NTT技術ジャーナル記事

   

「NTT技術ジャーナル」編集部が注目した
最新トピックや特集インタビュー記事などをご覧いただけます。

PDFダウンロード

テクニカルソリューション

柱上作業者の安全を守るための取り組み ─電磁誘導対策

通信ケーブルの近くに送電線が存在すると、電磁誘導作用により通信線に誘導電圧が発生することがあります。そのとき、柱上作業者が通信線に触れることで、感電等により人体が影響を受ける場合があります。柱上作業者の安全を確保するには、事前に送電線近くの通信ケーブルに発生する誘導電圧を計算し、対策を講じる必要があります。ここでは、電磁誘導対策の必要性ならびにその制限値について述べるとともに、NTT東日本 技術協力センタで開発した、誘導電圧の計算を効率的に行える「誘導予測計算支援システム」について紹介します。

誘導対策とは

落雷や台風などによる送電線の断線のほか、絶縁碍子や電力ケーブルの絶縁破壊などにより、電力設備に地絡故障が起きることがあります。このとき発生する地絡電流は、通信ケーブル近傍に磁界を生じさせ、磁界により通信線に誘導電圧が誘起されます。作業者が通信線の接続等の作業をしているときに、この誘導電圧が発生すると、作業者の体を介して電流が大地に流れ込み感電することがあります(図)。例えば作業者が心線作業をしながら、身体の一部がつり線や支持金物、近接する街灯や看板などの金属体に触れてしまうことによって生じます。感電による影響は、電流値や継続時間などによってさまざまであり、例えば、電流の経路が作業者の心臓を通る場合には心室細動が発生する可能性があることや、その他の経路でもやけど等の直接的な影響のほか、感電による痛みやショックで作業者が高所から転倒・落下するなどの二次災害も想定されます。そこで、送電事業者とNTTの間では、地絡事故による誘導電圧が通信線に発生しても作業者に危険が及ばないように、誘導電圧の計算方法や対策方法に関する協定(誘導協定)を結び、誘導電圧を事前に算出して、あらかじめ決めた制限値を超える場合は対策を実施することとしています。
近年、電力需要の増大に伴い送電効率の良い超超高圧送電線(500 kV)の増加や既存送電線の昇圧・回線増など送電線の変更に伴う周辺の通信線への誘導の影響と対策を検討する事例が増えています。また、既存の送電線の近傍に宅地開発などにより通信線を新設・増設する場合の誘導対策や、支障移転工事に伴い既存の誘導対策を施した通信線路を移設する場合など、送電線起因の誘導検討だけでなく、通信線の設計においても誘導対策に関する知識を必要とする機会が増えています。

誘導対策における制限値とは

柱上作業者が通信線を取り扱う作業を行っている最中に誘導電圧が発生し、通信線とその他の周辺設備との接触によって人体を経由した電流が流れた場合、その電流の大きさと流れる時間が問題になります。また、電流が人体の中をどのような経路で流れたかにより、影響が変わってきます。そのため、地絡事故発生時に送電を遮断できる時間、通信線の作業者が作業する体勢などを考慮し、作業者が心室細動を起こさないように、通信線に誘導される電圧値に制限が定められています。
日本国内では誘導障害防止研究委員会により昭和8年に通信線に発生する誘導電圧の上限は300 Vと定められました。また、昭和36年に高安定送電線と呼ばれる、地絡事故時に送電を0.1秒以下で遮断可能な送電線では、上限が430 Vと定められました。
その後、
① 送電線の地絡電流遮断性能が向上し、地絡事故時の遮断時間が、0.06秒の送電システムが導入されていること。
② 昭和59年に人体安全に関する国際規格が最新化され、人体への電流の影響が明らかになり、心室細動の発生限界が改定されたこと。
などの点から、昭和62年より電力・鉄道・通信各社の誘導に関連する業界や大学教授からなる委員会(誘導調査特別委員会)で検討が開始されました(1)。検討内容は多岐にわたり、主な項目として、送電線の地絡電流遮断性能、通信線側の作業者が電柱に昇柱して作業している場合や、高所作業車を利用して作業している場合などの作業形態、もし衣服が濡れている状態ではどうなるか等についても検証を行うなど、作業者の安全を守ることを最優先に委員会で数年にわたり検討が行われました。その結果、地絡事故時の遮断時間が0.06秒の高安定送電線については、つり線や金物に胸や腰などが触れないように対象物に絶縁対策を行った場合に限り、誘導電圧を650 Vまで許容できると見直され、平成5年に報告書にまとめられました(1)(表1)。この報告書の内容を基に電力、鉄道、通信の各社とも協定を結び、現在も運用されています。また、検討結果は国際電気通信連合の電気通信標準化部門(ITU-T)へ提案され、平成8年にITU-T勧告K33等の国際標準に採用されています。

誘導予測計算支援システム

送電線の地絡事故などにより通信線に誘導電圧が発生した場合、最悪の場合は心室細動の発生等、人命にかかわる可能性があることを前述しました。そのため新たな電力設備がつくられた場合など、誘導電圧の予測計算を行い、制限値を超える場合には確実に対策を行う必要があります。
しかし、予測計算は複雑であり、誘導に関する高いスキルが必要となります。また、計算を行うには送電線と通信線の離隔を算出する必要がありますが、手作業では膨大な稼働が必要となります。NTT東日本 技術協力センタでは、これまで数多くの電磁誘導問題に関する技術支援を行う(2)とともに、予測計算の効率化を図るための「誘導予測計算支援システム」を開発(3)し、手作業による計算から多くの作業を自動化することで(表2)予測計算をサポートしています。誘導予測計算支援システムの主な機能は以下のとおりです。
① 離隔図作成の自動化
② 誘導予測電圧計算の自動化
③ 計算対象範囲の表示
④ 全通信線ルートに対する一括誘導予測計算
誘導予測計算システムを活用することで、誘導計算にかかわる大幅な稼働削減を見込むことができます。
また、2016年度、2018年度、2019年度と誘導予測計算支援システムを改良開発し、竹内算式(4)だけでなく、カーソン・ポラチェック算式や、高さ方向まで考慮したカーソン・ポラチェック算式の厳密計算(5)への対応、国土地理院送電線取り込み機能やメタルケーブル・光ケーブル表示切替などの機能を追加しました。

今後の展開

日本における誘導に対する検討は大正8年に電気学会雑誌に掲載された、澁澤元治先生の論文(6)から始まりました。その後、この検討は関係する業界全体で協議し、さまざまな計算方法(7)の検討や実験等を経て、作業者の安全を第一に制限値などの規程類が定められてきました。そのため、万が一の事故の際に人命を守るためにも誘導予測計算を行い、確実な対策を講じることが必要です。
NTT東日本 技術協力センタでは、引き続き支店等の課題解決に向けた技術協力活動を推進し、通信設備の品質向上・信頼性向上に貢献していきます。

■参考文献
(1)電気学会・電子情報通信学会:“誘導調査特別委員会報告書 電力および通信技術の進歩と電磁誘導対策への展開,”誘導調査特別委員会,pp. 5-22,1993.
(2)NTT東日本技術協力センタ編:“誘導対策について,”通信設備のトラブルQ&A第3版,電気通信協会,pp. 442-447,2016.
(3)テクニカルソリューション:“誘導予測計算支援ツールの開発,”NTT技術ジャーナル,Vol. 22,No. 7,pp. 42-44,2010.
(4)竹内:“電磁誘導電圧の簡易計算方法,”電気学会雑誌,Vol. 77,No. 831,pp. 1629-1633,1957.
(5)A.Ametani,T.Yoneda,Y.Baba,and N.Nagaoka:“An investigation of Earth-Return Impedance between overhead and underground conductors and its approximation,”IEEE Trans. EMC,Vol. 51,No. 3,2009.
(6)澁澤:“電力線の弱電流線に及ぼす誘導作用ならびにその防止方法,”電氣學會雑誌,Vol. 33,No. 303,pp. 1021-1255,1913.
(7)深尾:“電力線の通信線に及ぼす電磁誘導作用に就て,”電氣學會雑誌,Vol. 47,No. 468,pp. 673-691,1927.

問い合わせ先

NTT東日本
ネットワーク事業推進本部 サービス運営部
技術協力センタ EMC技術担当
TEL 03-5480-3711
FAX 03-5713-9125
E-mail gikyo-ml@east.ntt.co.jp