グローバルスタンダード最前線
ITU-T SG5の体制と審議状況
NTTグループは、電磁妨害波や雷サージから通信設備を防護するとともに、ICTによる気候変動への影響評価や持続的な発展が可能な循環型経済の問題に取り組み、通信サービスの信頼性向上ならびに事業活動に伴う環境負荷の低減に貢献するため、ITU-T(International Telecommunication Union-Telecommunication Standardization Sector:国際電気通信連合 電気通信標準化部門)において国際標準の作成に参画しています。ここでは、2018年9月に開催されたSG(Study Group)5会合における最新の審議動向を紹介します。
中村 尚倫(なかむら なおみち)/ 張 暁曦(ちょう ぎょうぎ)/ 奧川 雄一郎(おくがわ ゆういちろう)
NTTネットワーク基盤技術研究所
ITU-T SG5の概要
ITU-T(International Telecommunication Union-Telecommunication Standardization Sector) SG(Study Group)5は「環境、気候変動および循環経済」をテーマに、図に示すように2つのWP(Working Party)で構成されます。WP1では通信設備の雷・過電圧防護や電気安全、EMC(ElectroMagnetic Compatibility:電磁環境適合性)、電磁界の人体ばく露について5つの課題(1~5)に分かれて検討を行っており、WP2ではエネルギー効率化や循環経済、ICTの環境影響評価について3つの課題(6、7、9)に分かれて検討を行っています。ここでは、2018年9月11~21日にスイス・ジュネーブで開催されたSG5会合における審議動向を紹介します。なお、会合結果のサマリはITU-Tのホームページ(1)にも掲載されています。
図 ITU-T SG5の課題
WP1の審議動向
課題1
課題1では、雷撃や接地、電力システムからの電磁サージに対する通信システムの防護要件の検討を行っています。今会合では、貧弱な接地環境にある小型の通信装置の保護に関する新規勧告において、接地ポートがない装置やHVDC(High Voltage Direct Current:高電圧直流給電)装置も適用範囲に追加するべきとの提案がありました。審議の結果、接地ポートがない装置に関しては、絶縁トランスを用いることで未接地でも可能とすること(絶縁トランス2次側のケーブル長、感電の危険性を示す表示が必要等の条件あり)が草案に反映され、K.134としてコンセントされました。
課題2
課題2では、バリスタ、避雷管などの過電圧防護素子に関する試験方法や要求条件に関する検討を行っています。今会合では、前会合でコンセントされた通信ビルに設置される装置の過電圧要件を規定した既存勧告K.20、宅内に設置される装置の過電圧要件を規定した既存勧告K.21、通信装置の過電圧および過電流の基本要件を規定した既存勧告K.44に対して、DC電源線の接地に関するコメントが提出されました。審議の結果、K.20、K.21、K.44の補足文書として「屋内DC給電インターフェースのサージ試験要素」を発行することが同意されました。また、NTTが作成を主導しているユーザビルとアクセスネットワークにおけるサージ保安器およびサージ保安素子の利用における安全性に関するガイダンスK.spdsafeについて、電源系統の事故時に通信線に電圧が発生した場合や過電圧が内線ポートに発生した場合の安全性に関する情報が追加されました。本勧告案については、IEC(International Electrotechnical Commission)/TC(Technical Committee)108において基本的な理解が得られた時点でコンセントされる予定です。また、自動再投入機能付き漏電遮断器の技術要件に関する新規勧告についても議論が行われ、エディトリアルな修正後K.135としてコンセントされました。
課題3
課題3では、無線アクセス設備など通信設備から発生する電磁界の人体ばく露について、管理や測定、ガイドラインの検討を行っています。今会合では、NTTドコモ、NICT(情報通信研究機構)からマンホール設置型基地局の近傍での電磁界ばく露レベルに関する評価データを提出しました。審議の結果、このようなデータは過去の事例がなく、各国の参考になる非常に有用な情報であると評価され、既存勧告K.91(電磁界に対する人体ばく露の評価やモニタリングに関するガイダンス)のAppendix Ⅷとして追加されました。そのほか、無線設備における作業者の電磁界ばく露制限に対する評価と管理に関する新規勧告K.workers、など4件の新規勧告の草案第1版がそれぞれ審議され、内容が了承されました。
課題4
課題4では、新たな通信装置、通信サービスや無線システムに対応したEMC要件の検討を行っています。今会合では、無線通信装置のEMC要件および有線通信装置のEMC要件に関する2件の新規勧告が審議され、適用範囲の明確化や他既存規格との整合性を見直した最終草案がK.136、K.137としてそれぞれコンセントされました。また、通信施設内の電気装置に対するEMC要件に関する既存勧告K.123について、NTTから150 kHz以下の伝導妨害波に対する許容値規定の追加を提案しました。これは、2018年度に改定したNTTのTR(Technical Requirement)の内容に基づいて提案しているもので、今会合で提案内容がおおむね合意されたことから、次回会合(2019年5月)で最終草案がコンセントされる予定です。
課題5
課題5では、粒子放射線による通信装置のソフトエラーや電磁波セキュリティに関する検討を行っています。今会合では、ソフトエラー試験結果の品質推定方法と適用ガイドに関する新規勧告草案第4版を日本から提案し、用語の定義や規定根拠に関する議論を経て、最終草案がK.138としてコンセントされました。同様に、日本が提案しているソフトエラーの通信装置に対する信頼性要件に関する新規勧告についても微修正をした最終草案がK.139としてコンセントされました。今後は、通信装置の半導体デバイスに対するソフトエラー対策要件に関する新規勧告作成や、昨今話題になっているHEMP(High altitude ElectroMagnetic Pulse:高高度核爆発による電磁パルス)に対する通信設備の防護に関する既存勧告K.78について、最新のIEC規格や研究成果を反映する改定作業が行われる予定です。
WP2の審議動向
課題6
課題6では、通信設備やデータセンタ、またそれらのエネルギー効率について検討を行っています。今会合では、エネルギー貯蔵システム技術に関する既存勧告L.1220のパート1に記載されている、貯蔵システム技術の一般的な選択および評価方法をベースに、主要なバッテリ技術や特性、アプリケーションに適合したバッテリ技術の選択や評価、試験方法をパート2として作成することが提案され、最終草案が新規勧告L.1221としてコンセントされました。また、ネットワーク機能仮想化のエネルギー効率の測定方法に関する新規勧告L.mmNFVでは、NFV(Network Functions Virtualization:ネットワーク機能仮想化)環境における、仮想ネットワーク機能およびNFVインフラストラクチャなどの機能構成要素のエネルギー効率を評価するための測定基準および測定方法が議論され、最終草案がL.1361としてコンセントされました。
課題7
課題7では、E-waste(電気電子機器廃棄物)を含んだ循環経済に関する検討を行っています。コネクト2020アジェンダ*ではE-wasteを2020年までに50%削減するという目標が掲げられており、その取り組みに向けて3つのステップ(①包括的なE-wasteインベントリの作成、②持続可能なE-waste管理システムの開発、③その管理システムを推進するための支援策の導入)によるガイダンス文書の作成が提案され、審議の結果L.1031としてコンセントされました。また、携帯電話に対する環境影響評価に関する新規勧告L.CEMにおいて、これまでの補足文書L.Suppl.32やUL110などUL規格(米国の電気製品安全規格)の内容を踏まえて、携帯電話の設計から生産、使用、EoL(End of Life)まであらゆるライフサイクルを考慮した環境影響評価の基準が提案され、最終草案がL.1015としてコンセントされました。
課題9
課題9では、SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)を推進するためのICTの影響評価方法に関する検討を行っています。今会合では、ICTセクタの環境影響評価方法に関する新規勧告L.MAEに関して、コメントを反映させた評価手順や将来予測などのパートについて修正した最終草案がL.1450としてコンセントされました。また、本勧告の補足文書として、「UNFCCC(United Nations Framework Convention on Climate Change:気候変動に関する国際連合枠組条約)パリ協定に合致するICTセクタにおけるグローバルレベルでの複数のGHG(Green House Gas:温室効果ガス)トラジェクトリー」を新規に作成することが提案、承認されました。本補足文書については、GeSI(Global e-Sustainability Initiative:グローバルe-持続可能性イニシアチブ)との連携により共同で作成を進め、今後はさらにSBTi(Science Based Targets Initiative:科学と整合した目標設定)とも連携する予定です。また、セクタレベルでのICTによる他のセクタにおける積極的な影響を評価する方法に関する新規勧告L.MAAPについて、2017年から継続して議論が進められています。今回、複数の評価手法からユーザが目的に合わせて適切な手法を選べるように、評価対象となるすべての構成要素を1つずつ対象にしてGHG排出量を積み上げる、現在の提案評価方法に加え、国レベルで産業間の取引を表す産業連関表をベースにしたトップダウン方式によるICT利用の環境および経済への影響評価方法をNTTから提案しました。審議の結果、NTTの提案を草案に反映させることが了承されました。
* コネクト2020アジェンダ:ITUにおいて2020年までのICT の取り組み方針を定めたもの。
まとめ
ここでは、ITU-T SG5における最新の標準化動向を紹介しました。5GやIoT(Internet of Things)、仮想化など通信技術は日々刻々と進歩していますが、今後も、通信設備を取り巻く環境の変化に応じたタイムリーな標準化活動を推進し、通信サービスの品質・信頼性向上や環境負荷の低減に貢献していきます。
■参考文献
(1) https://www.itu.int/en/ITU-T/studygroups/2017-2020/05/Pages/exec-sum.aspx