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特集

人と社会を支えるヘルスケアデバイス・インフラメンテナンス技術

コンクリート電柱内鉄筋の水素脆化予測技術

通信サービスを支える重要なインフラ設備の1つであるコンクリート電柱は、安全を確保するため多大な維持管理コストが払われています。コンクリート電柱内鉄筋の劣化現象である水素脆化を正確に予測することができれば、コンクリート電柱をより安全かつ経済的に維持管理することができるようになると期待されます。本稿では、水素脆化加速試験および統計的データ解析を用いたコンクリート電柱内鉄筋の水素脆化予測技術について紹介します。

上庄 拓哉(かみしょう たくや)/石井 龍太(いしい りゅうた)
津田 昌幸(つだ まさゆき)
NTT先端集積デバイス研究所

コンクリート電柱の維持管理

コンクリート電柱は日本の通信サービスを支える重要なインフラ設備であり、私たちの生活圏内に数多く設置されている大変身近な存在です。もしコンクリート電柱が折損してしまった場合、物損事故や人身事故につながるおそれがあることから、すべてのコンクリート電柱に対して劣化による折損が起こらないよう計画的に維持管理がなされています。このコンクリート電柱の維持管理には多大なコストが払われており、安全は担保しつつ、かつ経済的な維持管理技術が求められています。
コンクリート電柱には、コンクリートのひび割れを抑制するため、内部の鉄筋にあらかじめ引張応力を付与することでコンクリートに圧縮応力を作用させているプレストレストコンクリートが用いられています。プレストレストコンクリートに用いられている鉄筋は、通常の使用条件では問題はありませんが、さまざまな悪条件が重なった場合に水素脆化と呼ばれる劣化現象が進行するおそれがあることが指摘されています(1)〜(3)。コンクリート電柱は内部の鉄筋により強度が担保されていることから、鉄筋が劣化してしまうと電柱の折損につながるおそれがあります。コンクリート電柱内鉄筋の水素脆化を正確に予測することができれば、劣化リスクに基づいた点検や更改が実現でき、コンクリート電柱をより安全かつ経済的に維持管理することができるようになると期待されます。そこで私たちは、コンクリート電柱内鉄筋の水素脆化を予測する技術の確立に向けた研究開発を行っています。

水素脆化予測技術

水素脆化とは、金属材料中に侵入した原子状水素が引張応力下で金属材料の強度を低下させ、割れや破断をもたらす現象です。定荷重下の金属材料中への水素侵入の後、ある時間経過後に破断が発生することから「遅れ破壊」と呼ばれる場合もあります。プレストレストコンクリートに用いられる鉄筋は常に引張応力が作用しているため、水素の侵入による水素脆化のリスクがあります。通常、コンクリート内はアルカリ性環境であるため鉄筋の腐食はほとんど起こりませんが、コンクリートにひび割れが発生すると空気中の二酸化炭素によりひび割れ部が中性化し、ひび割れ部からコンクリート内に侵入した雨水などにより鉄筋が腐食する場合があります。鉄筋が腐食すると水素が発生することから、鉄筋中に水素が侵入し水素脆化が発生するおそれが生じます。このように、プレストレストコンクリートに用いられる鉄筋で水素脆化が発生する環境要因は解明が進んでいます。
一方、水素脆化そのもののメカニズムは学術的にも未解明な部分が多く残されています。そのため、現状では水素脆化メカニズムに基づいた演繹的な手法による水素脆化の予測は困難と考えられます。そこで私たちは、中性化したコンクリート環境中での水素脆化を再現する試験を行って水素脆化の挙動を調べることで、データ解析に基づいた帰納的な手法による水素脆化の予測を試みています。将来的には帰納的な手法の結果により水素脆化メカニズムの理解を深めることで演繹的な手法による予測を可能とし、演繹的な手法の結果を活用することで帰納的な手法による予測精度がさらに高まるといった好循環をめざしています。
水素脆化を再現する際、実際の環境中で水素脆化が発生するには長時間を要すると予想されることから、鉄筋中の水素濃度を増加させて短時間で水素脆化破断を発生させる加速試験を用いて検討を行っています。水素脆化加速試験の外観写真および概略図を図1に示します。水素脆化加速試験では、中性化したコンクリート環境での水素脆化を模擬するために、試験セル内部で鉄筋を弱アルカリ性の試験溶液に浸漬させ(中性化したコンクリート環境の再現)、引張試験機を用いて鉄筋に所定の引張応力を付与し(鉄筋にかかるプレストレスの再現)、鉄筋に電流を流すことで水の電気分解により水素を発生(腐食による水素発生の再現)させています。発生させる水素量は電流の大きさにより制御できることから、実際の環境に比べて十分多くの水素を発生させることで鉄筋中の水素濃度を増加させ、水素脆化を加速させています。水素脆化加速試験を用いて水素濃度と破断時間や破断確率の関係を求め、この関係を実際の環境中での水素濃度に外挿することで、実際の環境中での水素脆化の予測を試みています。

水素脆化加速試験による破断時間および破断確率の推定

鉄筋の水素脆化は、同一の環境条件であっても破断時間が大きくばらつくという特徴があります。一般的な回帰分析では破断時間の平均値を予測することしかできず、平均値のみの予測では確率的に発生する短時間の破断に対処することができません。一方、破断時間の確率分布を予測することができれば、平均値よりも短時間の破断に対してもリスクに応じた対処が可能になります(図2)。そこで私たちは、水素脆化加速試験によって取得した大量の破断時間データに対し、統計モデリングを用いることで確率分布を含めた破断時間の予測を試みています。
水素脆化加速試験の結果から、鉄筋表面の水素濃度と破断時間の平均値の関係は指数関数で近似でき、同一水素濃度での破断時間のばらつきはワイブル分布に従うことが分かっています。これらの結果から統計モデルを作成し、破断時間データに対し最尤法を用いることで、水素濃度と破断時間の確率分布の関係を推定することができます。最尤法とは、取得したデータが得られる確率がもっとも高くなるよう確率分布のパラメータを推定する方法で、ワイブル分布など正規分布以外の確率分布のパラメータ推定に用いることができます。最尤法では、取得したデータの確率密度の総乗(尤度)が最大になるようパラメータの値を探索することによって、取得したデータからパラメータを推定します。図3は水素脆化加速試験による破断時間データと、回帰分析による平均値のみの推定結果および統計モデリングを用いた確率分布を含めた推定結果の一例を示しています。このように、統計モデリングを用いることによって平均値だけでなく破断時間の確率分布の推定が可能となります。
鉄筋の水素脆化では、ある環境条件に曝された際に、ある時間で破断する鉄筋と、いくら時間が経過しても破断しない鉄筋が出てくることが知られており、将来的な破断の有無は破断確率として表すことができます。鉄筋に加わる引張応力や鉄筋表面の水素濃度が大きくなると破断確率は大きくなり、引張応力や水素濃度が十分低くなると破断確率はほとんどゼロとなります。コンクリート電柱の維持管理を考えるうえでは、水素脆化による鉄筋の破断確率が重要な要素となります。
水素脆化加速試験の結果から、鉄筋表面の水素濃度と破断確率の関係はシグモイド曲線で近似できることが分かっています。そのため、ロジスティック回帰分析などを用いることで水素濃度と破断確率の関係を推定することができます。ロジスティック回帰分析は、ある事象が発生するか否かといった2値変数を目的変数にとる場合の事象の発生確率を推定することができる方法です。ロジスティック回帰分析では回帰モデルにロジスティック関数を用い、最尤法によりロジスティック関数のパラメータを推定します。図4は、引張応力、鉄筋表面の水素濃度、温度を変えて水素脆化加速試験を行い、取得した破断有無データから破断確率を推定し、引張応力と温度をある値に固定したときの鉄筋表面の水素濃度と破断確率の関係を示しています。解析では水素脆化加速試験で鉄筋が破断した場合を1、破断しなかった場合を0と定義し、ロジスティック回帰分析で破断確率の回帰曲線と95%信頼区間を推定しています。このように、水素脆化加速試験により取得した破断有無のデータから、鉄筋表面の水素濃度と将来的な破断確率の関係を推定することができます。

今後の展望

今後は、水素脆化加速試験により求めた水素濃度と破断時間および破断確率の関係を実際の環境での水素濃度に外挿することで、コンクリート電柱内鉄筋の破断時間と破断確率の予測を行います。外挿には標準的な実環境中での鉄筋の表面水素濃度の推定値を用いることとし、鉄筋中に侵入した水素を検出する新たな測定系を構築することで推定に必要な鉄筋の表面水素濃度データを取得していく予定です。また、予測結果を検証するため、大学と連携して材料科学的観点から水素脆化機構のモデル化に向けた研究も進めていく予定です。

■参考文献
(1) 松山:“遅れ破壊,”日刊工業新聞社,pp.45-48,1989.
(2) 白神:“土木建築用素材としてのPC鋼棒の現状,”ふぇらむ,Vol. 13,No. 9,pp. 611-615,2008.
(3) M. Elices,A.Valiente,L.Caballero,M.Iordachescu,J.Fullea,J.Sanchez-Montero,and V.Lopez-Serrano:“Failure analysis of prestressed anchor bars,”
Engineering Failure Analysis,Vol. 24,pp. 57-66,2012.

(左から)上庄 拓哉/石井 龍太/津田 昌幸

インフラ設備の維持管理はNTTのみならず日本の社会的課題となっています。安全で経済的なインフラ設備の維持管理の実現をめざして、今後も研究開発に取り組みます。

問い合わせ先

NTT先端集積デバイス研究所
ソーシャルデバイス基盤研究部
インフラ見える化基盤技術研究グループ
TEL 046-240-2236
FAX 046-240-4047
E-mail takuya.kamisho.aw@hco.ntt.co.jp