2026年7月号
特集
映像制作におけるIOWN関連技術
- リモートプロダクション
- Media over IP
- 映像制作DX
放送分野等での映像制作においては、リモートプロダクションやバーチャルプロダクションなどさまざまな制作手法の進展に伴い、映像や音声といった大容量のデータを遠隔地に低遅延で伝送することが可能な通信環境が求められています。本稿では、APN(All-Photonics Network)を中心とするIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)関連技術が、映像制作におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)をどのように支えるかを解説します。
伊藤 哲郎(いとう てつろう)/竹内 太郎(たけうち たろう)
NTT IOWN総合イノベーションセンタ
映像制作の課題とリモートプロダクション
スポーツイベントや音楽イベント等の映像制作では、複数のカメラで撮影した映像の切り替えや合成、CGによる演出付加に加え、音声の調整・統合といった処理が必要となります。これらの処理のためには、映像のスイッチャー*1や音声のミキサー*2などの必要な機材を撮影現場付近の中継車*3内やプレハブに配置し、多数の制作スタッフを撮影現場に派遣する必要がありました。
放送局等の映像制作事業者にとって、この中継車の導入や維持管理に伴うコスト負担が大きいことに加えて、人口減少を背景とした映像・音声技術者の不足への対応も求められています。このため、コスト抑制と高品質な制作体制の両立が大きな課題となっていました。
こうした課題に対し、イベント会場などの撮影拠点(べニュー)とそこから離れた場所にある放送局内のスタジオサブ*4などの制作拠点を、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network) APN(All-Photonics Network)等の通信ネットワークで接続することで、制作設備や制作スタッフの一部または全部を撮影拠点に送り込まず、制作を遠隔拠点から実施することが可能になります。これにより、制作拠点の場所にとらわれない効率的で柔軟な映像制作体制を実現できます。
このように撮影現場から離れた場所から映像制作を行う手法をリモートプロダクションと言います(図1)。リモートプロダクションは略してリモプロと呼ぶことがあります。
*1 スイッチャー:複数のカメラや映像素材をリアルタイムで切り替え、最適な画を選んで1つの映像として出力する装置。スイッチャーを用いた映像切替のことをスイッチングといいます。
*2 ミキサー:複数の音声(マイク・楽器・BGMなど)を混ぜ合わせ、音量や音質・バランスを調整したうえで、1つの音声として出力する装置。ミキサーを用いた音声調整のことをミキシングといいます。
*3 中継車:テレビ局等の制作拠点から離れた現場(スポーツ、イベント、報道現場など)において、撮影した映像や音声を放送局へリアルタイムで送信するための通信機器や映像・音声調整機材を搭載した専用車両。
*4 スタジオサブ:テレビやラジオのスタジオに隣接し、番組制作における映像や音声、照明の制御をリアルタイムで切り替え・調整する「司令室」。

リモートプロダクションにおけるIOWN関連技術の特長
2019年のIOWN構想の発表以降、IOWN関連の研究開発やプロダクト化、実用化は着実に進展してきました。2023年には、IOWN APN技術を活用した国内初の商用サービスがNTT東日本・西日本から提供開始されました。その後NTTコミュニケーションズ(現NTTドコモビジネス)からも全国70拠点以上のデータセンタを大容量・低遅延で接続するサービスが展開されています。
初期フェーズである「IOWN1.0」では、IOWN APNを中心に、光通信技術を活用した大容量・低遅延の次世代ネットワーク基盤の実現が進められてきました。IOWN APNは、大容量映像の高速伝送や、遠隔医療、製造現場の遠隔監視・制御など、幅広い分野で活用検討が進んでおり、従来のネットワークでは実現が難しかった低遅延かつ高品質な通信を可能とすることで、業務効率化と新たな価値創出に貢献しています。
リモートプロダクションの分野においても、これらIOWN関連技術の特長を活かすことで、従来の映像素材伝送や単一カメラの映像中継にとどまらず、複数のカメラ映像の同時伝送や、撮影現場の中継車と同等以上の制作を遠隔拠点で実現できます。IOWN APNを活用したリモートプロダクションには以下の3つの特長があります。
■特長①:大容量・低遅延
数十台規模のカメラ映像をリアルタイムにスイッチングする大規模なスポーツイベントや、数百の音源をミキシングする音楽ライブ、さらには3Dボリュメトリック映像制作のように、多数の映像信号を同時に取り扱う高度な制作現場では、多くのカメラ映像や音声の通信環境が必要になります。
10Gbit/sから800Gbit/sさらにはそれ以上の高速化が可能なIOWN APNを接続回線に用いることで、複数のカメラ映像を非圧縮または軽圧縮のまま、画質劣化や遅延をほとんど生じさせずに、離れた制作拠点へ伝送でき、大容量・低遅延の安定した通信で、現場と同等のリアルタイム制作を遠隔拠点において実現できます。
また、現場スタッフとのインカムによる通話や音声ミキシング、映像関連装置の遠隔操作といった用途では、通信容量が比較的小さくてもよい一方で、極めて低い遅延が求められます。IOWN APNはコミュニケーションや遠隔操作などの低遅延要件の厳しい通信に加え、大容量の映像伝送を含む多様なトラフィックにも対応できるため、リモートプロダクションに必要な高品質で安定した環境の確保に適しています(表)。

■特長②:安定した時刻同期
リモートプロダクションのように拠点間で映像制作を行う環境においては、映像機器間の高精度な時刻同期が重要な要件となります。同一スタジオや中継車での現地制作では、各機器間で高精度な時刻同期が行われており、フレーム単位でタイミングを一致させることで、映像や音声の遅延や不整合のない制作環境が実現されています。これと同等の制作品質を遠隔拠点間で実現するため、PTP(Precision Time Protocol)*5の時刻同期を使用します。長距離の離れた拠点間でPTPの高精度な時刻同期を実現するためには、PTPの時刻同期信号を拠点間で流通する必要があります。
時刻同期の代表的な情報源の1つにGNSSアンテナ*6で衛星から取得するクロック情報*7がありますが、場所によっては衛星との通信のための条件が良いアンテナ環境の確保が難しいことや、天候による衛星との通信の不安定化、さらに近年ではスプーフィング*8やジャミング*9といったセキュリティ上の課題も懸念事項となっています。
これに対して、伝送遅延の揺らぎがないIOWN APNをPTPの時刻同期信号の拠点間伝送に利用することが有効な解決策となります。従来のネットワークでは、拠点間の伝送遅延の揺らぎがPTP時刻信号の安定伝送における課題となっていましたが、IOWN APNを利用することで揺らぎを極小まで抑えることができ、短時間でのPTPロック*10やロック外れのない安定した伝送環境が実現できます。
PTPの時刻同期では1マイクロ秒未満の揺らぎを満たす伝送環境が求められ、これを超える揺らぎが存在する環境では安定した同期の維持が困難となります。一方IOWN APNでは、安定した拠点間時刻同期の維持が可能で2025年に実施したAPN接続実証における日本−台湾間約3000kmの長距離において、数十ナノ秒レベルの揺らぎという極めて高い安定性を実現し、同期状態の維持に成功しています(図2)。
*5 PTP:ネットワーク上の機器(サーバ・装置など)の時刻を高精細に同じ時刻に合わせるためのプロトコル。
*6 GNSSアンテナ:GPSなどの衛生測位システムから送られてくる電波を受信するためのアンテナ。受信した信号はGNSS受信機に渡され、位置(緯度・経度・高度)や時刻の計算に使われます。
*7 クロック情報:ネットワーク上で時刻を同期するためにやり取りされる時刻・品質・遅延に関する情報。
*8 スプーフィング:時刻情報やクロック情報を偽装し、誤った時刻同期をさせる攻撃。
*9 ジャミング:時刻同期通信を妨害して利用不能または精度低下を引き起こす攻撃。
*10 PTPロック:機器の内部クロックがPTPで配信される基準時刻(マスター)に正しく同期している状態。

■特長③:高品質な冗長化
IOWN APNの揺らぎなしの特長は回線の冗長化においても活かされます。2系統の異経路APNパス上では、放送業界の標準規格の1つであるSMPTE(Society of Motion Picture and Television Engineers)のST2022-7*11に対応した映像機器により両系統での同時送受信を実施します。受信側では、各経路からのパケットを比較し正常なパケットを選択的に受信することで、伝送品質を担保する仕組みとなっています。仮に、映像機器でパケットロスが発生した場合でも、受信側においてパケットレイヤの遅延差を吸収することにより、映像の欠損や瞬断を伴わない切り替えが可能となります。
IOWN APNでは、遠隔拠点間においても、ローカル拠点内と同等レベルであるClass D(遅延差150マイクロ秒)の冗長化を確認しており、同一拠点での環境と同等のバッファリング*12での無瞬断環境を構成可能です(図3)。さらに、150マイクロ秒以上の遅延差がある異経路間でも、IOWNの遅延調整技術を用いることで、その差を150マイクロ秒以内に収束させることもできます。これにより、極めて高品質な拠点間通信環境が確保され、運用上はリモート拠点の存在を意識することなく、同一拠点内に装置を設置する場合と同等の環境が実現できます。
*11 ST2022-7:IPネットワーク上で映像・音声を“途切れなく”伝送するための冗長化(リダンダンシー)規格。
*12 バッファリング:データを一時的にためて、遅れや揺らぎを吸収する仕組み。

さらなる映像制作DXに向けた開発
リモートプロダクションでは、制作拠点から接続するスタジアムやアリーナなどが多数存在し、音楽イベントやスポーツイベントの開催に合わせて接続先が変わるため、IOWN APNの接続先を柔軟に変更するという利用形態が求められます。また、イベント中継を行う際は、中継時間や事前事後の準備に必要となる最低限の期間だけを利用可能とすることで、施設利用料や回線利用料を抑制することが求められています。
IOWNでは、光パスの切り替え技術などの開発が進められており、将来的には拠点間の柔軟な接続が見込まれます。さらに「IOWN2.0」では、光化の対象をサーバなどのコンピュート領域に拡大し、拠点間でGPU等をリソースシェアリングできるAIコンピューティング基盤*13などの開発が進められています。これにより、拠点間をまたぐ大規模映像データ処理やAIによるリアルタイム映像処理など、自動化と効率化がさらに進むと期待されます(図4)。
さらに、プライベートクラウド拠点等に映像データや映像制作、編集に関する機能と装置を集約できます。例えば、AIによる編集技術の活用により、CG表現の高度化やスロー再生、スポーツ中継におけるビデオアシスタントレフェリーなどを高度化・自動化することもできます。このような高度なシステムもセンタで共有することで、設備投資を抑制しつつ利用率を向上させることが可能です。さらに地方局など比較的小規模な映像制作事業者においても、IOWN APN経由で集約したシステムに接続することで最新の制作機能を利用しやすくなります。
このように、IOWN APNやAIコンピューティング基盤によって映像制作機能をシェアリングし、その活用を拡大する取り組みも含めた、映像制作の効率化、高付加価値化の取り組み全体を総称して「映像制作DX」と位置付け、ユースケースの展開と併せて、プラットフォームの高度化に向けた開発と実証を進めています(図5)。
*13 AIコンピューティング基盤:IOWNにおける、ネットワークと計算資源(GPUなど)を一体化し、AI処理を最適に実行する次世代インフラ。



(左から)伊藤 哲郎/竹内 太郎

大容量、低遅延、揺らぎなしのIOWN APNをベースに、AIコンピューティング基盤を組み合わせることで、柔軟な映像制作環境が実現できるとともに、映像制作の付加価値を高めることができます。今後も映像制作のさらなる高度化に貢献していきます。