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特集

超レジリエントスマートシティの実現に向けたNTT宇宙環境エネルギー研究所の挑戦

宇宙視点から地球環境の未来を革新させる技術の研究開発

NTT宇宙環境エネルギー研究所は、地球環境の再生と持続可能かつ包摂的な社会の実現に向けた革新的技術の創出を目的に、2020年7月に誕生した新しい研究所です。NTTの研究所で初めて「宇宙」という名前が付いた研究所ですが、宇宙そのものの研究ではなく、太陽を含めた「宇宙環境」から地球を見つめ直し、ダイナミックな視点から地球環境の未来を変えるさまざまな研究に挑戦する研究所です。

前田 裕二(まえだ ゆうじ)
NTT宇宙環境エネルギー研究所 所長

は じ め に

2018年11月発表の、NTTグループ中期経営戦略『Your Value Partner 2025』に基づき、新たにスマートエネルギー事業の取り組みが始まるとともに、SDGs(持続可能な開発目標)やESG経営への対応が企業の持続的成長に大きく影響するようになってきました。一方、技術面においては、核融合など次世代エネルギー技術実現の可能性が現実味を帯びてきたことに加え、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想に代表される既存技術の限界を打破し地球環境の再生に貢献できる新技術の可能性も出てきました。このような状況の中、2020年5月にNTTグループの環境エネルギービジョン「環境負荷ゼロ」が発表され、このビジョンの実現に向け、スマートエネルギー分野に革新をもたらす技術と、地球環境の未来を革新させる技術の創出を目的として新研究所が2020年7月に設立されました。
NTT宇宙環境エネルギー研究所は、従来の環境エネルギーの枠にとらわれることなく、宇宙というもっと高い視点、広い視野から我々の住む地球や社会環境を見つめ直し、地球環境の再生と革新に貢献することをめざしています。

研究所のビジョン

NTT宇宙環境エネルギー研究所のビジョンは、次のとおりです。
「地球環境の再生と持続可能かつ包摂的な社会の実現に向け、
・核融合や宇宙発電など次世代エネルギー技術
・レジリエントな環境適応を可能にする技術
の創出をめざすとともに、環境負荷ゼロに貢献する」。
このビジョンを通して実現したい具体的な社会像は、図1に示すような超レジリエントスマートシティです。これは、我々の住む社会が地球環境に与える影響を±ゼロにするだけでなく、地球環境の変化による影響を社会が受容できるようにし、クリーンエネルギーの地産地消や自立分散協調型のエネルギーネットワークにより停電ゼロの実現、自然災害による被害もなくすだけでなく台風からエネルギーを取り出す(災害グリーンエネルギー)ことを実現するような社会です(図2)。このような超レジリエントスマートシティの実現に向け、次世代の圧倒的にクリーンなエネルギーの実現と活用、CO2変換を含むサステナブル技術、プロアクティブなESG経営・環境適応といった革新的な技術の研究開発に取り組んでいきます。

取り組んでいる研究テーマ

研究テーマの一覧を図3に示します。現在、研究所には2つのプロジェクトがあり、1つは「環境負荷ゼロ研究プロジェクト」、もう1つは「レジリエント環境適応研究プロジェクト」です。詳細はこの後の各プロジェクトの紹介記事に記載されていますので、ここでは概略のみを説明します。

環境負荷ゼロ研究プロジェクト

環境負荷ゼロ研究プロジェクトでは、図3に記載のように3つの研究テーマに取り組んでおり、圧倒的にクリーンな次世代のエネルギーをつくる技術、エネルギーを効率良く流通させるエネルギーネットワーク技術、そして空気中や水中のCO2を削減するサステナブルシステム技術の研究を行っています。
次世代エネルギー技術については、フュージョンエナジーと宇宙太陽光発電について取り組んでいます。フュージョンエナジーとは核融合を用いた発電技術であり、国際核融合研究機構(ITER)と包括連携を2020年5月に、ITER国内機関である国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(量研)と連携協力協定を2020年11月に結び、ITERの核融合炉の成功をIOWNでサポートしたいと考えています。ITERのトカマク型の実験炉は2025年に運転開始の予定で、炉の中のプラズマの温度が1億5000万 ℃となるミニ太陽を実現しようとしています。この実験炉から出てくる莫大なセンサデータをIOWNの超低遅延な高速大容量ネットワークでオペレーションセンタまで伝送し、それを活用してデジタルツインコンピューティングで未来予測を行い、オペレーションの最適運用に貢献したいと考えています。
宇宙太陽光発電は、3万6000 km上空の静止軌道衛星で太陽光から得たエネルギーを24時間365日絶え間なく地上に無線で送るという壮大な研究です。無線送電の仕組みにはいくつかの方法がありますが、私たちは特にレーザ光で無線送電する技術にチャレンジしています。これまでNTT研究所では、通信分野での光技術や光電変換技術を培ってきていますので、さらに研究を重ねて高効率で超長距離無線送電可能な技術を早期に実現したいと思っています。
エネルギーネットワーク技術では、NTTグループが得意とする屋内での直流給電技術を屋外に発展させ、NTTビルと周辺地域の需要家を直流でつなぎ、効率良く電力を融通するとともに災害時においても電力を安定的に供給する高レジリエントな自律分散協調型のエネルギーネットワークの実現をめざしています。また、サイバー空間上でエネルギーの需要と発電・蓄電情報を統合的にシミュレートし、最適解を実フィールドに戻して制御することで需給調和を実現する技術や、複数地域間で通信トラフィックや計算処理などの情報処理を空間的・時間的に再配置することで、気象で発電量が左右される再生可能エネルギーを効率的に需要する技術の実現をめざして研究を進めています。
サステナブルシステム技術では、半導体技術と触媒技術を活用した人工光合成(電気化学的アプローチ)と、植物や藻類の能力を最大限に活用する技術(生物学的アプローチ)を対象に、大気や水中のCO2を削減する技術の実用化開発に取り組んでいます。電気化学的アプローチでは、マテリアルズ・インフォマティクス*1を活用して、従来の経験則や既存概念では発見できなかったような材料の組み合わせについて検討しており、生物学的アプローチでは、サイバー空間上で多様な育成環境を再現し、ゲノム編集や環境制御の効果を検証したうえでリアル空間に戻して実証するようなデジタルツインを駆使した研究を進めています。

*1 マテリアルズ・インフォマティクス:材料開発を高効率化する手法であり、AI(人工知能)を含む情報処理技術を活用し、膨大な化合物データ、実験結果、シミュレーション結果等から所望の特性を持つ化合物の候補を探索する手法。

レジリエント環境適応研究プロジェクト

レジリエント環境適応研究プロジェクトでは、ESG経営科学技術とプロアクティブ環境適応技術という2つの研究テーマに取り組んでいます。
ESG経営に関しては、昨今、投資判断基準として重要視されるようになったこともあり、多くの企業が取り組んでいます。しかし、ほとんどの企業では、EnvironmentとSocialとGovernanceをうまく連携できていないというのが実情です。そこで私たちは未来予測・未来変革をキーワードにESG経営のリスクマネジメントに関するESG経営科学技術に取り組んでいます。具体的には、さまざまな環境・社会に関するデータを分析し、デジタルツインコンピューティングを駆使し科学的根拠に基づいて地球環境や社会環境の未来予測を行い、先回りしたプロアクティブなアクションにより、地球環境と人間社会の未来を変革することをめざしています。例えば、未来予測結果から企業価値や企業のWell-beingの評価を行うことで、企業価値の向上に資するアクションにつなげる予報や、その先の未来シナリオ提示などについて研究しています。
プロアクティブ環境適応技術では、極端化する気象や環境に対し積極的に物理的に適応するため、4つの研究テーマに取り組んでいます。環境適応実現のためには、気象・被災予測の高度化がもっとも重要になります。現在でも、気象庁の予測をベースに通信設備被害予測などが行われていますが、これをもっと高度化するため、地球情報分析基盤技術に取り組んでいます。この技術のベースとなるのは、約500km上空の周回軌道衛星で地上に設置されたさまざまなIoT(Internet of Things)センサ(920 MHz帯)の情報を一斉に集取し、情報を束ねて地上に落として分析するという衛星を使った全く新たなセンシング手法です(1)。これを活用し、現状ほとんど観測されていない海上、海中あるいは山中におけるセンサ情報を、リアルタイムに収集・分析し、気象予測や被災予測を高精度化していきます。
高精度な気象予測を活用し、先回りして気象を制御する技術の研究にも取り組んでいます。例えば、台風や線状降水帯などの極端気象のエネルギー源である日本近海の海水温を水塊交替*2などにより下げることで勢力を弱めたり、台風のパワーをエネルギーに変換したりする災害グリーンエネルギーについて研究しています。一方、このような気象制御を実際に行った場合の影響ついても検討する必要があります。このため、ESG経営科学技術でも紹介した社会・経済システムを含む地球環境そのものをサイバー空間で再現したデジタルツインコンピューティングを駆使し、気象制御のさまざまな影響評価のシミュレーション・未来予測をサイバー空間上で行い、最適解を導出したうえで現実世界において実行したいと考えています。
気象制御の1つの対象として、雷についての研究も実施しています。私たちは元々通信設備の雷被害対策に関する高度な技術を保有しており、この技術をさらに発展させた雷制御・雷充電技術についても研究しています。具体的には、落雷エリアを高精度に予測し、ドローンを活用してドローンに落雷させる雷制御技術と、雷エネルギーを蓄える雷充電技術について研究しており、将来的には雷エネルギーを含む自然エネルギーのみで自律動作し、雷が落ちる前にエネルギーを吸収する浮遊型雷エネルギー吸収システムの実現をめざしています。
さらに、宇宙の気象問題とも考えられる宇宙線対策についても取り組んでいます。太陽や銀河系由来の宇宙線によって半導体が誤動作する事象をソフトエラーといいますが、従来から保有するソフトエラーの評価技術を拡大させ、地上でのソフトエラー対策だけでなく、宇宙線や電磁パルスの影響を機器・人体がダイレクトに受ける宇宙空間において、これらの影響を予測するとともにプロアクティブに防護する電磁バリア技術について研究しています。現在、宇宙空間では熱処理問題と宇宙線の影響により高性能電子機器の利用や人類の長期宇宙滞在が困難な状況ですが、本技術とIOWNの発展により、例えば宇宙データセンタなどの実現が可能になります。

*2 水塊交替:温かい表層の海水と低温な深海の海水を入れ替えて、冷房したり発電したりする技術。温かい海域では、30℃以上の温度差がある場合もあります。

お わ り に

本稿で紹介した研究内容は、まだまだ序章に過ぎません。現在の少ないリソースで取り組み始めた研究内容を紹介しましたが、私たちの夢はもっと壮大です。今後は継続的にリソースを増強し、現在取り組めていない新しいテーマにどんどんチャレンジし、地球環境再生と未来革新に貢献したいと考えています。
コロナ後の経済活動の再開は、気候変動や海洋汚染問題などを解決するレジリエントな社会の実現に向かうべきであり、世界各国の政府、産業界においてこの動きは加速しており、ますますこの分野の研究が重要となってきています。このため、さらにリソースを増強し、さまざまな分野の方々と連携しながら研究を加速させたいと考えています。宇宙視点で環境エネルギー分野の革新的技術創出に挑戦する研究所の成長に、ぜひ期待してください。

■参考文献
(1)https://www.ntt.co.jp/news2020/2005/200529a.html

前田 裕二

研究者の公募を行っています。興味のある方はぜひお問い合わせ願います。一緒に地球の未来を変革しましょう。

問い合わせ先

NTT宇宙環境エネルギー研究所
企画担当
TEL 0422-59-7203
E-mail se-kensui-pb@hco.ntt.co.jp