特集
次世代光線路技術の研究開発の取り組み
NTTアクセスサービスシステム研究所では通信ネットワークの持続的発展に必要となる安心・安全な光線路技術を継続的に確立すべく、研究開発を推進しています。近年では光アクセス網の経済化・高度化に資する光線路技術の研究開発に加え、2019年NTTが提唱したIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想の3本柱の1つである オールフォトニクス・ネットワーク(APN)の実現を見据え、いつでも・どこでもつながる革新的な光線路設備の研究開発に着手しました。本稿ではこれらの取り組みについて概説します。
片山 和典(かたやま かずのり)
NTTアクセスサービスシステム研究所
プロジェクトマネージャ
光アクセス網の経済化・高度化に向けた取り組み
NTTアクセスサービスシステム研究所では、多様化するネットワークサービスを支える光アクセス網の経済化・高度化による情報通信事業の持続的発展に向け、光線路設備全般についてコア研究から実用化開発まで一気通貫で取り組んでいます。光アクセス網を構成する主要な技術群を図1に示します。光アクセス網は所内、所外、構内における光ファイバ・ケーブル、光接続部品、架空構造物など多くの物品・技術から構成されており、光アクセス網の高機能化や施工の簡易化、運用性の向上などの観点で多様な研究開発を行い、実設備として導入されています。ここでは光線路設備技術における最近の研究開発成果の一部を紹介します。
光ファイバ・ケーブルに関しては、限られたスペースに多数の光ファイバを配置するために、光ケーブルにおける光ファイバ実装密度の向上が進められています。NTTでは間欠接着型テープ心線とスロットレス光ケーブル構造を提案、開発し、光ケーブルの極限的な高密度化を実現しました。同技術を最適化することで、従来の1000心光ケーブルと同一外径で2000心の光ファイバを実装した世界最高密度の光ケーブルを実用化しています。さらに細径高密度光ケーブルの適用拡大として、鳥獣害対策用のHS光ケーブルも実用化しています。スロットレス構造の適用とケーブル構造の変更により、従来と比べて細径・軽量化と施工性の向上を実現しました。今後、細径高密度光ケーブル構造は光ネットワークにおける光ケーブルの主流となると考えられます。
また所内・構内光配線では、近年のデータセンタ等における光ファイバ接続需要の増加により、光ケーブルの輻輳による空調効率の低下が課題となっています。特に二重床下配線では、床下空間の配線状況が不明であるケースが多く、輻輳が生じやすくなっています。そこでNTTではケーブル種別や敷設条数などからケーブル積み上げ高を推定する方法を考案し、空調効率を向上し消費電力を低減する新たな所内配線技術を確立しました。
次に架空構造物の点検・補修技術の取り組みについて述べます。取り組みの概要を図2に示します。架空構造物を支える電柱や支線等の構造物における安全性評価では、支線・ケーブル等で連なる複数の電柱を1つの“系”ととらえた不平衡荷重を考慮する必要があることが、近年の検討で明らかになっています。しかし、図2左に示すように、従来行われている電柱等の単体の点検、更改では不平衡状態に対する根本的な対策にはなりません。そこでNTTでは、図2中央に示す架空構造物総合検証設備を構築し、架空構造物の“系”としての検証を行っています。実環境を模した検証系で不平衡荷重を引き起こす真因を解明し、図2右のように、最適な対策を考案・実施することで、“系”全体の長期安全利用を実現できます。また本取り組みは、昨今の激甚化する自然災害への対策としても非常に有効です。
以上、光アクセス網の経済化・高度化を実現する光線路設備の最近の研究開発成果について説明しました。情報通信事業の持続的発展を支えるべく、NTTアクセスサービスシステム研究所では安心・安全な光線路技術を継続して創出していきます。
IOWN構想と光アクセス網の将来像
2019年NTTは、スマート社会における処理限界・消費電力の増大とインターネットの遅延限界をかんがみ、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想を提唱しました。IOWN構想は、ネットワークから端末までフォトニクス技術を活用し大容量・低遅延・低消費電力を実現するオールフォトニクス・ネットワーク(APN)、現実空間をデジタル化しサイバー空間で新たな価値を創出するデジタルツインコンピューティング(DTC)、これら2つの要素を構成するICTリソースを最適運用するコグニティブファウンデーション(CF)、の3つで構成されます。NTTアクセスサービスシステム研究所では、APNの実現に必要となる革新的な光線路技術の確立に向け、研究開発を推進しています。
検討している光アクセス線路設備の将来像を図3に示します。光アクセス線路設備は長期的な利用を前提としており、パッシブな設備としての技術的中立性やオープン性の確保が必要となります。さらにスマート社会におけるサービスの多様化・高度化や5G/6G(第5/6世代移動通信システム)等の高速無線通信の展開にも対応する必要があります。このような次世代通信サービスを支える光アクセス線路設備を実現するために、「既存光ファイバ限界の克服」「線の制約を意識しない柔軟な心線リソースの提供」「新たなリーチ先に対する光提供拡大」の3つの方向性を定め、研究開発を推進しています。
まずはじめに、「既存光ファイバ限界の克服」については、伝送容量需要が毎年指数関数的に増大しており、2020年代後半には必要となる伝送システム容量が既存シングルモードファイバ(SMF)の伝送容量限界である約100 Tbit/sを超えると懸念されています。そこで、時間、波長に加え新たな多重軸として空間を加えた空間分割多重(SDM)技術が、近年世界的に高い関心を集めています。SDM伝送では1心に複数の空間チャネルを有するSDMファイバが必要となります。SDMファイバの概要を図4に示します。SDMファイバは、複数のコア領域を有するマルチコア、1つのコアに複数の空間チャネルを有するマルチモード、さらにこれら2つを組み合わせ、超高密度SDMを実現するマルチモード・マルチコアに大別されます。既存SMFと同等の光学特性を複数有するマルチコアファイバについて、近年NTTは既存の光ファイバ標準や光設備との互換性を考慮した光ファイバ・ケーブルを提案し、マルチコアファイバ線路の実用展開加速に向け積極的に検討しています。また、さらなる超高密度化・大容量化をめざし、超高密度SDM光ファイバ・ケーブル技術とその周辺技術についても併せて研究開発を推進しています。
超高密度SDMファイバを実装した光ファイバ・ケーブルを図5に示します。超高密度SDM光ファイバでは一般的に、光信号が空間チャネル間で混ざり合いながら伝送し、受信端の信号処理で復調する方式となり、空間チャネル間の伝送遅延差が伝送特性を劣化することが知られています。ここでは光ファイバ自体の構造設計により伝送遅延差を最小化するとともに、光ケーブル内における光ファイバの曲げやねじれを制御することでも伝送遅延差を制御できることを示し、光ファイバと光ケーブル構造の同時最適で空間チャネル間の特性差を制御できることを世界で初めて実証しました。
次に「線の制約を意識しない柔軟な心線リソース提供」については、特に将来の5G/6G基地局の展開を考慮すると、従来の世帯分布ベースの固定的な心線リソース提供では十分な対応ができない可能性があり、必要なときに必要な量の心線リソースを提供できるネットワーク構成が必要となります。さらには自動運転などサービス断が許容されないサービス利用も想定すると、ネットワークの信頼性確保も重要となります。そのため、多段ループアクセスネットワーク構成の検討に着手しました(図6)。このネットワーク構成は、ループ型の網構成をベースとし、心線レベルで光パスを遠隔から自在に切り替えられる機能的光ノードを新たに備えます。本技術を既存アクセスネットワーク上にオーバレイすることで、空き心線を有効活用できるほか、ネットワークの冗長化による信頼性向上も実現することができます。
最後に「新たなリーチ先に対する光提供機会の拡大」について、5G基地局は都市部に限らず、産業可能性のあるルーラルエリアにおいても配備を実施することとなっています。しかし、ルーラルエリアでは光未提供エリアも存在し、光設備を経済的・効率的に敷設する方法が課題となります。都市・郊外部では基地局の張り出し増加、非居住地域等では心線需要の拡大が想定されますが、特に光未提供エリアでは新たな光設備設置のコスト負担が大きな課題です。そのため、これまで考慮されていなかったエリアに対する経済的かつ効率的な光ファイバ・ケーブルの敷設方法について、新たに検討を進めています。
まとめと今後の方向性
NTTアクセスサービスシステム研究所では、情報通信事情の持続的発展に貢献すべく、安心・安全な光線路技術の研究開発と確立に継続的に努めていきます。特に近年激甚化する自然災害への対策についても考慮する必要があり、前述した内容と併せて取り組みを進めます。またIOWN構想の実現に向けては、いつでも・どこでもつながる光線路設備の実現に向けた研究開発の推進とともに、スマートな設備運用技術の実現にも取り組んでいきます。
また、タイムリーな成果創出に努めながら、IOWN構想実現とのつながりを意識した研究開発を推進していきます。
問い合わせ先
NTTアクセスサービスシステム研究所
アクセス設備プロジェクト
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