに搭載することを想定しています。HAPSと地上GW局の通信リンクであるFL(Feeder Link)が通信不可な場合や、SLで生じたトラフィック総量に対してFLの伝送容量が不足する場合は、トラフィック総量に対して十分な伝送容量を確保したうえでGW局と通信可能なHAPSまたは衛星までNTN内でトラフィックを転送します。トラフィック転送は、HAPSおよび衛星に搭載したLayer3(ネットワーク層)のルータ機能で処理することを想定しています。
NTNの課題と通信優先制御
■HAPS単機型NTNの課題と通信優先制御
NTNを用いたモバイル通信ではUEとして汎用スマートフォンを利用し、SLの周波数は地上のモバイル通信と同様に天候の影響が少ない2GHz帯を用いることを想定しています。これに対し、FLは通信周波数としてWRC(World Radiocommunication Conference)-19で新規に割り当てられたQ帯(30/40GHz帯)の活用を想定しています。これは、モバイルユーザを想定したSLの高速化に伴い、それを束ねるFLにはより高速な伝送容量が要求されるためです。しかし、Q帯は降雨減衰や雲減衰など天候変化の影響を受けやすく、天候状態により受信電力が低下してしまいます。FLは、環境に応じた適切なパラメータで通信を行うため、受信電力に基づいてMCS(Modulation and Coding Scheme)を変更する適応変調が用いられることを想定しており、受信電力が低い場合には低MCSが選択されて伝送容量が低下します。これまでの衛星通信サービスでは、受信電力の減衰量を打ち消すように衛星やGW局の送信電力を増幅する方法や、天候影響を受けないGW局にFLの接続先を変更するサイトダイバーシチといった方法を用いることで受信電力の低下を防いできました。
しかし、衛星よりも小型軽量な機体が要求されるHAPSでは、使用可能な電力や搭載機器の重量制限が衛星よりも厳しく、サービス開始当初のHAPSで送信電力の増幅に対応することは困難なことが想定されます。サイトダイバーシチは、1機のHAPSに対して複数のGW局を配置する必要があり、設備投資のコストが高額となるため、こちらもサービス開始当初からの対応は困難なことが想定されます。また、前述のとおりHAPSは使用可能な電力や搭載可能な機器重量に制約があることから、天候の影響を受けていない状態であったとしても伝送容量が地上通信と比べて少なくなっています。以上のことから、サービス開始当初は、HAPSのFLで通信されるトラフィック総量に対して伝送容量が不足し、スループット低下や遅延増加などが発生してお客さまに提供するサービス品質が低下してしまう可能性があります。
これに対し、NTTでは上記場面においてお客さまに提供するサービス品質を向上する要素技術の1つとして通信優先制御の研究開発に取り組んでいます(5)。通信優先制御の一例を図3に示します。本技術では、地上に配置したNTNコントローラが制御に必要な情報(FLの伝送容量、通信セッションが利用するサービスの要求条件など)を収集し、これに基づいて1セッション当りの最大伝送速度であるSession-AMBR(Session-Aggregate MaximumBit Rate)を算出します。FLで通信されるトラフィック総量がしきい値を超過(しきい値は、伝送容量に対して適切な値をあらかじめ規定)したことを検知したらSession-AMBRを計算し、要求条件にベストフォートで対応するサービスを利用するセッションの最大伝送速度をSession-AMBRの計算値に設定します。ベストエフォートサービスを利用するセッションの最大伝送速度に上限を設定することにより、FLで通信されるトラフィック総量が伝送容量を超過することを回避し、要求条件を満足することが必要な高品質サービスを利用するセッションのサービス品質を向上します。
■多層型NTNの課題と通信ルート制御
GEO衛星とLEO衛星は、HAPSと同様に動力を自然エネルギーに依存するため、使用可能な電力量と搭載可能な機器重量に制約があります。そのため、多層型NTNは光ファイバ網などの地上ネットワークと比べると各通信リンクの伝送容量が限定されたネットワークとなります。また、GEO衛星とLEO衛星がFLの通信周波数として用いるKu帯(14/12GHz帯)やKa帯(30/20GHz帯)は、HAPSがFLの通信周波数として用いることが想定されるQ帯と同様に降雨減衰など天候の影響を受けやすく受信電力が低下します。これに加え、HAPSと衛星では高度が大きく異なるため、多層型NTNは遅延時間が大きく異なる通信リンクが混在したネットワークであるという特徴もあります。そのため、例えば低遅延が要求されるサービスを受けるセッションに対してHAPSからGEO衛星を経由する長遅延な通信ルートが割り当てられると、当該セッションはサービスの要求条件を満足できずにお客さまに提供するサービス品質が低下してしまいます。これら多層型NTN特有の課題に対し、降雨や災害など周辺環境の変化や各種サービスの要求条件に柔軟に対応したオペレーションが要求されます。
上記オペレーションを可能とし、お客さまに提供するサービス品質を向上する要素技術の1つとして、NTTでは多層型NTNを用いたモバイル通信サービス向けに通信ルート制御の研究開発に取り組んでいます(6)。通信ルート制御の一例を図4に示します。本技術では、NTNコントローラが制御に必要な情報(各通信リンクの伝送容量、通信されているトラフィック量、伝搬遅延、サービスの要求条件など)を収集し、各セッションに対してこれらを考慮したトラフィック通信ルートを割り当てます。NTNコントローラは、各通信リンクのコスト値を計算し、その合計値が最小となる通信ルートを当該セッションに対して割り当てます。サービスごとに要求条件に応じた係数を用いて制御することにより、例えば低遅延かつ高速な通信が要求されるサービスを利用するセッションについては、衛星を経由せずに複数のHAPSをマルチホップ(HAPS間の直接通信)する通信ルートを優先的に割り当て、長遅延かつ低速が許容されるサービスを利用するセッションについては、HAPSからGEO衛星を経由する通信ルートを割り当てることで、より多くのお客さまに対して要求条件を満足した高品質なサービスを提供することが可能となります。
今後に向けて
本稿では、宇宙統合コンピューティング・ネットワーク構想を支える要素技術の1つとして、NTNを用いたモバイル通信のサービス品質向上に向けた研究開発の取り組みを紹介しました。HAPSや衛星を活用したNTNは大規模な研究開発となるため、NTTのみで牽引していくことは非常に困難です。そのため、関係機関や事業会社とも連携しながら、実用化を意識して基盤技術の研究開発に取り組んでいきます。
本研究成果の一部は、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の委託研究(JP012368C07702)により得られたものです。
■参考文献
(1) http://www.rd.ntt/iown/
(2) F.Yamashita:“R&D activities no satellite MIMO/IoT technologies for earth sensing/observation platform and HAPS technologies for B5G/6G NTN communications in NTT Constellation 89 project,” IEICE Tech. Rep., SAT2024-46, 2024.
(3) http://www.docomo.ne.jp/corporate/technology/whitepaper_6g/
(4) 山下・松井・加納・阿部:“Beyond 5G/6Gに向けた多層型NTNの研究開発,” NTT技術ジャーナル, Vol. 35, No. 6, pp.14-17, 2023.
(5) 松井・加納・阿部・外園・谷崎・深澤・山下:“HAPSを介した携帯端末向け直接通信システムの早期実用化と高速大容量化技術の研究開発~フィーダリンクの通信優先制御~,” 信学総大, B-3-14, 2024.
(6) H. Kano, M. Matsui, T. Ohno, J. Abe, and F. Yamashita:“Early Commercialization and System Evolution for HAPS Direct-to-Mobile-Phone Service~Traffic-control method taking into account QoS in non-terrestrial networks linking GEO satellites to HAPS~, ” ICSSC, 2024.
(上段左から)加納 寿美/松井 宗大
(下段左から)徳安 朋浩/山下 史洋

地上のモバイルネットワークと上空の衛星・HAPSネットワークが統合され、さらに融合する世界の実現をめざして、研究開発を推進していきます。