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特集

2次元半導体を用いたプラズモン制御技術

グラフェンを用いたテラヘルツプラズモンの動的空間制御

グラフェンではプラズモンの特性を電気的に制御可能です。この特性を利用し、電気的に指定した場所に所望の周波数のプラズモンを励起できることを実証しました。この技術は、プラズモン導波路やスイッチなどの素子へ応用可能です。

熊田 倫雄(くまだ のりお)
NTT物性科学基礎研究所

グラフェンプラズモン

プラズモンとは電荷の疎密波であり、電磁波と比べて波長が短く回折限界以下の領域に閉じ込めることが可能という特徴があります。この特徴を活かし、プラズモン制御による応用をめざした技術をプラズモニクスと呼びます。本特集記事『半導体2次元系におけるプラズモン研究の概要と展望(1)で述べられているとおり、プラズモニクスはバイオセンサ等で実用化されています。これまでのプラズモニクスは金属表面に励起される表面プラズモンを利用して行われてきましたが、ロスが大きい、制御性が乏しいといった金属では避けることができない問題があり、それによって応用範囲が制限されています。特に、ナノ領域でプラズモンを使って情報を伝送するナノフォトニクスでは、これらの問題により実用化が進展していません。この状況において、金属に替わるプラズモニクス材料として現在注目を集めているのがグラフェンです。グラフェンプラズモンは、テラヘルツ〜中赤外領域でロスが小さいことが知られています。また、金属表面プラズモンより波長が短く、より小さい領域に閉じ込めることができるという利点があります。具体的には、電磁波をグラフェンプラズモンに変換することにより、電磁波の波長の1000分の1の領域に閉じ込めることが可能です。さらに、グラフェンプラズモンの波長と周波数の関係は電荷密度によって変化するため、ゲートによって電気的にプラズモンの伝播速度や波長を制御できるという金属にはない機能を有しています。これらの利点により、電気的制御可能なナノフォトニクスの実現が期待されます。それ以外にも、特性変調可能なメタマテリアル*1など、新たな応用の可能性が指摘されています。

*1 メタマテリアル:光の波長より小さい周期的な構造におけるプラズモン電場を用いて物質の光学的な性質を人工的にデザインする技術。

グラフェンプラズモンの電気的制御

グラフェンプラズモンの波長λと周波数fの関係は

であり、電荷密度nに依存します。この式は、同じ周波数であっても、電荷密度が低くなると波長は短くなることを意味しています。したがって、電荷密度が急峻に変化する界面があった場合、屈折率の異なる媒質に光が入射するときと同様に、プラズモンの反射が起きます。電荷密度は、ゲート電極を用いて電気的に変化させることが可能なため、原理的には電気制御可能なプラズモン素子や回路を実現可能です(図1(a))。このような、グラフェンプラズモンのアクティブ制御に関する理論は2011年に発表されていますが、実験的にはこれまで実証されていませんでした。その主な原因は理論コンセプトを正しく実装するためのデバイス作製の難しさにあります。プラズモン波長より十分短い領域で電荷密度を急峻に変化させる必要がありますが、一般的に用いられている金属ゲートでは、遮蔽効果*2によりゲートがある領域とない領域でプラズモン電場の分布が大きく変化し、その境界でプラズモン反射が起きてしまいます(図1(b))。この反射は、グラフェンの電荷密度にかかわらず金属ゲートの有無によって引き起こされるもので、制御できません。

*2 遮蔽効果:外部から電場が加わると、金属中の自由電子が移動し金属内部の電場を打ち消す現象。

グラフェンプラズモン制御の実証

本稿で紹介する成果は、金属ではなく高抵抗の酸化亜鉛(ZnO)薄膜をゲート材料として用いることによって、金属ゲートでの制御不能な反射を回避し、グラフェンプラズモンの閉じ込めや反射を電気的に制御した結果です(2)
前述のとおり、通常の金属ゲートの問題は、遮蔽効果によりゲートの有無でプラズモンの電場分布が大きく変化してしまうことに由来します。一方、ゲート電極の抵抗が十分高い場合、ゲート電極中の電荷がプラズモン周波数で振動する電場に追随できず、遮蔽効果が抑制されます。そこで、私たちは作製温度を調整することで高抵抗化した厚さ20nmのZnOをゲートとして用いました。実験で使用した試料は、幅2μm、間隔4μmの短冊状に加工したZnOと低ドープSi基板を2層ゲートとして用いることにより、ZnOゲート上のグラフェンおよびSiゲート上のグラフェンの電荷密度(nZnOおよびnSi)を独立に制御できる構造となっています(図2(a))。この試料におけるプラズモン応答は、短冊とは垂直の電場を持ったテラヘルツ光を照射し、その透過・吸収を測定することで調べました(図2(b))。
図3は、この試料におけるテラヘルツ波のスペクトルです。グラフェンの電荷密度が一様なとき、グラフェンによるテラヘルツ光の吸収は、周波数の減少とともに単調に増加しています。これは加工していないグラフェンで観測される一般的な振る舞いで、確かにZnOゲートによる制御できないプラズモン反射が起きていないということを示しています。一方、ZnOゲートおよびSiゲートを調整し、どちらかの領域の電荷密度をゼロの点(電荷中性点:Charge Neutrality Point)とした場合、スペクトルにピークが現れています。電荷密度ゼロの領域ではプラズモンは励起されないため、このピークは電荷密度が有限な領域に形成された共振器におけるプラズモン共鳴によるものだといえます。今回の実験では、この共鳴周波数もゲートにより変化させることに成功しています。この結果は、ゲート電圧を調整することにより、指定した場所に、所望の周波数でプラズモンを励起できるということを示しています。このようなプラズモン励起のアクティブな空間制御は共振器だけでなく、導波路やスイッチに応用可能です。
さらに、nZnOおよびnSiの差を変化させていくことで、境界でのプラズモン反射率を連続的に変化させることも可能です。図4はnSiを一定値に固定し、nZnOを変化させたときのスペクトルです。電荷密度が一様な状態から、密度差を大きくしていくと、反射率の増大に伴い共鳴ピークが大きくなっていることが分かります。実験的に得られた反射率の振る舞いは、光の反射でも用いられるフレネルの法則

とよく一致しました(図4(b)の赤線)。このプラズモン反射率の連続的な制御はプラズモンモジュレータやスプリッタ等に応用可能です。

今後の展望

これらの成果から、理論的に提案されている電気的制御可能なプラズモン回路の実装に向けたプラットフォームを準備できたといえます。今後、空間的にプラズモンを伝播させ、その方向・速度・位相を制御するような実験へと発展させていきたいと考えています。

■参考文献
(1) 熊田・熊倉:“半導体2次元系におけるプラズモン研究の概要と展望,”NTT技術ジャーナル,Vol. 35,No. 3,pp. 14-16,2023.
(2) N. H. Tu, K. Yoshioka, S. Sasaki, M. Takamura, K. Muraki, and N. Kumada :“Active spatial control of terahertz plasmons in graphene,”Communications Materials,Vol. 1, No. 7, 2020.

熊田 倫雄

グラフェンプラズモン制御に関する研究は、まだまだ応用までは隔たりが大きい状況ですが、プラズモン伝播方向等の電気的制御は、そのブレークスルーとなると期待しています。

問い合わせ先

NTT物性科学基礎研究所
量子固体物性研究グループ
TEL 046-240-3418
E-mail norio.kumada.rb@hco.ntt.co.jp