2026年9月号
特集1
光量子コンピュータの誤り訂正に向けた先端研究
- 量子誤り訂正
- ボソニック符号
- スクイーズド猫符号
大規模な量子コンピュータの実現には、壊れやすい量子情報を守る量子誤り訂正が欠かせません。本稿では、光などの調和振動子が持つ多数のエネルギー準位を利用するボソニック符号の考え方を概説します。さらに、スクイーズド猫符号の並進対称性に基づき、測定とフィードバックを必要としない自律的量子誤り訂正、論理演算、読み出しを一体的に構成するNTTの理論研究を紹介します。
遠藤 傑(えんどう すぐる)/設楽 智洋(したら ともひろ)
NTTコンピュータ&データサイエンス研究所
連続量誤り訂正
量子コンピュータは、化学計算、材料開発、機械学習など、さまざまな分野での応用が期待されている次世代のコンピュータです。その名前のとおり、量子コンピュータは重ね合わせや量子エンタングルメントといった、量子力学に特有の性質を利用して計算を行います。これにより、従来のコンピュータでは非常に長い時間がかかる問題を、劇的に短い時間で解ける可能性があると考えられています。しかし、このような量子的な性質は非常に壊れやすいという問題があります。量子計算に必要な重ね合わせやエンタングルメントのような繊細な量子状態は、外部環境からのわずかな影響によって乱され、計算エラーにつながってしまいます。そのため、実用的な量子コンピュータを実現するうえで、エラーをどのように抑えるかは最大の課題の1つです。
この課題を解決するために重要となるのが、量子誤り訂正です。量子誤り訂正では、1つの論理量子ビットを複数の物理量子ビットを用いて符号化します。そして、その冗長性を利用して、どのようなエラーが発生したかを調べ、適切な操作を加えることでエラーを訂正します。例えば、3個の物理量子ビットを用いて、論理0を000、論理1を111として符号化する場合を考えます。このとき、論理0である000にエラーが起きて001になった場合、右端の量子ビットにエラーが起きたことが分かります。その情報を基に、001を元の000に戻すことができます。実際の量子誤り訂正では、計算資源である重ね合わせ状態を測定によって壊さないように、より巧妙な手続きが必要となりますが、基本的な考え方はこのような冗長化によるエラー検出と訂正です。
一方で、量子誤り訂正には大きなコストが伴います。1つの論理量子ビットを守るために、多数の物理量子ビットが必要になるからです。現在、量子ハードウェアの進展は著しいものの、利用可能な量子デバイスの規模はまだ数百から千量子ビット程度に限られています。そのため、量子誤り訂正を行うと、実際に計算で使える論理量子ビットの数が大幅に少なくなってしまいます。
代表的な量子誤り訂正符号の1つである表面符号では、目標とするエラー率にもよりますが、1つの論理量子ビットを実現するために、少なくとも数十個、実用的な計算では数百個以上の物理量子ビットが必要になると考えられています。さらに、多数の物理量子ビットを制御し、それらの間に複雑な相互作用や配線を実装する必要があるため、ハードウェアへの負担も大きくなります。
そこで注目されているのが、調和振動子(ばねの振動をはじめ、光や電気回路など、さまざまな物理系の振動を表す基本的なモデル)と呼ばれる物理系の持つ豊かな自由度を活用して、よりハードウェアに親和的な量子誤り訂正を行うという考え方です。調和振動子は、ありふれた単純な物理系ですが、実は無数の等間隔なエネルギー準位を持っています。この多数のエネルギー準位を巧みに利用することで、1つの物理系の中に論理量子ビットを符号化することができます。このような考え方は、ボソニック量子誤り訂正、あるいは連続量エラー訂正と呼ばれています。
例えば、論理0を4の倍数番目のエネルギー準位を用いて表し、論理1を4の倍数に2を足したエネルギー準位で表す符号化を考えます(図1)。この場合、論理量子ビットは偶数番目のエネルギー準位だけを用いて構成されます。調和振動子で典型的に発生するエラーの1つは、エネルギー量子を1つ失い、エネルギー準位が1つ下がるというエラーです。このエラーが起きると、偶数番目のエネルギー準位だけで構成されていた状態は、奇数番目のエネルギー準位を含む状態に移ります。したがって、エネルギー準位の偶奇を調べることで、エラーが起きたかどうかを検出できます。そして、その情報を基に適切な訂正操作を行うことで、論理量子ビットを守ることができます。
ここで、調和振動子の多数のエネルギー準位を用いて論理量子ビットを符号化する際には、対称性が重要な設計原理になります。対称性とは、ある操作を行っても状態の特徴が変わらない性質です。符号状態を変えない操作を手掛かりにすることで、守るべき状態と、エラーによってそこから外れた状態を区別しやすくなります。次節では、この対称性を誤り訂正回路の設計に利用する方法を説明します。
さて、調和振動子を実現する物理系として、どのようなものがあるのでしょうか。代表的な例の1つが光です。光は情報の伝送に優れているだけでなく、1つの光モードが多数のエネルギー準位を持つ調和振動子として振る舞うため、連続量エラー訂正と非常に相性の良い物理系です。つまり、光は量子情報を遠くへ運ぶ媒体であると同時に、量子情報をエラーから守るための器にもなり得ます。NTTはこれまで長年にわたり、光通信や光デバイスの研究開発に取り組んできました。その強みを活かすことで、光を用いた量子コンピュータや、光の性質を最大限に活用した連続量エラー訂正の実現に向けた研究が期待されています。連続量エラー訂正は、量子コンピュータを大規模化するうえでハードウェアの負担を軽減し、実用的な量子計算へ近づくための重要なアプローチの1つです。

スクイーズド猫符号の誤り訂正プロトコル
ボソニック符号の対称性を直感的にとらえるには、位相空間表示*1が有効です。光の1つのモードの量子状態は、電場のcos成分とsin成分に相当する2つの量を軸とした平面上に描けます。通常の確率分布とは異なりますが、ウィグナー関数を用いると、状態の形や広がりを視覚的にとらえられます。
この表示では、ボソニック符号が持つ対称性を目で確認できます(図2)。猫符号では、位相空間上に離れて現れる複数の山が、原点の周りの回転によって互いに入れ替わります。この回転対称性は、エネルギー準位の偶奇など、エラーを見分ける規則と結び付いています(1)。一方、GKP符号(2)では、山が格子状に並び、一定の距離だけ平行移動しても同じ配置に戻る並進対称性が現れます。並進対称性を利用したボソニック符号の研究も進められています(3)。このように、符号状態を変えない操作を見つけることは、守るべき状態を定め、そこから外れたエラーを訂正するための設計指針になります。
一般的な量子誤り訂正では、補助量子ビットを測定してエラーの情報を読み取り、その結果に応じた訂正操作を行います。しかし、測定結果を高速に処理して制御へ戻す仕組みは、装置を複雑にし、訂正に要する時間も増やします。そこで研究されているのが、測定とフィードバックを必要としない「自律的量子誤り訂正」です。その基本的な考え方は、エラーによって符号空間の外へ出た状態を、周囲との相互作用を利用して自然に符号空間へ戻すことです。温かい物体が周囲へ熱を逃がして冷えていくように、不要な励起だけを環境へ捨てる散逸*2を人工的に設計します。
対称性は、この散逸過程を設計する際にも役立ちます。まず、符号状態を変えない対称操作を特定します。これを基に、その符号状態に作用するとゼロになる演算子を導きます。この演算子を散逸として用いれば、符号状態はそのまま保たれる一方、そこから外れた成分は取り除かれます。近年では、環境との連続的な相互作用を直接つくる代わりに、ボソニックモードと補助量子ビットとの間の短時間の相互作用と、補助量子ビットの初期化を繰り返すことで、同じ散逸を離散的な量子回路として実現する方法も提案されています。またGKP符号では、この考え方に基づく自律的誤り訂正の理論提案が進んでいます(4)。
私たちは、この考え方を「スクイーズド猫符号」に適用しました(5)。猫符号は、位相空間で離れた2つの状態を重ね合わせた符号です。スクイーズド猫符号では、それぞれの状態の量子的な揺らぎを一方向に押し縮める「スクイージング」を加えます。これにより、猫符号が持つ特定のエラーへの強さを保ちながら、光子損失による影響の一部を検出・訂正できる可能性があります。今回、有限のスクイージングを持つスクイーズド猫状態を厳密に特徴付ける、並進対称性に由来する演算子を明らかにしました。この対称性から、符号状態を保ちながら不要な励起を取り除く散逸を導き、対応する自律的誤り訂正回路を構成しました。回路に必要なのは、ボソニックモードの状態を補助量子ビットの状態に応じて移動させる「条件付き変位操作」と、補助量子ビットの回転・初期化だけです。これらは超伝導量子回路やイオントラップで標準的に利用される操作であり、複数の補助系の間に複雑な非線形相互作用を導入する必要がある従来提案に比べ、ハードウェア負担を抑えられる構成です。一方、光学系で同じ条件付き操作を高精度に実現することは、今後の重要な課題です。
数値シミュレーションでは、光子が失われる光子損失の後にこの回路を繰り返し適用することで、量子情報の忠実度*3が回復し、スクイージングの度合いが大きいほど忠実度も回復することを確認しました(図3)。また、同じ誤り訂正を計算操作の途中に挟むことで、状態準備、1量子ビットおよび2量子ビットの論理演算、論理状態の読み出しを組み合わせ、汎用量子計算に必要な一連の操作を構成できることも示しました。特に読み出しについては、有限のスクイージングによる誤差を考慮した回路を設計し、単純な方法よりも誤差の減少を大きく改善できることを示しました。
さらに、提案した誤り訂正がなぜ機能するのかを明らかにするため、「部分システム分解」と呼ばれる理論的な枠組みを用いました。ボソニックモードは無数のエネルギー準位を持つ大きな空間ですが、この空間を、量子情報そのものを担う「論理自由度」と、符号空間からのずれを表す「ゲージ自由度」に分けてとらえます。この見方を用いると、光子損失は、論理情報に誤りを与えると同時に、ゲージ自由度にも励起を残すことが分かります。私たちの回路は、このゲージ励起を1つ取り除く際に、それと相関した論理誤りも同時に戻します。つまり、ゲージ自由度がエラーの痕跡として働き、それを散逸させることが訂正操作そのものになります。また、この解析から、1回の回路でどの程度の励起を除去できるかを定量化し、物理的なエラーが生じる速さに対して、どの程度の頻度で誤り訂正回路を動作する必要があるかを見積もることができます。
*1 位相空間表示:位置と運動量、光の場合は電場と磁場に相当する2つの量を軸に、量子状態の形や広がりを図示する方法。
*2 散逸:量子系が周囲の環境へエネルギーや情報を放出し、状態が不可逆に変化する過程。
*3 忠実度:実際の量子状態や操作が、目標とする状態や操作にどの程度近いかを表す指標。


今後の展開
本研究は、ボソニック符号の対称性を、状態の分類だけでなく、誤り訂正回路、論理演算、読み出しを一体的に設計する原理として利用したものです。今後、実験装置における操作誤差や損失を含めた検証を進めることで、少ないハードウェア資源で量子情報を守るボソニック量子計算の実現につながることが期待されます。
■参考文献
(1)A.L. Grimsmo,J. Combes,and B.Q. Baragiola: “Quantum Computing with Rotation-Symmetric Bosonic Codes,” Phys. Rev. X,Vol. 10,No. 1,011058,2020.
(2)D. Gottesman,A. Kitaev,and J. Preskill: “Encoding a Qubit in an Oscillator,” Phys. Rev. A,Vol. 64,No. 1,012310,2001.
(3)S. Endo,K. Anai,Y. Matsuzaki,Y. Tokunaga,and Y. Suzuki: “Projective Squeezing for Translation-Symmetric Bosonic Codes,” arXiv:2403.14218,2024.
(4)B. Royer,S. Singh,and S.M. Girvin: “Stabilization of Finite-Energy Gottesman-Kitaev-Preskill States,” Phys. Rev. Lett.,Vol. 125,No. 26,260509,2020.
(5)T. Shitara,G. Mintzer,Y. Tokunaga,and S. Endo: “Exploiting Translational Symmetry for Quantum Computing with Squeezed Cat Qubits,” arXiv:2510.00497,2025.

(左から)遠藤 傑/設楽 智洋

量子誤り訂正は、量子コンピュータの実用化を左右する中核技術です。ボソニック符号が持つ対称性を活用することで、少ないハードウェア資源で量子情報を守る新しい道を拓きたいと考えています。