NTT技術ジャーナル記事

   

「NTT技術ジャーナル」編集部が注目した
最新トピックや特集インタビュー記事などをご覧いただけます。

Event Reports

こころと知性を解き明かし、人やAIが生み出す未来を紹介 「NTTコミュニケーション科学基礎研究所 オープンハウス2026」

2026年5月20日から22日の3日間、NTT西日本が運営するオープンイノベーション施設「QUINTBRIDGE」と隣接する「PRISM」を会場として、最新の研究成果を体感できる「NTTコミュニケーション科学基礎研究所 オープンハウス2026」が開催されました。
今年のテーマは「こころと知性を解き明かし、まじわる世界をつむぎあう」。心を生み出す源である人間の本質を究め、人やAIが生み出す多様な知性とのインタラクション(相互作用)により、新たな世界を切り拓いていくNTTコミュニケーション科学基礎研究所(以下、CS研)の最新の研究成果を、展示や講演を通じて紹介しました。

NTTコミュニケーション科学基礎研究所
企画部 情報戦略担当

「こころまで伝わるコミュニケーション」の実現をめざした研究成果を紹介

CS研は、NTT先端技術総合研究所の中で、人間と情報の本質に迫る基礎理論の構築と、ICT社会に変革をもたらす革新技術の創出により、人と人、人とコンピューターとの「こころまで伝わるコミュニケーション」の実現をめざした研究を推進しています。
1995年から開催しているオープンハウスは、AI、メディア処理、人間の科学、脳科学、基礎数学など幅広い分野におけるCS研の研究成果を担当者自らの言葉で紹介する貴重な機会となっています。今回は「データと学習の科学」「メディアの科学」「コミュニケーションと数理の科学」「人間の科学」の4つのカテゴリで合計22件の研究展示が紹介されました。

データから本質を読み解き数理の力で未来の医療と省エネ社会を支える

「データと学習の科学」のカテゴリでは、量子計算や機械学習などの数理やアルゴリズムに着目し、データ解析の高精度化や情報処理の効率化をめざした研究成果を紹介しました。
「組織を形作る細胞の相互作用を推定」の展示では、組織の細胞配置パターンを入力すると、AIがその配置を生み出している細胞間の相互作用ルールを探る技術を紹介しました。これは、将来的な組織形成の仕組み解明やiPS細胞由来の人工組織設計を加速することへの貢献が期待される研究です。担当者は「例えば、私たちの体の中では、さまざまな種類の細胞が特徴的な配置で並び、肝臓などの組織を形作っています。それぞれの配置は組織としての機能を発揮するために必要不可欠なものです。今回の研究は、ある配置がどのような細胞間の相互作用に起因しているかを推定するものです」と説明します。
現時点では魚の縞模様形成での基礎的な検証段階ですが、応用先のスケールは大きく、担当者は「将来的には、iPS細胞から自分の心臓をつくり、薬の副作用を個人ごとにテストするといった世界観をめざしています」と語っています。

「省電力なAIモデルの実現に向けて」の展示では、生成AIの普及と高性能化によって国家規模の環境課題となっている電力問題に関連し、省電力な光デバイスなどのアナログハードウェア上で動くニューラルネットワークの新しい設計手法を紹介しました。
この研究では、従来の手法とは異なる、アナログデバイスの結合構造を決めてその制約の中でニューラルネットワークを学習させる設計に挑みました。その結果、1〜2メガバイト程度の小型モデルでも精度を維持することに成功。今後はAIの省エネ化に向けた現実的な選択肢となることが期待されています。

視覚と聴覚に新たな可能性を開きデジタル体験の質感を変える

「メディアの科学」のカテゴリでは、音声・画像・触覚などのメディア情報を高度に処理し、新たな体験価値を創出する研究成果を紹介しました。
「視覚で質感を伝えます」の展示では、錯覚などの人間の知覚・認知特性を利用して、AR(拡張現実)上の視覚情報で物体の質感をユーザーに伝える手法を、デモ体験を通じて紹介しました。

デモでは、画面内のバーチャル物体の挙動が手の動きに連動して変形することを体験。最初は「柔らかいモノ」を触る感覚、次にハリのある素材、続いて粘り気のある素材へと切り替わりました。手の動きは同じなのに、視覚情報の変化によって、まるで違う素材を扱っているように感じられる不思議な感覚を体験しました。

担当者は「この研究は『PCやスマホだけで質感を効果的に伝えたい』という動機からスタートしました。その結果、世界で初めて『空間変形範囲(変形の広がり)が柔らかさ知覚に影響すること』を発見しました。さらに、対象の粘り気に関する非接触な視覚表現についても世界で初めて提案するに至りました」と説明します。

今後はオンラインショッピングでの衣類、寝具、化粧品、料理素材などの質感の伝達や、教育教材・ゲームなどの体験価値を向上させる技術として期待されています。
「聴きたい音だけをリアルタイムで抜き出す!」の展示では、騒がしいカフェの中でも隣の席の友人の声だけをはっきり聞き取ることができる、人間が無意識に行っている「選択的聴取」をPC上で実現する技術を、デモを通じて紹介しました。
デモでは、その場で混合音を録音して即座に特定の音だけを抽出する様子を紹介。担当者は「これまでは録音後にオフライン処理を行ってから抽出するという流れでしたが、今回構築した選択的聴取の技術「SoundBeam」を利用することで、音の選択をリアルタイムで処理することを可能にしました」と説明します。

今後は「イヤホンにクラクションやサイレンといった重要な音を聞こえるようにする」や「子どもが弾いたピアノの音だけを離れて暮らす家族に届ける」など、実装シーンを想定した研究を進めていくそうです。

コミュニケーションの未来に向けて、AIとの対話の質を高め検索の信頼を守る

「コミュニケーションと数理の科学」のカテゴリでは、人と人、人とコンピューターの相互作用や言語・社会的要素の探究、最新の基礎数学の知見を駆使した未知なる数学的真理の解明などをめざした研究成果を紹介しました。
「そのおはなし、どうだった?」の展示では、子どもたちが絵本や児童書の内容についてロボットと感想を話し合える対話AI「ぴたりえチャット」を紹介しました。
約9000冊規模の絵本データベースが組み込まれた「ぴたりえチャット」は、すでに子育て支援施設や図書館での実証実験が行われていて、読後に感想を語り合うことは、子どもたちの読書意欲の向上に効果があるという結果が出ています。
担当者は「ロボットを介した音声対話の体験は、スムーズかつユニークで、子どもたちも楽しんで利用しています。また、NTT版LLM(大規模言語モデル)『tsuzumi 2』による応答生成によって、子どもたちは親や第三者にはなかなか話しにくい読書の感想を、ロボット(ぴたりえチャット)には自由に話してくれるようになった」と説明します。

今後は、子どもの年齢や特性に基づいたパーソナライズ手法の確立など、子どもたちが楽しみながら思考力・表現力を育める対話AIの実現をめざしていくそうです。
「その検索結果、信頼できる?」の展示では、生成AIの利用が広がる中で懸念されている、検索結果に対する信頼性改善の研究を紹介しました。

画像からテキスト、テキストから画像のような異種データ間をまたぐクロスモーダル検索。その際に生じる検索結果の乱れの原因となるのが「ハブ」です。このハブがデータに埋め込まれてしまうと、本来トップに表示されるべき関連度の高い結果が押しのけられ、関連性の低い結果が常に表示されることになってしまいます。
CS研では、検索結果の信頼性を低下させる性質を持つハブを、世界で初めて特定することに成功しました。これにより、AIの挙動や性質の解明につながることが期待されています。

ホルモンと瞳孔と脳から見えてくる人間の個別性と可能性

「人間の科学」のカテゴリでは、人間の認知・行動・生理などを科学的に解明し、心身の健康や技能の獲得など、豊かな生活に直結する研究成果を紹介しました。
「勝敗を分ける一流選手の心身状態とは?!」の展示では、プロスポーツ選手の競技成績に関与するホルモンの種類と適切な分泌量(ホルモン状態)が選手ごとに異なることや、それに合わせた調整法を導入した事例を紹介しました。
展示では、NTTドコモが支援するモータースポーツチーム「ダンディライアンレーシング」のドライバーを対象に、長期間、レース前後の心身状態を計測して、コルチゾール(生命維持に不可欠なホルモン)とテストステロン(男性ホルモン)の量と競技成績の関係を分析した事例を紹介。その結果、パフォーマンスと関連するホルモン状態は選⼿ごとに異なることが判明し、今後は個⼈特性に基づいたコーチング理論の提案や⼼⾝状態の調整法の開発をめざしていくそうです。

「実世界を見る眼や脳からココロを理解する」の展示では、人の心の状態を、外から測ることはできるかという大きな問いに対しての、3段階のアプローチを紹介しました。
1つ目は、デンソーとの共同研究で、運転中のドライバーの瞳孔の変化から集中度を推定するアプローチです。会場ではドライビングシミュレーターを使用したデモ体験を通じて紹介しました。デモでは、ドライブコースの見通しの良い直線部分では瞳孔の反応が安定することと、合流地点や視界の悪い場所では不安定さが現れる様子を可視化しました。

2つ目は、1つ目と同じく瞳孔の動きから2人の「チームフロー状態」(共同作業中の没入状態)を予測するアプローチ。そして3つ目は、動画の認知内容を脳活動から読み取る「マインド・キャプショニング」。これは、脳の活動を高解像度で視覚化するfMRI(機能的磁気共鳴画像法)で脳活動を計測し、実験参加者の脳情報をもとに、目で見ていたり心に浮かべた映像の認知内容をテキストに変換する技術です。応用先として、失語症やALS(筋萎縮性側索硬化症)などで発話が困難な方のコミュニケーション支援などが想定されています。

NTTコミュニケーション科学基礎研究所が描く未来の景色

CS研の納谷 太所長はオープンハウス2026の開催について次のように語っています。

「CS研は1991年の設立以来、人と人との理解のメカニズムを学際的に解明するとともに、その知見を工学的に応用することをめざし、『人間と情報の本質に迫る理論の追求』(サイエンス)と、『ICT社会に変革をもたらす技術の創出』(エンジニアリング)の両輪で基礎研究を続けてきました。オープンハウス2026でご覧いただいた展示は、その積み重ねの最前線の一部です。一見すると分野もテーマも違うように見えますが、根っこにあるのは『人と人、人とAIとが心まで通じ合う未来をつくりたい』という共通の思いです。基礎を究めることと、社会に届く技術を生み出すこと。この両輪を回し続けることが、私たちCS研の役割だと考えています」(納谷所長)

今回紹介されたCS研の研究成果が、新たな世界を切り拓く価値を生み出すことになるよう、これからもNTTグループR&Dの挑戦を紹介していきます。

NTTコミュニケーション科学基礎研究所