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特集2

個人にも寄り添う連鎖型スマートシティを実現する「街づくりDTC」

仮想市場を活用した農産物流通の効率化

NTTでは、農産物流通の効率化を目的とし、農産物の需要や供給の情報を集約し、全国規模で商流と物流を最適化できる仮想市場の構築に取り組んでいます。これにより、物流の2024年問題や農産物流通にかかわる分野での人手不足の解消、流通にかかる時間やコストの削減などの経済効果、温室効果ガスの排出削減やフードロスの削減などの環境負荷の軽減を実現します。

馬場 俊宏(ばば としひろ)/引地 孝文(ひきち たかふみ)
豊島 詩織(とよしま しおり)/平野 泰宏(ひらの やすひろ)
花籠 靖(はなかご やすし)/磯田 曉(いそだ あきら)
富田 準二(とみた じゅんじ)
NTTコンピュータ&データサイエンス研究所/
NTTスマートデータサイエンスセンタ

農産物流通の現状

市場を経由する農産物流通の現状を図1に示します。現在、野菜など青果の約8割は卸売市場を経由して取引されています(1)。その大部分は東京や大阪などの大都市の市場に出荷されています。しかし、市場の原理から考えると、農産物が過剰に集まると価格が低下します。そして、大都市の市場へ出荷が集中することにより、地方の市場には物が集まらないという問題も起きており、大都市の市場の余剰分が地方の市場へ転送され、鮮度が落ちてしまい廃棄されるものもあります。また、出荷者としても各市場の需要を把握できないため、近隣の市場で需要があるにもかかわらず、遠くの市場に出荷するという配送の無駄も発生しています(2)。実際、同じ農産物でも、九州で採れた野菜を東京に出荷し、北関東で採れた野菜を大阪に出荷するというねじれも起こっています。
一方で小売り業者からすると、市場に集まる量が分からないため入荷する直前まで入荷量が決定しないという状況が起こり、入荷量によっては加工や販売の計画を変更しなくてはならなくなってしまいます。
また、農産物流通に関係するさまざまな個所で業務のデジタル化が進んでおらず、需要と供給の総量や配送ルートなど全体を把握することが困難です(3)。さらに、このような現状の中、農産物の流通に限った話ではありませんが、物流の2024年問題の影響もあります。物流の2024年問題とは、働き方改革により、ドライバーの労働時間に上限が課せられることで生じる問題の総称のことです。トラックドライバー1人当りの1日の走行距離が短くなり、長距離を運ぶことが難しくなってくると、一部の産地では長距離を運ぶ流通は難しくなります。また、大都市近辺の産地においても輸送コストの増加から、配送距離や時間の短縮などより効率的な輸送が求められるようになります。

実現したい未来、仮想市場

このような農産物流通の課題を解決するために、DTC(Digital Twin Computing)*を用いて、全国の農産物流通に関するデータに基づいて未来の需要と供給の量を予測し、市場に農産物が運び込まれる前に仮想空間上で売買を完了させる図2のような仮想市場の構築に取り組んでいます。
仮想市場では農産物にかかわる受給調整や取引等の商流は仮想市場上で完了させ、物流は仮想市場での売買の結果を基に最適なルートでの配送を実現します。農産物を産地から動かす前に、どこに送るのが最適なのかを検討することで、市場間での需給バランスのズレによる転送を未然に防ぐとともに、他の品目や近くの産地からの農産物を集約して無駄のない配送を実現できるようになります。仮想市場によりさまざまな関係者に提供できる価値の一例を以下に示します。
① 生産者:予測による需給バランスの調整により、供給過多による価格低下を避けられるようになります。また販売可能なより近い市場に出荷することで、配送コストや廃棄される農産物が削減され、新鮮で高価値な野菜の提供により収入増につながります。
② 卸売市場:予測による需給バランスの調整により、売れ残りの転送や、品不足による近隣市場からの調達などのコストが削減されます。また、アナログな取引をデジタル化することにより人手不足が解消されます。
③ 物流事業者:最適な経路での配送により、一度の配送距離が短くなります。また、出荷量の予測により、配送計画がより正確に立てられ、人員やトラックの手配などができるようになります。
④ 仲卸業者や小売業者:今までは直前まで分からなかった入荷量の予測が可能になることで、事前に農産物の加工に必要な材料や人員の手配などができるようになります。
⑤ 消費者:流通にかかる時間が短縮されることで、今まで以上に新鮮な農産物を手にすることができるようになります。

* DTC:現実空間のさまざまなデジタルコピーをサイバー空間で表現し、データ分析や未来予測などのシミュレーションする技術。

仮想市場に向けた課題とアプローチ

仮想市場の実現に向けては大きく3つの課題があります。それぞれの課題について、取り組みの方針を含めて紹介します(図3)。

■課題(a)「データ収集とノウハウのデジタル化」

農産物流通にかかわる多くの場所で業務のデジタル化が進んでいません。産地と卸売市場と仲卸という農産物流通にかかわる関係者の間においても、電話・FAXと紙をベースにしたアナログ取引が主流のため情報が分断され、多くの無駄な時間と労力が発生しています。また、現状では取引に関するデータのデジタル化ができていないことから、情報の収集や分析が難しい状況です。さらに、業務が属人化し、ノウハウも暗黙知となっている部分も多く存在します。将来の仮想市場での取引に備えて、業務をデジタル化しながらデータを集める仕組みをつくり、集めたデータを蓄積し、分析していくことで、将来の予測や、暗黙知である業務ノウハウをデジタル上で再現できるようにする必要があります。

■課題(b)「物流の最適化」

現在、遠隔地にある産地では、大都市の卸売市場までの長距離輸送が行われています。しかし、2024年問題を受け、一度に運べる距離の短縮や、荷物の積み下ろしにかかる時間の短縮が求められるようになります。そのため、各産地では集荷拠点に集まった農産物を目的地まで最適な方法で運ぶ必要があります。走行ルートや経由地、1つのトラックに混載が可能な品目、積み下ろしにかかる時間など、複合的に関係し合うさまざまな要素から最適なものを検討することが求められます。また、配送のために確保できるトラックやドライバーが減少するため、より効率的な積載も求められるようになります。

■課題(c)「地産地消に近いかたちでの需給マッチングの実現」

情報をデジタル化して仮想市場に収集したとしても、従来の出荷先を変えないままの配送の最適化とマッチングのデジタル化では、多少の配送や業務の効率化は望めるかもしれませんが、大都市の市場への出荷集中は解消されず、余った農産物の市場間転送や、遠くに出荷するという無駄が残ってしまいます。仮想市場を用いてめざしたい最適な需給マッチングは、需要と供給を生産地に近い消費地でマッチングさせる、地産地消に近い状態にすることです。そのためには、1つの市場の情報だけでなく、複数の市場の情報を仮想市場に集め、市場間の融通を事前に考慮し、複数市場の需給量と配送コストの情報も加味した最適な需給マッチングを実現することが必要です。

現在の取り組み状況

仮想市場の実現に向けては、農産物卸大手で複数の青果卸売市場をグループ内に有している神明グループとともに、各課題について段階的に検討、取り組みを進めています。直近では課題(a)「データの収集とノウハウのデジタル化」について実証実験を行っています。この実証実験では、市場に集まる注文(需要)と供給のデータと、分荷と呼ばれる需給のマッチング業務のデジタル化に取り組んでいます。

■分荷デジタル化の全体像

現在の業務のフローと、分荷デジタル化を行った将来像の業務フローを図4に示します。現状の業務フローでは、産地からの入荷情報も、仲卸からの注文情報も電話やFAXなどでやり取りされています。さまざまなかたちで入ってくる需給の情報を、分荷担当者が紙のメモやエクセルなど自分の慣れた方法でまとめています。このとき、事前に需給調整がされているわけではないので、産地や等階級別の需給はもちろん、需給の総数もぴったりとは合いません。そこで、個別の注文や仲卸ごとに、どのくらいであれば産地や等階級、数量の違いが許容されるのかという、注文票には書かれていない分荷担当者のノウハウを基に、その時々の状況に合わせて分荷を実施します。また、卸売市場には「全量引き受け」という原則があり、入荷した農産物はすべて引き受けなければなりません。ですので、注文より多い数であっても追加で引き受けてくれる仲卸を探し、入荷したものすべてを手作業で分荷します。
分荷デジタル化を行った後は、需給情報はツール上に集約され、ツールを確認することで需給の状況が一目で分かるようになります。また、1つひとつ手作業で分荷先の候補を探し、分荷案を作成していたところを、ツールを使うことで、自動で分荷案を作成できるようになります。将来的には集約された需給情報からボタン1つで分荷が完了する自動分荷をめざしており、その自動分荷の結果を手動で修正する場合も、簡単な操作でどの注文と供給を紐付けるか、等階級や産地など条件を付けて候補を探せるようになるなど、分荷にかかっていた業務時間を大幅に短縮できるようになっています。

■分荷ツールの機能ブロック

分荷ツールは図5で示す機能ブロックにより構成されます。
この分荷ツール利用時の流れは次のとおりです。
① 産地からの供給情報が供給データベースに、仲卸からの注文情報が注文データベースに登録されます。
② 分荷計算部にて、登録された供給情報と注文情報を基に、ルールベース分荷機能と、履歴ベース分荷機能を呼び出し、分荷案を作成します。
③ 作成された分荷案を、UI(User Interface)で確認し、必要に応じて分荷担当者が手動で修正を行います。
④ 最終的に確定された分荷結果は履歴ベース分荷機能にて、その分荷結果を収集し、解析され、学習された内容は、次回以降の自動分荷案生成に反映されます。

■分荷計算部に必要とされる要件

自動分荷に求められる要件は、分荷担当者が実際の業務を通じて行っているさまざまな判断を反映することです。分荷担当者が判断、考慮している内容としては、例えば、以下のようなものがあります。
・数量の確保を最優先にしたマッチングを行う。
・産地や等階級について注文の指定どおりのマッチングを行う。
・必ずしも注文どおりではなく、分荷担当者の想定でマッチングを行う。
・等級、階級の呼び方が出荷者によりまちまちであり、注文とも異なる場合がある。これらを正しく扱ってマッチングさせる。
これらを完全に実現するのが理想ですが、実際には分荷担当者が時期や天候などによって変わる供給量や、特売やフェアなどの条件の異なる注文などさまざまな状況に応じて臨機応変に判断をしています。また、仲卸によっても考慮しなければならない条件は変わってきます。このような、分荷担当者が考慮するさまざまな条件や想定を適切に反映できる方法を検討しています。

■自動分荷のアルゴリズム概要

まず、注文と供給に同様の属性を持たせ、注文と供給の比較を行います。例を表1、2に示します。
また、数量を必ず満たす必要がある注文については、その条件を表す数量必須フラグを持たせます。例えば注文1にそのフラグがあった場合は、注文1としては、注文の数量「10」を満たす分荷結果が出せるようになります。
次に、分荷担当者が、産地が合っていることを重視してマッチングを行うのか、それとも数量を満たすことを優先するのか、といった異なる判断基準を考慮できることを、注文1の例を用いて説明します。
① 産地が条件と合致することを優先して分荷を行う場合:注文1は、数量を満たさないが産地の条件を満たす供給1へ割り当て、数量は6とする。
② 数量を満たすことを優先して分荷を行う場合:注文1は、産地は異なるが数量の条件を満たす供給2へ割り当て、数量10とする。
③ 産地が条件と合致することを優先し、数量必須フラグがある注文に分荷を行う場合:注文1は、産地の条件を満たす供給1へ割り当て、数量は6、さらに、産地は違うが供給2の数量4を割り当てることで数量10とする。
このように、自動分荷によって、分荷担当者が考慮するさまざまな判断基準(暗黙知となっているノウハウ)に応じた分荷結果を出力できるようになります。このようなデータを用いたマッチングのアルゴリズムとしては、上記の条件をルールとして表現する方法のほか、マッチングの好ましさをパラメータ表現し、これを用いてマッチングを最適化する方法の検討を進めています。
また、分荷担当者の持つノウハウのデジタル化には履歴ベース分荷機能も活用します。この機能では、ツールが作成した分荷案を分荷担当者がそのまま利用したのか、修正したのか、修正した場合はどのように修正したのかの結果を蓄積し学習します。ルールベースでは表現しきれない分荷担当者のノウハウをこの機能により学習し、考慮した分荷結果を出力できるよう取り組んでいます。

今後の展望

現在はまだまだ仮想市場の実現に向けた一歩目に過ぎません。本取り組みは、従来の農産物流通の仕組みを変え、物の流れとお金の流れを分けた、新しい仕組みをつくることになるので、実現には関係者の理解と協力が必要となります。技術以外にも解決していかなければならない課題はありますが、仮想市場を通じて、日本の農産物の流通を大きく変え、生産者から消費者までかかわる多くの人により良い価値の提供をめざして取り組んでいきます。

■参考文献
(1) https://www.maff.go.jp/j/shokusan/sijyo/info/attach/pdf/index-165.pdf
(2) https://journal.ntt.co.jp/wp-content/uploads/2022/11/nttjnl1201_20221201.pdf
(3) https://agri.mynavi.jp/2022_03_11_186303/

(上段左から)富田 準二/馬場 俊宏/引地 孝文
(中段左から)豊島 詩織/平野 泰宏
(下段左から)花籠 靖/磯田 曉

農産物流通に関係ないと考えられる方も多いかと思いますが、仮想市場が実現すると、私たち農産物の消費者として、スーパーなどの小売店や飲食店でより新鮮な農産物を手にすることができるようになります。仮想市場には私たちの生活をちょっと良くしてくれるという一面もありますので、実現を楽しみにお待ちください。

問い合わせ先

NTTコンピュータ&データサイエンス研究所/
NTTスマートデータサイエンスセンタ
E-mail sdsc@ntt.com