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特集

NTTグループの食農特集──一次産業を日本の成長産業へ

NTTドコモのソリューション協創「水産+d」

天然の魚介類の減少・枯渇傾向に歯止めがかからない一方で、人口増加などに伴い、世界の漁獲量は増加傾向にあります。海の多様性を汚染等からも守りつつ、海洋資源を確実に育むことは緊急性を高め続けており、持続可能な養殖技術の向上と普及に期待が集まっています。NTTドコモは中期戦略2020「beyond宣言」の下で推進する「産業創出」の主な領域として水産業に着目しており、ICTブイやクラウドを活用した海洋モニタリング技術や養殖管理ソリューションなどを開発し、パートナー企業とともに地域創生に貢献してきました。本稿では、NTTドコモの水産分野における取り組みについて紹介します。

山本 圭一(やまもと けいいち)/横井 優子(よこい ゆうこ)
中嶋 雅子(なかしま まさこ)/岡部 裕(おかべ ゆたか)

NTTドコモ

復興支援から始まった「水産+d」

NTTドコモは、2017年4月に中期戦略「beyond宣言」を発表するなどして、これまでのモバイル通信企業から「付加価値協創企業」への転換を図ってきました。自治体や企業、研究機関などさまざまな分野のパートナーが保有する強みと、NTTドコモの顧客基盤、強固なネットワークやICTなどの強みを組み合わせることにより、新たなビジネスを創出し、新たな社会価値を「協創」できると考えています。こうした取り組みを、ドコモの頭文字をとって「+d」と呼んでいます。「水産+d」は、多くのパートナーと水産現場の課題解決に取り組んでいますが、きっかけは2011年の東日本大震災の復興支援です。復興支援の一環で宮城県東松島市の海苔・カキ養殖業者と交流が始まり、「復興支援だけでなく、NTTドコモの本業で漁業に従事する方々の役に立つ持続可能なサービスをつくりたい」と取り組んだのがICTブイです。

海の状態をみえる化「ICTブイ」

あるとき、東松島市のカキ漁業者から「震災以降、海の状態が変わっていて、これまでの経験と勘が通用しなくなっている」と聞きました。海の状態を把握するうえで重要なのが、漁場の海水温と塩分濃度(比重)であり、漁場に行くたびに漁業者が手動で測定していました。そこで、海水温と塩分濃度(比重)を計測するセンサと通信モジュールを搭載したICTブイを漁場に設置し、1時間おきに自動計測したデータをクラウド上に送信、漁業者は自身のスマートフォンにインストールしたアプリ「ウミミル」から情報を閲覧できるサービスを開発しました。パートナーであるアンデックス株式会社とセナーアンドバーンズ株式会社とともに、2016年から実証を開始し、2017年10月から商用サービス(図1)を開始しました。
ICTブイの導入により、漁業者は継続的に海の状態を可視化することができ、経験や勘をデータで裏付けることができるようになりました。海苔養殖で効果を確認できたのが、「育苗」という工程です。育苗とは、海苔網に付着した海苔の幼芽(細胞)を空気中にさらす干出(かんしゅつ)と呼ばれる作業を行うことで、他の海藻類を除去して海苔の成長を促進します。海苔の味、品質、収量を左右するといわれる非常に重要な工程です。これまでは、海苔の漁場で作業前に海水温と比重を測定してからその日の作業手順を決めていましたが、ICTブイの導入により、過去の海水温と比重の変動を把握できるため、陸上でその日に行う作業の準備ができます。さらには、これまでの経験でデータを解釈して干出する最適なタイミングや時間を予測できるようになり、「ICTブイのおかげで、海苔の細胞の様子を想像することができるようになった」と、東松島市の海苔漁業者は話しています。
漁業者どうしのつながり等からICTブイの噂は広まり、有明湾など海苔の主な産地でも導入が進み、平成29年度の水産白書で、養殖業におけるICT活用の事例としてICTブイが紹介されたことにより、海苔以外の養殖現場にもICTブイの導入が拡がりました。真珠養殖では、ICTブイの基本構成センサ(海水温と塩分濃度)ではなく、海水温とクロロフィル濃度、濁度センサを搭載し、2018年3月に長崎県対馬でICTブイを3台導入いただきました(写真)。真珠養殖の現場でクロロフィル濃度を年間を通じて常時モニタリングする初めての事例で、「ICTブイの導入により、海水温とクロロフィル濃度が毎時分かるようになったので、海の状態に合わせて、アコヤ貝の洗浄処理などの作業が行えるようになった。その結果、今まで以上に質の高い真珠を生産できる可能性が広がった」と、対馬真珠養殖漁業協同組合の日高組合長は話しています。2019年以降も増設し、長崎県の真珠養殖では11台のICTブイが稼動しています。
2019年からは、カンパチやマダイ、サーモン等の魚類養殖事業者からもICTブイの問合せをいただくようになりました。魚類養殖の過程においては、海水温、溶存酸素濃度の海洋環境が、養殖魚種の摂餌量や成長に大きく影響します。しかし、海水温と溶存酸素濃度は給餌等の作業時に計測する程度で、給餌記録等もアナログで管理しているケースが多く、ほぼ経験と勘で操業しているのが現状です。また、実際に養殖現場に足を運んでみると、魚類養殖を営んでいる90%以上が中小・零細企業で、魚価の低迷や飼料価格の高騰等から魚類養殖経営の環境は厳しくなってきているためICTへの投資は難しく、ICTブイだけで水産現場の課題を解決できるわけではないことも痛感しました。

「海の状態みえる化」から課題解決へ

NTTドコモはICTブイによる「海の状態みえる化」で水産業に参入してきましたが、漁業現場の声を聴きながら、パートナーとともに課題解決のためのソリューションを提供していく方針に転換しました。そのきっかけとなったのが、2020年5月に締結した鯖やグループ(株式会社鯖や、株式会社SABAR、フィッシュ・バイオテック株式会社)との業務提携です。
鯖やグループとの業務提携では、“安心・安全で美味しい養殖サバ”という新たなマーケットを創出することで、水産業への新規参入を促し、地域の活性化と日本の水産業の発展に寄与することをめざしています。その一環で、2020年5月から和歌山県串本町のフィッシュ・バイオテックのサバ養殖漁場にて、ICTを活用した新たなサバ養殖モデルの確立を目的とした実証実験を開始しました。NTTドコモは、ICTブイ(据付型)とサバ養殖を一元的に管理するクラウド環境「養殖管理クラウド」を新たに開発し提供しました。また、生け簀内の魚の行動や残餌の有無を確認するカメラ等の設置や水中ドローン活用など、串本のサバ養殖漁場をフィールドにさまざまなICT実証を行ってきました。実証を通じて、サバが感染症や環境の変化などで死亡する、へい死リスクが高くなる高海水温時の対応ノウハウの蓄積ができましたが、そのほかにも超音波式水中可視化技術による魚体長測定、「養殖管理クラウド」の機能およびユーザインタフェースの向上、NTTドコモがサービス提供予定の「海況シミュレーション」を活用することの有効性等、成果を確認することができました。
次にパートナーとの協創事例として、超音波式水中可視化技術による魚体長測定と海況シミュレーションについて紹介します。

■超音波式水中可視化技術による魚体長測定

NTTドコモと株式会社AquaFusionは、超音波式水中可視化技術を活用した魚体長や魚体重の自動計測機能を有するICTサービスの開発により、新たな養殖管理モデルを確立することを目的として、2021年3月8日に業務提携契約を締結しました。
養殖業においては、効率的な養殖魚の生産管理のために、魚体長および魚体重測定が重要です。今までは漁業者がタモ網で生け簀から養殖魚を数匹取り出し、それを1匹ずつ計測器で測定していました。しかし、物理的な接触により養殖魚がへい死したり、サンプルで抽出した養殖魚の成長にバラツキがあるため、正確な成長過程を把握できないという課題がありました。そこで、鯖やグループと実施している養殖サバの実証実験フィールドにおいて、AquaFusionが保有する超音波式水中可視化技術を活用して、非接触でサバの魚体長測定の検証を2020年10月から行い、2021年3月11日に生け簀内を泳ぐサバの魚体長の平均値を高い精度で測定することに成功したことを報道発表しました(図2)。今後は、AI(人工知能)の活用により、魚体長から魚体重を推定する検証を行います。
超音波式水中可視化技術とは、高頻度で送信される超音波の反応を自動解析し、魚であるかを識別する技術です。世界で初めてCDMA(Code Division Multiple Access)方式を水中超音波に採用しており、1秒間に40回以上の超音波送信を実現しました。従来の魚群探知機の100倍の分解能を持ち、養殖生け簀のような魚が密集した状態でも、魚1匹1匹の個体を識別できます。また、超音波を使用することで、夜間や海中が混濁していても計測することが可能で、計測環境に依存しないことが大きな特徴です。
今後は、両者のシステム連携により「養殖管理クラウド」の機能として正確な成長過程を把握することが可能となり、作業効率化や給餌量最適化など付加価値の高い養殖向けICTサービスの提供が可能となります。

■海況シミュレーション

海況シミュレーションは、株式会社フォーキャスト・オーシャン・プラスとアンデックスとの協業で検証しているサービスです。フォーキャスト・オーシャン・プラスは、海洋に関する各種の予測情報を(国研)海洋研究開発機構(JAMSTEC)における海洋物理学の最先端の成果である各種の予測モデルを用い、各種海洋産業、公的機関を対象とした情報コンサルティング事業を推進している企業で、ドコモとはフォーキャスト・オーシャン・プラスが提供する潮流海流予測情報を閲覧できる端末を船舶に搭載し、安全で効率的な運航を実現できるシステムの開発で協業していました。2018年から養殖業での協業の検討を開始し、2019年夏ごろに海況予測モデルの水平解像度が1kmになったタイミングで、ICTブイのパートナーであるアンデックスと一緒にスマートフォンアプリ「ウミミル海況シミュレーション」を開発しました(図3)。このアプリで、フォーキャスト・オーシャン・プラスが予測する海水温・流速・流向の海況情報を、3〜5日先まで1時間ごとにアニメーション形式で表現することができるようになりました。2020年から串本町のサバ養殖現場をはじめ複数の水産現場で「ウミミル海況シミュレーション」の利用検証を行っています。評価検証を十分行ったうえで、改良を加えて商用化していく予定です。養殖現場となる湾内は、河川からの流入等により海況の予測が難しいとされています。NTTドコモが提供するICTブイの海水温等の海況情報を、フォーキャスト・オーシャン・プラスの予測モデルのインプット情報とすることで、湾内の予測精度を高めることが可能となります。

今後の展開

日本の水産業は、漁獲量や漁業者人口の減少など多くの課題を抱えていますが、NTTドコモは震災の復興支援、漁業者と本気で向き合った経験やノウハウを活かし、パートナーとともに課題解決ソリューションを提供し、地域の活性化と日本の水産業発展に寄与していきたいと考えます。

(左から)中嶋 雅子/山本 圭一/岡部 裕/横井 優子(右上)

「現場に寄り添い、水産現場と先端技術・サービスをつなぎ、イノベーションを創発する」をビジョンに掲げ、地域の活性化と日本の水産業発展に寄与できるよう取り組んでいます。

問い合わせ先

NTTドコモ
地域協創・ICT推進室
TEL 03-5156-2511
E-mail suisan@nttdocomo.com