NTT技術ジャーナル記事

   

「NTT技術ジャーナル」編集部が注目した
最新トピックや特集インタビュー記事などをご覧いただけます。

PDFダウンロード

2026年3月号

特集2

持続可能なインフラ設備の実現をめざす研究開発

通信インフラの長寿命化を実現するレーザ-錆-鋼材間の現象解明の試み

通信インフラ設備の長期的な健全性維持には、再劣化を抑える確実な補修が重要です。本稿では、レーザ照射による錆除去と鋼材表面の改質に着目し、形成される酸化鉄の特性評価とその生成過程の理解を通じて、補修後の状態を長期間維持するための素地調整技術の確立に向けた取り組みを紹介します。

木内 康平(きのうち こうへい)/川村 宗範(かわむら そうはん)
坂本 尊(さかもと たかし)/望月 章志(もちづき しょうじ)
NTT先端集積デバイス研究所

通信インフラを支える鉄塔補修の課題

現代の生活に欠かせないものとなっている通信サービスの安心と安全を守るためには、鉄塔をはじめとするさまざまな通信インフラ設備が必要です。これらの設備は、屋外に設置されることが多く、風雨にさらされることで劣化し強度が低下するおそれがあるため、定期的な点検と補修を繰り返し、長期にわたって利用することが重要です。これらの鉄塔は小型のものも含めると、NTTが所有するだけでも国内におよそ2万基存在し、多くが建設から数十年が経過して老朽化が進んでいるため、点検・補修に必要なコストや作業者数は年々増加しています。一方で、持続可能な通信サービスを提供するためには、これらのコストや作業者数を抑制する必要があります。
鉄塔を例にすると、現在は定期的に点検して塗膜が剥離している、また錆が進行している個所を把握し、基準値以上に錆が進行していると判断した場合に、錆を除去する素地調整と、素地調整後に錆の再発を抑制するために塗装を施す再塗装を行っています。したがって、錆の進行を抑制することができれば、補修作業の回数を減らして作業者の減少に対応することができますし、コストを抑制することもできます。
そこで、NTT先端集積デバイス研究所(先デ研)では、錆を除去するいわゆる素地調整の方法を改善することで、錆の再発と進行を抑制して補修周期を延伸して作業回数を抑制し、作業者数とコストの削減をめざしています。
そこで注目しているのが、レーザを使った素地調整です。
現在は一般的に、素地調整に電動工具や金属ブラシなどを使っていますが、レーザを使えば鋼材表面の性質を変化させることも可能で、錆びにくい状態をつくることができます。さらに、塗装が剥がれにくい状態をつくることで、素地調整後の鋼材表面を長期にわたって大気や水への曝露から保護することができると考えられます。
これにより、錆の再発や進行を抑制して素地調整の作業周期を延伸し、作業回数を減らして作業者が減少してもコストを抑えて鉄塔を維持していくことが可能になります。
さらに、レーザを使えば非接触で錆を除去できるため、電動工具のような反力が発生せず、作業者の負担を軽減できる可能性があります。
本記事では、作業周期延伸に必要な技術のうち、レーザによる素地調整に範囲を絞って紹介します(図1)。

錆の再発を抑制し補修周期を延伸するレーザ素地調整

レーザを用いて補修周期を延伸する素地調整を実現するためには、レーザ照射によって鋼材表面に形成可能でかつ錆の再発や進行の抑制に効果のある物質を選定し、さらにその物質が形成される現象を解明し、その物質の形成に適したレーザ照射条件を明確にすることが近道であると考えています。
そこで、解明までのステップを以下のように設定しています。
・ステップ①:レーザで錆を除去したときに鋼材表面に形成される物質を把握
・ステップ②:形成される物質から錆の抑制に適した物質を選択
・ステップ③:選択した物質が形成されるメカニズムを解明してレーザ照射条件を明確化
ステップ①では、表面が錆びた鋼板にレーザを照射し錆を除去後、鋼材表面を分析し形成された物質を分析します。
ステップ②では、レーザ照射により形成されたそれぞれの物質の仕事関数と反応障壁を分析し、これら2つの値が大きい物質を選定します。
仕事関数は、真空準位と物質のフェルミ準位の差で定義され、仕事関数が大きいほど錆びにくく腐食電位も大きくなることが知られています(1)
反応障壁は物質がある状態から別の状態へ変化する際に必要なエネルギーの大きさであり、反応障壁が大きいほどその反応、ここでは錆の発生が起こりにくいことを示しています。
したがって、仕事関数と反応障壁の両方が大きい物質を選択的に形成することで、錆の再発を抑制する効果が期待できます。
仕事関数は実験と第一原理計算で、反応障壁は第一原理計算で求めることができます。
続くステップ③では、錆が除去されて酸化鉄が形成される過程を第一原理計算を用いて再現し、所望の物質を形成するために必要な温度とその温度を維持する時間を解明することで、レーザの照射時間などを明らかにし、最終目的であるレーザ技術を確立します。
第一原理計算とはシミュレーション科学の方法の1つで、電磁界・流体・力学計算などの現象論的シミュレーションとは異なり、量子力学の基本原理に基づいて物質の構造やエネルギー、電気的・磁気的性質などを実験データに依存せずに予測できる、高精度な計算手法です。原子核がある中での多数の電子の相互作用をシュレーディンガー方程式*1で扱い、その数値解から物質の安定構造やバンド構造、自由エネルギーなどを求めます。代表的な方法である密度汎関数理論(DFT)は、電子密度を基にエネルギーを評価することで高精度な計算を可能にし、材料科学・化学・半導体デバイス研究の中心的ツールとなっています。実験が難しい極限条件や界面・欠陥のような微視的構造の解析にも適しており、新材料の探索やデバイス特性の理解、反応機構の解明にも広く活用されています。
しかしながら、第一原理計算を用いてレーザと錆、鋼材の相互作用、さらに、それに起因した錆の抑制効果を議論した例は非常に少なく、後述するように、いくつか課題があり工夫が必要です。
以下、それぞれのステップについて、実験例と計算例を説明します。

*1 シュレーディンガー方程式:量子力学において、電子などの微小な粒子の状態や振る舞い(波動関数)を記述するための基本方程式。物質の電子構造や性質を理論的に理解する際に用いられます。

■ステップ①:レーザで錆を除去したときに鋼材表面に形成される物質を把握

このステップでは、レーザ照射によって鋼材表面にどのような酸化鉄が形成されるかを把握します。
先行研究により、レーザ照射による急激な温度上昇で錆が分解し、その後の急冷によって鋼材表面で新たな酸化鉄が形成されることが知られています(2)
レーザ照射時間と生成される酸化鉄の割合との関係を把握するため、波長1.07μmのCWレーザを出力300 W、ビーム径50μmに集光して鋼材に照射し、照射部をラマン分光法*2で分析しました。図2にレーザ照射時間と形成される酸化鉄の割合を示します。
図2から、レーザ照射時間が短い場合はFe3O4(四酸化三鉄)の形成比率が大きく、レーザ照射時間が長くなるにつれてFe3O4が減少する傾向があることが分かります。一方で、レーザ照射時間が長くなるとFeOが増加し、照射時間が一定以上になるとα-Fe2O3が多く形成されていることが分かります。このことから、レーザの照射時間を制御することにより、鋼材表面に形成される酸化鉄を選択できる可能性があります。
実際の鉄塔では錆の厚さや組成など表面状態が大きく異なるため、表面条件およびレーザ条件を多様に変化させた実験を行い、照射条件と形成物質の対応関係を体系的に整理しています。

*2 ラマン分光法:物質に光を照射した際に生じる散乱光を解析することで、分子構造や化学結合の状態を調べる分析手法。非破壊で材料の情報を得られることが特徴。

■ステップ②:形成された物質から錆の抑制に適した物質を選択

(1) 形成された酸化鉄の仕事関数の測定例
図3は、鋼材にレーザを照射した時間とレーザが照射された部分の仕事関数を調べた例です。仕事関数の測定にはケルビンプローブ*3を使いました。
レーザの照射時間を長くすると仕事関数が増加して一定値になる傾向がみられました。図2のレーザ照射時間と形成される酸化鉄の関係と比較することで、Fe3O4は相対的に仕事関数が小さく、α-Fe2O3は相対的に仕事関数が大きいと推測できます。したがって、Fe3O4とα-Fe2O3を比較した場合、レーザの照射時間を長くして鋼材表面にα-Fe2O3を多く形成したほうが、錆を抑制できる可能性があることを示唆しています。
さらに、図4に示すように、α-Fe2O3はいくつかの異なる終端構造を示し、この構造によって仕事関数が異なることが第一原理計算による解析で分かっています。したがって、形成される酸化鉄の結晶構造も制御することで錆の抑制効果を向上させることができると考えています。
(2) 反応障壁の計算例
前述したように、物質がある状態から別の状態に変化するのに必要なエネルギーを反応障壁と言います。反応障壁が大きい変化はゆっくり進み、逆に反応障壁が小さい場合は速く進みます。したがって、反応障壁が大きな物質を選択することで錆を抑制する効果を大きくできます。
反応障壁のほかにも、反応の進みやすさを調べる方法はあります。例えば、大気中での錆の進行を観察したり、錆が進行する際の電流を測定したりすることによって、反応の進みやすさを比較することができます。その一方、鋼材表面における錆の発生では、最初の反応を起点にして連鎖的に錆が拡大して進行すると考えられますが、上記の方法では、複数の反応の効果を観察、あるいは測定することになり、起点となる反応の特定や、その反応の進みやすさや反応障壁を比較するのは困難です。
そこで、先デ研では、この錆の進行の起点となる反応を調べ、その反応障壁を比較するために第一原理計算を採用しています。
しかしながら、鋼材のような固体表面における分子の反応について、複数の分子が存在している系での反応障壁計算は例がなく、計算やモデリング方法に工夫が必要です。
起点となる反応を見つけるためには、例えば鉄と水と酸素で構成される系で起こり得るすべての反応を記述する必要があり、そのためには、多くの分子が存在する系で反応を再現する方法が適しています。その一方で、多数の分子が存在する系で、注目する1つの反応障壁を正確に計算するのは困難です。
そこで、先デ研では、多数の原子や分子が存在する状態ですべての反応を調べて、最初に起こる主要な反応を見つけ出してから、単純な系でその反応を再現して反応障壁を計算する方法を考案しました。
ここでは、説明を簡便にするために鉄(Fe)と水分子(H2O)と酸素分子(O2)で構成される単純なモデルを使った反応障壁の計算例を紹介します。
まずは最初に起こりやすい主要な反応を見つけ出すために、図5のように、FeとH2OとO2が多数存在する系での反応を見ていきます。第一原理により、起こり得る反応を網羅的に記述しました。
この反応の初期には、図5に示すFe-O-結合を起点として2つのFe-OH結合が形成される反応であることが分かりました。
次に、その反応障壁を解析していきます。
図6は、より単純な系でFe-O-O結合からFe-OH結合の形成を再現するために、多数のFe原子と、H2O分子とO2分子をそれぞれ1つずつ配置した例です。第一原理計算によってこの反応を詳細に調べるとO2分子の結合が解離した後、Feと結合してFe-O-Oの結合が形成されました。その後、H2OのO-H結合が切れ、残ったOH基がFeに吸着することで、2つのFe-OH結合が形成されることが分かりました。
Fe-O-Oの結合からFe-OHの結合への反応障壁を計算した結果は0.40 eVで、他の物質の反応障壁と比較して妥当であることが確認されています。これまで、このように2つ以上の分子が存在する系において、複数の結合の解離や形成を計算することは困難でしたが、図5のような多分子系での反応を調べることで、注目する反応障壁を正確に計算できる方法を確立しました。
現在、この計算方法を用いることで、レーザ照射で形成される物質について反応障壁計算を進めており、仕事関数の測定結果と合わせて、錆の抑制に適した物質を選定できる見通しを得ています。

*3 ケルビンプローブ:試料表面と探針との電位差を測定することで、表面の仕事関数や電気的特性を評価する測定手法。半導体や薄膜材料の表面特性評価などに用いられます。

■ステップ③:選択した物質が形成されるメカニズムを解明してレーザ照射条件を明確化

ここでは、所望の物質を選択的に効率良く形成するために、物質が形成されるメカニズムを解明する取り組みについて紹介します。
レーザ照射で形成される酸化鉄は、急激な加熱と冷却により非平衡状態で形成されますが、このような現象は、一般的に第一原理で計算できる時間スケールと空間スケールを超えています。したがって、非平衡状態の現象を効率的に再現するための新しいアプローチが必要となります。
図7は、レーザを鋼材に照射したときの温度変化とその温度変化に伴う鋼材の状態変化についてのイメージ図です。
レーザが照射されて錆の温度が急激に上昇し、錆の分解、蒸発などが起こります。その後、鋼材表面が加熱されて、レーザの停止に伴い急激に冷却されて非平衡状態で液相から固相へ相転移する過程で空気中の酸素分子と反応して酸化鉄などが形成されると考えられます。
この過程で形成される酸化鉄を選択するために私たちがレーザを使って制御できるのは錆や鋼材の温度です。しかし、温度はレーザのパワーや照射時間、外部環境などさまざまな条件で変動するため、実験によって現象を解明するには多くの手間と時間が必要です。したがって、先デ研ではより効率的に現象の解明を進めるために、計算による現象の解明に取り組んでいます。
具体的には、第一原理計算を用いて、ステップ②のようなミクロな現象を明らかにしつつ、これらの現象を組み合わせてマクロな現象を再現する技術を確立して、所望の現象を解明します。
図7の中でも重要なのは、レーザ照射を停止した後に溶融した鋼材表面が大気中で急冷されて酸化鉄を形成する過程です。
この過程での酸化鉄の生成を再現するには、10nmオーダー以上の周期構造が形成される過程を計算することが必要で、そのためには100 ps以上の時間にわたる現象を計算する必要があります。しかし、前述したように第一原理計算では1nmオーダーの系で数10 ps程度での現象に対する計算が一般的であり、上記のような大規模かつ長時間の非平衡現象を直接再現することは困難です。そこで先デ研では、第一原理計算の結果を学習したポテンシャルを用いることで計算量を小さくしつつ第一原理に近い精度を保ち、大規模かつ長時間の計算を可能とする機械学習分子動力学法(3)の活用を検討しています。
このような計算技術を確立することで、所望の酸化鉄の形成条件をレーザ照射で制御するための基盤が整います。
将来的には、この知見を応用して通信インフラをはじめとするさまざまな設備の錆の進行抑制に寄与するレーザ技術へ展開できると考えています。

まとめと展望

通信サービスを持続可能にするためには、鉄塔など通信インフラ設備の維持管理のための作業者数やコストを低減する必要があります。先デ研では、レーザを用いて錆を除去する技術を活用して、レーザで錆をとりつつ、鋼材を錆びにくくすることで作業周期を延伸して必要な作業者とコストを抑制する技術の開発をめざしています。
これまでの実験で、レーザを照射することにより、錆の再発や進行を抑制できる酸化鉄を形成できることが分かっています。現在は、酸化鉄の形成過程を明らかにするために、第一原理計算による現象の再現技術の確立に取り組み、この知見に基づいて、所望の酸化鉄を形成するためのレーザ制御技術を確立したいと考えています。
本記事で紹介した取り組みは、レーザによる素地調整と表面改質の観点から、補修周期の延伸に貢献するための基盤技術の1つです。
今後は、塗装の剥がれにくさや再塗装も含めた施工プロセスとの連携も視野に入れながら、通信インフラ設備の長寿命化に貢献できるレーザ技術の確立をめざします。

■参考文献
(1) S. Shimodaira:“On the Relation between the Work Function and the Corrosion Rate of the Metals,”JIMM, Vol.23, No.4, pp.243-246, 1959.
(2) S. Zhuang, S. Kainuma, M. Yang, M. Haraguchi, and T. Asano: “Characterizing corrosion properties of carbon steel affected by high-power laser cleaning,”Constr. Build. Mater., Vol.274, No.2, 122085, 2021.
(3) K. Nomura, S. Hattori, S. Ohmura, I. Kanemasu, K. Shimamura, N. Dasgupta, A. Nakano, R. K. Kalia, and P. Vashishta:“Allegro-FM: Toward an Equivariant Foundation Model for Exascale Molecular Dynamics Simulations,”J. Phys. Chem. Lett., Vol.16, No.25, pp.6637-6644, 2025.

(左から)木内 康平/坂本 尊/川村 宗範/望月 章志

通信インフラの維持管理の効率化に向けて基礎研究から応用研究、実用化まで一気通貫で取り組み、持続可能な社会の実現に貢献していきます。

NTT先端集積デバイス研究所
サステナブルデバイス研究部

DOI
クリップボードにコピーしました