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Event Reports

「NTT コミュニケーション科学基礎研究所 オープンハウス 2022」開催報告

NTTコミュニケーション科学基礎研究所(CS研)では、最新の研究成果を多くの方々に知っていただくイベントとして、2022年6月2日正午より「オープンハウス2022」をウェブ公開により開催しました。ここではその開催模様を報告します。

田中 貴秋(たなか たかあき)/廣谷 定男(ひろや さだお)
武 小萌(ぶ しょうほう)/石畠 正和(いしはた まさかず)
成松 宏美(なりまつ ひろみ)/千葉 祐弥(ちば ゆうや)
俵 直弘(たわら なおひろ)/目黒 豊美(めぐろ とよみ)
大國 智樹(おおくに ともき)

NTTコミュニケーション科学基礎研究所

オープンハウスの概要

創立以来、NTTコミュニケーション科学基礎研究所(CS研)では、人と人、あるいは人とコンピュータの間の「こころまで伝わる」コミュニケーションの実現をめざし、時代を先取りした基礎研究に取り組んでいます。その最新成果を「見て、触れて、感じてもらう」イベントとして、例年5月末〜6月上旬にNTT京阪奈ビル(京都府精華町)で「NTTコミュニケーション科学基礎研究所 オープンハウス」を開催してきました。本年は一昨年、昨年に引き続き新型コロナウイルス感染症への対策として、ウェブ公開にて「オープンハウス2022」を6月2日正午より開催し、講演動画・展示動画・デモコンテンツ等を通じて最新成果を紹介しました。NTTグループ関係者のみならず、各企業や研究機関、大学関係者の方々よりアクセスいただき、開催後1カ月間で5000回以上の動画再生数を得ることができました。
また、ウェブ公開前日の午後に、プレイベントの位置付けとして、オープンハウスとしては3年ぶりの実地展示を大阪京橋にあるNTT西日本のオープンイノベーション施設QUINTBRIDGEにて、NTT西日本イベント「Well-being 2days in QUINTBRIDGE」との共催で実施しました。動態展示を中心とした8件の出展に対する来場者の関心は高く、オンライン展示だけでは伝えづらい実地展示の意義を感じました。

所長講演

CS研納谷太所長による講演「変化する現在に適応し、持続する未来を切り拓くコミュニケーション科学―人・社会・環境との調和と共生をもたらす技術の創出―」では、CS研の設立当時を振り返り、現在そして未来につながる基礎研究を紹介しました(写真1)。
CS研は、1991年7月4日に創立されて以来30年以上にわたって、人と人、人とコンピュータとの「こころまで伝わる」コミュニケーションの実現をめざして、人間と情報の本質に迫る基礎理論の構築と社会に変革をもたらす革新技術の創出に取り組んできました。本講演では、「コミュニケーションの本質を理解する」という設立当初からの研究理念を貫き、人や社会に寄り添う技術の創出に向けて継続されてきたCS研の研究の最近の成果を紹介しました。今後はそれぞれの分野内の研究の研鑚だけではなく、分野間のシナジーをより加速し新たな価値を創造していくことや、物理学、基礎数学、医学、生物学、社会科学、哲学などさまざまな分野との学際的な連携を通じて新たなフロンティアを開拓し、人や社会だけでなく地球環境に自然な調和と共生をもたらすことをめざしたコミュニケーション科学の基礎研究に取り組んでいくことを宣言しました。

研究講演

研究講演では、CS研の顕著な研究成果の中から特に注目度の高いテーマに関して、以下の講演を行いました。
① 「あなたの声を「すぐそば」品質で聴くAI―遠くからでも近接マイク品質で混ざった音を聞き分ける革新的音響処理技術―」と題した中谷智広(メディア情報研究部)による講演では、話者から離れたマイクで音声を収録した音から、話者の近くのマイク(近接マイク)で収録したような高品質な音声を取り出す最新の音声強調技術を紹介しました。話者から離れたマイクによる収録音は、残響や他の話者の音声、背景雑音などが混在するため、音声は聞き取りにくくなり、音声認識などのアプリケーションの性能も劣化します。この課題を解決するための、残響抑圧、音源分離、雑音抑圧を最適かつ高速に実現する「統一モデル」、および少数マイクで高品質な処理が可能な「スイッチ機構」について解説しました。また、深層学習に基づく音声強調(SpeakerBeamなど)との連携についても触れました(写真2)。
② 「あなたの心臓をデジタル化―モバイルセンシングを活用したパーソナル心臓モデリングとその応用―」と題した柏野邦夫(メディア情報研究部/バイオメディカル情報科学研究センタ)による講演では、デジタル技術を活用した未来のヘルスケアの実現をめざして行っている基礎研究について紹介しました。本研究ではまず心臓に着目し、生体から生じる音や電気信号などを観測しながら、その人のその時々の心臓の状態と働きをコンピュータ上に写し取ることを試みています。本講演では、この試みの中で開発した生体情報の計測技術と、計測した情報を活用するための新たな情報処理技術を紹介し、疾病の早期発見の可能性や回復のためのリハビリテーションへの応用を展望しました(写真3)。
③ 「デジタルツインでモビリティ群を賢く制御する―分散深層学習がもたらす未来の可能性―」と題した丹羽健太(協創情報研究部)による講演では、デジタルツインを介した集合知形成・協調制御の最新研究について紹介しました。本研究の特徴は、サーバ群やIoT機器群に分散して蓄積されたデータや分散した制御系を学習可能なデジタルツインを介して協調利用することです。これにより、個ではなく群を効率良く制御したり、分散して観測したデータを使って集合知モデルを形成し、全体の系を最適化することが可能になります。本講演では、デジタルツインを用いたスマートモビリティの研究事例について紹介しました(写真4)。
④ 「数学はどこから来たのか 数学はどう進むのか 数学はどこへ行くのか―対称性を駆使した解析学と幾何学的手法による整数論の未解決問題と量子計算への挑戦―」と題した若山正人(基礎数学研究センタ)による講演では、2021年10月に発足した基礎数学研究センタで研究されている数論幾何学、保型表現論、グラフ理論と表現論・数論について紹介しました。本講演では、講演者たちがどんな数学をやってきたのか、いったい数学とはどう進むのか。そして今後どんな研究を進めていくのかについて、講演者が携わり、現在も興味深い問題を生み出している量子相互作用と数論をつなぐ研究を基本ラインにおきつつ、数学の流れにおける位置付けなども織り込みながら紹介しました(写真5)。
いずれの研究講演でも、研究の背景や全体像を述べたうえで、最新の研究成果と技術ポイントを分かりやすい例を交えて紹介しました。また、講演終了後には視聴者からの質問をライブで受け付けました。質疑応答の時間内に収まらないほどの質問をいただき、関心の高さがうかがえました。

研究展示

研究展示では、「データと学習の科学」「コミュニケーションと計算の科学」「メディアの科学」「人間の科学」の4カテゴリに関する最新成果29件について、展示説明動画を作成し、配信しました(図)。説明動画以外にもデモ動画など、工夫を凝らしたコンテンツを用意し公開しました。また、今年は各研究展示に対する質問をリアルタイムに受けて研究者自身が回答する展示QAセッションを設けました。それ以外にも昨年導入したQAシステムを継続し、ページ閲覧者から質問やコメントを自由に投稿していただき、担当者より回答できる仕組みを用意しました。公開質問は50件以上あり、長文の質問コメントや専門的な質問など参加者の熱心さを感じさせるものがありました。以下は、各カテゴリの展示名です。

■データと学習の科学(5件)

・信号機を使わないリアルタイム分散交通制御
~デジタルツインを介した集合知学習技術~
・光回路で構成されるAIに適した学習法
~細層構造を持つ光ニューラルネットワークの高速学習~
・複数のAIがどう寄れば文殊の知恵?
~汎化性能を向上させるためのベイズ的アンサンブル学習~
・ニューラルネットを軽量・高速化する学習技術
~ニューラルネットの枝刈りにおける反復ランダム化技術~
・その出来事、どのように拡散する?
~時変Hawkes過程を用いて状態の変化を推定~

■コミュニケーションと計算の科学(8件)

・災害復旧を加速する効率的な避難所運営
~被災者の順次帰宅を考慮した避難所計画の最適化~
・あなたの好きな表現で翻訳します
~指定した語句を必ず使うニューラル機械翻訳~
・ユーザに平等かつ混雑しないインフラをめざして
~組合せ混雑ゲームの均衡最適化~
・機械翻訳の間違いを探します
~原文と訳文の単語対応に基づく機械翻訳の後編集支援~
・高齢者にとって聞いて分かりやすい話し方
~分かりやすさにつながる声と言葉の使い方の解明~
・移りゆく車窓の風景についてロボットと話そう
~移動中に得られる画像・周辺情報を話題とする雑談対話技術~
・量子技術による強い攻撃でもその暗号安全ですか
~ランダムハッシュ関数の衝突を発見する量子アルゴリズム~
・数の不思議はどこから生まれる?
~一般化モチーフ理論を用いた新たな数論的現象の解明~

■メディアの科学(5件)

・「え、なに?どういうこと?」長い話まとめます
~音声認識誤りに頑健な音声要約~
・写真の奥行を推定し、ボケ度合いを自在に変えられます
~写真群のみから未知の奥行とボケ効果を学習する深層生成モデル~
・音と電気の信号で心臓を見守ります
~マルチチャンネルの心音と心電からの心臓内部の活動推定~
・声で顔画像の表情を動かす
~クロスモーダルアクションユニット系列推定と顔画像変換~
・クロスモーダルアクションユニット系列推定と顔画像変換
~コンテンツ適応的な視認性予測に基づく画像ブレンディング~

■人間の科学(11件)

・まなざしや声かけが赤ちゃんの学びを助けます
~社会的手がかりが乳児期の物体学習に及ぼす影響の解明~
・なぜ人は接触確認アプリの利用をためらうのか
~COCOAの普及に影響を与える社会的要因~
・ノビのある速球は錯覚?
~VRで投球の質感を操作する~
・脳計測で見えたeスポーツ熟練者の勝負術
~前頭脳領域の脳波とパフォーマンスの相互関係~
・人工ニューラルネットワークで紐解く聴覚システム
~人工内耳と両耳情報処理へのより深い理解のために~
・マインドフルネス瞑想はストレスをどう減らす?
~二つの瞑想法がもたらす自律神経系・内分泌系の状態変化~
・ウェルビーイングをいろいろな側面から測ります
~心身の状態変化・価値観・自己観から捉えたウェルビーイング~
・壁が動くと速く歩く?
~視野の動きに基づく歩行速度制御の仕組みの解明~
・指先で感じる“こっち”
~引かれる方向感覚を生成する脳の情報処理~
・みんな何を触りたいの?
~大規模なTwitterデータを活用した触りたさの理解~
・瞳が語るこころの状態
~瞳孔径から読み取る知覚の変化~

招待講演

今年は、帝京大学・教授の岡ノ谷一夫先生に「コミュニケーション行動から探る動物の心」と題する寄稿・講演とCS研所員柏野牧夫、小林哲生、廣谷定男とのパネルディスカッションを行っていただきました。
講演では、動物の行動の観察から、動物の心的体験について推測し、行動と相関する神経活動を計測することで心的体験の進化と神経機構を解き明かそうとする研究についてお話をいただきました。「動物の心」を考えることは、擬人主義として戒められてきましたが、擬人主義に立脚している「人間の心」の科学と同様に、「動物の心」を許容して研究する方法の必要性を説明していただきました。コミュニケーション行動では、ある信号を送信することで受信者の行動が変化し、それによって、送信者がなんらかの利益を得ることができ、コミュニケーションのレベル「社会的促進」「情動伝染」「利他行動」「他者操作」「話者交代」について、それぞれ動物の行動の例を実験の動画を紹介しながら説明されました。これらの動物行動を観察し擬人的解釈のもとに心的体験と神経相関を探るアプローチについてお話しいただきました。
最後に、人工知能の心に必要なものとして、動物の例で挙げた社会的促進や情動伝染などの「コミュニケーション」、他者の行動予測システム「心の理論」、他者の行動を自己の行動に変換するシステム「ミラーニューロン」が必要だと述べられました。

オープンハウスを終えて

2022年のオープンハウスは、昨年に引き続き、ウェブ公開によるオンライン開催としました。Webex Webinarsでの講演・展示配信のリアルタイム視聴者は最大330名、YouTube上での再生回数は合計4000回を超え、さまざまな方々にCS研の最新成果をご覧いただくことができました。展示会場で説明できる以上の方々にご覧いただけたことになります。特に、CS研の研究者とのよりインタラクティブなコミュニケーション手段として提供した開催日当日のリアルタイムの講演・展示Q&Aセッション、およびウェブ上で非同期に質問・コメントが書き込めるQ&Aシステムに多くの方に参加していただけたことは、大きな刺激となりました。本イベント開催に協力いただきました皆様に、心より御礼を申し上げます。

(上段左から)田中 貴秋/廣谷 定男/武 小萌
(中段左から)石畠 正和/成松 宏美/千葉 祐弥
(下段左から)俵 直弘/目黒 豊美/大國 智樹

今後ともCS研の研究にご注目ください。

問い合わせ先

NTT コミュニケーション科学基礎研究所
企画担当
TEL 0774-93-5020
FAX 0774-93-5026
E-mail cs-openhouse-ml@hco.ntt.co.jp