2025年7月号
特集2
ネットワークロバスト化・業務自動化に向けたAI活用によるオペレーション技術の研究開発
- ネットワークロバスト化
- 業務自動化
- オペレーション
NTTアクセスサービスシステム研究所(AS研)では、ネットワークをはじめとしたオペレーションに関する将来技術の研究開発を推進しています。本稿では、ネットワークのロバスト化に向けて、人の手を介さずに正確で迅速なネットワーク管理を実現するゼロタッチオペレーションや、業務の自動化領域を拡張する技術、人の作業を支援することでスキルレス化や安全性を向上する技術についての研究開発の取り組みを紹介します。
南 勝也(みなみ かつや)/高橋 元悟(たかはし げんご)
野末 晴久(のずえ はるひさ)/高木 郁子(たかぎ いくこ)
NTTアクセスサービスシステム研究所
オペレーションを取り巻く状況
インターネットのトラフィック量は増加を続けており、IT・デジタルの社会浸透は今後も拡大していくと考えられています。特に通信環境はIT・デジタルの要であり、インフラ・社会基盤としての重要な役割を担っています。一方で、土砂災害の増加や、南海トラフ地震の発生確率の予測値が上昇するなど自然災害が頻発化・激甚化しており、“つながり続ける”通信環境を実現するためには、より強靭なロバスト性を実現することが必要です。さらに、日本は少子高齢化により労働力不足が進み、ネットワーク保守などの人員規模の維持が困難になると想定されます。安定した通信環境の維持のためにも、革新的な生産性向上が求められています。
このような課題が予見される中で、今注目されているのがAI(人工知能)技術の進展です。機械学習技術の進歩により、画像認識、自然言語処理などの性能向上を達成してきました。異常検知などのネットワーク分野への応用、行動推定技術などの人への適用に加え、複数のAIが連携するマルチエージェントも登場しています。今後は、AI技術を最大限活用して、ネットワークのロバスト性向上や生産性の向上に結び付けていくことがキーポイントになると考えられます。
オペレーションの将来像と実現技術
前述の状況を踏まえ、NTTアクセスサービスシステム研究所(AS研)では、オペレーションの将来像を2つ掲げ研究開発を進めています。
1番目としては、人の手を介さずにネットワークの管理を実現するゼロタッチオペレーションです。NTTではIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)の商用化を進めていますが、IOWNにおけるICTリソース最適化の機能を担うマルチオーケストレータ(1)*にてゼロタッチオペレーションを実現します(図1)。具体的には、アラーム情報の収集・可視化、故障個所や原因の分析と対応方法の判断、復旧措置という一連のサイクルの全自動化をめざしています。これにより故障等に対して正確で迅速な対処が可能となり安定性・可用性向上によるネットワークロバスト化を実現します。
2番目の将来像としては、人が行う業務に対し、より広い領域の業務を自動化し作業支援を拡張していきます。これまではPC端末での定型作業の自動化を行ってきましたが、今後は非定型の作業も自動化できるようになります。また、詳しい指示がなくても作業者の意図を汲み取り、状況に応じた柔軟な対応が可能となります。作業支援としては、屋外作業のように多様な環境で危険を伴う業務にも展開が進みます。現場作業の遠隔支援の技術はすでに導入されていますが、指示内容を直観的に伝達する技術や、作業者の注意状態なども含めた状況把握が可能な技術により、スキルレス化と安全性向上を実現していきます。
* マルチオーケストレータ:IOWNにおけるさまざまなICTリソースに対し、その配備・構成の最適化を一元的に実施する機能のこと。
ネットワークロバスト化
NTTがめざすゼロタッチオペレーションは、ネットワークのシステム自身が環境の変化を自律的に学習し、未知の状況にも適応できる自己進化機能を持つ点を特徴としています。このため、さまざまな外部情報を取り入れる機構が必要となります。また、情報収集から故障分析、措置までの処理ごとにAIを用いるので、AIどうしを連携させる統制AIも必要となります。さらに、これらのAIを十分な品質で訓練させることが重要なため、学習データ生成のための学習基盤も構築することをめざしています。
現在AS研で検討している研究テーマとして、さまざまな情報を横断的に取り扱うためのデータ統合・整合に関する技術と、故障個所推定に関する技術を説明します(図2)。
■NOIM
ネットワーク横断的な情報活用・分析を実現する技術として、NOIM(Network Operation Injected Model)というデータモデルを土台としたネットワークリソース管理技術を検討しています(2)。この技術では、標準化されたデータモデルを拡張し、ネットワークを構成する要素間のつながり関係や関連性を「点」と「線」を基本とするシンプルかつ統一的な形式で表現することにより、マルチレイヤ、マルチドメインのネットワークデータの統合を実現します。ネットワーク構成情報がレイヤやサービスごとに異なる個別のデータモデル、個別のシステム・データベースで管理されている場合、レイヤやサービスを横断した分析を行うためにはそれぞれ個別に分析を行い、結果を取りまとめることが必要となり、大きな稼働がかかっていました。
そこで本技術により、ネットワーク構成情報をレイヤやサービスによらない統一のデータモデルへ統合することで、異なる組織をまたがったネットワーク運用やシステムの統一を促進するとともに、レイヤやサービスを横断したデータ分析にネットワークデータをそのまま活用することが可能となり、故障や災害からの迅速な復旧や正確な影響把握につながることが期待できます。
■D-AINA
ばらばらに管理されたネットワーク情報の不整合を検出・補正する技術であるD-AINA(Distributed data Alignment with Intelligent Network Analysis)を検討しています。本来は同一であるはずのものに関するデータが、異なる表記で複数のデータにそれぞれ登録されている場合があり、そのような不整合のままデータを統合しても正しい分析ができず、前述のNOIMによるネットワーク情報の統合を進めるうえで大きな課題となります。
従来の技術では、文字列の表記を元にした比較で不整合を検出することが多く、同一のものが大きく異なる文字列でばらばらに登録されている場合には不整合を検出することが困難でした。そこで、ネットワーク情報の大きな特徴である「つながり情報」を活用することに着目しました。
例えば複数のレイヤからなるネットワークのデータに対して、それぞれのレイヤでのネットワークトポロジーを基にしたグラフ構造を従来の文字列比較と合わせてレイヤ間で比較して最適となる対応関係を探索することで、文字列として大きく異なるデータでも、同一の要素を示していることを検出することができるようになります。このように、データベース間の表記揺れを高い精度で解消することでネットワークデータの統合を促進します。
■Konan
故障発生時の故障切り分けの迅速化を目的として、ルール学習型故障個所推定技術のKonan(Knowledge-based autonomous failure-event analysis technology for network)を検討しています(2)。通信技術や設備、サービスの高度化に伴い、発生する故障が多様化・複雑化しており、故障個所・原因を迅速かつ正確に分析・特定する技術のニーズが高まっています。この技術では、故障時に原因個所の周辺で発生していたアラームを分析することで、少数の故障事例から故障を特徴付けるアラームを自動抽出して故障個所・原因を推定するルールを生成(学習)します。運用時にこれらのルールで推定を行うことにより、発生しているアラームから瞬時に故障個所・原因を推定することができるようになります。これにより、多様かつ複雑な故障に対するアラームの分析作業を定型化することにつながり、迅速な故障対応を実現します。
また、ルール生成や推定に用いるネットワーク情報の管理にNOIMのデータモデルを採用することで、複雑なマルチレイヤネットワークにおける故障に対して、レイヤ横断でアラームと故障原因との関連性を考慮した故障推定ルールの生成を実現しています。
業務の自動化
私たちはRPA(Robotic Process Automation)の研究と実用化を行い、PC端末での定型作業の自動化を主導してきました。今後の展開としては、曖昧な意図を汲み取る技術として、ネットワーク利用に関する要望を抽出し、ネットワークの設定変更プロセスへ自動で反映する技術の実現をめざしています。また、PC端末等のログ情報の分析を高度化した非定型作業の自動化の検討と、ネットワークの状況に応じた保守作業が可能な技術も検討しており、これらについて説明します(図3)。
■Intent抽出技術
曖昧な意図を汲み取る技術として、ネットワーク利用に関する要望を抽出するIntent抽出技術を検討しています。ユーザの曖昧なサービス利用要望をIntentと呼び、業務情報等のデータやユーザとの対話的なやり取りからIntentを自動抽出する機能を実現しています。Intentの抽出・分析から、どのような通信品質を必要としているかという具体化の処理をAIが行い、通信要件を出力します。この要件をCradio®(3)等のネットワーク制御機能に入力することで、意図の汲み取りから最適なネットワークサービス提供までの一連の自動制御が可能となります。
Intentの抽出に際しては、当技術が自動的に業務スケジュールやユーザプロファイルに関する外部情報を収集しつつ、不足する情報についてはユーザに対して平易な対話でヒアリングをするため、ネットワーク設定に関する知識やスキルを有さないユーザにとっても、負担が少ない点が大きな利点となります。また、今回のネットワーク品質の最適化というユースケースにおいては、QoE(Quality of Experience)向上や省電力化といった効果を実現することができます。
このIntent抽出技術をネットワーク運用だけでなく、さまざまな業務における作業者の意図抽出にも適用していくことで、業務の自動化の適用領域を拡大していくことをめざしています。
■ATOMN
作業をAIエージェントにより自律化することで、迅速かつ正確なネットワーク運用を実現する技術であるATOMN(AuTOnoMous agent for Network operation)を検討しています。
例えばネットワーク故障の復旧作業を行う場合、保守者が手順を検討したうえでネットワーク機器等の状況を確認しながら手順を進めていくことがありますが、熟練した保守者のノウハウを基に多様なドキュメントの参照を経て手順を作成し、手順の実行時には想定と異なる状態に遭遇することもあり、高度なスキル・ノウハウや大きな稼働がかかります。
そこで、このような手順の検討・作成に必要なマニュアルなどの情報を、事前にAIエージェントが解釈しやすい形式に分割・整形・階層化しておくことで、AIエージェントが生成AIを活用しながら、投入すべきコマンドや想定される応答といった実行手順案を作成し、ネットワーク機器の状況を確認しながら自律的に実行することを実現します。また、現場での部品交換のように人手が必要な作業が混在する場合も、AIエージェントが作業者と連携しながら遠隔でコマンド投入等の作業を進めることで、従来は複数の作業者が連絡を取り合い、調整しながら進めていた作業を、現場作業者だけで実現することも可能となります。このように複雑なプロセスの自律実行を実現することで、保全作業を大きく省力化します。
■作業プロセス生成技術
非定型作業の自動化に向けた技術として、作業プロセス生成技術を検討しています。顧客ごとに異なる対応が求められるような非定型業務においても業務全体の生産性向上が強く期待されています。一方で、非定型作業は作業プロセスが変化しやすいため、自動化シナリオの作成やプロセスの標準化が難しく、作業の引継ぎや自動化の障壁となっています。本技術は、作業者のPC端末から取得した操作ログや、業務手順書・仕様書などの文書情報を活用し、AIを用いて現状の作業状況に適した作業プロセスを自動的に生成するものです。これにより、案件や状況に応じたプロセスを形式知として明確化できるようになり、プロセス把握による業務改善につながります。さらに、RPA、DAP(Digital Adoption Platform)、IPA(Intelligent Process Automation)等の自動化技術と組み合わせることで、非定型作業の自動化が期待されます。
スキルレス化・安全性向上
労働力不足が進む中、オンサイト作業者のスキルレス化と安全向上は重要な運用課題です。NTTは多くのインフラ設備を持つため、現場作業や危険な作業も多く、作業者のスキル依存度の低減と安全性の向上が必要となっています。NTTではスマートメンテナンス技術も研究しており、将来はこれらの関連技術とも連携して検討を行っていくことをめざしています。ここでは遠隔指示を直観的に伝達しスキルの低い作業者でも複雑な作業を実施可能にする技術と、人の生体・内面的な要素を測定し精度の高い作業状態把握により事故を防ぐ技術について説明します(図4)。
■ホログラフィックハンドモデル技術
遠隔指示を直観的に伝達する技術として、ホログラフィックハンドモデル技術を検討しています。NTTの業務には、大小さまざまなインフラ設備の施工・保守を手作業で行う作業が多く含まれます。特に作業経験の浅い作業者にとっては、手や道具を用いた緻密な操作を短期間で習得することが難しいため、熟練者による遠隔での指示・支援が有効と考えられます。一方で、こうした手作業を音声だけで伝達することは困難であり、作業者の理解を妨げる要因にもなります。本技術は、AR(Augmented Reality)ゴーグル上に熟練者の手の動きを再現したホログラフィックハンドモデルをリアルタイムで表示し、手作業における指示内容や協調すべきポイントを視覚的に提示するものです。これにより、動作や操作の意図を直観的に伝達できるようになり、作業経験の浅い作業者であっても緻密な手作業の遂行を可能にします。
■ヒト状態推定技術
人の生体・内面的な要素を測定し、精度の高い作業状態把握により事故を防ぐ技術として、ヒト状態推定技術を検討しています。オンサイト作業における作業者の事故をなくすためには、作業者自身の認知・判断で生じるミスの予防が必要となりますが、実作業では、作業環境や作業者自身の特性の差などにより、認知状態をリアルタイムに把握することは困難です。本技術は作業者の視線や瞳孔の眼球運動の情報を用いてヒトの集中状態をリアルタイムかつ頑健に推定する技術です。本技術により、所外作業のようなさまざまな状況や作業者の個人差が入り混じる状況でも、作業者の集中状態をリアルタイムに把握可能にします。
短期的なユースケースとしては、ARによる危険体感研修における受講者の内面的な反応や認知特性の評価への活用を想定しています。将来的には実作業における作業者の認知ミスをリアルタイムに予測し、事故の予防につなげることで、誰もが安全・安心・安定したオペレーションの実現をめざします。
今後の展望
本稿では、故障に対して迅速・自律的に対処し安定性・可用性を向上するための「ネットワークロバスト化」と、労働人口が減少する中でもサービス品質を維持向上するための「業務の自動化」「スキルレス化」に資する技術について紹介しました。これらの研究開発を進め、オペレーションの将来ビジョンの実現を推進していきます。
■参考文献
(1) https://journal.ntt.co.jp/article/489
(2) https://journal.ntt.co.jp/article/23442
(3) https://journal.ntt.co.jp/article/13100
(左から)南 勝也/高橋 元悟/野末 晴久/高木 郁子

本稿で挙げた研究開発を通じて、安定したネットワークと社会課題の解決にも資するオペレーション技術を確立し、サステナブルな社会の実現に貢献します。