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特集

IOWN──APNで実現するネットワークサービス技術

エクストリームNaaSに向けた無線技術──アナログRoFを用いた高周波数帯無線システムにおける遠隔ビームフォーミング技術

エクストリームNaaS(Network as a Service)に向けた無線技術の1つとして、NTTアクセスサービスシステム研究所ではアナログRoF(Radio over Fiber)を活用して無線基地局の機能を分離、削減した簡易な張出局を用いて高周波数帯無線エリアを効率的に展開するシステム構成を提案しています。本稿では、高周波数帯無線システムで通信に必要な受信感度向上のために必須となるビームフォーミングを、簡易化した張出局で実現する遠隔ビームフォーミング技術について紹介します。

菅  瑞紀(すが みずき)/伊藤 耕大(いとう こうた)
新井 拓人(あらい たくと)/白戸 裕史(しらと ゆうし)
北  直樹(きた なおき)/鬼沢  武(おにざわ たけし)
NTTアクセスサービスシステム研究所

アナログRoFを用いた高周波数帯無線システム

エクストリームNaaS(Network as a Service)で提供する多種多様な光・無線アクセスの1つに、ミリ波*1などの高周波数帯の電波を利用した無線システムがあります。高周波数帯無線システムは、広い帯域幅を利用し大容量な無線通信を実現できます。しかし、周波数が高くなるほど伝搬損失が大きくなるという電波の特徴から、広いエリアをカバーするには多数の無線基地局が高密度に必要になるという課題があります。そこで、アナログRoF(Radio over Fiber)*2を活用して無線基地局の機能を集約局(信号処理部)と張出局(アンテナ部)に分離するシステム構成を提案しています(1)。無線基地局の機能を分離することで、高密度に設置しなければならない張出局を簡易化し、効率的なエリア展開が可能となります。また、集約局と張出局の間をアナログRoFで接続することにより、張出局からは信号処理部だけでなく
A/D(Analog to Digital)、D/A(Digital to Analog)変換器を削減することができます。アナログRoFを活用して無線基地局の機能を分離する構成は、6G(第6世代移動通信システム)のエリア展開技術の1つとしても期待されています(2)。
伝搬損失が大きい高周波数帯無線システムでは、通信に必要となる受信感度を向上させるためのビームフォーミング*3が必須となります。従来の無線基地局では、信号処理部がビームフォーミングの制御を行っていました。しかし、機能分離、削減により、張出局の簡易化を行った場合、信号処理部を持たない張出局のビームフォーミングを実現するためには、信号処理部を有する集約局からアナログRoFを介して遠隔で制御を行う必要があります。そこで、張出局が形成するビームを集約局で遠隔制御する2つの遠隔ビームフォーミング技術を提案し(3)、(4)、検討を進めています。
提案する2つの遠隔ビームフォーミング技術はそれぞれメリット・デメリットがあるため、ユースケースごとに適切な遠隔ビームフォーミング技術を適用することが重要です。本稿では2つの遠隔ビームフォーミング技術を説明するとともに、それぞれの技術に適したユースケース例を紹介します。

*1 ミリ波:波長が1〜10 mmと非常に短い電波のことです。周波数は30〜300 GHzになります。
*2 RoF:無線信号の波形情報を光ファイバ伝送する技術です。アナログRoFは波形をそのままアナログ信号として、デジタルRoFは波形をデジタル信号に変換してから光ファイバ伝送します。アナログRoFは、デジタルRoFに比べ、A/D、D/A変換が不要で、必要な光伝送帯域も狭くて済むというメリットがあります。
*3 ビームフォーミング:複数のアンテナ素子を並べたアレイアンテナを利用し、指向性を電気的に制御する技術です。各アンテナ素子が送受信する電波の位相を制御することで、特定方向に向かう電波を強めて送信したり(送信ビーム)、特定方向から到来する電波を強めて受信したり(受信ビーム)することができます。

従来の遠隔ビームフォーミング技術の課題

従来の遠隔ビームフォーミング技術として、光ファイバの波長分散*4を利用して各アンテナ素子に割り当てる波長を変えることでビーム方向を切り替える方法(5)、(6)があります。しかしこれらの方法は①光ファイバの距離情報が必要、②張出局で光フィルタの制御が必要、③高周波数帯・長距離光ファイバを適用する際に無線信号の形式に制約がある、といった課題があります。そのため、高周波数帯無線基地局の機能分離にそのまま適用することは困難です。

*4 波長分散:光ファイバ中を伝搬する光の速度が波長によって異なるため、伝搬時間に差が生じる現象です。光ファイバの屈折率が波長依存性を持つために起こります。

提案技術1:波長固定割り当てによる遠隔ビームフォーミング技術

提案技術1は、波長固定割り当てによる遠隔ビームフォーミング技術です。この技術について送信側を例に説明します(図1)。集約局では各アンテナ素子にそれぞれ固定的に波長を割り当て、波長多重(WDM: Wavelength Division Multiplexing)によって張出局まで伝送します。光ファイバには波長分散があるため、波長と光ファイバの長さに応じて各アンテナ素子に入力される信号にはそれぞれ異なる遅延が発生します。そこで、各アンテナ素子に割り当てる波長を狭く等間隔に配置すると、波長分散によって引き起こされる遅延も等間隔になります。そのため、各アンテナ素子には等間隔の位相差を持った信号が入力されます。等間隔の位相差を持った信号が各アンテナ素子から送信されると、ある方向で送信信号が同相合成された状態になり送信ビームが形成されます。形成されるビームの方向はアンテナ素子間の位相差で決まります。そのため、集約局であらかじめ各素子に対応する信号に等間隔の位相差を与えるよう位相調整を行い、光ファイバを伝送した際に生じる位相回転量と足し合わされて任意の等間隔の位相差を与えることによりビーム方向を制御することが可能となります。
提案技術1について、シミュレーションおよび実験で、適用条件の検討および有効性の確認を進めています(7)。検証実験は、信号周波数を10 GHz、張出局のアンテナを4素子リニアアレイ、光ファイバを10 kmのシングルモードファイバ、使用する波長を1500 nm帯に設定して実施しました。集約局で位相調整を行うときの隣接波長間の位相間隔(α)を変化させることでビーム方向を制御します。図2は波長間隔を50 GHzとして集約局でαを変化させることでビーム方向を走査した実験の結果です。αの変化に伴いビーム方向が変化していることが確認できます。また、実験結果とシミュレーションによる理想的な4素子アレイアンテナのビームパターンを比較し、おおむね一致していることも確認しています。波長間隔50 GHzはDWDM(Dense WDM)規格で規定されている波長間隔の1つで、汎用のデバイスで構成することができます。この結果から、規格準拠の汎用デバイスを用いた構成に提案技術1を適用した場合でも理想ビームと同等のビームフォーミングが可能であること、集約局での位相調整によって連続的なビーム走査が可能であることが実験的に確認できました。
提案技術1では、波長を狭く等間隔で割り当てる必要があるため、波長配置に制約があります。また、アンテナ素子数と同じ数だけの波長を使用するため、アンテナ素子数が制限され大口径アレイアンテナへの適用は難しいという課題があります。一方で、張出局は集約局から伝送された信号のO/E(Optical to Electrical)変換〔受信の場合は受信信号のE/O(Electrical to Optical)変換〕機能とアンテナのみの最小限の構成にすること、任意の方向にビームを形成することができるというメリットがあります。そのため、提案技術1は1つの張出局がカバーするエリアが比較的狭く、大口径アレイアンテナを必要としないようなケースでの利用が適しています。例えば、ビルの各階に張出局を設置し、それらを1つの集約局で収容することでビル全体をエリア化するようなユースケースが考えられます。

提案技術2:パッシブビームフォーマを用いた遠隔ビームフォーミング技術

提案技術2は、パッシブビームフォーマ*5を用いた遠隔ビームフォーミング技術です。この技術について、送信側を例にビーム制御の原理を説明します(図3)。張出局はパッシブビームフォーマを備え、その入力ポートに対してそれぞれ異なる波長を割り当てておきます。集約局では入力ポートに対応する波長の光キャリアを用意しておき、E/O変換の際に所望のビームに対応した入力ポートに割り当てられた光キャリアを選択して使用します。すると、集約局から伝送された信号は、張出局のWDMフィルタとO/Eを介して所望のビームに対応した入力ポートのみに入力されます。このように、集約局で光キャリアを切り替えることでパッシブビームフォーマの入力ポートを切り替えることができ、ビームを遠隔で切り替えることが可能となります。
提案技術2についても試作装置を用いた実験検証を進めています(8)。この実験は、伝送する無線信号の周波数を28.25 GHz、光ファイバは20 kmのシングルモードファイバ、使用する波長を1500 nm帯、として実施しました。また、張出局が備えるパッシブビームフォーマの一例としてリフレクトアレイを用いました。リフレクトアレイは、電波を放射するフィードアンテナとメタマテリアル*6で形成された反射板から構成されています。メタマテリアル反射板は、フィードアンテナと反射板との位置関係によって、フィードアンテナから放射された電波がメタマテリアル反射板によって反射される方向が変わるように設計されています。このとき、特定の方向で電波が強め合うように反射するため、反射された電波はビームを形成します。フィードアンテナと反射板との位置関係によって形成されるビームの方向が変わるため、フィードアンテナの位置を変えることでビーム方向を変えることができます。実験では図4左側に示す9個のフィードアンテナを備えた9ビームを形成可能なリフレクトアレイを用いています。信号を入力するフィードアンテナを切り替えることで、ビーム方向を切り替えることができます。リフレクトアレイの各フィードアンテナの入力ポートには1500 nm帯の波長を100 GHz間隔で割り当て、集約局でE/O変換に用いる波長を切り替えながら信号を送信しビームパターンを測定しました。図4右側から、使用する波長に応じてビーム方向が変化し、集約局での波長切替によってビーム方向が制御できることが確認できます。ビーム利得が正面から離れるほど低下しているのは、リフレクトアレイの反射特性によるものです。
提案技術2では、張出局にビームフォーマを備える必要があります。そのため、提案技術1と比較すると張出局の機能は増え、サイズも大きくなってしまうことが想定されます。また、ビームフォーマの設計によってビーム方向が決まってしまうため、入力ポート切替による離散的なビーム制御しかできないという課題があります。一方で、高利得が必要な場合に提案技術1と比較して必要な波長数を削減することができます。なぜなら、高利得を得るための大口径アレイアンテナを用いる場合には、アンテナ素子数に対してビーム数のほうが少なくなることが想定されるからです。また、複数の入力ポートに信号を入力するだけでマルチビームの形成が可能となります。さらに、1つのビームに対して1波長しか使用しないため、波長の配置に制約がないというメリットもあります。そのため、提案技術2は1つの張出局がカバーするエリアが広く、高利得を確保する必要があるケースでの利用が適しています。ユースケースとしては、屋外で広範囲にわたって面的にエリア展開をする場合などが考えられます。

*5 パッシブビームフォーマ:半導体等の能動デバイスを用いずにビームフォーミングを実現する仕組みです。信号を入力するポートを切り替えることでビームを切り替えることができます。パッシブビームフォーマとして、バトラーマトリクスやロットマンレンズなどのビーム形成回路、パラボラアンテナやリフレクトアレイなどのリフレクタ、レンズアンテナやトランスミットアレイなどのレンズがあります。
*6 メタマテリアル:電磁波の波長より細かな構造体を利用することで、電磁波の振る舞いを操作する人工物質です。

今後の展望

今後は、さらに使用波長数の削減・高利得の確保・任意の方向へのビーム制御が可能となるよう、遠隔ビームフォーミング技術の特性向上を図ります。また、アナログRoFを用いた高周波数帯無線システムの実現に向けて、分散アンテナシステムとの融合や6Gへの展開をめざします。

■参考文献
(1) 伊藤・菅・白戸・北・鬼沢:“アナログRoFを活用した多様な高周波数帯無線システムの効率的収容,”NTT技術ジャーナル,Vol. 32, No. 3,pp. 15-17,2020.
(2) https://www.nttdocomo.co.jp/corporate/technology/whitepaper_6g/
(3) K. Ito, M. Suga, Y. Shirato, N. Kita, and T. Onizawa:“A novel centralized beamforming scheme for radio-over-fiber systems with fixed wavelength allocation,” IEICE Communications Express,Vol. 8, No. 12, pp. 584-589,2019.
(4) 伊藤・菅・新井・白戸・北:“高周波数帯RoFシステムのための遠隔ビーム制御手法,” 信学総大,CI-7-5,2021.
(5) S. Akiba, M. Oishi, Y. Nishikawa, K. Minoguchi, J. Hirokawa and M. Ando: “Photonic architecture for beam forming of RF phased array antenna,”OFC 2014, San Francisco, U.S.A., March 2014.
(6) M. Tadokoro, T. Taniguchi, and N. Sakurai:“Optically-controlled beam forming technique for 60 GHz-ROF system using dispersion of optical fiber and DFWM,” OFC/NFOEC 2007, Anaheim, U. S. A., March 2007.
(7) K. Ito, M. Suga, Y. Shirato, N. Kita, and T. Onizawa:“Experimental evaluation of remote beamforming scheme with fixed wavelength allocation for radio-over-fiber systems,”Proc. ECOC 2020, Brussels, Belgium, Sept. 2020.
(8) 伊藤・菅・新井・白戸・北・岸山・須山・永田・浅井:“高周波数帯RoFシステムのためのパッシブビームフォーマを用いた遠隔ビーム制御手法,”信学総大,B-5-8,2021.

(上段左から)菅  瑞紀/伊藤 耕大/新井 拓人
(下段左から)白戸 裕史/北  直樹/鬼沢  武

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