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特別企画

東京2020オリンピック・パラリンピックとNTT R&D:カテゴリ3 東京2020を『支えた』NTT R&Dの技術

高効率Wi-Fi

東京2020オリンピック・パラリンピックの競技会場と関係会場において、NTTでは、国内外の観客・関係者に快適な無線通信環境を提供するために高効率Wi-Fiの技術開発と導入に取り組みました。本技術を活用することで、ネットワークを活用した新たなスポーツ観戦のスタイルや、MICEなどで開催されるイベントにおいて、フレキシブルなネットワークを利用したさまざまなサービスの実現が期待されています。

中平 俊朗(なかひら としろう)†1/佐々木 元晴(ささき もとはる)†1
鍋島 正義(なべしま まさよし)†1/小川 智明(おがわ ともあき)†1
守山 貴庸(もりやま たかつね)†1/平賀 健(ひらが けん)†2※
吉澤 健人(よしざわ けんと)†2/大串 幾太郎(おおぐし いくたろう)†2
NTTアクセスサービスシステム研究所†1
NTTブロードバンドプラットフォーム†2
※現、NTT未来ねっと研究所

はじめに

スマートフォンやSNS等が浸透して人々のライフスタイルが変化するに伴い、スポーツや音楽ライブの観戦など、イベントへの参加方法も変化しつつあります。例えば、注目を浴びるシーンでは、会場の観客が自身のカメラやスマートフォンで一斉に写真や動画を撮影し、即座にSNSへ投稿することや、クラウド環境にアップロードすることが一般的になってきました。東京2020大会でも、競技会場で満員の観客がネットワークを一斉に利用することが想定されました。
メイン会場となる新しい国立競技場は、日本の新しいスポーツの聖地として世界に誇れるスタジアムとなるために、さまざまなシステムが適切に連携し観客にストレスのない通信環境が必要でした。そのため、NTTグループ各社からIPネットワーク構築やWi-Fi*構築の経験豊富で高い技術力を持つスペシャリストが集結し、世界最高水準のICT環境を整備しました。特にWi-Fiについては、これまでの大規模なスタジアムでの数々の構築・運用の経験やノウハウを活かし、競技場の構造や形状に合わせた最適なアクセスポイント(AP)の配置を行い、70席に1カ所のAPを設置し、コンコース、売店やチケット売り場周辺などの人が溜まるエリアもカバーして、トータルで約1300台のAPを配置した世界最高水準の高密度Wi-Fiを実現しました。さらに、高密度を実現するには、電波干渉を回避した最適なチャネル設定や構築の最終段階で実施するチューニングが重要となります。そこでNTT研究所の高効率Wi-Fiを活用し、安定した高品質なWi-Fi環境とすることで、インターネットに快適につながり、誰もがSNS等により感動を共有できるスタジアムを実現しました。

*「Wi-Fi」は、Wi-Fi Allianceの登録商標です。

技術紹介

安定的、かつ、高品質なWi-Fi環境を実現する、高効率Wi-Fi技術を構成する技術を以下に紹介します。

■無線リソース制御技術

無線リソース制御技術は、APどうしの電波干渉状況などに応じて、各APの運用周波数チャネル、帯域幅、送信出力などのWi-Fiパラメータの最適な組合せを導き出す技術です(図1)。遺伝的アルゴリズムを用いた繰り返し最適化処理により、各AP間で電波干渉を回避した最適なチャネルの組合せの導出を行います。この処理を動的に行うことで、環境変化に追従して各APのパラメータを制御することを可能としています。

■無線品質可視化技術

無線品質可視化技術は、APまたは利用者(端末)に近い場所に設置されたモニタリングデバイスにおいて、周辺で飛び交っている制御等信号を傍聴および解析することにより、周りの無線状況の混雑度合い等を推定し表示する技術で
す(2)。この技術により、送受信端末の位置推定、急激なトラフィック増加等が発生した際のアラート発出、さらに、回線が不安定時に原因究明に必要なユーザ付近情報をオペーレータに提供する等を可能としています(図2)。

会場での実証

新しい国立競技場は完成直後の2019年12月にオープニングイベントが開催されました。会場は約6万人の満員の観客が入り、有名アスリートのリレーや人気アーティストのライブが行われました。それは同時に、撮影された画像や動画がSNSやメールに投稿され、世界に拡散される瞬間でもありました。約6万人もの観客が、日常の延長線にあるように同時に気軽にSNSに投稿ができたことは、国立競技場の通信インフラが安定的で高い品質であることを示しています。
オープニングイベントでは、実際に高密度に観客が入っている場合の無線環境の変化や、トラフィックの推移を把握する絶好の機会でした。無線品質可視化技術を用いて、面的かつ継続的に取得した無線環境のデータを解析した結果、発生トラフィックのピークに対して問題なくトラフィックを収容できた事実を、データの観点からも確認できました(図3)。また、無線品質可視化技術を用いて取得したデータを基に解析を行った結果、観客が密集する環境における受信電力に対する人体遮蔽特性の影響も明らかになりました(図4)。これまでも、競技場のような環境では混雑した入場者の人体により電波が遮蔽・減衰することが無線通信へ影響があることが学術的にも報告されていましたが、その定量的な影響の大きさは明確ではありませんでした。これらの解析結果は、無線リソース制御技術を用いてWi-Fiパラメータを精緻に設計するための有益なデータとなりました。
また、大規模イベントとして、日本で初めて屋外にて5.2GHz帯無線帯域が活用されたイベントでもありました。この帯域は、屋外での利用が認められていませんでした。NTTは屋外利用を可能とする制度改正に取り組み、2018年に国内制度が先行して改正され、2019年11月に国際条約の改正が実現されたばかりです。本功績によって電波功績賞 総務大臣表彰も受賞しました(3)。
東京2020大会に向けては、同じスタジアム内でも、観客用と運営用でチャネルを分けて運用することが求められました。6万人規模の観客の大量のトラフィックが発生する中でも、大会関係者や競技関係者に安定的な通信品質を確保するためです。オープニングイベントの解析結果を基に、事前にトラフィック量を試算したところ、利用可能なチャネル数が制限されると、オリンピックの規模のイベントでは容量不足が発生することが確認できていました(図5)。NTTの高効率Wi-Fiは、このような制限されたリソースの中でも、最適なWi-Fiパラメータの組合せを動的に導出可能です。この効果が認められ、国立競技場に本技術を適用することになりましたが、最終的に無観客開催となり、観客用のWi-Fiは停波することになり国立競技場での活用はかないませんでした。しかしながら、本技術は、オリンピックスポンサーのショーケース会場となった東京ビッグサイト青海展示棟のフリーWi-Fi環境に実際に用いられ、快適な無線ネットワークの提供に貢献しました。

今後に向けて

NTTでは、新たな観戦スタイルや新たなイベントの創出に向けて、会場内のネットワークを最適化して安定的なスループットを提供する高効率Wi-Fiの研究開発を行ってきました。本技術によって例えば、エリア単位でのネットワークの需要に応じてフレキシブルに通信リソースを配分するといった利用も可能となり、VIPルームやプレス席などの特定の場所のスループットを向上させる等、フレキシブルなネットワーク提供も可能となります。
これらの技術群をCradio®(クレイディオ)と名付け、NTTが中心となって進めるIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想実現に向けた重要な技術として、これからも研究開発を進めていきます。

■参考文献
(1) https://www.rd.ntt/as/times/116/04/top.html
(2) https://www.rd.ntt/as/times/111/02/top.html
(3) https://www.arib.or.jp/image/osirase/osirase20200624.pdf
(4) M. Sasaki, T. Nakahira, K. Wakao, and T. Moriyama:“Human Blockage Loss Characteristics of 5 GHz Wi-Fi Band in a Crowded Stadium,” IEEE Antennas and Wireless Propagation Letters, Vol. 20, No. 6, pp. 988-992, June 2021. doi: 10.1109/LAWP.2021.3069004.

(上段左から)中平 俊朗/佐々木 元晴/鍋島 正義/小川 智明
(下段左から)守山 貴庸/平賀 健/吉澤 健人/大串 幾太郎

問い合わせ先

NTTアクセスサービスシステム研究所
無線アクセスプロジェクト
次世代大容量無線グループ
TEL 046-859-8720
FAX 046-855-1497
E-mail mujig-p-ml@hco.ntt.co.jp