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グローバルスタンダード最前線

ITU-T SG13における将来ネットワークに関する標準化動向

ITU-T SG13は将来ネットワークの検討を担うITU-Tのグループです。スライス、機械学習を利用したネットワーク管理、量子鍵配送などさまざまなネットワーク技術の検討を行っています。ここではNGN(Next Generation Networks)以降の検討テーマの変遷、最近議論されているテーマなどを紹介します。

後藤 良則(ごとう よしのり)
NTTネットワーク基盤技術研究所

はじめに

ITU-T SG13はITU-Tに設置されている11のSG(Study Group)の中で将来ネットワークの要求条件、アーキテクチャの策定を担当するグループです。スライスや量子鍵配信など最新のネットワーク技術のコンセプト策定を推進しており、欧米、アジア諸国以外にもアフリカ諸国からも積極的な参加があるなどグローバルなグループとして一定の存在感を示しています。かつてはNGN(Next Generation Networks)アーキテクチャの標準化で成果を挙げましたが、近年は学術的なテーマも議論されるようになり、学術と産業界との橋渡しの役割も担おうとしています。

将来ネットワーク技術の検討の経緯

SG13での将来ネットワーク技術のテーマの変遷を図1にまとめました。将来ネットワークを意味するFuture Networksが登場したのは2009年ごろです。当時はNGNの検討が一段落し、NGNの先のネットワーク構想が模索されていたころでした。将来ネットワークの構想をまとめるためにFG(Focus Group)-Future Networksが設置され、検討結果は勧告Y.3001(将来ネットワークの設計指針)にまとめられました。勧告Y.3001はそれ自身が実装の対象となる技術仕様書ではないものの、サービス、データ、環境、社会的側面で重視している内容を将来ネットワークの主要な要件としてまとめたもので、従来の技術中心の標準化のあり方に一石を投じるものでした。他標準化団体、グループの活動においても参照される重要な文書です。
2015年にFG-IMT(International Mobile Telecommunication)2020が設置され、IMT-2020の非無線部分の検討が開始されました。FG-Future Networksは抽象的なコンセプトの議論でしたが、FG-IMT2020ではネットワークソフト化を中心に具体的な技術の検討を推進しました。IMT-2020は5G(第5世代移動通信システム)に相当するものですが、モバイルネットワークの標準化で中心的な役割を担っている3GPP(Third Generation Partnership Project)との重複を避けるために、1年間の慎重なギャップ分析を行ったうえで、学術的な観点で将来技術を検討するというアプローチをとりました。この活動は2016年から2020年の今研究会期においてWP1の各課題に引き継がれ、勧告Y.3150(ネットワークソフト化の技術的特徴)などの勧告にまとめられました。
5Gの商用目標時期である2020年が近づくとIMT-2020関係の検討も一段落し、現在はIMT-2020の先にある将来ネットワークのビジョンや技術の検討が進んでいます。SG13ではFG-ML5GとFG-Net2030を設置し、それぞれAI/ML(Artificial Intelligence / Machine Learning)のネットワーク技術への応用や2030年を想定した将来ネットワークの検討を進めています。

図1 SG13の検討テーマの変遷

最近の主なトピック

SG13で議論されている主なテーマを紹介します。

■ネットワークソフト化とIMT-2020

ネットワークソフト化は各種ネットワーク機能をソフトウェアにより管理、運用する技術です。図2にあるように基地局、フロントホール、コアなどネットワークの機能要素を仮想化し、これを組み合わせることでスライスを構成するという使い方が想定されています。スライスについては3GPPなどでも検討されていますが、SG13ではIMT-2020への適用を念頭に基本的なコンセプトを中心に検討しました。
ネットワークソフト化に関する国内の検討は5GMF(The Fifth Generation Mobile Communications Promotion Forum)で行われ、ここでの検討結果を基に国内の有志により寄書がまとめられました。日本はネットワークソフト化の検討を行う課題21のラポータを担うなど本検討において終始主導権を確保しました。ネットワークソフト化の概要は勧告Y.3150、フロントホールを含むSDN(Software Defined Network)関係の詳細アーキテクチャは勧告Y.3151、スライス生成の効率化のための資源プールに関する詳細アーキテクチャは勧告Y.3154にまとめられています。

図2 ネットワークソフト化のイメージ

■クラウド

ITU-Tにおけるクラウドの検討は2010年に設置されたFG-Cloudに始まります。クラウドを含むコンピューティングに関する標準化はデファクト標準やフォーラム標準が中心でITU-Tのようなデジュール標準化機関が果たせる役割には疑問もありました。このためクラウドの検討においては他団体との連携を重視しており、頻繁にリエゾン文書のやり取りなどが行われています。参照アーキテクチャや用語定義についてはデジュール標準化機関にも一定の役割があると考えられ、ISO/IEC JTC1 SC38 WG3と連携グループを設置して合同で検討を行いました。これらの検討結果は勧告Y.3500(クラウドの用語)、勧告Y.3502(クラウドの参照アーキテクチャ)にまとめられています。
日本からはクラウドとネットワークの連携に注目し、複数のクラウドが連携するインタークラウドに注目して提案を行ってきました、これは勧告Y.3511(インタークラウドのフレームワーク)にまとめられています。
SG13でのクラウドに関する検討はクラウド上でのさまざまなサービス、特にビッグデータに関する検討に移行しています。現在のビッグデータは各プレイヤがデータを囲い込むサイロ型の構成が中心ですが、データの収集、処理、提供などを複数のプレイヤで分担し合う連携型のモデルを志向しています。これらはY.3600シリーズの勧告にまとめられています。

■AI/ML

SG13におけるAI/MLの検討は2018年に発足したFG-ML5Gで行われてきました。AI/MLには幅広い応用範囲がありますが、SG13は将来ネットワークのアーキテクチャを担当していることからネットワークの運用管理の自動化を主なターゲットに検討を進めてきました。同様の検討は欧州電気通信標準化機構ETSI(European Telecommunications Standards Institute)でも行われていますが、適宜連携をとっています。FG-ML5Gは2020年7月に活動を終了し、成果文書をSG13に提出しました。成果文書の勧告化など今後の活動は課題20を中心に進めることになっています。
FG-ML5Gで検討されたMLの基本構成は勧告Y.3172(将来ネットワークにおける機械学習のアーキテクチャ)にまとめられています。これは図3にあるように機械学習をサンドボックスとパイプラインに分離してあり、サンドボックスでシミュレータを使って学習させたのち、パイプラインで機械学習を運用するようになっています。
AI/MLは学習や分析に用いるデータの扱いとも深い関係にあり、ビッグデータを扱う課題17、 18、 19などとも連携して検討を進めることが期待されています。

図3 Y.3172における機械学習のアーキテクチャ

■量子鍵配送

量子鍵配送は量子力学の原理を利用し、安全に鍵を配送できるシステムです。量子関連情報技術の中でも比較的技術的に成熟しており、各国で実証実験や初歩的な商用サービスが始まっています。SG13では2018年より課題16で量子鍵配送のためのネットワークとして検討を進めてきました。
量子鍵配送は光ファイバ中での伝送損失に弱く、長距離伝送が難しいという特性を持っています。伝送距離は最大でも100 km程度で実用的には数10 kmと考えられています、このため全国的なサービスを提供するためにはネットワーク構成に工夫が必要と考えられます。SG13では図4にあるように通信キャリアのビル内のような入退室管理がされた安全な場所に中継ノードを設置することで安全性と広域なネットワークの形成を両立させることを想定しています。
量子鍵配送は大容量の通信が困難なので暗号鍵のような少量のデータのみを配送します。通信のコンテンツは従来型のネットワークで伝送することを前提としています。従来型のネットワークと量子鍵配送ネットワークの間のインタフェースは標準化においては重要な項目で今後勧告化が進められることになっています。
量子鍵配送ネットワーク以外の量子関連技術についてはFG-QIT4Nが設置されており、検討が進んでいます。

図4 量子鍵配送ネットワークの構成

■Network 2030

中国企業からの提案により2030年を想定した将来ネットワーク構想Network 2030の検討を行うFG-Net2030が設置されました。ホログラム通信や触覚通信のなど2030年に想定されるユースケースやこれをサポートするために求められるネットワークの能力などが検討されました。この検討の中で”New IP”という新技術が提案されましたが、”New IP”という言葉をマルチステークホルダアプローチによる既存のインターネット管理体制への挑戦ととらえる考えから、日本を含む西側諸国が一斉に反発しました。“New IP”は“Future Vertical Communication Networks”に名前を変え、2020年からの研究会期における課題設置の是非をめぐり議論が続いています。

まとめ

かつてはNGN標準化の中心地であったSG13ですが、NGN以降将来ネットワーク設計指針、スライス、AI/ML、量子鍵配送ネットワークとさまざまな新規テーマの模索を続けています。学術関係者との連携を深め、将来ネットワーク技術のコンセプト策定に一定の役割を担っています。 今後は学術研究と産業応用の橋渡しをするような活動に発展させたいと願っています。