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2026年7月号

特集

IOWN関連技術を活用したリモートプロダクションへの取り組み

IOWN APNを活用したリモートプロダクションの商用展開への取り組み

これまで、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)関連技術を活用し、リモートプロダクションの商用展開に向けた技術実証、事業性検証、商用イベントでの利用が進められてきました。本稿では、初期の技術検証に加え、音楽イベントや大規模スポーツの生放送への適用、大阪・関西万博での設備共有、分散GPU活用など、NTT研究所と事業会社の連携による代表的事例を紹介します。

伊藤 哲郎(いとう てつろう)/竹内 太郎(たけうち たろう)
NTT IOWN総合イノベーションセンタ

初期の技術実証の取り組み

IOWN(Innovative Optical and Wireless Network) APN(All-Photonics Network)をはじめとするIOWN関連技術をリモートプロダクション等において商用展開するためには、映像制作における多様なユースケースに対して適用可能であることを、段階的に実証していく必要があります。
技術実証や事業性検証を経て、商用利用における運用可能性や経済合理性が確認されることで、ビジネス主体による本格的な商用展開や社会実装の進展が期待されます。商用展開においては、類似分野における関連組織への水平展開も見込まれます。また、研究開発組織は、さらなる付加価値創出に向けた技術実証を継続的に実施します。これにより、取り組みの高度化を図り、当該分野全体のDX(デジタルトランスフォーメーション)推進へとつなげていきます。
放送業界等において国際的に広く認知されている標準化団体であるSMPTE(Society of Motion Picture and Television Engineers)*1が策定する規格は、異なるメーカ間の映像・音声機器やシステムにおける高い相互接続性を実現するための標準規格の1つとなっています。
SMPTEではIPプロトコルをベースとした映像信号・音声信号・機器制御信号に関する各種規格が整備されており、これらを活用することで、異なる機器間においても統一的な通信や制御が可能となります。IOWN APNはマルチプロトコルに対応した伝送であることから、これらSMPTE規格と組み合わせることで、多様な制作機器を柔軟かつ高品質に接続することができます。
具体的には、SMPTEでは映像・音声のIP伝送を規定するST2110、時刻同期を規定するST2059、冗長化伝送を規定するST2022-7などの関連規格が整備されています。2024年に研究所主体で実施した初期の技術実証においては、これらのSMPTE標準規格に加え、デファクトスタンダードとして多く用いられている一般市中技術やプロトコルも対象とし、それぞれについてIOWN APNの適用性や動作検証を実施しました。そのうえで、従来ネットワークとの比較を通じて、低遅延性や安定性といった観点における優位性が発揮されることを確認しました(図1)。

*1 SMPTE(Society of Motion Picture and Television Engineers):映画・テレビ・映像配信などの分野における技術標準を策定する国際的な専門団体。

事業性検証の取り組み

これまでも映像や音声の大容量・低遅延伝送技術を、遠隔拠点で映像制作を行うリモートプロダクションに活用しようとする取り組みは、放送事業者等により進められてきました。しかしながら、回線容量や遅延の制約などが存在し、商用適用の拡大には至っていません。
リモートプロダクションにIOWN APNを活用することで、大容量・低遅延の映像伝送を軸に、映像のスイッチングや音声のミキシング、タリー*2やインカムを用いた現地とのリアルタイムな信号と音声の連携、さらには各拠点の装置間の高精度な時刻同期など、多様な信号のやり取りを統合的に実現することができます。これを踏まえ、さまざまなビジネスユースケースに対してそれぞれの運用要件や品質要件を満たすことができるかについて、事業性検証を通じた評価を行いました。

*2 タリー:映像制作・放送現場で使われる「どのカメラや映像が今使われているか」を知らせる信号。

■大規模音楽イベントでの音声リモートプロダクション

IOWN APNのサービス提供開始初期においては、低遅延の特長を活かせるユースケースとして、音声を非圧縮かつ低遅延で遠距離伝送する取り組みから着手しました。例えば、2023年にNTT東日本を中心として東京、大阪を含む全4拠点を接続し、遠隔合奏を実現した「未来の音楽会」では、東京―大阪間で往復約8ミリ秒の遅延環境のもと、指揮者とオーケストラが異なる拠点でのクラシック演奏や、離れた拠点間でのピアノ連弾を実施しました。
その後、さまざまな音楽ライブイベントへのIOWN APNの活用が検討される中で、最初の大規模な地上波生放送音楽番組への商用利用は、2024年末の生放送音楽番組「輝く!日本レコード大賞」*3での音声リモートプロダクションです。大規模な音楽イベントでは大量の音声信号を扱う必要があることから、音声中継車とそこに搭載した音声ミキサーなどの機材に加え、多くの制作スタッフをイベント開催拠点に配置する必要があり、コスト抑制と高品質な制作環境の確保が前年度までの課題となっていました。
従来は、約300チャネルに及ぶ音声のミキシングをすべて現地の駐車場に停めた複数の音声中継車にて実施していましたが、本実証ではこのうち64チャネルをリモートプロダクションに切り替え、離れた放送局内のスタジオサブ環境にて実施しました。その結果、従来の音声中継車で行っていた音声のミキシングと同等の品質で、かつ音響、空調、作業スペースの面で良好な環境で音声プロダクションを実施できるようになりました(図2)。
音声プロトコルには、音声信号を非圧縮のままIP化してリアルタイム伝送する代表的な手法の1つであるDANTE*4を用いました。IOWN APNを使うことで、音声ミキサーを設置したスタジオサブから、実際のイベントが行われた音楽ホールまでの約30キロメートルのルートにおいて、往復約5.6ミリ秒の低遅延伝送を実現しました。この遅延は人の知覚に影響を与えないレベルであり、現地で実施するのと同等の操作性が確保されました。さらに、音声リモートプロダクションで用いられる時刻同期プロトコルPTP(Precision Time Protocol)についても、DANTEで使用されるPTPおよびSMPTE ST2110の映像伝送で使用されるPTPといった、異なるバージョンが混在する環境において、高精度な時刻同期を実現しました。
この生放送での音楽番組における音声リモートプロダクションは翌年の生放送の際にも引き続き利用されており、イベント開催現場と、離れたスタジオサブでの音声ミキシングをより柔軟に分散する取り組みが続けられています。

*3 輝く!日本レコード大賞:日本の音楽を代表する曲やアーティストを表彰する、年末のTBS系列の音楽賞・テレビ番組。
*4 DANTE:IPネットワーク上で非圧縮音声をリアルタイムに伝送する音声規格(Audio over IP)。

■大規模スポーツイベント等での映像リモートプロダクション

IOWN APNを映像伝送に活用する取り組みとしては、2025年に伝統芸能と最新のデジタル技術を融合した新しい公演「超歌舞伎」において日本と台湾の遠隔拠点間をIOWN APNで接続し、双方の舞台に演者を同時に登場させました。また、2026年にはNTTドコモ主催の「Tokyo Girls Collection」にて、名古屋のIGアリーナと横浜BUNTAIを接続し、アイドルユニットのリアルタイムコラボレーションを実施するなど、エンタテインメント分野においても、より高いリアルタイム性が求められるユースケースへと適用範囲が広がっています。
映像系の大規模なリモートプロダクション実証としては、「NTT R&D FORUM 2024」において、地上波生放送番組「ひるおび」*5のリアルタイムスタジオカメラ映像38チャネルのスイッチング実証に成功しています。
その後に開催された2025年の地上波生放送の大規模スポーツイベントでは、遠隔拠点での制作機能を備えたリモートプロダクションセンタを開設し、当時の生放送向けのリモートプロダクションとしては過去最大規模となる、1映像当り1.5Gbit/sの非圧縮映像信号20チャネルのリアルタイム映像スイッチングや音声ミキシング、インカムやタリー、さらにはリアルタイム性と安定操作性が求められるカメラや照明機器の遠隔コントロールなど、統合的な遠隔制作環境を通信容量100Gbit/sのIOWN APNを用いることで実現しました(図3)。
本取り組みでは、生放送における高い信頼性を確保するため、標準規格SMPTE ST2022-7対応機器を用いた無瞬断切替方式を採用し、イベント会場とリモートプロダクション拠点をIOWN APNにより完全に異なる経路で接続しました。両経路間の遅延差は60マイクロ秒で、その差が揺らがない安定性を保ったまま、無瞬断の運用が可能であることを確認しました。これは、両経路が備える低遅延かつ揺らぎのない特長があってこそ実現できたものです。
この結果から、従来は大規模イベントの現地だけで行っていた映像制作やスイッチングの全部または一部を、リモートプロダクションセンタからの操作・制御で代替し、両拠点が連携して実現できることを確認しました。併せて、人件費、交通費、設営費、機材輸送費といった運用コスト削減の可能性も確認できました。さらに、地上波生放送の大規模スポーツイベントのような高い品質が求められる環境においても、リモートプロダクションが実用的かつ有効な手法であることを示しました。

*5 ひるおび:TBS系列で平日の昼に放送されている情報・ニュース系のワイドショー番組。

付加価値向上に向けた取り組み

■大阪・関西万博における設備シェアリング型リモートプロダクション

これまで、音声や映像のリモートプロダクションについては、地上波生放送番組など極めて高い品質が求められるユースケースにおいて商用利用が進められてきました。一方で、回線環境や制作設備への投資、さらに設備運用コストの負担は依然として課題でした。この課題に対し、リモートプロダクションに必要な回線環境や、SMPTE等の標準規格対応の設備を共通基盤として提供し、複数の放送事業者で共同利用する「設備シェアリング型」のアプローチが検討されました。その具体的な取り組みが、万博会場と複数の在阪放送局をセンタのプライベートクラウドデータセンタ経由で接続した、2025年の大阪・関西万博での共同実証です。
本実証では、大阪市内に所在するNTTスマートコネクトのデータセンタを共同利用型のメディアハブ拠点と位置付け、その拠点にプライベートクラウド環境を構築しました。そのうえで、映像のスイッチャーや時刻同期のためのPTPグランドマスタークロック(GM)*6機能を共通機能として提供し、放送局各社がこれらの機能を利用できる環境を整備しました。これにより、各社はデータセンタ上の装置や機能を利用して、大阪・関西万博会場で実施されるイベントにおいて、複数カメラ映像を用いた生中継番組の制作が可能となりました(図4)。
本実証により、それまで確認してきた音声・映像のリモートプロダクション拠点での実施可能性に加え、シェアリングした設備が接続先変更にも柔軟に対応可能であり、多様な放送局の番組制作要件に適応可能であることを確認しました。今回は手動での切り替えでしたが、切り替えの自動化やスケジューラなどのコントローラ機能を導入することでさらに柔軟に必要なリソースを複数社で共同利用できるようになり、放送局の設備投資や維持コストの最適化につながる可能性があることを示しました。

*6 PTPグランドマスタークロック:PTPネットワーク内で「全体の基準時刻」を配る最上位の時計装置。

■バーチャルプロダクションにおける分散GPU活用実証

ここまでのリモートプロダクションや設備シェアリングの発展形の一例が、バーチャルプロダクション*7における分散GPUの活用です。
従来、映像制作に用いるGPUは同一拠点内に設置していましたが、本取り組みではこれらのGPUを遠隔拠点に配置された共通基盤上に集約し、日本縦断相当の長距離(約3000キロメートル)のIOWN APNで接続しました。また本環境を用いて、映像制作用ゲームエンジン*8の時刻同期や、カメラ・照明の座標情報など制作に必要な各種データのリアルタイム伝送を実現しました(図5)。
本実証の結果、撮影カメラとLED背景表示の間で往復約84ミリ秒の低遅延を実現し、スタジオ内のGPUを利用する場合と同等の品質や操作性を確保できることを確認しました。
技術面では、IOWN APNの低遅延かつ揺らぎのない拠点間接続によるゲームエンジン間の高精度な時刻同期と、SMPTE ST 2110に準拠した非圧縮映像伝送をGPUメモリダイレクトで低遅延に実現しました。映像制作向けゲームエンジンのサーバ基盤には、複数のGPUを一元管理して柔軟に割り当て可能とするCDI(Composable Disaggregated Infrastructure)*9を用いました。これにより、LEDパネルの規模や映像の画素数、フレームレートの高度化に応じてGPUリソースを柔軟かつスケーラブルに割り当てられることによる拡張性も示しました。

*7 バーチャルプロダクション:実写とCG(仮想空間)を撮影現場でリアルタイムに合成する映像制作手法。
*8 ゲームエンジン:リアルタイムに映像・音などを処理し、インタラクティブなアプリケーションを開発するためのソフトウェア基盤。
*9 CDI:GPU、ストレージなどのリソースをモジュール単位で分離・統合し、サーバを固定構成ではなく、部品単位で構成可能とするインフラアーキテクチャ。

今後の高度化、自動化に向けて

これまでの技術実証、事業性検証および商用利用を通じて、リモートプロダクションにより、業務の効率化が大規模生放送の商用レベルで可能となり、将来的な技術者不足への対応が図れることが示されてきました。さらに、設備シェアリングによる設備コスト抑制の可能性についても示されました。また、これらを業界共通のプラットフォームとして展開することで、映像制作業界全体の生産性向上が見込まれます。
一方で、生産性向上にとどまらず、映像制作の高付加価値化による新たな視聴体験の創出が求められており、その実現に向けたAI(人工知能)関連技術の応用が期待されています。
例えば、AIを活用したスポーツや音楽イベントでのハイライトの自動生成や、リアルタイム多言語字幕への対応、さらに3D/AR技術による没入型映像の生成などは、新たな視聴体験の創出につながります。また、高度なメタデータの自動生成や権利処理の効率化は、過去の映像作品の利活用促進にもつながり、これらのユースケースにおけるAI技術の活用が期待されます(図6)。

(左から)伊藤 哲郎/竹内 太郎

これまでさまざまなイベントを通じてIOWNによるリモートプロダクション等の映像制作DXの可能性を提示してきました。今後は効率化に加え新たな視聴体験の創出が重要であり、AI活用と基盤整備を軸に技術・事業性検証を通じたさらなる商用展開を進めていきます。

NTT IOWN総合イノベーションセンタ

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