2026年3月号
特集2
インフラを持続可能にする研究開発
- インフラ
- スマートメンテナンス
- 材料
NTT先端集積デバイス研究所 サステナブルデバイス研究部では、化学、物理の基礎知見をベースとする多種多様な技術分野の人材が、エンジニアリングやプログラミングなどのスキルをシームレスに組み合わせ、持続可能な社会の実現に資するサステナブル技術の研究開発に取り組んでいます。その1つがサステナブルインフラ技術です。NTTグループ内の通信インフラだけでなく社会インフラ全体を対象に、維持管理における安全性と経済性を両立したインフラの実現をめざしています。
津田 昌幸(つだ まさゆき)/望月 章志(もちづき しょうじ)
峯田 真悟(みねた しんご)
NTT先端集積デバイス研究所
サステナブルインフラ技術
2025年はインフラの老朽化による大きな事故として、埼玉県八潮市の下水道管崩壊による道路の陥没(設置後42年)、沖縄県での導水管(ダムから浄水場へ水を送水する導水管)破裂による広域での断水(設置後59年)がありました。これら事故は社会インフラの老朽化が一斉に進んでいる一方で、維持管理費用や人員の減少傾向で安心・安全の担保が困難になっていることが目の当たりにされた例でした。もちろん、NTTグループが通信インフラを真摯に維持管理しているのと同様に、これら現場の方々が維持管理を怠っていたわけではありません。しかし、今後も老朽化とリソース減少が重なっていくと、このような事故が起きるリスクは無視できないものとなります。
老朽化したインフラを新しくしても40年後には劣化します。インフラを事故なく使い続けていくこと、つまり持続可能にしていくためには、ただ新しく構築するだけではなく、適切に維持管理し、劣化を進みにくくすること、そして劣化していたら即座にメンテナンスすることが重要です。しかし、限られた費用と人員では維持管理を完璧にこなすことには限界があります。
NTT先端集積デバイス研究所 サステナブルデバイス研究部では、維持管理の費用削減、安全性向上の事業ニーズにこたえ、スマートなメンテナンス、サステナブルな材料の開発による、安全性と経済性とを両立した持続可能なインフラの実現を図るべくサステナブルインフラ技術の研究開発を行っています。
持続可能なインフラをめざして
持続可能なインフラとは何かを、私たちは以下のように考えています。まず前述のとおり、事故なく使い続けられること、つまり「安全性」の確保です。これにはインフラ設備そのものが壊れないことはもちろん、現場で維持管理を行う方々も安全に作業できること、例えばマンホールなど密閉空間での酸欠や高所からの落下などの発生がないことです。次に維持管理の「経済性」です。維持管理には当然費用がかかります。たとえ優れた設備であっても、維持管理の費用が高すぎては使い続けていくことは難しくなります。また最近では循環型経済(サーキュラーエコノミー)*1の考え方も重要であり、インフラ自体やインフラに使用する資源、材料について、リユースやリサイクルなど「資源循環」を考えていくことも重要です。さらに加えるなら、インフラの維持管理にロボットやAI(人工知能)といった新たな技術の導入は必須ですが、同時に人による作業が引き続き必要となる工程も多々残ると思います。そのため、作業者が容易に維持管理できる技術開発も持続可能なインフラの実現には必要だと考えています。
図1に、私たちの考える持続可能なインフラの4つの要件をまとめました。次に、この持続可能なインフラを実現するために、どのような研究開発をしているのか、しようとしているのかを紹介します。
*1 循環型経済:資源を効率的に循環させ、持続可能な社会をつくるとともに経済的な成長もめざす経済システム。

4つの研究開発分野
図2に、サステナブルインフラ技術での研究開発において技術創出する4つの分野を俯瞰的に示します。
私たちは、インフラの維持管理に向け2つのアプローチを考えています。1つは、現在劣化しているのか、いつごろ寿命を迎えるのか、という状態を「知る」ことです。そしてもう1つが、対処方法となる「変える」というアプローチです。
また、時間軸も2つに分けて考えています。既存のインフラについて「今」どうするかと、「未来」はどうしていくべきか、また「未来」に導入するインフラはどうあるべきかの、「今」と「未来」です。
2つのアプローチと2つの時間軸を組み合わせたものが4つの分野です。
1番目の分野は「今を変える」ための「メンテナンス」です。既存の設備を長く使い続けるために、維持管理の作業を効率化したり、設備自体を延命化することをめざします。作業の効率化では、例えば自動化などで維持管理に必要な時間や人員を削減します。設備の延命化では、より長く使用できる補修方法の導入で、点検の周期を延伸あるいは更改の頻度を削減することで、維持管理にかかる費用や時間を削減します。また、使いやすいメンテナンス方法やツール開発は作業者の満足につながります。
2番目の分野が「今を知る」ための「センシング」です。優れたメンテナンス技術があっても最適なタイミングでメンテナンスを行わず、短い周期のままでは効率は悪いままです。また逆に、劣化しているのにメンテナンスを長期間行わなければインフラの故障につながり、結局は短時間での更改が必要になってしまいます。そのために定期的に点検作業を行っていますが、例えば遠隔でインフラの状態を知ることができると、この点検にかかる費用や人員を削減することが可能になります。またインフラの劣化や異常をリアルタイムに検知することができれば、インフラの故障を未然にかつ効率的に防ぐことができるでしょう。
3番目の分野は「未来を知る」ことです。設置されたそれぞれの自然環境下において、インフラの劣化が、どのように、どれくらいの期間で進行していくのかを予測することです。既存のインフラについて劣化の進行を予測することができれば、劣化が早い設備は早期にメンテナンスすることで、劣化させずに長期間使い続けることが可能になります。ただしメンテナンスコストと更改コストを考慮したライフサイクルコストの最適化は必要です。劣化の遅い設備を明確に判別することができれば、メンテナンスの周期をぎりぎりまで伸ばすことで、維持管理にかかる費用や時間を削減できます。
最後の4番目が、「未来を変える」ことです。「未来を知る」ための劣化予測とは、すなわち、インフラが劣化する環境要因や構成材料の特性を明らかにすることです。逆にいえば、このような知見を蓄積していくことで、将来導入していく新規のインフラへ劣化に耐性のある材料を採用したり、劣化しにくい設計を実施することも可能になり、究極的にはメンテナンスフリーのインフラの実現も期待できるかもしれません。また、リサイクルしやすい設計や環境負荷の低い材料を考慮した設計を行うことで、資源循環にも貢献できます。
劣化の進行予測に基づいて設計され導入されたインフラとはいえ、メンテナンスフリーでない限りは、効率的なメンテナンス方法、劣化や異常のセンシングが必要になります。新たなインフラ設備の導入に合わせて4つの分野それぞれの技術開発を進めていくことで持続可能なインフラを実現していきます。

スマートメンテナンス技術研究グループ
スマートメンテナンス技術研究グループでは、主に「今を変える」「今を知る」ための技術開発を担っています。レーザ工学と電磁波工学を基盤に、物理学と化学に基づく現象把握と現場適用の知見を活かしつつ、ロボティクスやAIを組み合わせることによって、省力化・省人化および安心・安全な労働環境の提供を可能とする次世代メンテナンス技術の創出を目標としています。その中で、劣化物を非接触で除去可能な高出力レーザを活用したインフラクリーニング技術を軸に、設備の状態把握や異常検知、作業の効率化や設備延命化に資する研究開発を推進しています。
鋼材で構成されている通信用鉄塔の長寿命化には、錆の発生を抑制する技術とともに除去する技術が重要です。錆の除去には電動工具や金属ブラシを使っていますが、人手による作業が必須です。また狭い場所やボルト周りの錆を除去しにくいという問題もあります。狭い部分での錆を除去する技術として、砂を高速に打ち込むサンドブラスト法が挙げられますが、砂を回収する手間がかかるため利用が困難です。このような作業を効率化し、省力化や安全性の向上につなげていくためには、錆除去作業を担う機器は小型軽量で反動を小さくする必要があり、将来的にロボティクスやAIを組み合わせ、作業の高度化が図れる可能性があります。この観点で、私たちはハイパワーレーザを用いた錆取り工具(除錆レーザ)に注目しています。
なお、スマートメンテナンス技術研究グループでは、図3に示すように、除錆レーザ、レーザ素地調整、LiDAR(Light Detection and Ranging:レーザ測距)*2の3つの技術領域を中心に研究開発を進めています。
これまでに、回折素子と呼ばれるデバイスを活用し、小型で軽い除錆レーザの開発に取り組んできました。回折素子は基板上の微細構造で入射光の位相を変調するホログラム技術を応用したデバイスで、数gと軽量の素子ながら入射するレーザ光の形状を所望の形状に変換できます(1)。この特長を活かして、レーザ光を点から線に広げることで作業の高速化に挑戦してきました。このような検討を重ねてきた中で、効率良く錆を除去するための適切なレーザ照射条件を探り、鋼材の表面を劣化が発生しにくい安定状態にするレーザ処理の可能性を見出すなど、除錆作業の効率化や省力化に寄与する中核技術として、ハイパワーレーザと鋼材の反応に関する幅広い知見を蓄積してきました。さらに、これらの知見は、錆を除去するだけでなく、鋼材表面の化学的な状態を制御して再劣化を抑制するという新たな方向性にもつながっています。特に、補修後の再塗装が確実に行えるよう鋼材表面を適切な状態へ整える素地調整作業において、レーザ照射で形成される酸化物や表面状態を活用することで、長期間劣化しにくい表面を実現する研究へと展開しています。
また、このような省力化・高度化に向けた基盤技術の1つとして、LiDARを用いた高速・高精度の測距技術にも取り組んでいます。波長掃引光源と干渉計によって得られる干渉信号を一定時間間隔でサンプリングした後、独自のアルゴリズムで処理することで、高速かつ高精度な距離計測の実現を進めています。対象物までの距離をリアルタイム(ミリ秒オーダー)かつ高精度(マイクロメートルオーダー)に把握することで、ハイパワーレーザを安全かつ的確に扱うことができます。具体的には、作業対象となる構造物の位置や形状の把握、作業領域の確認などに活用でき、レーザ照射時の安全性確保に寄与します。
これらの技術開発は、除錆作業の効率化、高度化して「今を変える」技術を実現するべく、「今を知る」センシング技術についても研究開発を行っている事例であり、「経済性」「安全性」そして「作業者の満足」につながる技術開発をめざしています。
*2 LiDAR:レーザ光が物体に当たって跳ね返ってくるまでの時間を計測し、物体までの距離や方向を測定する測距方法。

サステナブルマテリアル研究グループ
サステナブルマテリアル研究グループは、主に「未来を知る」「未来を変える」ための技術開発を担っています。各種インフラ材料の化学分析技術、加速試験技術、劣化予測技術、データ分析技術を基盤技術として、劣化予測・環境予測に基づく効率的な設備保全や、補修による延命化、材料変更による長寿命化に資する研究開発を推進しています。
インフラ設備には、多種多様な材料が使用されています。例えば、鉄塔などに用いられる鋼材などの金属材料、電柱やマンホールなどに使用されるコンクリートが挙げられます。またクロージャや下部支線カバーに用いられるプラスチックなどの有機系材料もあります。設備で使用されるこれら材料は単独で用いられることは少なく、コンクリート構造物中には鉄筋が設置されていますし、マンホール内部には各種金物や外被が高分子材料のケーブルがあり、また鉄塔などの鋼材設備には防錆のために有機系材料の1つである塗料がぬられています。またインフラ設備は屋外に設置されていることもあるため、さまざまな環境に晒されています。太陽光や降雨など気象変化のほか、平均気温も違えば、降雪地域や台風の多い地域、沿岸部など塩害を受けやすい地域などさまざまです。
このように、種々の材料がさまざまな環境に晒されるインフラ設備について、その安全性を高め持続可能にしていくためには、インフラ材料を適切な方法で評価・分析し、劣化機構の解明や優れた材料の選定による対策技術の提案につなげていくことが重要です。
劣化機構の解明には、実際の環境で生じる劣化と近い現象をより短時間で再現する加速試験方法を開発することで、環境や劣化要因(水や酸素、紫外線など)の違いにより、それぞれ異なる劣化の進行状況を明らかにしています。加えて、現場から回収した劣化部材や加速劣化させた部材について分析・評価したり、劣化進行中の状態を評価することにより、劣化機構の解明に取り組んでいます。
図4に、通信用の鉄塔を例に、劣化予測技術および長寿命材料技術に関するこれまでの取り組みを紹介します(2)。鉄塔は鋼材でできており、この保護のために塗装されています。維持管理では、塗装が劣化していないか、鋼材が錆びていないかを点検する工程、錆びていた場合は次に古い塗料や生成した錆を落とす素地調整、そして最後に再塗装の工程で行われます。点検や素地調整にはスマートメンテナンス技術研究グループによるレーザを活用した省力化・高度化の技術が期待されます。一方で再塗装の工程において、劣化予測技術や長寿命材料技術の適用に取り組んでいます。また、促進腐食試験や促進耐候性試験など加速試験方法を、長寿命な塗料をスクリーニングする評価技術として開発しています。さらに、長寿命材料としてジンクリッチペイント(高濃度亜鉛粉末含有塗料)という塗料について、添加剤の工夫による性能向上を図る技術開発にも取り組んでいます。
これらは、インフラ設備がどのように劣化をしていくのか「未来を知る」ことで、適切な材料選択や設計を可能にし、持続可能なインフラを実現し、「未来を変える」ことをめざす研究開発の一例です。「経済性」「安全性」に加えて、これからは「資源循環」も考慮した技術開発もめざしていきます。


(左から)津田 昌幸/望月 章志
峯田 真悟

サステナブルデバイス研究部では、持続可能なインフラの実現だけでなく、炭素・資源のニュートラル化もミッションとし、持続可能性に配慮した材料・デバイス技術の創出によってサステナブル社会発展に貢献する研究開発に取り組んでいきます。