特集
新たな価値創造へ 持続可能な社会を支えるアクセスネットワーク技術
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NTTアクセスサービスシステム研究所は、お客さまとNTTビルを結ぶアクセスネットワークに関する研究開発を行っています。その中で、新たな価値創造と地球のサステナビリティに向けたIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想の具現化を加速する、サービスの多様化、運用のスマート化、新ビジネス領域を開拓する最新のアクセスネットワーク技術の研究開発成果を推進しています。本稿ではこれらの最新技術を紹介します。
海老根 崇(えびね たかし)
NTTアクセスサービスシステム研究所 所長
はじめに
NTTアクセスサービスシステム研究所(AS研)は、前身である建設技術開発室が1972年7月に発足して以来、50年以上NTTグループのアクセス技術の研究開発を担ってきました(1)。現在の情報通信市場ではクラウドサービスや5G(第5世代移動通信システム)サービスが拡大され、AI(人工知能)、デジタルツインなどの技術が急速に進展しています。これらを根幹から支える高速大容量、低遅延のネットワーク基盤が求められており、5Gの次の世代の6G(第6世代移動通信システム)への期待もより高まっています。また、昨今多発している自然災害、およびネットワーク故障に対する取り組みの強化や環境負荷低減への貢献も同時に求められています。
そのような状況の中で、NTTは2019年に構想を立ち上げたIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)の研究開発を着実に進め、2023年3月にIOWN APN(All-Photonics Network)1.0商用サービスを開始しました。NTTは新たな価値の創造とグローバルサスティナブル社会を支える企業をめざしており(2)、AS研も一丸となってIOWNの構想から実現へ向けた研究開発を全力で推進しています。
図1はAS研の研究開発の方向性を示しています。AS研は「最先端のアクセスネットワーク技術の研究と実用化により新たな価値創造に挑戦し持続可能な社会に貢献すること」をミッションに掲げ、ロバストネットワーク、環境負荷低減、安全に関する取り組みを強化しながら、グローバルな視点とEX(Employee Experience)の向上を意識し、アクセスネットワークの5分野(線路、土木、伝送、オペレーション、無線)の最先端の要素技術の研究開発に取り組んでいます。これらをコアコンピタンスとし、方針①エクストリームな要件に応えサービスの多様化を支える、方針②運用を抜本的にスマート化する、方針③アセット活用により新ビジネス領域を開拓する、という3つの研究開発の方針を推進しています。この3つの方針にのっとって4つの具体的な取り組み、取組A「ネットワーク性能の限界超えを実現する通信・インフラ技術の革新」、取組B「ユーザやサービスに合わせるネットワーク柔軟化技術の革新」、取組C「設備・運用業務の抜本改革による究極なスマートアクセスの実現」、取組D「通信技術や設備・運用ノウハウを活かした新たな領域開拓」を行っています。
次に、3つの方針および4つの取り組みの中で推進している主な技術を紹介します。
方針① エクストリームな要件に応えサービスの多様化を支える技術
方針①は、取組Aと取組Bの2つに対応します。
■取組A:ネットワーク性能の限界超えを実現する通信・インフラ技術の革新
図2に示す取組Aは光および無線の高速大容量化・低遅延化、またはカバレッジの拡大に向けたものです。
図2(a)の海も陸も多くの光をエコにお届けするマルチコア光ファイバケーブル技術は超大容量伝送のペタビット級の光線路を実現します。海底および陸上ネットワークにおいて心線需要が飛躍的に増大している中、既存設備スペースにおける伝送容量の持続的な拡張が求められています。この技術では、既存光ファイバと同じ細さの125μmのクラッド径で互換性を維持し4倍の空間利用効率を実現します。ファイバおよびケーブルの同時最適設計を考慮し、光ケーブル等既存技術・光設備を有効に活用し、海底ネットワークやデータセンタ間ネットワークの大容量・多心化と設備構築コスト削減を実現、また伝送路の省電力化で環境負荷低減を実現します。
図2(b)のズレのないリモートレッスンを実現できる超低遅延映像分割表示処理技術は、遠隔でも複数の遅延のない映像と音声をAPNで提供することで、合奏やダンスなどの遠隔パフォーマンスの基盤を提供します。この技術では多拠点・多視点かつ低遅延が求められますが、多拠点間映像表示遅延を20ms以下にするために各拠点からの映像すべてがそろうのを待たず画像表示を開始し、自由度の高い画面配置を実現するために分散処理を適用します。遠隔での合奏、ダンス、医療、操作・操縦などをAPNと本技術の組み合わせによって実現します。
■取組B:ユーザやサービスに合わせるネットワーク柔軟化技術の革新
図3に示す取組Bはユーザやサービスに合わせて柔軟につながり続けるネットワークを実現するものです。
図3(a)のマルチ無線プロアクティブ制御技術Cradio®は無線の状況の把握・予測、制御をすることで柔軟に「つながり続ける」を実現します。新無線規格が登場する変革期を迎え、産業DX(デジタルトランスフォーメーション)へ向けて多様な利用ケースでの無線活用が期待されています。Cradio®は事業現場での実証実験を通した需要に即した技術の高度化を進めており、高速大容量化・低遅延化・カバレッジホール解消などの多様な要求・要件が混在するユースケースに対応するため、予測・把握・制御の技術の対象範囲を拡大しています。スマートシティやスマートファクトリーなど先進的な取り組み実現を複数無線アクセスの高度な組み合わせで支えることをめざしています。
図3(b)の低遅延FDN(Function Dedicated Network)技術はオンサイトが難しい場所でスムーズな遠隔操作を実現します。スムーズな遠隔操作のためには、エンド・ツー・エンドで安定的に低遅延・低ジッタを維持することが重要です。光パスはIOWN APNにより比較的、低遅延・低ジッタの提供が可能ですが、無線システムは外部の影響を受けやすく品質制御が課題です。この技術では、光パス、サーバ、無線システムの情報をリアルタイムに収集・連携を行い、エンド・ツー・エンド品質を予測、最適な光パス・サーバの選択を行い、選択した光パス、サーバへ品質劣化前に切り替えます。オンサイトが難しい場所での高難度な遠隔操作を実現し、ドローンと画像処理を用いた遠隔設備点検を可能にします。
AS研ではCradio®と低遅延FDNの無線×光の連携を推進しており、工場のDX推進の実現をめざします。リアルタイム連携制御を実証し2024年5月に報道発表をしています(3)。
方針②運用を抜本的にスマート化する技術
■取組C:設備・運用業務の抜本改革による究極なスマートアクセスの実現
図4に示す取組Cは究極なスマートアクセスを実現します。
図4(a)のネットワークの統一管理と自律分析で故障対応を迅速化する大規模故障時の故障個所推定・影響把握技術Konan/NOIMは近年通信事業者の重要課題であるネットワーク故障に対して、故障の原因個所や複雑な影響を短時間で把握可能にします。ネットワーク故障の社会的影響は近年大きくなっており、ロバストなネットワーク運用の実現のためには故障時の早期復旧が必要ですが、原因推定・影響分析に時間を要することが課題となっています。この技術では、原因推定、影響分析に汎用データモデルを導入し、ネットワークを構成する要素間のつながり関係をシンプルに正規化します。また、複数レイヤのアラームから故障の特注アラームを抽出し、生成されたルールで、自律的に故障個所を推定し、故障が有線・モバイルサービスに及ぼす影響規模を多角的に導出します。これにより、故障の原因個所や複雑な影響を短時間で把握し、汎用データモデルにより工事・計画サポートシステムの拡張を低コストで実現します。
図4(b)の光のオンサイト業務のリモート化を実現する遠隔光路切替ノードは無派遣で心線の切替を可能にしてオンサイト作業員の人手不足問題を解決します。所外の線路設備ではオンサイト作業員が不足しており、また、設備ビジネスによる新たな収益源が期待されています。実現するための技術のポイントとして、リモート運用拡大を実現する所外筐体をメンテナンスと防水性を両立した構造設計にしています。また、光ケーブルを一括測定可能にするよう光監視技術、停電時でも通信経路を保持できる光路切替技術を適用します。これにより、所外業務に対してリモート運用を拡大し、光監視および光路切替技術を使った新たなサービス・付加価値の向上をめざします。
図4(c)の管路形状を3Dモデル化して掘らずに埋設位置を分かるようにする埋設管路の高精度位置情報取得技術は最新のDX技術を所外設備の保守運用に適用することで効率化を実現します。地下設備管理のデジタル化を推進するためには、設備の正確な3次元位置情報の整備が必要です。地下設備の位置情報を取得する手法にはレーダ計測等がありますが、高深度の管路・輻輳箇所等には適用が困難です。この技術では、複数センサを搭載した計測装置で管路内を走査し、取得データを統合させることによる高精度な位置算出を実現します。また、衛星測位を用いたマンホール鉄蓋の高精度な測量による管路端部(ダクト)の絶対座標の算出を行います。これにより、埋設管路の高精度な位置情報を網羅的に取得可能となり、地下設備の維持管理(工事計画、保全、災害復旧等)の効率化に貢献します。社会インフラのデジタルツイン実現に向けて2024年5月に報道発表をしています(4)。
方針③アセット活用により新ビジネス領域を開拓する技術
■取組D:通信技術や設備・運用ノウハウを活かした新たな領域開拓
図5に示す取組DはAS研の世界最先端ネットワーク技術を非通信分野に応用し新ビジネス領域を開拓します。
図5(a)のネットワークとセンシングで地域課題を解決する光ファイバ環境モニタリングは、既設ファイバから面的に収集した環境振動のデータを活用する技術です。1つのユースケースとして、豪雪地域の除雪判断支援に取り組んでいます。除雪事業は労働力が不足しており、持続可能な体制への転換が必要です。このファイバセンシング技術では車両通行時の車両速度と振動周波数特性を分析・収集し教師あり機械学習で除雪要否を推定します。青森市内で実証実験を行い、現地調査結果と比較し約90%程度の正解率を確認しました。世界初の実証として2023年11月に報道発表をしています(5)。本技術による除雪事業のDX化と設備ビジネス展開をこれからもめざします。
図5(b)のインフラ被災リスクを可視化し「まさか」をなくす社会インフラの被災予測技術では、公開データとNTT保有の設備データに基づく被災傾向を学習し、災害時の被災リスクを日本全国で可視化することをめざします。災害時は通信を含むライフラインの機能維持が重要であり、被災を予測したプロアクティブな対応が社会全体で必要となります。この技術では最小10mメッシュの公開データと設備データを活用し、いつでもどこでも被災リスクを高精度かつ定量的に評価できるようにします。加えて、被災メカニズムの分析で予測に有効な因子を特定・活用し、被災傾向を学習することで被災リスクを設備単位に可視化します。2024年4月に報道発表をしています(6)。
図5(c)の風車の無停止点検で発電量をアップさせるドローンを活用した微弱無線送受信技術通信技術は、風力発電の風車を止めないでブレードの損傷を検査することをめざします。現在、持続可能な社会に向けて拡大が予想される洋上風力発電は、風車が陸上よりも大型となるため、運転停止による発電量低下と洋上作業のための船舶確保などによる保守運用コスト増加への対策がより重要となります。技術のポイントとして自律飛行ドローンを無線の送信・受信機に無線局免許不要の微弱無線を使用します。電波が伝搬する空間であるフレネルゾーンの大きさを簡単に変更できるようにして、受信信号の変化を検知できるように設計します。これにより、無停止点検による発電量増加と自律飛行ドローン活用による保守運用コスト削減を実現することでカーボンニュートラルに貢献します。
おわりに
IOWNによる新たな価値創造と地球のサステナビリティのための挑戦として、アクセスネットワークの研究開発の方向性と研究開発における主な技術を示しました。今後もIOWNの研究開発に挑戦し続け、実用化に向けた加速を進めていきます。
■参考文献
(1) https://www.rd.ntt/as/history/
(2) https://group.ntt/jp/ir/mgt/managementstrategy/
(3) https://group.ntt/jp/newsrelease/2024/05/15/240515a.html
(4) https://group.ntt/jp/newsrelease/2024/05/14/240514c.html
(5) https://group.ntt/jp/newsrelease/2023/11/09/pdf/231109aa.pdf
(6) https://group.ntt/jp/newsrelease/2024/04/25/240425a.html
海老根 崇
問い合わせ先
NTTアクセスサービスシステム研究所
企画担当
TEL 029-868-6020
FAX 029-868-6037
E-mail aslab-ml@ntt.com
最先端のアクセスネットワーク技術の研究と実用化により新たな価値創造に挑戦し、持続可能な社会に貢献していきます。