2025年7月号
特集2
社会インフラ維持管理の新時代へ~AI活用&シェアリング~
- インフラ
- AI
- シェアリング
NTTアクセスサービスシステム研究所では、維持管理効率化、レジリエンス向上、環境負荷低減といった社会インフラ事業を取り巻く課題の解決と持続可能な社会の実現に向けて研究開発に取り組んでいます。インフラ分野において、AI(人工知能)活用を進めるとともに、設備や情報のシェアリングの概念も取り入れ、維持管理のあり方そのものを変革する技術の創出をめざしています。本稿では、AIとシェアリングという2つの軸にかかわる技術を紹介します。
本田 奈月(ほんだ なづき)
NTTアクセスサービスシステム研究所
シビルシステムプロジェクトの取り組み
NTTアクセスサービスシステム研究所ではIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想による革新的ネットワーク(NW)の実現を進めるとともに、途切れることのない社会インフラとしての安心・安全を支えるために、マンホール・管路・とう道などNWを収容する基盤設備にかかわる研究開発に取り組んでいます。シビルシステムプロジェクトでは、これら基盤設備に関する要素技術となる材料分析や構造解析による耐力や信頼性の評価、また設備維持管理に関する抜本的な効率化を実現する技術の研究開発をテーマとしています。さらに近年では、通信基盤設備の構築・維持管理で培った技術を他の社会インフラにも適用拡大し、広く社会全体の課題解決への貢献をめざしています。
■社会インフラ事業全体に共通する課題
社会インフラは設備の老朽化が課題となっており、トンネル崩落や道路陥没など、大規模な事故が急増しています。また、推計によると、2045年には設備保全費が2018年度比で約40%増大し、一方で、生産年齢人口は5600万人まで減少すると予想されており、社会を支えるリソースの急激なひっ迫が懸念されています(1)(2)。加えて近年は、大地震や集中豪雨など、激甚災害も頻発しており、維持管理の効率化とともに、災害に備えたレジリエンス強化も喫緊の課題となっています。
通信基盤設備と電気、水道など社会インフラの共通点としては、その構造物がコンクリート、鋼、樹脂などの材料で構成されており、経年によって露筋、腐食、ひび割れの劣化が発生し、それらに対して適切な点検・診断のもとに補修・更改を実施していく必要があることが挙げられます。一度障害が発生すると生活に大きな影響を及ぼすため、いかに効率良く、破損や障害の発生を事前に見極めて対策が取れるかということが重要なポイントです。
しかしその一方で、維持管理は国、自治体、各企業などインフラごとに個別に実施されているため、調査や工事が重複し、コストや稼働が増大するほか、情報や作業の分断により、全体最適や効率的な維持管理が難しくなるという課題があります。
■AIとシェアリング
世界のAI(人工知能)市場規模は今後5年で4.4倍に急拡大すると予想され、さまざまな分野でAIを利活用することで、業務の効率化や生産性の向上、コスト削減、顧客満足度向上、労働力不足の解消など、多岐にわたるメリットが期待されており(3)、インフラ分野でも活用が進んでいます。また近年は、モノ、スキル、時間、空間、情報などをシェアし、利用者は必要なものを必要なときにだけ利用するシェアリングが社会で普及・浸透しています。そのシェアリングの概念をインフラ分野にも適用し、設備構築や点検の稼働を分割・分担することで効率的な運用が可能となります(図1)。本稿では、通信基盤におけるAI技術活用と他インフラへの適用、ならびにシェアリングの実現に資する技術について紹介します。
「AI活用」によるインフラ維持管理の高度化
■画像認識AIによる点検・診断・劣化予測
設備の状態把握を画像認識AIにより行うことで、従来の目視点検を自動化し、点検の効率化・スキルレス化につなげることが可能となります。図2は画像認識AIを活用したインフラ施設の点検、診断、劣化予測の効率化に向けた取り組みです。従来は、作業員が現地で点検を行っており、オンサイトでの稼働が大きく、また目視による個人の評価では点検品質にもばらつきが生じていました。これに対して画像認識AIによる点検・診断では、構造物における鋼材腐食や塗装剥離などの発生個所をマーキングして分布を可視化し、劣化の定量評価が可能となります。さらに構造物の耐力低下につながる鋼材の腐食による減肉についても定量化を実現しました。これまでの減肉量測定は、鋼材腐食部に超音波装置を接触させて行っていましたが、本技術では、ドローン等で撮影した腐食部の画像解析により実測と同等の精度での推定が可能となりました。
直近では熊谷市と連携し、ドローンで撮影した道路橋の画像を用いて、鋼材の腐食検出および腐食深さの推定に関する検証を行い、撮影画像から90%の精度で腐食を検出し、誤差0.67mm以内で減肉量を推定することに成功しました。この技術により、従来必要だった超音波装置の使用や、専用車両や足場の設置といった高コスト作業が不要となり、点検コストを約4分の1に削減することが期待できます。
さらに、将来の腐食進行を予測する新たな技術として、インフラ施設画像と気温・降水量などの環境データ、予測年数を入力することで、数年後の腐食の広がりを高精度に予測できる世界初の技術を確立しました。この予測AIモデルには、深層学習の手法である敵対的生成ネットワーク(GAN: Generative Adversarial Network)を活用しています。過去と現在の画像から腐食の面積や形状、色などを学習し、複数の環境要因を取り込むことで、個々の腐食の進行速度を正確に予測することが可能になりました。茨城県内(沿岸部除く)の道路橋および通信用管路設備の鋼材20カ所を対象とした検証では、予測と実測の腐食増加率の相関係数が0.73、平均誤差が9.9%と高い精度が確認されました。本技術により、補修のタイミングを適正化し、コスト削減と安全確保の両立、工事計画の平準化にも貢献します。2025年度には道路橋へのサービス化、他構造物や劣化事象への展開も予定しています。
■通信設備の被災履歴データとAIを活用した社会インフラ被災予測
NTTの電柱は全国の居住エリアを中心に広く設置されており、災害によって損傷した事例も確認されています。NTTが長期にわたり維持管理してきた中で蓄積された設備被災時の点検データを活用し、豪雨起因の土砂災害に対する電柱の被災予測AIモデルを構築したところ、被災リスクを98%の精度で予測することに成功しました。また、管路や橋梁添架管などの通信設備についても、地震や河川氾濫に対する被災予測AIモデルを構築し、高い精度での被災リスク予測を可能としました(図3(a))。
さらに、近年は他の社会インフラへの適用拡大も進めています。山間部などの道路は、災害発生時の支援ルートとして重要な役割を果たしますが、そのリスク評価には一般的にハザードマップが用いられます。しかし、土砂災害に関するハザードマップは居住エリアを中心に整備されているため、すべての道路を網羅しておらず、場合によっては新たに作成する必要があります。作成にあたっては現地調査や技術者による地形図の判読が求められるため、時間やコストを要するケースもあります。そこで、前述の通信設備の被災予測技術を応用し、地図上に仮想の電柱を10~20 m間隔で配置したデータを用いて、それぞれの被災リスクをAIモデルで推定する手法を構築しました(図3(b))。この手法を能登半島豪雨における道路被災に適用した結果、ハザードマップと同等以上の予測精度であることが確認されました。また、本モデルは公開データを活用するため、現地調査を必要とせず、ハザードマップが整備されていない地域や、調査に時間やコストがかかる地域においても迅速な被災リスク評価が可能です。
また、地震に対する被災予測技術のインフラ設計への活用も始まりつつあります。これまでの通信ルート設計では、想定地震動や地盤情報を用いたエリア単位でのリスク評価を行ったうえで、最終的には現地調査等によって被災リスクのある場所を確認する場合があり、その際にはベテラン社員のノウハウに頼らざるを得ない部分もありました。そこで、本技術を活用することで、過去の被災データに基づくリスク評価が可能となり、より合理的なルート選定が実現できます。今後はこれらの技術を、道路をはじめとするさまざまな社会インフラや災害パターンに適用することで、災害に強い将来のまちづくりや都市デザインへの貢献ができると考えています。
インフラ分野におけるシェアリング推進
NTTグループでは、同一区間で他事業者の工事が予定されている場合、同時期に共同で施工することでコストを削減する「共同施工」の取り組みや、災害時における自治体・電力・ガス会社との連携を行っています。シビルシステムプロジェクトでは、こうしたインフラ事業者間連携をさらに拡大していくため、データや設備のシェアリング実現に資する技術の研究に取り組んでいます。設備データや点検データのシェアにより、工事前調整や点検の稼働を削減することで、社会全体で運用効率化をめざします。また、設備のシェアにより、設備投資の重複を抑え、資源を有効活用することで、持続可能な社会基盤の構築にも貢献します。
■3次元データを用いた地下埋設管路の位置計測
社会インフラ維持管理DX(デジタルトランスフォーメーション)の一環として、地上の設備形状や位置を高精度な3次元デジタル情報として整備する取り組みが推進されており、衛星測位やMMS(Mobile Mapping System)*1などを活用したデータ収集が活発に行われています。しかし、地中に埋設された設備については、実測や目視が困難なケースが多く、通信・電力・ガス・水道など各事業者が建設時の図面を個別に管理しているため、設計・施工時には複数の図面の照合や試掘に多大な稼働を要しています。そのため、地下空間全体のデジタルツイン化を推進し、各事業者が横断的に連携した運用・維持管理によって、効率化を図ることが求められています。その実現に向けて、地下埋設物の位置を高精度に把握するための計測技術の研究開発を進めています。
地下埋設管路の高精度な3次元デジタル化を実現するため、通信用管路を対象に、TOF(Time Of Flight:距離計測)カメラやジャイロセンサを搭載した内部走査装置と、取得した点群データの接続処理により、管路全長の3次元形状を再現し、マンホールの位置と結びつけて地理空間上の埋設位置を算出する手法を確立しました。模擬環境での実験では、計測長185 mに対して誤差0.10%以内という非常に高精度な結果を得ています。本技術により、管路の形状や位置を設置環境に依存せず正確に把握できるようになり、調査稼働の軽減、掘削時の損傷リスク低減、災害復旧の迅速化に寄与します。今後は電力・ガス・水道分野への展開を進め、地中設備全体のデジタルツイン化の実現をめざします。
*1 MMS:レーザスキャナやカメラを搭載した車両にて計測走行を行い、取得した点群や画像等の空間情報データから、所外設備の状態を面的かつ効率的に把握するシステムです。
■インフラ4Dマッピング
地上の社会インフラ設備(電力柱・街灯・標識等)向けには、3次元位置情報に基づく点検データ管理の低コスト化をめざしています。NTTグループで電柱点検等に使用しているMMSは、高精度な3次元位置情報付きの点検データを取得できますが、機材・システムの費用が高額です。一方で、近年実用化の進むドライブレコーダを用いた点検は、低コストで簡便なものの、ドライブレコーダのGPS位置情報誤差は大きく、ドライブレコーダ点検画像と設備の紐付けに一部人手を要する等の課題があります。
そこで、「ドライブレコーダ点検画像に写る設備の正確な位置を特定する技術」の研究開発に取り組んでいます(図4)。本技術では、事前準備として、NTTがMMS点検で蓄積してきた正確な位置情報が既知の画像を用いて3Dデータを作成します。その3Dデータをレンダリングすることで参照画像を生成し(図4①)、参照画像と点検画像を比較することで、点検画像の撮影位置・向きを高精度に推定(図4②)する技術を構築中です。撮影位置・向きを基に設備位置も算出することで、点検画像と設備の紐付けを自動化し、ドライブレコーダ点検による点検台帳作成を効率化します。また、点検データを設備位置ごとに時系列で蓄積(4D管理)することで、劣化の進行状況を把握・予測しやすくし、修理・更改計画の最適化による予防保全の実現にも貢献します。故障修理車・タクシーなど、地域を巡回する車両のドライブレコーダ画像を利用することで画像収集のための走行を不要とし、さらには得られた設備位置情報付き点検データを複数のインフラ事業者でシェアすることで、社会インフラ全体の点検稼働削減が実現できると考えています。
■基盤設備アセットの共同利用
管路やとう道などの基盤設備を共同利用することで、新規投資や維持管理コストを抑制し、効率的かつ持続可能なインフラ運営が可能となります。本テーマでは、他のインフラ事業者との共同利用を見据え、通信基盤設備内に電力および水素の供給設備を収容するための技術検討を進めています。
電力設備の収容検討にあたっては、通信管路やマンホール内における電力ケーブルの施工性、電力ケーブルからの発熱を考慮した高温環境下での通信管路の長期信頼性、さらに通信基盤設備内での漏電・誘電対策や安全性の確保といった観点があります。また、とう道立坑内の空きスペースについても、蓄電設備を設置することで災害時における公共施設や避難所などへのレジリエントな電力供給を支える地域マイクログリッド*2事業への活用が期待されます。こうした可能性を踏まえ、設備のさらなる利活用について検討を進めています。
一方、水素搬送の効率化は、再生可能エネルギーの普及推進に向けた重要な要素の1つです。そこで本テーマではその一環として、通信管路内への水素パイプライン構築の実現に向けた技術検討を進めています。検討の観点としては、マンホール、とう道・共同溝内や橋梁敷設時におけるパイプラインの保護方法や、マンホール入孔時の水素濃度の確認・検知方法など、敷設および保守時における安全性の担保等が挙げられます。
*2 地域マイクログリッド:平常時には再生可能エネルギーを効率良く利用し、非常時には送配電ネットワークから独立し、エリア内でエネルギーの自給自足を行う送配電の仕組み。
■地中空洞調査システム
土木分野において地中埋設物(管路等)の位置の把握は重要であり、地中探査技術に関する研究開発に長年取り組んできました。一方近年、道路陥没が大きな社会課題になっており、小さな陥没事象も含めると全国で年間約1万件発生しています(4)。道路陥没は地中埋設物の損傷やトンネル・地下鉄等の地下掘削工事に伴い、周辺の土砂が流出し、道路下に空洞が生じることで発生します。市中の地下空洞調査では電磁波法が広く採用されていますが、電磁波の伝搬特性上、約2mの深さまでの計測が限界になる一方で陥没計測には10m以上の深度が求められます。
そこで、地盤透過性が高い宇宙線ミューオンに着目し、これを用いて数10mの深さまで計測できる技術の確立をめざしています(図5)。ミューオンは、自然界で生成される放射線の一種で地盤に対しても高い透過性を有しており、地盤の密度によって透過率が変化するため、トンネルなどの地下空間で各地点のミューオンの透過量変化を計測することで、道路陥没の要因となるトンネルより上部の空洞有無を検知します。また、トンネル推進工事の際に地中の状態をリアルタイム観測することで空隙の発生を検知し、工事による道路陥没事故リスクを早期に把握することができます。
今後の展開
通信基盤設備の保守運用を通じて培った技術や知見を基に、AIの活用やシェアリングの概念を取り入れた社会インフラ維持管理に関する研究開発の取り組みを紹介しました。今後、これらの研究開発をより一層推進し、同様の課題を抱える社会インフラ事業へ技術・ノウハウを広げることで社会全体の課題解決へ貢献していきます。
■参考文献
(1) https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/maintenance/_pdf/research01_02_pdf02.pdf
(2) https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r04/html/nb000000.html
(3) https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r05/html/nb000000.html
(4) https://www.mlit.go.jp/road/sisaku/ijikanri/ijikanri.html
本田 奈月

社会の安心・安全を支えるには、インフラの変化を可視化し、診断や将来を予測可能とする技術が求められています。NTT通信設備の建設保守で長年培った技術とAIデータ分析や最新の計測技術等による革新を早期に実現し、社会課題解決に貢献していきます。