NTT技術ジャーナル記事

   

「NTT技術ジャーナル」編集部が注目した
最新トピックや特集インタビュー記事などをご覧いただけます。

PDFダウンロード

2025年6月号

特集

NTTグループの一次産業分野の取り組み

循環型陸上養殖による食料・環境問題解決、地域貢献

近年、世界的な人口爆発や地政学リスク等により、食料や原材料の価格高騰を招き、食の安全保障確保の必要性が高まっています。また、気候変動による海水温上昇は水産業にも影響を与え始めており、従来の「獲る漁業」から養殖を中心とした「育てる漁業」への転換がみられます。本稿では、品種改良や情報通信技術を組み合わせた陸上養殖による食料・環境問題解決、地域貢献に資する取り組みの概要と、具体的事例や将来の方向性を紹介します。

久住 嘉和(くすみ よしかず)
NTTグリーン&フード

背景

■地球規模で起こる食料不足や環境問題等への懸念

近年、地域の基幹産業である農林水産業に従事する就労者の減少や高齢化が加速することによる食料自給率の低下など、食糧に関する多くの課題が顕在化しています。特に水産業においてはその傾向が顕著であり、日本では約30年で就労者、水産生産量ともに 60%程度減少するなど危機的な状況です。また、気候変動による海水温上昇や乱獲などにより、従来近海で獲れていた魚介類が獲れなくなるなど、地元の水産・加工、製氷業者などにも大きな影響を与え始めています。一方世界では、気候変動や人口爆発、地政学リスクなどにより、一部の食料品や資源価格が高騰しています。

■陸上養殖への期待

このような背景から、養殖が期待されています。養殖には海面養殖と陸上養殖の2種類がありますが、海面養殖は区画漁業権の取得が必要であり、参入障壁がありますが、陸上養殖は漁業権の制約を受けないため、新規参入が比較的容易です。また、陸上養殖は養殖全体の1%に満たない状況であり、伸びしろが大きいともいえます。そのため、陸上養殖への参入事業者が急増しており、異業種からの参入も相次いでいます。中でもサーモンやエビについては参入事業者が多く、特にサーモン養殖は大手総合商社などが巨大な資本を投じて海外のパートナーなどと連携して2024年度から生産を順次開始しています。サーモンの各社の年間生産量を合計すると日本全体の年間輸入量に迫る勢いです。

■NTTグループの取り組み

2023年に公表されたNTTグループ新中期経営戦略(1)の中には、取り組みの柱の1つとして循環型社会の実現が明記されています。新たな価値創造と地球のサステナビリティのためにという考え方のもと、循環型ビジネスの創造の具体的事例として、再生可能エネルギー、ごみリサイクル・バイオマスプラント、スマート林業、スマート農畜産業、スマート養殖が示されています。また、NTTグループは環境問題に対しても積極的に取り組んでいます。NTTグループは通信設備の使用を通じて多くの商用電力を消費しており、いかにエネルギー消費、温室効果ガス排出を抑制するかという観点から、さまざまな研究開発や技術開発が行われています。その一環で、CO2をより多く吸収する微細藻類の研究開発も行われています。

NTTグリーン&フード設立と事業構想

■事業概要

循環型社会の実現に資する具体的な取り組みの1つとして、NTTは京都大学発のベンチャーであるリージョナルフィッシュと合弁会社NTTグリーン&フードを2023年7月に設立しました(2)。NTTが持つ藻類の生産技術、AI(人工知能)・IoT(Internet of Things)等の情報通信技術(ICT)、リージョナルフィッシュが持つ品種改良技術や養殖技術を組み合わせ、陸上養殖を通じた「食料問題」「環境問題」「水産業の衰退」などの社会課題の解決をめざしています。農林水産業は産業の中で唯一、自然に働きかけて、その恵みを享受する産業ではないかと考え、その素晴らしいエコシステムを先端技術でうまく引き出しながら、貢献したいという想いから「自然の恵みを技術で活かし地球と食の未来をデザインする」というパーパスを設定しました。事業構想は大きく3つのステップを考えています(図1)。
ステップ1は品種改良技術などを活用して魚介類を生産、販売、ステップ2はNTT研究所の藻類を活用した飼料事業、ステップ3は魚介類や藻類、飼料を生産する仕組みであるNTTグループのICTをはじめとする技術を盛り込んだ、未来の循環型陸上養殖システムの開発、提供です。魚介類や藻類の大規模生産・運用実績、エビデンスに基づくコンサルティングおよびプラント設計・建設、運用保守を請け負うことも視野に入れています。設立から数年間はステップ1の魚介類の生産・販売に注力し、日本屈指の大規模陸上養殖の運用実績・ノウハウを基にステップ2・3に進めることを想定しています。

■品種改良によるゲームチェンジ

農業や畜産によって私たちが得られる食材のほとんどは品種改良されたものです。農業は1万2000年前から品種改良が進められてきました。一方、水産業は完全養殖を始めて50年であり、30年かかる品種改良を行うだけの時間がなかったため、現状はほとんどの魚種が天然種です。将来的には農業のように品種改良によるゲームチェンジができるのではないかと考えています。
例えば、シャインマスカットが登場したのが2006年で、まだ歴史が浅いものの、ぶどう取引額品種構成比(2020年)で半分のシェアとなっています。また、サーモンは1980年ごろまでは生で食べることはできませんでしたが、品種改良と飼育管理が進むことにより生食が可能となり、生産量が当時の400倍になっています。
NTTグリーン&フードは、こうした品種改良と陸上養殖を組み合わせて魚介類や藻類の生産を行います。例えば、高成長するフグは飼料利用効率が高まり、必要な餌の量が少なくなります。成長サイクルが早まるため、養殖に必要な電力等も低減できます。また、従来の天然種のマダイとは異なり、熱が入りやすく加熱時の身質がふっくらと柔らかく、肉厚で歩留まりの良い高付加価値のマダイも生産できます。さらに、陸上養殖の特長である、「種苗から成魚まで完全国内生産」「寄生虫やマイクロプラスチックの可能性が少なく安全・安心」が実現できます。
またNTTは藻類のCO2の吸収にかかわる遺伝子を世界で初めて特定しました(3)。その遺伝子に対し品種改良を行うことによって、成長も速く、CO2をより吸収する藻類の研究開発を進めています。藻類は魚介類の成長に欠かせないDHA(ドコサヘキサエン酸)/EPA(エイコサペンタエン酸)等の不飽和脂肪酸を多く含んでおり、食物連鎖の底辺でもあることから、品種改良された藻類を活用した水産飼料と品種改良された高機能の魚介類を組み合わせて、サステナブルな陸上養殖ができると考えています。

具体的な取り組み内容

■魚介類

立ち上げ期の数年間は、ヒラメ、シロアシエビ、ギンザケを中心とするサケマス類を生産し、知見・ノウハウを蓄積します。将来的には魚種と拠点を全国に拡大します(図2)。1番目の魚種であるヒラメは、宮崎や鹿児島などの九州地方で生産しており、生産量は小さいため、限定数量ながらすでに上市しています。
2番目の魚種であるシロアシエビは、静岡県磐田市で生産しています。同市と連携協定を締結して、陸上養殖を契機に、地元企業との連携や雇用創出、プロスポーツチームとのイベント協力、食育、教育などにも協力し、地域活性化を行います。地元企業の建屋と土地を賃借することで遊休設備の利活用を図るとともに、工期の大幅な短縮を実現しています。2024年12月に操業を開始しており、敷地面積は1万3000㎡、生産能力は年間約110トンで、エビの養殖場としては日本最大級となります(図3(a))。種苗から成魚までを一貫して国内で生産する完全国産養殖です。また、病気に強く、無薬品で安全・安心であり、鮮度抜群のエビです。海外産に比べ、グリシン、アラニンといった甲殻類特有の甘み成分が1.5~2倍、さらにアスパラギン酸、グルタミン酸といった旨味成分が多く、こうした点を付加価値の高い点として販売します。
また、2024年8月に関西電力グループの「海幸ゆきのや合同会社」の事業承継および完全子会社化しました⑷。海幸ゆきのやは2022年の創業以来2年間の運用実績があり、単に生産量の拡大に寄与するだけではなく、生産ノウハウや販路の共有など、さらなる事業シナジーも得られることから事業を承継することを決定しました(図3(b))。これによりNTTグリーン&フードは、磐田プラントおよび海幸ゆきのやを合わせ、年間約200トンの生産能力を誇る日本最大のエビの陸上養殖事業者となりました。
3番目の魚種であるギンザケを中心とするサケマス類の生産については宮城県気仙沼市で行う予定です。2025年2月に同市、NTT東日本と連携協定を締結(図3(c))し、陸上養殖を契機に、地元企業との連携や雇用創出、食育、教育などにも協力しながら地域の活性化に貢献します⑸。事業用地は2011年の東日本大震災で被災した地域の土地を活用します。敷地面積は約1万㎡、竣工時期は2026年度、生産能力は年間600トン程度で、種苗から成魚まで完全国産養殖のギンザケの中間魚*などを生産します(図3(d))。このギンザケの中間魚は近隣の海面養殖事業者に販売される予定ですが、海流の蛇行や気候変動の影響などにより、海水温が数度上昇している中でも生育できるように開発されており、地元産業の復興、循環型社会の実現にも貢献できると考えています。

* 中間魚:養殖に適した大きさや抵抗力を持つまで育てられた稚仔魚のこと。

■微細藻類

現在、魚の餌である配合飼料の約50%はイワシ等を粉砕した魚粉・魚油となっています。その中で、世界では養殖による魚の生産量が爆発的に増えており、養殖魚の餌となる、魚粉や魚油の市場も年率12%程度と急速に伸長しました。イワシの漁獲制限や世界的な養殖餌料の需要拡大により魚粉が不足して、価格が高騰・高止まりしています。
NTTグリーン&フードも将来は藻類を養殖場の周辺で生産し、魚粉・魚油の代替として活用することで、サステナブルかつ地産地消の水産飼料の開発を実現したいと考えています。タンパク質と不飽和脂肪酸を多く含む藻類の生産により魚粉依存からの脱却が可能と考えていますが、魚粉よりも生産コストがかかります。このコスト低減をどう実現するか、日本のみならず世界中で研究開発を行っています。この藻類を活用した水産飼料の事業化に向け、NTT研究所では藻類の育種技術を開発し、NTTグリーン&フードが藻類の培養・生産技術を持つパートナーと連携することによって、藻類の低コスト大量生産を実現しようと考えています。生産した藻類は、生餌、配合飼料の両アプローチで展開を予定しています(図4)。

将来の方向性

■陸上養殖から水産工場へ

海水温上昇により水揚魚種の変化、新たな寄生虫、ウイルスに起因する課題の顕在化、アレルゲンを含む魚介類の増加に対して、人類の食を救う安全・安心でサステナブルな魚を生産したいと考えています。例えば、甲殻類アレルギーのないエビやノロウイルスフリーの牡蠣、アニサキスフリーのマサバといった魚種にも拡大していきます。また、水産業が将来、海面養殖から陸上養殖、さらには水産工場に進むことを見据えて、さまざまな研究開発を進めています(図5)。例えば、魚の生育状況の管理や給餌の自動化は一般的にも行われていますが、さらに異常な魚を予知して防ぐことも必要です。カメラで1個体ずつの体長を測定し、生育状況や動きに合わせて自動的に給餌量を変えたり、病気の魚を取り除いて病気が広がるのを抑制したりする取り組みを行っています。生産者の質問に熟練者が答えるのをAIに学習させ、以降の同じ質問にはAIが回答するオートパイロットや、大規模言語処理を組み合わせることなども行っています。このほか、巨大な水槽を船型ロボットが巡回し、水質測定や脱皮したエビの殻を回収・有効利用することなども検討しています。
将来的にバリューチェーンをつなぐ流通側のパートナーと情報連携をして、需要から生産するマーケットイン型の計画生産の実現もめざします。また、陸上養殖はエネルギーコストが大きいので、再生可能エネルギーや非常用電源の有効利用などにも取り組んでいきます。

■水産フードチェーン革命をめざして

日本の水産物は、従来から、加工・販売・食のプロセスは優れており、世界一おいしいと言われています。例えば、「血抜き」や「神経締め」といった魚の処理技術、冷凍・冷蔵・鮮度保持・輸送の技術は世界に誇れる技術であり、ミシュランの星を獲得した日本の飲食店の数は世界一です。ここで、NTTグリーン&フードとリージョナルフィッシュが連携し、種苗、生産の領域で革命を起こし、バリューチェーン全体で競争力のある新たな水産業のかたちを構築します。
食糧問題の解決に資するためには、養殖場を全国展開し、地域で獲れなくなった魚、食べられなくなった魚を生産するなど、水産物を通じた地域活性化を図っていきます。また、CO2吸収量が多く、DHA/EPA含有量の高い藻類の生産を通じて、脱炭素に貢献するエコな餌をつくり、循環型の水産事業を実現することによって、日本のESG(環境・社会・ガバナンス)戦略をリードします。さらに、ESGに共感できる有力企業と積極的な事業提携を通じて、日本の陸上養殖を世界に誇れる新しい産業にしていきます。

■参考文献
(1) https://group.ntt/jp/ir/library/presentation/2022/230512_2.pdf
(2) https://group.ntt/jp/newsrelease/2023/06/27/230627a.html
(3) https://group.ntt/jp/newsrelease/2023/02/09/230209c.html
(4) https://www.ntt-green-and-food.com/information/news/20240801/499/
(5) https://www.ntt-green-and-food.com/information/news/20250206/715/

久住 嘉和

今後も「自然の恵みを技術で活かし、地球と食の未来をデザインする」という理念のもと、地域の皆様と連携しながら事業を拡大し、循環型社会の実現に貢献します。弊社にご興味のある方はいつでもお声がけください。

NTTグリーン&フード
コーポレート部

DOI
クリップボードにコピーしました