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宇宙ビジネスブランド「NTT C89」で推進するNTTグループの取り組み

2024年6月3日にNTTグループ各社は宇宙ビジネスの新ブランド「NTT C89」(エヌ・ティ・ティ シー・エイティ・ナイン)を立ち上げました。本稿では、NTT C89の立ち上げ背景、NTT C89に込められた想い、また、NTT C89の下、NTTグループ各社が注力して取り組む宇宙ビジネスの領域と研究開発について紹介します。

榮永 道子(えいなが みちこ)/木村 吾郎(きむら ごろう)
林 崇文(はやし たかふみ)/舟橋 宏直(ふなばし ひろなお)
石丸 佑子(いしまる ゆうこ)
NTTアライアンス部門

宇宙ビジネスのブランド「NTT C89」の始動 ~未来に、新しい星座を。~

2024年6月3日、NTTグループ各社の宇宙ビジネスの新ブランド「NTT C89」(エヌ・ティ・ティ シー・エイティ・ナイン)を立ち上げました(図1)。宇宙技術の発展による打ち上げコストの低減や、未知領域の探索、人の滞在、資源開発等をはじめとした月への興味関心の拡大など、近年の宇宙技術・市場の高まりを背景として、宇宙ビジネスに参入する企業は増えています。現在の宇宙ビジネスはインターネットの黎明期と似ており、今日ではどのビジネスでもインターネットが使われているように、宇宙技術もさまざまな用途で使われる“身近な”存在になってきています。宇宙ビジネスの市場規模は2040年には150兆円近くに拡大すると予測されています。また、10年で総額1兆円規模の「宇宙戦略基金」が創設され、国内の宇宙ビジネスの活性化が後押しされており、宇宙ビジネスを取り巻く環境は変曲点を迎えています。NTTグループ各社ではこのような環境を踏まえ、本タイミングで「NTT C89」を発表しました(1)
「NTT C89」の“C”はConstellation(星座)を意味しており、「NTT C89」はNTTグループ各社が「新たに89個目の星座をつくっていく」という想いを表しています。Constellationは、季節や時間を計るといったように、今も昔も人類にとって進むべき道を教えてくれる“道標”のような役割です。天文学に用いられる星座は88個存在していますが、NTTグループ各社の事業やソリューションの1つひとつの取り組みを星ととらえ、それらを有機的につなげることで、現代における89個目の新しい星座となることで、日本の宇宙ビジネスの発展に貢献していきたいと考えています。

宇宙ビジネスにおいて注力する領域

2021年にスカパーJSAT株式会社との宇宙事業に関する業務提携の際に発表した“宇宙統合コンピューティング・ネットワーク”の実現に向け、NTTグループ各社は“自社の技術的な強みを活かし自前化をめざす領域”と、“新たな技術開発を行いつつパートナーとの連携でサービス化を加速する領域”を戦略的に分け、それぞれの領域において市場創造・拡大を牽引する事業開発と技術開発の両方を実行しています(図2)。

■自社の技術的な強みを活かし自前化をめざす領域

(1) GEO衛星
赤道上空3万6000kmを1日で周回する軌道上にあり、GEO(Geostationary Orbit satellite)衛星が周回する速度と地球が自転する速度が一致することから、地球から見ると衛星がいつも同じ場所に位置します。GEO衛星においては、衛星電話・データ通信サービスとして“ワイドスター”をNTTドコモが1996年より提供しています。また、低軌道を周回する観測LEO(Low Earth Orbit satellite)衛星事業者が撮影したデータをGEO衛星経由で地上に光通信でリアルタイムに高速伝送する“光データリレーサービス”をSpace Compassが開発しています。観測LEO衛星は90分で地球を1周しますが、高速で移動しているため90分の周回時間のうち数分程度しか地上にデータを伝送するチャンスがありません。そのため撮影タイミングと地上に撮影した情報を下ろすタイミングにタイムラグが発生するのが課題です。この課題を解決するため、LEO衛星とGEO衛星間、そしてGEO衛星と地上間の通信には光レーザを用い、GEO衛星を経由し地上にデータを大容量、かつ高速にリアルタイムに伝送する仕組みを今後提供していきます。
(2) 観測LEO衛星
観測LEO衛星は、高度2000km以下の軌道を周回する低軌道衛星です。NTTデータでは、観測LEO衛星事業者が撮影する観測データを3Dの地図に変換する「AW3D®」を2014年より提供しています。AW3D®は、世界で初めて2.5m解像度の細かさで地球上のすべての陸地の起伏を表現しており、さらに都市部では最高0.5m解像度の3Dデータの提供も可能です。アジアやアフリカをはじめとする新興国での地図整備や防災対策、電力分野の発電計画、資源分野の鉱区探索、衛生分野における疫病の感染拡大の対策、都市計画や設備計画など、幅広い分野で活用することができ、世界130カ国以上で、4000プロジェクト以上の実績があります。
世界のさまざまな課題解決において衛星データの活用は今後ますますニーズが高まっていくと予測されていますが、最近では都市の設計、インフラ設備の監視・管理、防災等における予測・最適化などデジタルツインのニーズも高まっています。NTTデータではデジタルツイン技術を活用した従来の3次元デジタル地図から、衛星観測データの高度化により準リアルタイム(4次元)での国土の管理、リスクの予測や対処計画の最適化等を可能とする4次元デジタル地図の基盤整備をめざしています(図3)。また、観測LEO衛星事業者が撮影する観測データ利用よりも柔軟な事業展開をめざし、より高頻度かつ高精度な撮影が可能な観測衛星システムを整備し、衛星画像提供から利用者の判断支援までワンストップで提供できる仕組みを構築していきます。これに伴い、2024年7月1日に「Marble Visions」の設立を発表しました(2)
(3) HAPS
HAPS(High Altitude Platform Station)は、地上から約20km上空の偏西風や大気の対流の影響が少ない成層圏を数カ月にわたって飛行し、通信・観測サービス等の提供を行う無人飛行体です。NTTドコモ、Space Compassは2022年からエアバス子会社であるAALTO社とHAPSの技術実証に取り組んできました。AALTO社は、10年以上の研究開発フェーズを経て、HAPSの早期の商用提供をめざしています。AALTO社の開発するHAPS“Zephyr”は、無人飛行体として世界最長となる64日間のフライト記録を持ち、世界でもっとも実用化に近いと評価されています。NTTドコモ、Space CompassはAALTO社、エアバス社と早期商用化を目的とした資本業務提携に合意したことを、2024年6月3日に発表しました(3)。まずは日本において2026年にサービス提供し、アジアを中心としたグローバル展開をめざしていきます。
HAPSを用いた通信サービスの提供エリアとしては、都市部、郊外、山間部、海・空の4つに大別できます。NTTドコモが地上の基地局を配備してきたのは、主に都市部や郊外エリアでしたが、山間部や海などのエリアに提供するためには、鉄塔や光ファイバ、電話回線の設置に多額の費用を要することが課題でした。人口カバー率は99.9%以上でカバーできていますが、国土全体や領域などを含めると、通信ができないエリアはまだ多くあります。HAPSを用いることで、山間部や海など、地上基地局の設置が困難な地域でも高速通信が可能になります。こうして通信エリアを拡大することで、地上ネットワークが災害を受けた場合には非常通信用途としても有用ですし、登山客の遭難救助などでも活躍するでしょう。また、長期にわたり船舶業務に従事している方にとっては、通信が確保されればエンタテインメントの提供などの余暇にも活用することが可能です。

■ 新たな技術開発を行いつつパートナーとの連携でサービス化を加速する領域

(4) 通信LEO衛星
通信LEO衛星は、観測LEO衛星と同様、高度2000km以下の軌道を周回する低軌道衛星となり、GEO衛星と比較すると高度が低いことから高速・低遅延の通信が可能となります。2023年より、Starlinkを活用した衛星ブロードバンドインターネットサービスをNTTドコモとNTTコミュニケーションズが提供しています。Starlinkを活用し、能登半島地震に伴う被災地支援や通信復旧への活用のほか、メッシュWi-Fiや映像伝送など、その他のさまざまなソリューションと複合的に組み合わせることで幅広い業界の課題解決に貢献していますが、その1つのソリューションとしてARAV株式会社と協業し、建設機械の遠隔操縦・自動化ソリューションを提供しています。これにより、山間部や災害地域などの通信環境構築が困難な場所における現場作業の遠隔操縦・自動化を可能とし、また建設業界の人手不足解消や安全対策にも貢献できます。
また、NTT、NTTドコモ、NTTコミュニケーションズ、スカパーJSATは、Amazonが提供する低軌道衛星ブロードバンドネットワーク「Project Kuiper」と2023年に戦略的協業に合意し、より広範囲かつ深いビジネス連携を検討しています(4)。衛星ブロードバンド通信サービスに加えて、クラウドサービスなどと組み合わせた付加価値の高いサービス提供や、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)技術によるさらなる高度化を考えています。
NTTグループ各社はGEO/LEO/HAPSとサービスは独立され提供しているものですが、地上ネットワークと非地上ネットワークを融合し最適な手段・経路をお客さまに意識させることなく選択し、快適な通信を提供していきます。また、震災などの災害対策はもちろんのこと、農業、林業、インフラ関連などさまざまな産業の方々に宇宙関連のサービスをご利用いただき、課題解決に役立て、より宇宙を身近な存在にしていきます。

能登半島地震における被災地支援

2024年1月1日に能登半島を中心とする地震が発生したことは記憶に新しいところです。NTTグループでは被災地支援として、さまざまな宇宙関連のサービスをトータルで提供しました(図4)。衛星インフラとして、NTTドコモとNTTコミュニケーションズからStarlink、およびワイドスターを提供しました。また、NTT西日本が提供するポータブル衛星通信システムを設置することで、早期に通信環境を整備しました。さらに、NTTデータが提供するAW3D®により、被災前後の光学衛星での撮影画像から被災個所の特定に貢献しました。
今後も、さまざまな宇宙関連のサービスをパートナー企業と連携し、即時に観測データを公開し被災状況の把握にご活用いただくこと、避難所などへの通信サービスの確保に貢献していきます。

NTT研究所での取り組み

最後に、NTT研究所での取り組みについても紹介します。さまざまな分野において研究開発にも力を入れており、NTTならではの技術を将来的にサービスに活用していきたいと考えています。

■ AI推論

GEO衛星をデータセンタとして活用することを想定して、観測データをGEO衛星上の計算機で効率的にAI(人工知能)推論する技術を国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構(JAXA)と共同研究しています。観測データは膨大になり、全量を地上へ伝送するのは困難です。そこで、衛星上でのAI処理により重要なデータのみを抽出し、優先して地上に送ることで、即時性の高いデータ利用を可能にします。ユースケースとして不審船検知を想定した宇宙空間でのAI処理の研究を進めています。宇宙空間というリソース制約の多い環境で行える比較的軽量なイベント検知を行い、地上での処理が必要なデータのみを伝送することで、転送量を削減します。地上では送られてきたデータに対して高精度なAI処理を行います(5)

■ 宇宙太陽光発電

“宇宙太陽光発電”はGEO衛星上での太陽エネルギーをレーザ光やマイクロ波に変換して、地上に伝送し電力等として利用する次世代エネルギー技術です。静止衛星上では地上とは異なり昼夜問わず発電が可能であり、さらに雲や大気による散乱・吸収がないため、太陽光から得られる単位面積当りのエネルギーは地上の約10倍程度になると見込まれています。宇宙から地上へのエネルギー伝送方式としては、NTTではレーザを用いた研究を進めており、静止衛星上で太陽エネルギーをレーザ光に変換し、地上に伝送させた後、地上の受光設備で太陽電池のような光電変換素子によりレーザ光を電力に変換します(6)

■ 宇宙線電磁バリア技術

“宇宙線電磁バリア技術”では、人体や電子機器への影響が人類の宇宙進出の障壁となる強力な宇宙線の現象を解き明かし、宇宙機器への影響の評価、および影響の低減に向けて研究を行っています。地球は独自の磁場を持っており、太陽や銀河が放出する宇宙線から守られていますが、宇宙においても超電導によって磁場を発生させ宇宙線の軌道を曲げる手法を研究しています。もう1つの手法としては、物質をバリアとして使用する「遮蔽材」を使った手法です。どのような材料を置けば、どの程度の宇宙線の入射を防げるかを研究しています(7)

■ 衛星MIMO

超広域なセンシングプラットフォームの構築を可能にする無線伝送技術“衛星MIMO(Multiple-Input and Multiple-Output)”についてJAXAと共同研究を進めています。地球を周回するLEO衛星が地上のあらゆる場所に設置したセンサ端末のデータを収集するとき、移動するLEO衛星が収集した大量のセンサデータを地球局に短時間で伝送するための大容量通信が必要となります。そこで、LEO衛星に搭載する複数アンテナと複数の衛星地球局のアンテナとの間で同じ無線周波数で異なる情報を同時に伝送し、周波数利用効率を向上するMIMO技術の実現を進めています。衛星通信は、見通し伝送距離が長く、LEO衛星の移動による伝送遅延の変動や大きなドップラー周波数誤差が生じるなど、地上通信とは電波伝播環境が大きく異なるため、地上の携帯電話などに使われるMIMO技術をそのまま適用することは困難です。そのため信号受信タイミング誤差や周波数誤差により生じる相互干渉を補償して信号を分離する、世界初の低軌道衛星MIMO技術の確立を進めています(8)

■ 次世代地球観測技術

次世代の地球観測衛星に向けた優れた高周波特性を有するテラヘルツ帯デバイス技術についてJAXAと共同研究を進めています。テラヘルツを活用しこれまで見えなかった積乱雲の氷雲等を観測可能なラジオメータの技術確立を進め、台風等の気象状況の把握・予測へ応用をめざしています。

■ 超高速大容量技術

超高速大容量となる宇宙空間における光通信の実現に向けた光増幅の送受信デバイス技術についてJAXAと共同研究を進めています。静止軌道と低軌道の衛星間通信や、静止軌道の衛星と地上局の間の通信において、今後100Gbit/sを超える超高速大容量通信が求められてきます。超高感度低雑音光増幅技術(LNA)である位相感応増幅技術と超高速出力光増幅技術(HPA)を組み合わせ、高感度な光ローノイズアンプの技術確立を進めています。

■参考文献
(1) https://group.ntt/jp/aerospace/
(2) https://www.nttdata.com/global/ja/news/topics/2024/070102/
(3) https://www.docomo.ne.jp/info/news_release/2024/06/03_01.html
(4) https://group.ntt/jp/newsrelease/2023/11/28/231128a.html
(5) https://journal.ntt.co.jp/article/19870
(6) https://journal.ntt.co.jp/article/24534
(7) https://journal.ntt.co.jp/article/20370
(8) https://journal.ntt.co.jp/article/19891

(左から)石丸 佑子/榮永 道子/舟橋 宏直/林 崇文/木村 吾郎

宇宙はもう遠い存在ではありません。さまざまな産業の抱える課題を解決する手段となり、身近な存在です。今後も、パートナー企業やスタートアップ企業などと協業や投資を積極的に行いNTT C89の星座を道標に日本の宇宙産業に貢献します。

問い合わせ先

NTTアライアンス部門
E-mail ntt-c89@ntt.com

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