2026年9月号
特集1
量子コンピュータの超高速化のためのリアルタイム高速量子信号検出技術
- 光量子コンピュータ
- 高速量子信号検出
- 光パラメトリック増幅
測定誘起型光量子コンピュータの高速化には、広帯域な量子信号検出技術が不可欠です。しかし、量子状態は光学損失に極めて弱く、高速光通信用ホモダイン検出器をそのまま適用することは困難でした。本稿では、光パラメトリック増幅により量子状態へ損失耐性を付与し、高速光通信用ホモダイン検出器を用いた高速量子信号検出技術を紹介します。43GHzリアルタイム量子信号測定をはじめ、EPR量子もつれ状態やシュレーディンガー猫状態への応用、さらに100GHz級への展望について述べます。
井上 飛鳥(いのうえ あすか)/柏﨑 貴大(かしわざき たかひろ)
山嶋 大地(やましま たいち)/梅木 毅伺(うめき たけし)
NTT先端集積デバイス研究所
はじめに
連続量光量子コンピュータは、測定誘起型量子計算*1(MBQC:Measurement-Based Quantum Computing)により、大規模かつ高速な量子演算を実現できる有力な方式として期待されています(1)。量子計算のさらなる高速化には、広帯域な量子光源と、それに対応した広帯域な量子信号検出技術の両方が不可欠です。
NTTではこれまでに、PPLN(Periodically Poled Lithium Niobate)導波路*2を用いた光パラメトリック増幅器(OPA:Optical Parametric Amplifier)*3により、DC(Direct Current)から6THzまでの超広帯域スクイーズド光源*4を実現しました(2)。この光源は、高クロック動作による高速な測定誘起型量子計算を可能にする重要な要素です。
しかし、量子状態はわずかな光学損失でも容易に劣化するため、これまでは低損失なホモダイン検出器*5を用いる必要があり、帯域は数GHz程度に制限されていました。一方、光通信用ホモダイン検出器は数10GHz以上の広帯域動作が可能であるものの、量子状態を直接測定するには損失が大きく、これまで適用することが困難でした。このように、広帯域光源が実現した一方で、それを活用するための量子信号検出技術が高速化のボトルネックとなっていました。
本稿では、この課題を解決するために開発した高速量子信号検出技術について紹介します。本技術では、量子信号を光パラメトリック増幅により検出前に増幅することで、後段の検出系における光学損失の影響を受けにくい状態へ変換し、高速ではあるものの、損失の大きい光通信用ホモダイン検出器を量子状態の測定へ適用することを可能としました。さらに、本技術を用いた43GHzリアルタイム量子信号測定、超高速量子もつれ状態の観測、および100GHz級検出技術や波長分割多重*6を組み合わせた大規模化への展望について述べます。
*1 測定誘起型量子計算:あらかじめ生成した大規模量子もつれ状態に対し、ホモダイン測定を逐次行い、その測定結果を利用して量子演算を実行する方式。演算速度はホモダイン検出速度に大きく依存します。
*2 PPLN導波路:周期分極反転したニオブ酸リチウム導波路。高効率な波長変換や光パラメトリック増幅を実現できる代表的な非線形光学デバイスです。
*3 光パラメトリック増幅器:非線形光学効果を利用し、入力された光信号を位相感応的に増幅する光増幅器。量子情報を保持したまま信号を増幅できることが特徴です。
*4 スクイーズド光源:スクイーズド光とは量子力学的な揺らぎ(量子雑音)の一方の成分を真空雑音以下まで低減した量子状態。連続量量子情報処理の基本資源として利用されます。スクイーズド光を発生させる光源をスクイーズド光源といいます。
*5 ホモダイン検出:信号光と局部発振光(LO)を干渉させ、光の振幅・位相情報を高感度に測定する手法。連続量光量子情報処理では量子状態を読み出す基本技術です。
*6 波長分割多重:異なる波長の光信号を同一光ファイバで同時に伝送する多重化技術。光通信で広く利用されており、光量子情報処理への応用も期待されています。
高速量子信号検出における課題
測定誘起型量子計算では、あらかじめ生成した量子もつれ状態に対してホモダイン検出を繰り返し行い、その測定結果を後続の量子演算へ反映します。このため、ホモダイン検出器は単なる測定器ではなく、量子演算を実行するための重要な構成要素であり、その動作速度が光量子コンピュータの演算速度を左右します。そのため、光量子コンピュータの高速化には、広帯域な量子光源と、それに対応した高速な量子信号検出技術の両方が不可欠です。
NTTではこれまでに、PPLN導波路を用いたOPAにより、THz帯域に及ぶ広帯域スクイーズド光源を実現し、高速な量子信号を生成する基盤技術を確立してきました。これにより、高速動作に必要な量子光源は実現されましたが、その性能を十分に活用するためには、それに見合う高速な量子信号検出技術が必要となります。
しかし、量子状態の検出には古典光通信とは異なる特有の課題があります。量子状態の検出に用いられるホモダイン検出では、信号光と局部発振光(LO:Local Oscillator)*7を干渉させ、その差動信号から量子状態を読み出します。この際、検出器や光学系で生じるわずかな光学損失であっても真空揺らぎが混入し、スクイーズド光や量子もつれなどの量子状態は不可逆的に劣化してしまいます。一度失われた量子情報は後段の信号処理で補償することができないため、ホモダイン検出器には極めて高い検出効率と低損失性が求められます。そのため、従来の量子信号検出では低損失なホモダイン検出器が用いられてきましたが、その帯域は数GHz程度に限られ、高速化には限界がありました。
これに対し、光通信分野では数10GHz以上の広帯域ホモダイン検出器が実用化されています。ただし、これらは高速動作を実現するための設計が優先されており、量子状態の測定に必要な低損失性を満たさないため、そのまま量子信号検出へ適用することはできませんでした。すなわち、高速なホモダイン検出器は存在するものの、量子状態の測定には利用できず、検出器が光量子コンピュータ高速化のボトルネックとなっていました。
*7 局部発振光:ホモダイン検出で信号光と干渉させるために用いるコヒーレント光。LOの位相を制御することで、測定する量子状態の直交位相成分を選択できます。
光パラメトリック増幅を用いた高速量子信号検出技術
前述の課題を解決するため、本研究では、OPAを用いた新たな量子信号検出方式を提案しました(図1)。本提案では、低雑音指数・高増幅率なOPAが必要不可欠です。OPAとして、NTTで長年研究開発を進めてきた、PPLN導波路型のOPAを使用します(図2)。
従来のホモダイン検出では、量子信号を直接ホモダイン検出器へ入力するため、検出器やその周辺で生じる光学損失がそのまま量子状態の劣化につながります。そのため、量子信号検出には低損失なホモダイン検出器を用いる必要があり、高速な光通信用ホモダイン検出器を利用することは困難でした。
本方式では、このホモダイン検出器の前段にOPAを配置し、量子信号を光学的に位相感応増幅*8します。OPAでは、ポンプ光との非線形光学相互作用を利用することで、一方の直交位相成分を増幅するとともに、他方の直交位相成分を減衰させることができます。この位相感応増幅では、測定対象となる量子状態だけを選択的に増幅できるため、量子情報を保持したまま信号レベルを高められることが大きな特徴です。
さらに、量子信号をホモダイン検出前に十分な光強度まで増幅することで、後段の検出系で生じる光学損失の影響を大幅に低減できます。すなわち、従来は量子状態を劣化させていた検出器や光学部品での損失に対して高い耐性を持たせることができます。その結果、これまで量子状態の測定には適用できなかった高速光通信用ホモダイン検出器を利用した量子信号検出を初めて実現しました。
本方式の特徴は、高速なホモダイン検出器そのものを新たに開発した点ではなく、OPAによって量子状態へ損失耐性を付与することで、既存の高速光通信技術を量子信号検出へ展開した点にあります。従来は「高速であるが量子測定には利用できない」と考えられていた光通信技術を、「高速かつ量子測定に利用可能」な技術へ転換したことが、本方式の最大の特徴です。これにより、光通信分野で培われた高速ホモダイン検出技術を活用し、光量子コンピュータの高速化に向けた新たな検出基盤を実現しました。
*8 位相感応増幅:入力光の直交位相成分の一方を増幅し、他方を減衰させる増幅方式。通常の光増幅器とは異なり、量子状態を保持したまま増幅できます。


高速量子信号検出技術の実証と応用
提案した量子信号検出方式の有効性を検証するため、高速光通信用ホモダイン検出器を用いたリアルタイム量子信号測定を行いました(図3)。量子信号をOPAにより位相感応増幅した後、市販の43GHz帯域ホモダイン検出器で測定することで、約5dBのスクイーズド光のリアルタイム測定に成功しました(3)。これにより、従来は数GHz程度に制限されていた量子信号検出帯域を43GHzまで拡張し、高速光通信用ホモダイン検出器を量子状態の測定へ適用できることを初めて実証しました。本成果は、高速ホモダイン検出器を量子信号検出へ利用できることを示した原理実証であり、光量子コンピュータの演算速度向上に向けた重要なマイルストーンとなる成果です。
この成果を基盤として、高速量子信号検出技術は超高速量子状態の測定へと発展しています(図4)。まず、本検出技術を適用することで、時間幅約40psで生成されるEPR(Einstein-Podolsky-Rosen)量子もつれ状態*9のリアルタイム測定に成功しました(4)。EPR量子もつれ状態は、量子テレポーテーションや測定誘起型量子計算などの連続量量子情報処理を支える基本的な量子資源です。従来の低速なホモダイン検出器では、このような高速で時間変化する量子状態を直接測定することは困難でしたが、本検出技術によりピコ秒スケールの量子状態をリアルタイムで評価できることを実証しました。これは、高クロック動作する測定誘起型光量子コンピュータの実現に向けた重要な成果です。
さらに、本検出技術は、連続量量子情報処理において重要な非ガウス量子状態であるシュレーディンガー猫状態*10の高速測定にも応用されています。シュレーディンガー猫状態は、誤り耐性量子計算や量子誤り訂正への応用が期待される代表的な非ガウス量子状態であり、その生成・測定は連続量量子情報処理における重要な研究課題です。本検出技術を適用することで、このような非ガウス量子状態についても高速測定が可能であることを示しました(5)。
以上のように、本技術はスクイーズド光の測定にとどまらず、EPR量子もつれ状態やシュレーディンガー猫状態など、多様な量子状態へ適用できる汎用的な高速量子信号検出技術へと発展しました。今後、より高速なホモダイン検出器と組み合わせることで、測定誘起型光量子コンピュータのさらなる高速化を支える基盤技術として発展していくことが期待されます。
*9 EPR量子もつれ状態:Einstein、Podolsky、Rosenが提唱した思考実験に由来する量子もつれ状態。連続量量子テレポーテーションや測定型量子計算の基本資源となります。
*10 シュレーディンガー猫状態:複数のコヒーレント状態が量子的に重ね合わされた非ガウス量子状態。量子誤り訂正や誤り耐性量子計算への応用が期待されています。


今後の展望
本稿で紹介した高速量子信号検出技術により、高速光通信用ホモダイン検出器を量子状態の測定へ適用できることを実証し、43GHz帯域でのリアルタイム量子信号測定を実現しました。さらに、本技術を基盤として、EPR量子もつれ状態やシュレーディンガー猫状態といった多様な量子状態へ適用範囲を拡大してきました。
今後、測定誘起型光量子コンピュータをさらに高速化するためには、ホモダイン検出器の帯域を100GHz級へ拡張することが重要となります。光通信分野では100GHz級の高速受信デバイスの開発が進んでおり、本研究で提案した検出方式を適用することで、これらの高速デバイスを量子信号検出へ展開できる可能性があります。検出帯域が100GHz級へ拡張されれば、測定誘起型光量子コンピュータの演算クロックをさらに向上させ、単位時間当りに処理できる量子情報量を大幅に増加できると期待されます。
さらに、光通信分野で広く利用されている波長分割多重(WDM:Wavelength Division Multiplexing)技術との融合も有望です。これまで本技術は時間領域での高速化を実現してきましたが、複数の波長チャネルを同時に利用することで、時間軸に加えて波長軸で並列化が可能となります(図5)。すなわち、時間多重と波長多重を組み合わせ、大規模化を図ることで、量子情報処理能力を飛躍的に向上できる可能性があります。高速ホモダイン検出技術は、このような広帯域・多チャネル化された量子信号を測定するための基盤技術としても重要な役割を担うと考えられます。
今後も、高速光通信技術と光量子技術の融合をさらに推進し、100GHz級ホモダイン検出技術や波長多重技術との統合を進めることで、高速かつ大規模な測定誘起型光量子コンピュータの実現に貢献していきます。
本研究成果は東京大学古澤研究室との連携によるものです。また、本研究の一部は、JST、ムーンショット型開発事業の支援を受けたものです。

■参考文献
(1)S. Takeda and A. Furusawa: “Toward large-scale fault-tolerant universal photonic quantum computing,” APL Photonics, Vol. 4, No. 6, 060902, Jun. 2019.
(2)T. Kashiwazaki, T. Yamashima, N. Takanashi, A. Inoue, T. Umeki, and A. Furusawa: “Fabrication of low-loss quasi-single-mode PPLN waveguide and its application to a modularized broadband high-level squeezer,” Applied Physics Letters, Vol. 119, No. 25, 251104, Dec. 2021.
(3)A. Inoue, T. Kashiwazaki, T. Yamashima, N. Takanashi, T. Kazama, K. Enbutsu, K. Watanabe, T. Umeki, M. Endo, and A. Furusawa: “Toward a multi-core ultra-fast optical quantum processor: 43-GHz bandwidth real-time amplitude measurement of 5-dB squeezed light using modularized optical parametric amplifier with 5G technology,” Applied Physics Letters, Vol. 122, 104001, March 2023.
(4)A. Kawasaki, R. Ide, H. Brunel, T. Suzuki, R. Nehra, K. Nakashima, T. Kashiwazaki, A. Inoue, T. Umeki, F. China, M. Yabuno, S. Miki, H. Terai, T. Yamashima, A. Sakaguchi, K. Takase, M. Endo, W. Asavanant, and A. Furusawa: “Real-time observation of picosecond Einstein–Podolsky–Rosen entanglement,” Nature, 2025.
(5)A. Kawasaki, R. Ide, H. Brunel, T. Suzuki, R. Nehra, K. Nakashima, T. Kashiwazaki, A. Inoue, T. Umeki, F. China, M. Yabuno, S. Miki, H. Terai, T. Yamashima, A. Sakaguchi, K. Takase, M. Endo, W. Asavanant, and A. Furusawa: “Broadband generation and tomography of non-Gaussian states for ultra-fast optical quantum processors,” Nature Communications, Vol. 15, 9075, Nov. 2024.

(後列左から)柏﨑 貴大/梅木 毅伺
(前列左から)井上 飛鳥/山嶋 大地

光通信技術には、長年培われてきた高速・低雑音・高集積化の知見があります。それらを光量子コンピュータへと融合させ、実験室の技術をより良い社会へと変革する技術に発展させたいと考えています。より豊かな社会の実現に貢献できるよう、今後も研究開発を続けていきます。