Event Reports
「NTT コミュニケーション科学基礎研究所 オープンハウス 2021」開催報告
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NTTコミュニケーション科学基礎研究所では、最新の研究成果を多くの方々に知っていただくイベントとして、2021年6月3日正午より「オープンハウス2021」をウェブ公開により開催しました。ここではその開催模様を報告します。
新井 賢一(あらい けんいち)/加藤 豪(かとう ごう)
丹羽 健太(にわ けんた)/リャオ シンイ
那須 大毅(なす だいき)/大國 智樹(おおくに ともき)
NTTコミュニケーション科学基礎研究所
オープンハウスの概要
NTTコミュニケーション科学基礎研究所(CS研)は今年で創立30周年を迎えました。創立以来、私たちは、人と人、あるいは人とコンピュータの間の「こころまで伝わる」コミュニケーションの実現をめざし、時代を先取りした基礎研究に取り組んでいます。その最新成果を「見て、触れて、感じてもらう」イベントとして、例年5月末〜6月上旬にNTT京阪奈ビル(京都府精華町)で「NTTコミュニケーション科学基礎研究所 オープンハウス」を開催しています。本年は昨年に引き続き新型コロナウイルス感染症への対策として、ウェブ公開というかたちで「オープンハウス2021」を6月3日正午より開催し、講演動画・展示動画・デモコンテンツ等を通じて最新成果を紹介しました(1)。NTTグループ関係者のみならず、各企業や研究機関、大学関係者の方々より、開催後1カ月間で6000回以上の動画再生をいただきました。
所長講演
CS研山田武士所長による講演「離れていてもこころは君のそばにある―こころ豊かな社会を創るコミュニケーションの本質探求―」では、NTTの発足およびCS研の設立当時を振り返り、現在そして未来につながる基礎研究を紹介しました(写真1)。
CS研は1991年7月4日に創立されて以来の30年間、コミュニケーションの本質を究め、こころまで伝わるコミュニケーションの実現をめざして、データ科学やメディア処理など、人間の能力に迫り凌駕するための革新技術の創出と、認知神経科学や多様脳科学など、人間への深い理解につながる基本原理の発見に取り組んできました。本講演では、CS研の最新の研究成果を、コミュニケーションの本質である、「どう正確に効率良く伝えるか?(情報量)」「何によってどう伝えるか?(メディア)」「何を指示しているか?(意味)」の3つの観点から紹介したうえで、 CS研が次の30年に向けて、CS研でしかできない研究に取り組み、こころまで伝わるコミュニケーションの実現をめざし、新たなチャレンジに大胆かつ粘り強く取り組んでいくことを宣言しました。
研究講演
研究講演では、CS研の顕著な研究成果の中から特に注目度の高いテーマに関して、以下の講演を行いました。
① 「機械が会話のパートナーになる日―大規模深層学習で拓く雑談対話システムの新境地―」 と題した杉山 弘晃(協創情報研究部)による講演では、人との自然な雑談を通して人の対話欲求を充足させることを目的とする雑談対話システムについて紹介しました。NTTでは以前より雑談対話システムの研究を続けており、システムに個性を持たせる研究や、複数の対話ロボットを有機的に連動させ対話のスムーズさ・快適さを向上させる研究など、特色豊かな研究を幅広く進めています。一方、近年の深層学習の急速な進展とともに、深層学習を利用した高性能な雑談対話システムが相次いで提案されています。最新の深層学習モデルを利用した高性能な雑談対話システムやNTTが構築したシステムの詳細や現状の到達点・課題についても解説しました(写真2)。
② 「まなざしに宿る運動の巧みさ―運動スキルを支える視線と腕の結びつき―」 と題した安部川 直稔(人間情報研究部)による講演では、目と腕が協調して動く仕組みを題材として、人の巧みな運動制御を解説しました。人に寄り添ったICTの実現において鍵を握るのが、人の「ふるまい」や「行為」を紐解くこと、つまり「運動」の本質的理解です。人はいとも簡単に運動を実現しているようにみえますが、その背後には、目を動かして目標物をとらえ、視覚情報から運動を生成するような複雑な脳内メカニズムが存在します。特に、「なぜ運動にとって目が重要なのか?」という問いを中心に、従来の考え方から、最新の私たちの知見まで含めて紹介しました(写真3)。
③ 「聞きたい人の声に耳を傾けるAI―深層学習に基づく音声の選択的聴取技術SpeakerBeam―」 と題したマーク デルクロア(メディア情報研究部)による講演では、人が持つ「選択的聴取」と呼ばれる能力をコンピュータで実現することをめざした研究を紹介しました。「選択的聴取」とは、パーティ会場などの騒がしい環境の中でも、聞きたい人(目的話者)の手掛かり(声の特徴など)に注目してその人の声を聞き取ることができる能力のことです。この能力の実現をめざして私たちが提案した、目的話者の手掛かりに基づき混ざった音声の中から目的話者の音声のみを抽出する技術「SpeakerBeam」について紹介しました。その後、音声や唇の形状など、音や映像などの複数のモダリティを使うマルチモーダル目的話者手掛かりへの拡張や音声認識との統合、音響イベント信号を含んだより一般的な信号抽出問題への拡張といった最新の研究動向についても解説しました(写真4)。
いずれの研究講演でも、研究の背景や全体像を述べたうえで、最新の研究成果と技術ポイントを分かりやすい例を交えて紹介しました。また、講演終了後には視聴者からの質問をライブで受け付けました。質疑応答の時間内に収まらないほどの質問をいただき、関心の高さがうかがえました。
研究展示
研究展示では、「データと学習の科学」「コミュニケーションと計算の科学」「メディアの科学」「人間の科学」の4カテゴリに関する最新成果29件について、展示説明動画を作成し、配信しました(図)。説明動画に加えて、ウェブサイト上での体験型のデモや、デモ動画など、工夫を凝らしたコンテンツを用意し公開しました。また、ページ閲覧者から質問やコメントを自由に投稿していただき、担当者より回答できるQ&Aシステムを導入しました。公開質問は130件以上あり、長文の質問コメントや専門的な質問など参加者の熱心さを感じさせるものがありました。以下は、各カテゴリの展示名です。
■データと学習の科学(8件)
・いろんなデータから学習法自体を学習します
~特徴量が異なるタスク群からのメタ学習~
・みんなにとって公平な決め方、教えます
~因果関係に基づく一人一人にとって公平な分類器の学習~
・ネットワーク構造に関する様々な質問に答えます
~ゼロサプレス型項分岐決定グラフを用いたグラフ構造索引~
・寄せ集めで不揃いなデータでも学習できます
~未知ドメイン・未知クラスへの自己教師あり適応学習~
・つながり関係からグループを見つける
~無限の柔軟度を持つ関係データモデル~
・データから高速かつ正確に特徴を見つけます
~グループ正則化付き特徴選択の高速化~
・データを漏洩させない機械学習
~革新的な非同期分散型学習アルゴリズムと医療画像への応用~
・街における感染リスクを可視化します
~匿名センサ情報に基づく人流推定手法~
■コミュニケーションと計算の科学(5件)
・欲張りが提供する量子クラウドはちゃんと動く
~経済合理性に従うクラウド量子計算サーバは信頼できる~
・文章の隠れた構造を見える化します
~疑似正解データを活用したニューラル修辞構造解析~
・専門家が二人一役で話します
~話者融合による専門性の統合と学び合い~
・人から人への信頼を橋渡しするチャットボット
~ユーザの悩みを専門家に届けるチャットボットの設計と評価~
・楽しくおしゃべりできる対話システムの作り方
~大規模深層学習に基づく雑談対話システムの構築と課題分析~
■メディアの科学(6件)
・光の位相で微弱な音を捉えます
~精密光干渉計による非接触音場計測~
・騒がしい生活環境で、音声だけ高品質に取り出す
~音源分離・雑音抑圧・残響抑圧の全体最適化~
・TV を視聴するだけで賢くなるAI
~クロスモーダル学習による動作概念の獲得~
・顔の表情でリアルタイムに声の表情をつくる
~顔表情認識による音声変換技術~
・コロナ禍で知りたい:みんなが触ったのはどこ?
~サーマルカメラによるモノタッチ判定とその実環境投影~
・テレ聴診器:音で体の中を診る
~生体の物理的性質を活用した生体音響解析~
■人間の科学(10件)
・少子化が人口密度に関係するってホント!?
~生活史戦略による予測と実証~
・磁場をうごかす・磁場がうごかす
~磁性触覚技術マグネタクトの発展と応用~
・硬い物体も柔らかく、粗い物体もなめらかに
~触錯覚を応用した簡便な実物体の触感変調手法~
・触れる感覚が距離を越えて心をつなげます
~触覚伝送による共感的な遠隔コミュニケーションの実現~
・お母さんが赤ちゃんの泣き声に近寄るワケ
~母親の無意識な接近を制御する神経基盤因子オキシトシン~
・眼にあらわれる音への注意
~微小眼球運動と聴覚空間注意~
・レースドライバーのもつ瞬きのパターン
~実車運転競技中の瞬目同調から示唆される視覚情報の重要性~
・「 ボールをよく見て!!」の本当の意味
~腕運動学習に寄与する目と腕の協調関係~
・スマートフォンで運動能力を計る?
~運動のばらつきで利き手かどうかを簡単判定~
・豪速球を見極めて打つ脳力
~素早い状況判断と運動制御を支える脳情報処理の仕組み~
招待講演
今年は、東京工業大学の伊藤亜紗教授に「遠隔時代の身体」と題する寄稿・講演とNTTフェロー柏野牧夫との対談、オープンハウス研究展示の体験レビューをしていただきました。
講演では、視覚障がい者との触覚を介したコミュニケーションの研究に基づいて、遠隔コミュニケーションの問題点と身体(触覚)の可能性についてお話をいただきました。触覚コミュニケーションで信頼が生まれた例として、伴走される視覚障がい者を疑似的に体験したとき、伴走者とつながったロープからは素早く情動や感覚などの繊細な情報が伝わり、驚くほどの「信頼」が生じたというエピソードをお話しいただきました。一方で遠隔でのコミュニケーションは、情報の一方的な伝達になりがちで信頼関係の構築が難しいとのお話がありました。さらに、視覚障がい者とのスポーツ観戦や遠隔で操作する分身ロボットコミュニケーション、感覚や触覚の記憶についての研究について紹介をされました。そして、触覚を使った遠隔コミュニケーションでは、実在には触れられないからこそ「存在」に触れられることがあり、そこにコミュニケーションの新たな可能性を感じるとの意見が述べられました。
オープンハウスを終えて
2021年のオープンハウスは、昨年に引き続き、ウェブ公開によるオンライン開催としました。YouTube上での再生回数は合計6000回を超え、さまざまな方々にCS研の最新成果をご覧いただくことができました。展示会場で説明できる以上の方々にご覧いただけたことになります。特に、CS研の研究者とのよりインタラクティブなコミュニケーション手段として提供したQ&Aシステムや、Web会議による講演での質疑応答に多くの方に参加していただけたことは、大きな刺激となりました。本イベント開催に協力いただきました皆様に、心よりお礼を申し上げます。
(上段左から)新井 賢一/加藤 豪/丹羽 健太
(下段左から)リャオ シンイ/那須 大毅/大國 智樹
問い合わせ先
NTTコミュニケーション科学基礎研究所
企画担当
TEL 0774-93-5020
FAX 0774-93-5026
E-mail cs-openhouse-ml@hco.ntt.co.jp
今後ともCS研の研究にご注目ください。