特集
アフターコロナ社会におけるNTTグループの取り組み
本稿では、NTTグループのアフターコロナ社会における取り組みについて紹介します。本記事は、2020年10月29〜30日に開催された「つくばフォーラム2020 ONLINE」での、 澤田純NTT代表取締役社長の講演を基に構成したものです。
澤田 純(さわだ じゅん)
NTT代表取締役社長
私と筑波研究開発センタ
最初に、筑波研究開発センタへの私自身の思い入れについてお話しします。私は昭和53年(1978年)に当時の電電公社にエンジニアとして入社し、線路部門(現在のアクセス部門)に配属されました。最初の配属先では、筑波研究開発センタの隣のエリアである、現在の常総市エリアによく足を運んでいました。3年目から技術局(当時)に配属され、構造物担当になり、当時の建設技術センタ、現アクセスサービスシステム研究所で建設技術の研究開発を推進していました。研究所の土質別実験棟には、当時、最大時速60キロで20トン荷重のトレーラーを走らせることが可能な設備があり、道路荷重をかけてマンホールや管路・ケーブルの挙動等を測定する実験を行っていました。すでにその研究は終わっていましたが、最後にそのトレーラーを走らせたのは私です。また、構造物担当では、災害復旧のために関係者の皆様がご苦労されているのを肌身で感じる経験もしました。
私の手元に残っているこの写真は、当時、布設時にトラブルが発生していた凍結防止用のPEパイプの実験に関するもので、透明のPEパイプを管路に見立てて陸上に引いているところを写したものです(写真)。ケーブル心線とPEパイプの挙動や、引張り強度・本数等からどのような歪みが出るか等の相関を取る実験を行っていました。このような地道な実験の積み上げがあるからこそ、気温がマイナス数十度からプラス数十度に至る厳しい自然環境の中で、私たちの電気通信設備は安定的に挙動することができているのだと理解しています。後半でIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)について述べますが、きれいに見える技術も地道な研究の積み上げがないと世の中で受け入れられるものにはならないと感じています。
世界の新型コロナウイルス感染状況
新型コロナウイルスの感染拡大がまた進みつつあります。人々がソーシャルディスタンスを確保するようになり、経済も少し戻りつつある気配はありましたが、感染者数の伸びが再び大きくなってきています。新型コロナウイルス感染症は、日本では指定感染症に分類されているため、検査で陽性判定が出ると隔離されることになり、医療にかかる負担も大きくなります。また、発症後1週間くらいまでが一番周囲に感染しやすいという分析結果があるそうですが、では症状が出ない方からは感染しないのかというと、そう断言できないのが現実のようです。日本の新規感染者数は海外と比べると2桁ほど低いです。このファクターXが何かは明確には分かっていませんが、解明に向けた研究がより進むと、ワクチンや治療法以外に感染症というものを変えていける要素を見出せるかもしれません。NTTグループがこの研究をしているわけではありませんが、一般的な話として、地道な研究で社会を変えていく努力が必要だと感じています。
NTTグループの感染者数は現時点(2020年10月29日時点)で約2400名であり、日本国内が約400名、海外が約2000名と海外でかなり増えつつあります。残念ながら亡くなられた方が13名おり、日本で2名、海外で11名というのがNTTグループの状況です。新型コロナウイルスを正しく恐れて正しく対応していくことが必要だと考えています。
新型コロナウイルスの感染者が増加しつつある中で、世界経済にはどのようなインパクトがあるのでしょうか。IMF(国際通貨基金)が発表している各国別GDPの見通しでは、英国や日本は戻りが少し遅い一方、米国やユーロ圏では戻りつつあり、中国だけはプラスになっており、世界全体ではマイナスから戻りつつあります(図1)。一方でPMI(購買担当者景気指数)によると、日本で緊急事態宣言が出た時期は各国とも景気が落ち込んでいるとみていましたが、9月時点では日本以外の先進国はプラス側にみているのに対し、日本だけはまだ経済が戻らないという見方をしています。この結果には、日本人の慎重な特性が表れているのかもしれません(図2)。
リモートワールドの実現
次に、アフターコロナ社会のトレンドについて見ていきたいと思います。ソーシャルディスタンスを確保しつつ、一方で経済活動を活性化させる。この2つの同時実現、つまり「パラコンシステント」により、リモートワールド(分散型社会)が実現すると考えています。このような状況下でNTTグループとしてICTの面からお手伝いできないか、これが今、私たちの考えている課題の1つです。
ニューグローカリズムの台頭
私たちはこれまで、グローバルでの人・物・金の自由な移動が当然だと思ってきました。ところが、構造が変わりつつあります。今、人は自由に移動できませんし、物もすべてが移動できるわけではありません。そうなると、ローカリズムが強く現れてきます(図3)。もともと文化というものもローカルに根付いていますので、グローバリズムとは対極にある概念です。今後、ローカリズムとグローバリズムの両方が同時実現するような「ニューグローカリズム」の世界になっていくのではないかと考えています。日本国内でも経済安全保障という言葉が使われ始めていますが、ICTの世界はそこにかなり影響を受けるのではないかと思っています。
情報通信市場を取り巻く環境変化
アフターコロナ社会のトレンドとして「リモートワールドの実現」と「ニューグローカリズムの台頭」の2つを挙げましたが、そういった背景の中で情報通信市場に起こりつつある環境の変化を2つほど挙げたいと思います。
1つは、5G(第5世代移動通信システム)サービスの開始と6G(第6世代移動通信システム)に向けた技術開発が進みつつあることです。6Gでは固定通信と移動通信の垣根がより少なくなる、あるいは垣根そのものがなくなってしまうのではないかと考えています。そのため、複合的・融合的サービスを提供していく必要があるのではないかと思います。
もう1つは、通信レイヤを超えた市場競争が激しく起こりつつあることです。OTT(Over The Top)事業者がアプリレイヤからインフラレイヤまで垂直統合でサービスをカバーしていく、あるいは端末メーカがeSIM*1をトリガーに通信サービスを提供するような構造になっていくなど、ボーダーレスな市場競争がより激しくなると思っています。
*1 eSIM:Embedded SIM、携帯端末への組み込み式のSIMカード。
Road to IOWN( めざす方向性)
2019年私たちは新しい通信インフラストラクチャの構想である「IOWN構想」を掲げました。「Road to IOWN」としまして、「リモートワールドを考慮した新サービスの展開・提供」「リソースの集中化とDXの推進」「世界規模での研究開発の推進」「新規事業の強化」の4つをドライブしていく考えです。本稿では、この中からいくつかピックアップしたいと思います。
■O-RAN+vRANの開発・提供
1番目の「リモートワールドを考慮した新サービスの展開・提供」においては、NECとの共同研究開発のための業務・資本提携を2020年6月に発表しました。この提携に関する方向感を紹介します。
まずは、「O-RAN(Open Radio Access Network)」の加速です。これはNTTドコモが推奨しているモデルで、NECと組んでマルチベンダ対応を加速していきます。特定ベンダに依存する現在の垂直統合モデルから、ホワイトボックスや汎用ソフトウェアをマルチベンダで対応していくO-RAN/vRAN(Virtualized RAN)モデルへの移行を進め、両社でオープンアーキテクチャの普及を牽引していこうというものです(図4)。次に、メーカとしての連携です。世界最高レベルの性能と低消費電力化を兼ね備えたDSP(Digital Signal Processor)およびそれを組み込んだ情報通信機器を共同開発していきます。そして長期的には、IOWN構想の実現につなげていきたいと考えています。
■移動固定融合サービスの開発
O-RAN/vRANモデルへの開発を進めた向こうに、プレゼンスを管理するコグニティブな通信を実現していきたいと考えています(図5)。つまり、お客さまからすると回線種別(無線・有線)や自分固有の契約、利用場所や料金の違いなどを意識せず、その場にある最適な通信環境を採用して通信をシームレスに継続させることができるというものです。こうした「ナチュラル」なサービスを実現させていきたいと思います。
■ドコモ完全子会社化の目的
2番目の「リソースの集中化とDXの推進」においては、ドコモの完全子会社化を発表しました。ドコモの競争力強化と成長を促し、NTTグループ全体の成長を図ることが目的です。NTTコミュニケーションズ、NTTコムウェア等の力を活用して、新たなサービス・ソリューションおよび前述したように6Gを見据えた通信基盤整備を移動固定融合型で推進し、上位レイヤビジネスまでを含めた総合ICT企業へとドコモを進化させたいと考えています。
■IOWN構想
IOWNは3層モデルになっています(図6)。真ん中のところがネットワークで、現在では移動と固定は別にありますが、ここが中心になってサービスが構成されていきます。仮に6Gでは今の5Gの10倍以上の容量をハンドリングできるとなれば、その後ろにある光ファイバや固定のネットワークも、当然その能力や容量を上げていかなければなりません。ところが、チップレベルで考えても、熱や効率の問題で厳しい壁があります。それを解決する方法として、光電融合がキーテクノロジとなっているオールフォトニクス・ネットワークが出てくるわけです。一方で、上位のデジタルツインコンピューティングでは、ビッグデータが流れるサービスが今後たくさん生まれます。このオールフォトニクス・ネットワークとデジタルツインは連動するかたちになります。また、分散したネットワークでは効率が悪いため、それらをつながなければなりません。そこでコグニティブファウンデーションという要素が求められていきます。これらがIOWN構想の基本骨子になっています。
今回開発をより進めていこうと考えているものに、コアネットワークの融合があります。これは、移動と固定をシームレスにつなぐにはコアネットワークの部分は一緒にしていくべきであろうという発想です。しかし、音声通信の議論とデータ通信の議論、それもコンシューマ向けかビジネス向けかで現在たくさんのノード・方式・ネットワークがある中で、それらをどこまで取り込んだかたちにしていくのかといった研究が求められ、そのためにNTT持株研究所とドコモ研究所のより密接な連携が不可欠となってきます。さらに、たくさんのデータをオープンモデルで処理するとなると、ソフトウェアやコンピュータ方式そのものをDisaggregatedモデルにできないか検討する必要があります。つまり、コンピュータサイドにも光電融合の技術を組み込むことでサーバレス化していくということです。また、そのような基盤で非常に大容量高速な処理を行うためには、それを支えるホワイトボックスも必要になると考えています。
米国にNTT Research,Inc.という会社を設立し、3つの研究所を立ち上げています。その中でメディカルも取り扱っていますが、メディカルICTがデジタルツインというかたちで私たち自身のヘルスケアをどうサポートするかという議論もこれから大きくクローズアップされると思います。そうすると、さまざまなウェアラブル、インプランタブルのデバイスをどうしていくかが関係してくるので、これまで述べてきた「メディカルICT戦略」「移動固定融合コア」「Disaggregated Computing/OS」「O-RAN/vRAN」「デバイス」といった分野が、IOWN構想の中から次世代の研究開発のテーマとしてクローズアップされてくると考えています(図7)。
■オールフォトニクス・ネットワークユースケース
NTTはMLB(メジャーリーグ・ベースボール)に協賛しており、「Kirari!」という技術を活用してウルトラ・リアリティ・ビューイングを実施しようとしていましたが、2020年は新型コロナウイルス感染対策の影響で実現できませんでした。最近では、こういった催しはデジタルイベントに変わってきているので、この分散型のリモートワールドに即したイベントを実施できることを期待しています。具体的には、スタジアム内外に分散して観戦する観客の一体感を醸成していきたいと考えています。そのためには、スタジアムの情報を遅滞なく自宅やパブリックビューイングの場に送り、その観客の反応を遅滞なくスタジアムにフィードバックすることが不可欠です。これには、非常に低遅延のオールフォトニクス・ネットワークが必要になってきます(図8)。こういったことをユースケースの1つとして考えています。
また、量子暗号・量子通信というものも大きく取り上げられつつありますが、オールフォトニクス・ネットワークにより光ベースのエンド・ツー・エンド通信に近づけることで、量子暗号をかける範囲を広くします。オールフォトニクス・ネットワークを展開していくということは、量子暗号・量子通信への対応を同時に考えていくということでもあるわけです。
Access Network on IOWN
NTTアクセスサービスシステム研究所には、IOWNに向けてのアクセスネットワークの高度化を図ってほしいと考えています。さまざまな要素・方式を研究開発してもらっていますが、これからは今の研究開発段階を越えて、現在のフィールドにある光ファイバではカバーできないような需要が出るものに対し、どのようにオーバーレイしていくか、あるいは置き換えていくか、この検討を同時に進めていく必要があります。10年先を見たときに、現状のFTTH(Fiber To The Home)で計画経済的に単波や固定配線区画で割り当てているような基本設計モデルではなくなると思います。需要に応じて、基地局のバックホールやフロントホールであったり、ビル直結であったり、また、波長でサービスをお届けしたり、あるいはFTTHで従来どおりにお届けしたりといったように、アクセスシステムはハイブリッドになるのではないでしょうか。現状のものとこれからの新しいものをどのようにして併存させながら新しいものに吸収していくか、そういった移行の期間と考え方が必要だろうと思います。特に固定のアクセスネットワークは、個人・法人問わずお客さまに提供し続けます。さらに、モバイルやお客さまのローカル5Gのインフラシステムにもお使いいただけるような時代がやってくると思います。そういったものを研究開発し、私たち自身も使いながら、世界中でNTTグループのシステムを提供できるように世界規模で研究開発および事業を進めていきたいと考えています。
おわりに
冒頭で、40年前当時の開発で非常に苦労した話をしました。私が担当していたテーマが現場直結のものが多かったこともあり、日本全国各地に行ってよく怒られました。通常の使用方法とは違う使い方をされて装置がねじ切れたりすることもあり、そういったイレギュラーな事象のケア・対応までしっかりとできるようなシステム・モノをどう開発していくかという中で、「こうあらねばならない」「こうやってきた」という呪縛をどう超えるか常にトライしてきたように思います。私たちNTTグループも、心の中にある呪縛を超えて新しいモノをつくっていけるような世界をパートナーの皆様とご一緒できたらと思っています。
問い合わせ先
NTTアクセスサービスシステム研究所
企画担当
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